《【書籍化】誰にもされないので床を磨いていたらそこが聖域化した令嬢の話【コミカライズ】》再會
殿下の口にクッキーを詰め込むと周囲から“きゃああ”との子のぶ聲が聞こえた。パッと周囲を見渡すと、お店のお客さんや通りすがりのの子達が頬を赤く染めて私達から目を逸らす。
み、見られてたの……? そしてなぜ私よりも皆さんの方が照れているの……?
不思議に思っていると殿下がボソッと呟いた。
「……もしかして、ステラ。男の子だと思われてるんじゃないか……?」
なんてこと。
「え……? 私、そんなに男の子に見えます……?」
「俺にはそんな風には全然見えないけどなぁ。ベストの裾から見える腰骨のじとか、すごくの人ってじ」
そう言って手をばし、私の腰骨の辺りをつんつんと突っつく。うひゃ、と変な聲が出た。
「指一本かないんじゃなかったんですか!?」
「あ、そうだった」
ははは、と笑う殿下と周囲で再び悲鳴を上げるの子達。
これは一何の盛り上がりなのだろう。
そう思わずにいられなかった。
お茶を飲んで一息れ、さて散策を再開するか、となった時、殿下は私に訊ねて來た。
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「あのさ、ステラはどこか行ってみたいところは無い? った時は張してて聞けなかったんだけど」
「張してたんですか?」
「そりゃするよ。鑑定も控えてたしさ。……で、どこに行きたい? ステラが行きたいと思うところ、知りたい」
言ってみても良いのかしら。じゃあ……。
「……修道院に……行きたいです」
「修道院?」
「はい。お世話になったシスターが居るんです。王宮に上がって以來、一度もご挨拶に伺えていないので……」
「あぁ……。なるほど。よし、行ってみよう」
席を立ち、殿下よりも先に布団を持ち上げて背負ってみた。
紐がぎっちりと肩に食い込んでくる……。
「いいよ。俺が背負うって」
「いえ。私もやってみたいのです。やらせて下さい」
「ダメ。これは俺の布団なの! ステラにはあげない!」
急に子どもみたいな言い方になった。殿下は私の背中から布団を取り上げ、大事そうに自分で背負う。
「あの……私、お布団がしい訳ではありませんよ?」
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「分かってるよ」
分かってるんだ。
お布団を背負ってハァハァと息を切らす殿下と一緒に、かつて家出した私が最初にお世話になったあの修道院へと辿り著いた。
著いてすぐにシスターメアリーがホウキを手に門扉周辺の掃き掃除をしているのを見付ける。
「あの、ごめん下さいまし」
あの時と同じように聲をかけると、メアリーはパッと振り向いた。
怪訝な顔から徐々に明るい表へと変わっていく。
「あらあらあら! 誰かと思ったらステラじゃないか! 何その格好。……って、そんな事はいいか。元気そうだね! どうしてるかなと思って気になっていたんだよ! 良かった良かった! ……で、そちらのお方は?」
そう言って殿下についと視線を向ける。殿下は片手をに當て、丁寧なお辭儀をした。
「初めまして。ステラの伴になる予定の者です」
メアリーは口をぽかーんと開いて固まってしまった。同時に殿下も力の限界を迎えたようで、お辭儀の姿勢のままけなくなっていた。
「……びっくりしたわ。王宮に送り出した子がまさか王子様を連れて帰って來るなんて」
修道院の禮拝堂の長椅子に座り、メアリーはため息をつく。
「しかも結婚が決まったって? とんでもない玉の輿と思ったけどよく考えたらステラは侯爵家の娘だったね。普通の玉の輿だったわ。おめでとう」
「ありがとうございます……」
微妙に反応しづらい事を言うメアリーに苦笑いしていると、隣でぐったりとしていた殿下が小聲で「あんまりシスターらしくないシスターだね」と言った。
音がよく響く禮拝堂でその小聲はしっかりとメアリーの耳に屆いたようだ。
「そりゃあね。神の許にはんな厄介ごとを抱えた子羊達が集まって來るもんで、清く大人しいばかりじゃ抱えきれないんだよ。あたしだって若い頃は清楚でこんなじじゃなかったんだけどね。荒波を乗り越えるたびにふてぶてしくなっていって、今じゃこのざまさ」
ははっと笑って殿下を見るメアリー。その瞳には嫌味が無く、溫かな包容力をじる。初めて出會った時から彼は素敵な人だと思っていた。
