《ウイルター 英雄列伝 英雄の座と神代巫》75.シェアハウス28番 ②
食類のセットされた食卓にパイを置くと、のぞみはリビングにった。ソファーに腰かけ息を吐くと、リラックスした姿勢になる。やっとし、気持ちがくつろいだ。
「のぞみちゃん、レイフィント飲む?」
イリアスは蓋のない瓶を持っている。中にはオレンジのき通るがっていた。
瓶の口からは冷たく白い煙がれている。
レイフィントは、源気やスタミナの補給だけでなく、傷などの回復も早めるドリンクだ。ブルー、ミント、オレンジ、ブラウン、ピンク、レッドの6つのがあり、それぞれ好みに合わせて味を楽しめる。若い心苗(コディセミット)たちを中心に飲されている回復ポーションである。
「イリアスちゃん、ありがとう!」
イリアスから瓶をけ取ると、のぞみは口を付ける。炭酸ジュースのように、飲み口は爽やかでスッキリとしている。
ミナリがのぞみの隣に腰かけた。その周辺には、黃と緑のる魚が浮かんでいた。
「のぞみちゃん、まだ腕と足に痣が殘ってるニャ。メディカルフィッシュで治してあげるニャー」
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メディカルフィッシュの治療は何度もけているが、ミナリがどうやって魚たちを創っているのかは、未だに不思議だった。のぞみは笑みを浮かべる。
「ありがとうミナリちゃん、助かります」
ヒーラー先生からは二度、容チェックをけ、の傷は80%癒えている。殘る傷は本人の力さえあれば、外的なや治療法に頼らずとも自力で回復させられると判斷された。
小さな魚の群れがちょいちょいとのぞみにれ、傷の治療処置を施す。
おそらくのぞみはもう、『気癒(きゆじゅつ)』で自己治癒することもできたが、ミナリの気持ちをけ取りたいと思った。
「よう、帰ってきたか?」
のぞみが聲のする方を振り向くと、風呂上がりらしく軽裝の楊(ヨウ)とガリスがリビングにやってきた。楊は首にタオルを巻いたままリビングにってきたようだ。
「ただいま。楊君、ガリス君、闘競の応援、ありがとうございました」
「あとしでしたが、殘念でしたね」
ガリスの言葉にのぞみは苦笑する。
「はは……。最後のところで油斷してしまいました」
楊はずっとのぞみの戦い方が気になっていた。
「神崎さん、手加減したのか?」
楊の真剣な眼差しをけ、のぞみは今ようやく落ち著いて闘競を顧みる。冷めたお湯のような気持ちで、曖昧に答えた。
「よくわかりませんが、できることはやったと思います」
「じゃ、何で得意の二刀流を使わなかったんだ?」
「ああ。あの技は対人での使用をじられているんです。なので、士の技をメインにして戦いました」
イリアスも闘競(バトル)を思い出しながら、「ふ~ん?」と不思議そうに言う。
「でも、どうして?モリジマさんは空を飛べないんだから、ずっと空を飛んで、烏たちを使えば勝てたんじゃないの?」
「それでは彼と対話ができません」
のぞみの答えを聞き、楊はしムッとしたように反論する。
「だけど、神崎さんだってボロボロじゃねぇか?結果論かもしれねぇけど、あんな汚い手を使ってでも勝ちにこだわる奴を相手に、あそこまでする必要あったのか?」
のぞみに好意を寄せている楊は、蛍(ほたる)のような相手にまで優しすぎる彼を見ていられなかった。
「汚い手でしょうか。あれは私が甘かったせいです。私と森島さんとの間にどれほどの実力差があるのか、実として理解できました」
「いや、実力の差じゃねぇよ。神崎さんは、あのの気持ちを汲みすぎた。そのせいで全力を出せなかったんだろ?」
楊の雰囲気に張して、ミナリの尾が固まっている。何匹かの魚は維持できず、姿を消した。
ハウスメイトの男が戦闘についてここまで踏みこむことはあまりなかったため、ガリスが楊を引き留めようとした。
「ヨウ君、それは……」
珍しく、ガリスが言い終わらないうちから、のぞみは自分の意見を伝える。
