《ウイルター 英雄列伝 英雄の座と神代巫》65.嫡伝巫の枷
のぞみは刀で蛍(ほたる)を指す。
「『天祓楽(てんばつらく)・八咫烏(やたがらす)』!」
蛍はき出し、八咫烏の追跡から逃れようとする。形態を変えた金毬は接面積が増えたために、攻める方向もより複雑になった。當たれば小さな太のように高熱を持つ。蛍には、それを生でけ止めるか、退くかの二択しかない。
案の定、蛍は八咫烏に囲まれる。手裏剣を投げても、烏(からす)たちは蛍の攻撃を読み切っているかのように避けたり、爪で蹴り弾く。
「卑怯よ!直接かかってきなさい!こんなもの、一羽一羽、斬り消してやるわ!」
のぞみの『意のコントロール』に従い、八咫烏はそれぞれが意思を持ったように、鋭いで蛍めがけて突っこんでいく。蛍は源(グラム)のきを察知し、速やかに対応した。クナイに化けた脇差しで烏たちを斬る。しかし、金屬でできた八咫烏の突撃は重く、実際は、蛍はけを取るしかなかった。
『13380、13480、13580、13680、13780……』
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「……くっ!こいつ!!」
蛍はしっかりと防の構えを取っていたが、それでもダメージポイントは100ずつ、小石を積みあげるようにびていく。
一羽の八咫烏がレイニのそばを通る。間一髪、衝突を避けたレイニはを引いた。
「熱っつい!!これは幻ではありません!本の熱です!」
レイニはさらに高度を上げる。攻撃の影響をけない場所に來ると、実況を再開した。
「これはすごい!第二形態と言ったらいいのでしょうか?十數羽の烏たちが、モリジマさんを襲っています!しかし、さすがのモリジマさん。底力をじさせる防力の高さ!このバトル、どちらが白星を獲ってもおかしくないでしょう!殘り時間は7分を切りました!」
のぞみの攻撃で抑えこまれている蛍を見て、A組の男子たちはざわついた。
「おいおい!!完全にカンザキに支配されてないか?」
「マジかよ。モリジマがこんな形でカンザキに負けるのか……?」
「いや、ダメージ差はそんなにない。勝負はまだわからないぞ!」
蛍に賭けた者たちは、イライラと罵倒するように聲を上げた。
「何やってんだよモリジマ!もっとしっかりやれよ!」
「そうだそうだ!三ヶ月分のPEポイントをお前に賭けてやったんだから!負けたら許さねぇぞ!」
蛍を応援していたはずの心苗たちから溢れだす野次に、クリアが怒鳴り聲を上げる。
「あんたたち、黙って見てらんないわけ?」
「ヒタンシリカ!モリジマが負けたらお前も連帯責任だからな!」
「そうだ!お前はもしもモリジマが勝てば倍のポイントがもらえるうえに、300ポイントを進呈するって言っただろ!そう言われたから多めに賭けたのに、負ければパーじゃねぇか!」
「はぁ?!あんたたちが勝手に目が眩んで巨額のポイントを積んだだけでしょ?私の責任なわけないじゃない?」
「このアマ!俺らを騙したな?!」
「蛍が勝ったなら、私は本気であんたたちに一人300ポイントずつあげるわよ!だからちゃんと応援しなさい!負けたら本気でポイントがパーになるわよ?!」
クリアに凄まれ、応援のサクラとして呼ばれた心苗たちは悔しげな表をする。そして、切り替えたように応援のボリュームを上げた。
熱戦を繰り広げる二人を見て、義毅(よしき)は爽やかな笑みを浮かべる。
「へぇ。森島をここまで抑えられるとはな。才能に恵まれているんだな、神崎」
優勢に立つのぞみを見ながら、ヘルミナの表は浮かばない。曇り空のような顔で、切ない聲を出した。
「トヨトミ先生。でも、あの子はこの闘競(バトル)に勝てません……。おそらく全力を出せば30以上の烏をることができるのに。……あの子は明らかに手加減をしています」
ヘルミナの意見に同意するように義毅は黙る。二人の闘競の結末をすでに見抜いているような眼差しで闘競場を見ながら、ヘルミナに問いかけた。
「ヘルミナちゃん。神崎は、なぜハイニオスに転學することにしたんだ?」
數秒の沈黙ののち、ヘルミナは答える。
「彼自の意志です」
「二年の初めでこれだけの才能を持っている心苗(コディセミット)だ。フミンモントルでは生徒會にも見出されていたんだろ?よくプルザス學院長が転校を認めたな?」
「學院長は斷じて認めないご姿勢でしたよ。教諭たちも納得していない様子でした。ですが、私は彼の決定を支持したいと思います」
「それにしても凄いぜ。神崎の作った八咫烏、もう三つの特を持っているだろ?」
ヘルミナはバトルを見ていた視線をし下ろした。
「ええ。ご覧の通り、領域(テリトリー)系、錬(フォーイング)系、無機(イノガンス)系、生(オガニズム)系など、前學期までのうちに、あの子はどの授業においても優れた才能を現しました。でも、あの子には自己認識と才能の倒錯という、本的な問題を持っています。名家の筋を引くあの子は、神霊(ドルソート)系士(ルーラー)としての道しか選べないのです」
ヘルミナの言葉を聞いていて、義毅には違和があった。のぞみ自も自分を神霊系士と名乗ってはいるが、今までにそれらしいスキルも技も使っていないのだ。
「筋は筋だ。そこに囚われる必要はないんじゃねぇか?」
義毅の意見を聞き、ヘルミナは顔を上げた。その視線はまっすぐに義毅と合っている。
「ええ。ですが、彼はその道を、喜んでけれています。地球(アース)界から來た子たちによくある問題です」
「『意の枷(かせ)』か?」
『意の枷』とは、例えば、奴隷出の者がある日突然、解放され、自由のになったとしても、奴隷としての考えを捨てることができないようなものだ。その奴隷は新たな主人を見つけ、主僕関係を結んでいなければ、自分の生き方を見つけることができない。
境遇、環境、社會通念、アイデンティティー、イデオロギー。本人は疑うことも知らず、それらを喜んでけれている。そして、常識という枠を信じるともなく信じ、自分の役割として責務をけ止める。
地球界と違ってアトランス界では、筋を重視すると同時に、個人が生き方を選ぶ自由や権力を與える。若いうちにさまざまな勉強を通して、力だけでなく、自らにあった生き方を探ることが認められているのだ。
「ええ。彼が神霊系士の修行をするのは問題ありません。ですが、あの子の家系が接する神霊はとても珍しい系統のものですから、別の系統の神霊との契約はじられています」
のぞみが可能を広げるために、ヘルミナは彼の「転校したい」という意志を認めた。
「いつ神霊系士としての才能が開花するかわからないというのに、カンザキ家の嫡伝巫だというだけでほかの神霊とも契約できないなら、修行の意味がありません」
「そうか。名家の筋を引くのも大変だな。だが、フミンモントルでのんびりと過ごすこともできたんだろ?追いつくのも一杯だってのに、それでもハイニオスに來る理由ってのは何なんだ?」
義毅の質問を聞くと、ヘルミナは砂糖菓子のような微笑みを浮かべて、人差し指を口の端に添えた。
「トヨトミ先生、それはの子のヒ・ミ・ツ、ですよ?」
釈然としない顔のまま、義毅はステージの方を見た。
そして、「ハハ」と笑った。
「あいつ、幸せなやつだなぁ」
義毅の目線の先で、戦いは続いていた。
つづく
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