《【書籍化】傲慢王でしたが心をれ替えたのでもう悪い事はしません、たぶん》6 傲慢王、やっぱり変わらない

「くそ! この裏切り者どもめ!! お前ら全員呪われろ!!」

狂ったようにぶ子爵の前に、ツカツカと詰め寄ると、私は思い切り手を振り上げた。

バシーンッ!

部屋に響く乾いた音は、私の渾の平手打ちだった。

ジンジンと手の平が熱い。突然頬を張られ、驚いた顔のまま固まる子爵の姿がそこにあった。

「私のことはまだいい。だけど貴方を信じてくれた人達を裏切り、バルテリンクを裏切ろうとしたことは絶対に許さない」

彼がしようとしたことはどこまでも自分の保のみ。娘をリュークに嫁がせようと小細工をした事も、それが上手くいかなかったときに備え、しずつ機を盜み出していた事も。

それがどんな結果を生み出すのかよく考えもせずに。

彼はまるでかつての私だ。

「……子爵を地下牢に閉じ込めておけ」

項垂れる私の肩を抱き、リュークが指示を出した。

(……終わった……)

噂の出どころとして子爵の存在をはっきりと認識した時、私は思いだした。

前世の一年後にバルテリンクの機を盜みだし、小國に売り渡した貴族がいたと噂されていたことを。もちろん証拠は何もなかった。下手にけば狡猾な子爵に逃げられる可能も、最悪、摑んだ報をもったまま亡命される恐れもあった。

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上手くいくかは賭けだったけれど、私はそれに勝ったのだ。

「ユスティネ王様……父が、大変申し訳ございませんでした」

らしいフローチェ嬢が涙ながらに謝罪してきた。

死刑だけはやらないが、背信行為についての厳罰は避けられないと正直に伝えてから、ずっとこの調子だ。

リュークが以前、彼は人の上に立つには向かないといった意味が良く分かる。彼は芯から善良で慈に溢れ……優しすぎるのだ。それでもこうすることが子爵のためでありこの土地の為なのだと説得すると、悩みながらも協力してくれるだけの正義だってちゃんとある。

本當に誰もがさずにはいられないようなだった。

このあまりに無垢なフローチェ令嬢、そして私という無慈悲に斷罪しかねない悪役がいなければとてもりたたなかった作戦だろう。

なにより私はこのバルテリンクに住む彼らの誠実さと善良さを信じたのだ。

(やれやれ、これで一件落著……かしら?)

でおろしていると、ふと周囲の視線に気が付いた。

厳しいバルテリンクの荒れた大地にしがみつき、常に外敵と戦い続けてきたいかつい男達の顔が並ぶ。その厳しい顔に警戒心をわにしたアンがサッと私の前に飛び出してきた。

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「み、皆様お待ちください! 先程のは全部、演技で噓なんです! 本當のユスティネ様はもうほんのちょっとだけマシです! 本當にちょっとだけですが!!」

「ア、アン……?」

「ユスティネ様は悪い方ではありません! 確かにし自由すぎて、だらしなくて、人の目も気にせず常識にも欠けますが……」

「ちょっと、アン?!」

「ですが本當は誰よりも一人一人の領民を、いいえ全王國民を幸せにしようと真剣に考えていらっしゃるんです! 自分にはその力があると傲慢に過信していらっしゃるからこそ、本気でそう思えるのです! 確かにムカつく事も多いですが決して悪い方では!」

アンのフォローになってるのかなってないのか分からない力説に、私はうなだれた。

どうやら彼らと私の関係を誤解しているらしいアンだったが、いっぱい庇おうとしてくれた事には謝する。謝はするが、もうちょっと言葉を飾ってしかった。いや、嬉しいんだけれどね……。

遠い目をしている私の橫でうんうんと頷いていたリュークも言葉を重ねた。

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「アンの言う通りだ。彼は突飛な行をとるし傲慢で我儘だ。自分では多マシになったと思っているようだが、まだまだ相當に世間知らず。しかし……」