今も変わらず素敵な人だ。
「メアリーは本當に素晴らしいお方ですね。たくさんの人を助け、導いて來られた。私もその中の一人で……」
「やめてくれよ。そういうんじゃない。助けるとか導くとか、そんなのは神様のする事さ。あたしが出來る事なんて食事と寢床を用意して、こき使う程度の事だよ」
「それがどれほど有り難い事だったか、私には分かります」
「……好きでやってる事だからね。有り難がられても困るよ。それより、ステラ。あんた――聖にはなれたかい?」
スッと真っ直ぐな視線を向けられて背筋がびた。
そうだ。私が浄化を使えるようになったのは、他でもないこのお方が私を殿下の元に送り込んでくれたおかげ。
彼の目を見て靜かに頷くと、メアリーはホッとした顔で笑った。
「やっぱり……。あたしの見立ては間違って無かったんだ。良かった……。セシル殿下がこの子を導いて下さったんだろ。ありがとうね」
「別に……。今シスターも言ったじゃないか。導くなんて大層な事、人間がするものじゃないって。俺だってそうだ。ただ自分の中の正義に従っただけ」
「自分の中の、正義?」
初めて聞く、殿下の芯に関わる部分の話。思わず聞き返した私に殿下はし困ったような顔をした。
「……改めて言葉にすると照れるものがあるんだよな。……俺は、與えられた権利を使うかどうかはリスクも考慮した上で自分で決めるべきだと思っている。その點ステラは親の事で不當にその機會を奪われて十年、奪われた事も知らずにそのまま過ごしてしまっていた。彼を見過ごしちゃいけないと思った。浄化の聖だったのは俺にとってはおまけみたいなもので、俺が一番見たかったのは……彼が自分の人生を取り戻すんだって意思を見せてくれる事だった。それが、俺の中の正義の姿そのものだったから」
……そんなお考えの元であの神殿強行突破を実行していたなんて。確かにあの時”君が自分の権利を行使する事に意味がある”とおっしゃっていたけれど……。
今改めて思う。ご自分の意思で王位継承権を放棄した事や、ご自分が泥を被る覚悟で神殿の規則を破るなどという無茶を押し通した事。
全て、ご自にとっての正義を追い求めての行だったのだ。
メアリーはふっと笑って言葉を返した。
「あたしもそういう格だから分かるよ。……だとすると、セシル殿下は為政者には向かないね」
「自分でもそう思います……」
「そうだろ。その格では曲者揃いの貴族達に翻弄されそうだ。殿下がもうし大人になればまた違ってくるだろうけど、っこの部分はそう変わらないものだしね。……普通、人が何かを決斷するには時間が必要なんだ。ステラだって家を出る決意をするまでに十年かかった。殿下がその正義を守るには、王様ってやつは背負うものが多すぎて敵わないよね」
「おっしゃる通りで……」
いつの間にか殿下は敬語で話を聞く姿勢になっている。尊敬する二人がわす會話は私にはレベルが高いようにじて、ただ聴きるだけになってしまう。そんな中でふと私に視線を向けた殿下はこう言った。
「ところで、シスターはステラがここにいた時既に彼が浄化の聖になる可能をじていたんですか? それで俺のところへ出してくれたんです?」
メアリーは頷いた。
「まあね。瘴気は目に見えるものじゃないけど、“ある”という覚は分かるだろ。重く、纏わり付くような空気のところが特に濃いところだっていうのは普通に生きていれば何となく分かる事で。普通この空気は人の手ではかないものなんだけど……ステラがれたところが夜明けみたいに澄んだ空気になっていると気付いた時、頭にパッと“瘴気に纏わり付かれて起き上がれない王子様”の噂が思い浮かんだ。この二人を引き合わせたら何か面白い事が起きるんじゃないかと思って、ワクワクした」
「そっか……。うん、俺もステラに初めて會った時に分かったよ。彼が窓を開けた瞬間、急に空気が軽くなったんだ。そんなに急に変わる事なんて今まで無かったからびっくりして――窓際を見たら、強風でスカートが捲れている彼が」
「ちょっ、なんて事言うんですか! やめて下さい!」
すっかり忘れていた記憶が甦る。私が必死の形相で殿下の口を塞ごうとする様子にメアリーは笑って、
「やっぱり面白い事が起きたよね。ステラを王宮に送り込んで良かったよ」
と言った。
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