《ウイルター 英雄列伝 英雄の座と神代巫78.玄関と回廊の取り調べ ①

「のぞみさん!」

「おはヨン!」

親しげな聲に振り向くと、藍(ラン)とメリルがのぞみに近寄ってきた。

「可児(コール)ちゃんにメリル姉さん、おはようございます」

二人は、のぞみが磨いたばかりの床が汚れてしまわないよう、清掃區域を示すポイントラインの中にはらなかった。

「イタい子たちがまたいじめてきたヨン?」

「もう慣れました。あれは森島さんたちなりのコミュニケーション方法だと思ってます」

「でもせっかく、のぞみさんが綺麗にしたのに、めちゃくちゃになってしまいましたね……」

「うん、この辺りはまた一から掃除しないと……」

のぞみは苦笑いをした。気にしないふりをしているのぞみを、藍は見ていられなかった。

「のぞみさん、笑ってる場合じゃないですよ!毎日、わざと邪魔しに來るなんて、これじゃ掃除できないじゃないですか!」

「負けたのは私だから、こんな目に遭うのも覚悟の上です」

「でも……」

「大丈夫です。森島さんのおかげで、別のクラスの心苗(コディセミット)たちと話す機會が増えました。割を食うばかりではありません」

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不幸なできごともポジティブな思考に舵を切れるのぞみを見て、メリルは思わずポイントラインの中に踏みこみ、のぞみを抱きしめる。

「ノゾミちゃん!なんて可い子なのヨン!」

「Ms.カンザキ。知り合いが増えるのはいいことだが、あまり良い顔ばかりしていると彼たちはつけあがるぞ?」

藍が聲にしたかった言葉は、通りすがりのジェニファーに先に取られてしまった。

「ツィキーさん?」

「君もこの學園に通う心苗だ。彼らの悪態に屈する必要はない。堂々と向き合えばいい」

「はい、わかっています」

「君とMs.モリジマの闘競(バトル)について詳しく調べさせてもらったよ。君は彼らの挑発を買う形で宣言闘競(ディクレイションバトル)を申し出たんだね?」

「はい」

のぞみの返事を聞くと、ジェニファーがそれまでよりも真剣な顔つきになった。

「なぜ君は、意味のない闘競を申し出た?」

突然の問い詰めるような厳しい口調に、のぞみは直させる。

「それは……」

庇うようにのぞみの前に出た藍が、代わりに答えた。

「ツィキーさん!神崎さんは、森島さんたちに目を付けられ続けないように、バトルを申し出たんです。いじめの現狀を打破するためのバトルだったんです!」

「黙りなさい。私はMs.カンザキに取り調べを行っているところだ」

アテンネスカレッジの治安風紀隊であるメビウス隊のメンバーは、捜査権を行使することで、いつ、どこででも取り調べを行うことができる。ジェニファーにそう言われれば、藍は口を閉じるしかなかった。

「はい……」

気を悪くしたのか、ジェニファーは狩りをするのような目付きでのぞみを睨む。そのプレッシャーに耐えつつ、のぞみは呟くように答えを絞り出した。

「ケジメを、付けたいと思いました」

「ケジメ?違うだろう?闘競に負け、結局問題は解決していない。それどころか、さらに悪化したんじゃないか?」

泥まみれの靴で踏まれた床を見て、のぞみはジェニファーの指摘を肯定する。小さく頷いたあと、顔を上げてジェニファーに向き合った。

「たしかに私は負けました。でも、この闘競を申し出たこと」

「後悔していません」と続けるのぞみの聲を遮り、ジェニファーが「バカだな」と言い放った。

「トラブルが起きたときは、その解決方法をもっと俯瞰して考えないといけない。君がやったことは、相手の挑発に乗った挙句、的になり、小賢しいネタを繰り出しただけだ。そんな中途半端な気持ちで宣言闘競なんて、あまりにも軽率過ぎる」

「わ、私は中途半端なんかではありません……」

のぞみの一杯の反発に、ジェニファーは獲の急所を噛む蛇のように応える。

「そうかな?たしかに闘競での作戦は上出來だった。だが、同から手ぬるい真似をして、決め技も臺無しにした。これが中途半端でないなら、何だと言うんだ?」

「森島さんを、助けたかったんです……」

「へえ?君のような力不足が?論もいいけど、結果を出せなければ無意味だろう?そもそもあんな落伍者、そのうち異端犯罪者(ヘラドロクシー)になって、放っておいても學園から立ち去ることになるだろう。ジャンクを助ける価値なんて、あるのか?」

自分なりに考えがあってやったことを、全くの無駄だと指摘されても、力不足は事実、トラブルが未解決であることも事実だ。のぞみは言い返すことができず、グッとこらえた。

藍とメリルは、のぞみをフォローしてあげたいと思っていたが、ジェニファーの取り調べを黙って見つめていることしかできない。

のぞみはジェニファーが、蛍(ほたる)にひどい評価を加えたことに、なぜかすごく腹が立った。不愉快な気持ちが腹なのか、頭なのか、心なのかわからないどこかでグツグツと煮えるような覚がした。

「初めから問題にケジメを付ける決心もないなら、宣言闘競なんて申し出ないでもらいたい。個人的なことのために學校の有用なシステムを使われると、人事にも資源の消耗にもなる。それに、君に勝ったことで彼がこれまで以上に調子に乗ると、他の心苗たちに対するいじめがエスカレートする可能もある。その時はMs.カンザキ、君も責任を問われる覚悟があるのか?」

のぞみはただ、蛍を助けたかっただけだ。だが、ジェニファーに指摘されて、疚しさや罪悪が混在してきてしまい、目からすっと一筋、涙がこぼれた。ジェニファーと目を合わせることができず、のぞみは俯く。

「迷をかけて、申し訳ございません……」

「ずいぶん空気が濁っていますね、ツィキーさん。一何があったのかしら?」

清らかなの聲に、ジェニファーが振り向く。

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