「楊君の意見は間違ってません。闘競に負けて悔しいですが、対話を諦めずに戦ったことは後悔してないです。森島さんと戦って、彼の気持ちをしずつ理解できそうな気がします。強がってはいますが、心が泣いているじがしました」
「そんな優しさ、あのには勿ないぜ。戦場で敵に同しちまうと、つい手が緩んじまう」
ガリスはのぞみの様子を見て、それから再度、楊に聲を上げた。
「ヨウ君、ちょっと言い過ぎですよ。神崎さんはヨウ君のように好戦的思考ではないんです」
「それはわかってるけどよ。神崎さん、そんな戦い方じゃ、いつか自分の命を落とすぞ?」
その時ミュラが、夕食の完を知らせるためにやってきた。キッチンからでも會話を聞いていたのか、話に參加する。
「ヨウ君。のぞみちゃんは森島さんのことを「敵」として扱ってないんじゃないかしら?」
「ミュラさん?」
「あれは実戦ではなくて、ただの闘競。そこまで頭を熱くする必要、ないでしょう?」
顔だけ振り向き、イリアスが問いかける。
「ミュラさん、二人の闘競は見たの?」
「ええ、もちろん。ホックムントカレッジの巡査拠點で、同じ班の仲間の使い獣が録った実況映像を見ました。心苗同士のバトルというのは大した話ではないでしょう」
蛍の勝利が面白くない楊は、ミュラにも噛みつく。
「だが、禮節も知らず、対等な話し合いもできないような奴にけを売る必要はないだろ」
「私は、のぞみちゃんのやり方で問題なかったと思います。たしかに、もうしで勝てたかもしれませんから、殘念なのはわかりますが」
ミュラはみんなの気持ちを汲むように、そっと目を伏せた。それから、やわらかい視線で楊を見た。
「無茶なやり方で戦うのぞみちゃんを見ているだけというのは、こちらも辛抱が必要ですよね。でも、闘士(ウォーリア)を相手に勢いよくかかっていく戦法は悪くなかったと思いますよ。のぞみちゃんは、のぞみちゃんのやり方であの子を理解しようとしているんでしょう?のぞみちゃんがそれで納得できるなら、良いんじゃないかしら?」
楊は腕を組み、ミュラに背を向ける。
「ふん。俺ならあんな、問答無用で叩き潰すぜ」
「そうでしょうね。だから私もたまにヨウ君に、問答無用で躾をする必要がありますね?」
楊はまたミュラを振り向き、的に言った。
「お、おい!話を逸らすなよ。今回のバトルと俺のことは関係ないだろ?」
話し合いが過熱していた時、「クー」と誰かのお腹が鳴った。
「ま、まあまあ。私のことはもう良いですよ!みんなもお腹が空いたんじゃないですか?夕食を食べましょう」
頬を薄く染めながら、のぞみがミュラと楊の會話を終わりにした。
楊は溜め息をつき、ミナリはようやく固まっていた尾をゆっくりと下ろした。のぞみの闘競が終わり、シェアハウスに日常が戻り始める。六人は揃って食卓に向かった。
・ ・ ・
深夜になり、ハイニオス學院のキャンパスからは、高い空に赤と青の二の月が見えていた。夜空から紫銀のが撒かれ、キャンパスの敷地にも降り注ぐ。暗闇の闘技場には、一つの影があった。その人はマスタープロテタスを使い、通信メッセージのやりとりをしている。畫面に映る相手は顔や姿、連絡先を見せず、神的なエンブレムの紋様と、の文字だけだった。
宙に浮かんだ人の寫真には男ももいる。報告のためか、それらの寫真には赤で×印が描かれていた。
<暗殺のターゲットを追加>
<ご指名のターゲットは?>
<この人の報を調べよ。能力が高い場合は、組織の人材を確保してよい。そうでなければいつも通りのやり方で始末せよ>
送られてきたファイルを開くと、宙に投影されたのは神崎のぞみの個人報だった。のぞみの立映像と寫真、経歴などが簡単に書かれている。
<任務了解。既にターゲットとは接済み。今後、ターゲットについての報を一層深く調査する>
<他の指名ターゲットは一刻も早く始末すべし>
<了解、主の仰せのままに>
タイピングを終えると、のぞみの映像を引き裂く。その人はいかにも邪悪げな笑みを浮かべながら、その映像を見ていた。
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