《ウイルター 英雄列伝 英雄の座と神代巫》76.天眼で彼を
ミナリはのぞみとの二人部屋で、ハンモック式のベッドにスヤスヤと寢ていた。風の音が聞こえたのか、寢ている間も耳がちょいちょいとく。くるりと寢返りを打つと、寢言がれた。
「魚がいっぱいにゃー……」
ローテーブルに置かれた立方の水晶石は、正時を迎える。
《04:00:000》
ベッドに橫たわっていても、のぞみの頭の中では蛍(ほたる)との戦いが反芻され、眠れなかった。
(あの日の一戦がきっかけで、森島さんたち五人の命を守れるよう、未來が変わればいいけど。やっぱり、『日月(ひつき)明神剣』を使えないと、接近戦は厳しいな……。これからは、力とムーブメントスキル、それに基礎スキルの強化も自主訓練メニューにれないと)
をよじるようにのそのそかすと、仰向けになる。こんな夜は、彼のことを考えてしまう。
(野(みつの)さんは今、何してるんだろう。宗家の門番かな?『天眼』で見てみようか)
のぞみは目を閉じてをリラックスさせる。源気(グラムグラカ)を頭に集中させると、目を閉じていても巨大な星が見えた。意識が遙か高い空を飛んでいるようだ。アトランス界から遠く離れたその星は、青いをしている。周囲には二つの衛星が公転しており、遙か遠くには青い恒星が、さらに離れると、見たこともないような星が。もっと遠くには、銀河系システムまでが見えた。
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のぞみの視界はまるで、宇宙の海を飛ぶように、星雲、星景を貫く。幾多の星と恒星が、目の前を猛スピードで飛び去っていった。最後に視界が留まったのは、太系の第三星。鳥のように大地を見下ろし、そして、ヒイズル州を見つけた。
飛騨山脈・五竜山のあたりをしばらく見回ると、人里離れた山奧に、和風のお屋敷と庭が見えた。建と私有地を合わせれば、高尾山の薬王院よりも広い。
意識を建のり口にある櫓の門へ寄せる。そこに、茶髪の年が仁王立ちしていた。
眉間の真ん中にほくろを持つ14歳のその年は、すでに長175センチを超えている。筋骨隆々とまではいかないが、筋のバランスがよく、頼もしそうに見える。
年は白い道著と、ぶかぶかのらかい藍のズボンをにつけ、帯を締めている。袖のないその上は、元からなかったというよりは、長い年月の間に、戦いのため破れたのだった。帯やズボンも褪せており、ボロを著ているように見える。しかしそれは、幾千の戦を打ち破ってきた王者の勲章に等しい。野遼介(みつのりょうすけ)、彼はのぞみの許嫁だ。
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遼介は腕を組み、爽やかな笑顔で階段を見下ろしている。のぞみの意識は霊のように、年の肩に止まった。
櫓の門外玄関は、石板で組み立てた12畳ほどの平面になっている。そこから見下ろすと階段があり、麓には山道が続いている。のぞみの視線は、階段を登ってきた二人の巨大な男に吸い寄せられた。
一人は猿人のように髪のと髭が一化しており、両腕は神木の幹のように太い。その手に大きな袋を持っていた。もう一人は禿げ頭と、ロボットのような義眼の片目が印象的だ。太刀を肩に背負っている。二人は年よりも頭三つは背が高い。
猿人のような男は、膨らんだ袋を自分の前に捨て置く。中からは、流派の名前を書いた文字が縦に刻まれた板が十數枚覗いていた。遼介にも二人の會話は聞こえないようだったが、道場破りに來たのは間違いないだろう。
自信満々という笑みを浮かべ、年は何事かを呟いた。男たちはその呟きに激しい剣幕を見せ、猿人のような男はいきなり拳を打ち出した。年はそれを避け、一瞬で男の真正面、爪先の半歩前に現れる。掌打の一撃を打ちこむと、男は両手で腹を押さえ、地面に倒れた。そのまま四つん這いになり、胃混じりに嘔吐した。
それを見た禿げ頭の男は、年の背後から両手で太刀を構える。
不意打ちで年を真っ二つに斬るつもりだったのだろう。しかし、男の目の速度が追いつかなかったのか、太刀が振り落とされるよりも早く、年は跳びあがる。そのままバク宙すると、男の頭上に降りる勢になり、手刀を打つ。軽く首を打たれた男は一瞬失神し、その場に跪く。年は著地すると連続の回転蹴りを繰り出し、一本目の蹴りで手首を狙い、太刀をその手から落とさせ、二本目は顔面を狙い、蹴り飛ばした。そのまま低い旋風腳で、地に落ちた刀を階段から蹴り落とす。
