《【書籍化】誰にもされないので床を磨いていたらそこが聖域化した令嬢の話【コミカライズ】》かつて無になりたがった心

別れ際、私はメアリーに浄化をして見せた。瘴気が浄化された時の、消え去る直前のきらきらしたがまるで晴れた日の雨のように私達の周りに降り注ぐ。

そのを見てメアリーは目にうっすらと涙を滲ませた。

「これが……。これが浄化の。生きているうちに見られるとは思っていなかった。……瘴気は消える時だけ私達の目にも映るんだね。まるで苦しみからの解放を喜んでいるようだ」

浄化のは解放の――それは私もじていた事。

「その通りです、シスター・メアリー。瘴気とはそのもので、救いを求めています。いつも仲間か救い主を探して彷徨っているんです。……私、いつか全ての瘴気を苦しみから解放してやりたいです」

「……そうだね。そうしてやっとくれ。ああ、ステラはもう立派な聖なんだね。頼りにしてるよ。……でもさ、瘴気に救い主だと思われたら大変だね。セシル殿下みたいな事になりそうだ」

「なりそうっていうか、なるんだよ。お姉さん。俺、大変だったんだよ?」

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殿下がそう言うとメアリーはまた笑った。

「そうか。セシル殿下は救い主だと思われてたんだね。分かる気がするよ。なかなか居ない貴重な人だ。で、本當の救い主たるステラには近付かないところがいかにも瘴気らしいよね。自分からは消滅を選べないところがさ」

「……そういう事なのでしょうか」

「多分ね」

私は救い主とかそういう大層なものじゃないんだけど、私の周りにはあまり寄って來ないのは確かにその通りなのだ。

殿下のところに行くまで、瘴気とは黒い空気がうっすらと漂っているものという認識だった。魔獣になるほどの濃度になっているのを見たのは王宮にってから。

やはり王宮とは瘴気が集まりやすい場所なのだろうか。考えているとメアリーは言った。

「無限に湧いてくる瘴気を全て苦しみから解放したい、か……。途方もない事だ。ステラは変なところで真面目だから潰れてしまわないか心配だよ。……ステラには“本當のみ”って無いのかい? その、聖とか浄化とか関係なく、ステラが自分のために葉えたいみ」

み、ですか……。自分ではあると思っているんですけど……」

「ふぅん? どんな?」

「……パッと出て來ないです」

「そりゃあよく考える必要があるね。いつか迷子になっちまうよ。ただのの子ならそれも一興だけど、ステラは違うだろ。手にした力の大きさに振り回されないためには強い意志と、自分を可がる事の二つが必要だ。人のために働くとか、そんなろくでもない事に自分の存在を預けちゃダメだよ」

「ろくでもないですか? 人のために働く事が」

「當然だろ。困っていると思って何かしてあげた人が謝もしないとか、良かれと思ってした行が裏目に出るなんて普通にある事だ。でもそれで怒るなんて筋違いもいいとこ。そんな事が続けば當然、どんな優しい人でも消耗する。だから自分を甘やかせって言ってるんだよ」

これは王妃様がおっしゃったのと似たような事だ。誰かのためじゃなく、自分がしたい事。

尊敬する人達に揃って似たような容の事を言われるのなら、それは確かに私に必要な事なのだろう。

「メアリーはどうなのですか? 自分のためだけの何かをお持ちなのですか?」

すると彼はニッと笑って答えてくれた。

「勿論。あたしはね、夜のお祈りが終わった後に一人でランプの炎を眺めながらとっておきのワインを一杯飲むのが何よりの楽しみなのさ。この時間のために生きてると言っても過言じゃない」

素敵。思わず頬が緩む。自分を甘やかすって、そういうささやかな事でいいんだ。

「私も……そういう時間が好きです。ワインは飲めませんが、味しいお菓子を食べたりとか」

準聖のケリー様とおしゃべりしながらお菓子を食べた事を思い出す。とっても味しかったし、楽しかった。またあんな時間を過ごしたい。

「いいじゃないか。……でも、そうだね。あんたは普通のの子が當たり前にして來たような普通の幸せにれて來なかった。だから自分の願が分からないんだ。今からでもきっと間に合う。お友達を作って、好きな服を著て、味しいものを食べていっぱい笑いなさい。それがきっとあんたの“芯”になる」

「はい、シスター」

「自分の心を大事にしなさいよ。あんたはしワガママになるくらいでちょうど良いんだから」

「……はい」

頷き、握手をわして修道院を離れる。

町を歩いている間もメアリーの溫かな手のはしばらく殘っていて、私は會話を反芻しながら思いを巡らせた。

普通の幸せを味わいなさい、か。

想像してみる。お花の咲いた庭園で、おしゃれしてケリー様と一緒にお茶會。

いいな。すごくいい。憧れる。

もわもわと夢を描いていたら、殿下の聲で現実に引き戻された。

「……あのさ。ステラ。思ったんだけど、俺、どうしてあそこに布団を寄付して來なかったんだろうな……?」

え。

「寄付しちゃっても良かったんですか? 私てっきり大事に持ち帰るものだとばかり思ってました」

「持って帰ってもいいんだけどさ。でもこのマリリンが役に立てる場所があるならそこに預けてもいいなって今やっと気付いたんだ」

「マリリンって誰ですか」

「この布団の名前。布団を背負ってると思うと辛いから、を背負ってる事にしたら楽になる気がして。あ、誤解しないでしい。最初はちゃんとステラって名前にしようと思ったんだ。でもステラは橫にいるから、同じ名前にしたら混するかなって思って架空の人名を」

「余計混しますよ。……どうします? 寄付するなら戻りましょうか?」

「うーん。そうだな。戻るか。……うわっ」

くるりと向きを変えた殿下が突然よろめいた。

人がぶつかって來たらしい。咄嗟に殿下の背中――というかお布団に手をばして倒れないように支えると、橫をすり抜けて來た年とバチっと目が合った。

殿下よりし低いくらいの背丈。目深に被った帽子の下から覗く、くすんだ金髪とエメラルドグリーンの瞳。

整っていながらも気の強そうな顔のその年が、素早い手つきで懐に何かしまうのが見える。

あれは――今懐にれたのは、殿下がお金をれていた革袋ではなかっただろうか。

「殿……お兄ちゃん! お金取られてません!?」

11月10日に書籍2巻が出ます。

書き下ろしにセシル殿下の視點のお話と、本編のアフターストーリーがあります。

詳細は後日活報告にて記載いたしますが、どうか、書籍版をよろしくお願いいたします。

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