あれ? 今日って私が斷罪される日だったっけ……。

「しかし彼は自分と同じように他人を尊重しているし、それをれる事が出來る稀有な人だ。それは共にこの地を治める者に必要な資質だろう」

それになにより、と続けリュークはそっと私の腰に手をまわし、他に何もみえていないような熱烈な視線を向けてきた。

「私は彼してる」

「…………っ!!」

心臓が跳ねるのと、有力者のおじ様達がどっと笑うのは同時だった。

「リューク様、正式に婚約者としてお迎えする事が決まった途端に惚気ですか!」

「まったく、俺達だってリューク様に負けずに ユスティネ様を気にっているんですよ!?」

「そうそう、特に差しれに持ってきてくれた王宮蔵の酒は本當に味かったぜ! あんな酒が飲めるなら、どんな命令だって聞きますよ」

「違いねえ!」

(貴方達ねえ、気にってるのは私じゃなくてお酒の方でしょ!)

れられるのに正攻法と正面突破だけが最良とは限らない。頭が固く頑固な有力者達の相手など王都で何度だって経験してきた。極上の手土産を惜しみなく振舞うという古典的な一手だったが想像以上に効果てきめんだったようだ。リュークは「次期當主だった頃の私でさえ、何年も下働きから手伝わせてもらってしずつ信頼を得てきたのに……」と若干納得いかなさそうに拗ねていたが。

実際はリュークを認めているからこそ私へのハードルも下げてくれたのだろうけど、面白いからそれは黙っておこう。

アンはほっとしたように気の抜けた顔で立ち盡くし、リュークは相変わらず機嫌良さそうに私の腰を抱いたままだ。

たしかに王家との繋がりの盤石さを示すために、外に仲がいいアピールをしっかりするように言ったのは私だけど。いい加減やり過ぎなのでは……? あまりにも近すぎるその距離から離れようと腰に巻き付けられた手に力をこめてみたのだけれど、軽く支えているようにみえるそれは一ミリたりともいてはくれなかった。

◇◇◇

あれから子爵は當主代の上、彼自は領主監視の下で幽閉生活を送ることになった。子爵家はフローチェ令嬢の兄が引継ぎ、領主に対する完全服従を誓った上で政務にあたっている。取り急ぎ今は父親に止められていたフローチェ令嬢の嫁ぎ先を決める事が最優先のようだ。

わざとではないにしろ、城の機れていた事も大問題となった。なんでも一人で抱え込もうとするリュークを叱り飛ばし、人員配置の見直しをした。もっと人を頼る事をおぼえさせなければ。いずれは人材育にももっと力をれよう。

そういえばあの斷罪劇で一番最初に自白してきたシエナには弟がいた。家族を助けるために脅迫されていたシエナはでこぴんと數カ月の減給で許してやり、弟は責任もって治療してあげることにした。

本當はもっと早く気が付いてあげるべきだったのに。そうこぼしたらアンに怒られた。

「自分が神様にでもなったおつもりですか? 相変わらずの傲慢ですね、貴方は出來るだけのことをしましたよ」

アンが私を甘やかしすぎる。結婚して。そう言ったら隣にいたリュークが無言で手を握ってきた。

とにかくなにもかもが、ちょっとずつ良い方に変わってきている、きっと。

◇◇◇

荒涼とした大地に、突如ひらけた場所があった。

リュークに頼み、領土が一できる高臺に連れてきてもらったのだ。

「これからの季節は雪が降って馬も嫌がるんです。ちょうどギリギリの季節に來られて良かった」

私を馬から下ろしながらリュークが説明した。

「わあ。すごい、ずいぶん遠くまで一できるのね!」

「ええ、この辺りで一番見晴らしが良いですよ。……私達の祖先が代々守ってきた大切な土地です」

バルテリンクの街はほとんどが目下に見える場所に集中し、その人口は四千人程。その一つ一つを慈しむように見回した。下から吹き上げてくる風は震えるほど寒くて厳しい。そして常に地下資源の為に外敵に付け狙われる危険な土地。國王であるお父様が、唯一未婚だった私をこの場所に送り込んだ真意をわかろうとはしなかった。