四つん這いになっていた猿人の男は激怒の面となり、左手で右手を支え、弾を放った。いきなり飛んできた大きな弾を見ると、年は腕を振りあげる。弾の弾道が変わり、空の彼方へと飛んでいった。
何とか立ちあがった猿人の男は、決め技として放った弾を、年が無傷のままで弾いたことに驚き、目を見開いた。
年は構えを整えると、から湧き出すほどの空圧を吹かせる。圧力で猿人の男はきを封じられた。5メートルは向こうにいる年が掌を振り出す。弾もないただの空圧を二度けただけで、男の巨軀は暴風に飛ばされる大ゴミのように二、三回バウンドしながら飛んでいく。地面に転げた時にはショックで失神していた。
巨軀の男二人を相手にそれだけの力を使っても、年はまだ準備運を終えただけというように気楽な様子だった。機械人が出迎え、倒れた二人を荷とともに、挑戦者のための旅館へ搬送していく。上りと下りが一本道になった山道を、後ろから登ってくる人々は、失神した二人の無殘な有様を見送る。
一休みできるかと思いきや、またすぐに次の挑戦者がやってくる。
挑戦者がいない時には、遼介は門の櫓の上で座り、読書をした。
門番の務めをはじめ、碁に將棋、読書。山頂の石の杭の上で足腰を鍛える修行。木々の上や山間を飛び移り、ヒイズル州の南北を飛び回り、力をつける修行。武大會イベントの闘い。
い頃に許嫁であると両親に知らされてからというもの、のぞみは『天眼』を使って、遼介をよく見守っていた。そのため、のぞみは遼介の好みや慣習をよく知っている。遼介は全く気付いていないが、のぞみにとっては馴染みのように、親しみのある存在だった。
のぞみは知っていた。武帝王のように呼ばれているこの年は、今でこそ順風満帆に見えるが、厳しい期を過ごしたことを。父は彼の生まれるよりも前に死に、母ではなく、祖父母によって育てあげられた。武の宗家に生まれた彼は、継承人としての資格を得るため、赤ん坊の頃から過酷な武訓練をけてきた。そんな遼介を見守ってきたのぞみは、どんなに言葉を盡くしても足りないほど強い彼を、敬している。
『天眼』を使う時は、の運を靜止させていなければならない。その代わり、遙か遠い世界のことが見えたり、のきをスローモーションで見られたり、建の中や山の向こう側を見通したりできる。どれも、視覚に特化した能力のため、たとえば音や匂いをじることはできない。
魂が宙に浮かぶ覚に近いと言ってもいいだろう。ものごとを観察したり、捜索するのには役立つが、この力を持っている者のほとんどが、先天的にこの才能に恵まれている。後天的ににつけることも可能だが、その意識覚に夢中になりすぎ、彷徨ってしまい、やがて正気に戻れなくなる者がいる。リスクの大きいスキルであるため、學園では才能・資質におけるな鑑定検査をけて、學んでよいかどうかを判斷するようになっている。
先天的に『天眼』の才能に恵まれたのぞみは、し距離を取り、遼介が武道家や殺し屋たちと戦う勇姿を仰ぎ見ていた。
一どれだけの挑戦者を倒してきたのか數えることはできなかったが、遼介はいつも、朝から夕方までずっと戦っていた。それだけ戦っても、息一つさない彼を見ていると、のぞみは無我夢中になる。
「のぞみちゃん~。のぞみちゃ~ん。起きるニャー!」
ミナリの聲が聞こえると、意識はカメラがズームアウトするように猛スピードで収束していく。目蓋を開けると、ミナリがベッドに寄り添っているのが見えた。
「……ミナリちゃん?おはようございます……」
起きあがり、袖で目をこする。『天眼』を使ったせいか、寢ぼけまなこのまま、ミナリと目が合った。
「今日のお庭掃除當番はのぞみちゃんだニャー」
「あっ、そうだね。寢過ぎちゃった。起こしてくれてありがとう」
ミナリはベッドを離れ、心配そうに訊ねる。
「のぞみちゃん、まだお疲れかニャ?もうし寢る?掃除は私が代わってもいいニャ?」
宣言闘競(ディクレイションバトル)から二日が過ぎた。対人での熱戦経験がなかったのぞみも、もう調は全快だった。だが、日々の授業に加えハードな自主練も休まないでいるため、まだしに怠さがある。それでも、憧れの許嫁の勇姿を見ていると、のんびり寢ているわけにはいかなかった。のぞみは頭を振る。
「ううん、起きます!ハストアルの玄関と回廊の掃除もしないと!」
のぞみはベッドから降りると、両手をぐーっとばし、背びと深呼吸をした。制服に著替え、なりを整えると、ミナリとともに部屋を出た。
丁寧に庭掃除をしたのぞみは、ハウスメイトたちと一緒にガリスの作った朝食をとる。そして、敗者の條件を満たすため、早めに登校した。
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