じわりと、押し込めていた罪悪がこみ上げてくる。

ずっと婚約破棄を回避するという名目で走り回り、『前世』について深く考えるのを避けていた。立ち止まってしまったら二度と走れなくなりそうで。だけど、今日だけはいいだろうか。

一度だけ懺悔の涙を流しても許されるだろうか。

「 ユスティネ王……?」

「リューク、昔の私は最低でした。それこそ殺されたって文句を言えないくらいに。自分の事しか考えられず、與えられた役割を分かろうともしなかった」

私の前世の最期は、とある護衛騎士に後ろから刺し貫かれて終わった。

顔もよく覚えていないその彼を、私は責める気にならない。彼の怒りは當然だったから。むしろあの罪悪に押しつぶされそうだった日々に終止符を打ってくれたことに謝すらしている。

それは多分、誰にとっても不幸な事故だった。

以前より地下資源を狙っていた小國が、起死回生を狙い國の奧深くで悪魔のような魔法の研究をしている事は単なる噂でしかないはずだった。使用した彼等ですらその結果が資源を橫取りするどころか二度と立ちることの出來ない、不の地にするだなんて予想していなかった。

バルテリンク領、壊滅。

その悲報は私の元にも屆いた。

報告を聞いた時の私の手には、リュークが直筆で書いた手紙があった。そこには滯在中不便をかけてしまった事の謝罪、縁はなかったが私の幸福を祈る言葉が丁寧に綴られていた。いつか書きたいと思いながら言葉を思いつけなかった返事の手紙は、二度と出すことが出來なくなった。

後に捕らえられた一味の一人が呟いたという。

『もしあの時のバルテリンク領に王が居たのなら、未知の研究を使う場所には選ばなかった』と。私さえあの時に留まっていたならば。自でもそう思っていたのだから、あのバルテリンク領出の護衛騎士が恨む気持ちも良く分かるのだ。

気が付くと、とめどなく涙を流している私をリュークが抱きしめてくれていた。冷たそうに見えるリュークのは、とても溫かい。ギュッとに頭を押し付けると、彼の心臓の音が聞こえる。

(……彼は今、生きてる)

それだけの事が何故かたまらなく嬉しくて安心した。

そうだ、そして私もここにいる。

もしこの場所を守るためだけに婚約破棄を撤回させたのか、と聞かれたならそれは違う。

もちろんそれが一番確実な方法ではあったのだけど、他にやりようが全く無いわけではないだろう。つまりは私の中のわだかまりや疑問を優先した結果に過ぎない。

私はずっと確かめたかったのだ。

何故、彼はいつまでも次の婚約者を立てないのか。

何故、そちらから言いだして追放した私に、あんなに優しく心のこもった手紙をくれたのか。

何故、私は王都に戻ってから一年以上経過しているにも関わらず、たった一度け取ったその手紙をり切れるほど何度も読んでしまうのか。

(あれほど後悔し文字通り死ぬほど反省したというのに、やはり人間というものはそうそう変われないものなのね。何度生まれ変わってもとてもリュークのようになれる気はしないわ)

だからこそ私は、どうしたって彼に惹かれてしまうのだろう。

突然泣き出し、勝手に泣き止んだ私をリュークは何も詮索しなかった。

それを他人行儀だとじたのは最初の頃だけで、今は彼が私を信じ、待ってくれているのだとはっきり理解できる。いつか、彼には全部を話してみたいと思う自分がいた。

「さ、見たかったものはもう充分に見られたわ。寒いから早く帰るわよ、リューク」

「……何か吹っ切れたようですね」

「もちろん!」

すべきことは、まだ終わりではない。

標的を変えさせたことでどれほど時間が稼げたのかは分からないが、今だってその脅威が消えたわけではないのだ。あの恐ろしい研究はまだ完に程遠いはずだが、なんとしてもそれを突き止めて止めさせなければならない。

不安はあるけどきっと大丈夫、だって。

(私に足りない所はリュークが、彼に足りない所は私が補いあえばいい)

だからもう、悪い事はいたしません。……たぶんね。

お読み頂きありがとうございました。

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