《【書籍化】傲慢王でしたが心をれ替えたのでもう悪い事はしません、たぶん》8 【幕間】お節介な料理婦は腕をふるう(※料理婦長視點)
あたしはアネット。バルテリンクの城で先代様からお仕えしている料理婦長で、もう20年以上になるベテランだ。
あたしの使命は城中の皆に、特にご當主のリューク様に味しい食事を提供する事。リューク様はいつ何をお出ししても殘す事なくキッチリと食事を食べて下さる。それは料理人冥利につきるのだけれど、あたしはそんなことだけで満足するような二流の料理人じゃない。表には出さないけれど、きっと何か好きなものや苦手なものがあるはず。それを探ろうと食事中のリューク様を、からが開くほどつぶさに観察しつづけた。野菜よりは魚、魚よりもを好む。味付けは濃すぎず薄過ぎず。しかし香辛料はしっかり効かせたを。果はマーリヤの実を薄くスライスしたものがお好みだ。
そうしてあたしはいつの間にかリューク様の微細な表の変化に対して、すっかり観察眼を極めてしまっていた。
だからあの日の夕食では本當に驚いたんだ。
ユスティネ王様がきて、最初の晩餐會の時だった。他の誰も気が付かなかったけど、確かにリューク様はユスティネ王をとても気にかけていた。今まで誰にも、人と噂されている令嬢がいる時でさえも心をかされず淡々されていた方が、初めて誰かに関心を寄せていた。
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しかし、なんということだろう。その貴重な関心を向けられた當のユスティネ王は、婚約者候補であるはずのリューク様に全くの無関心だった。いや、無関心というのもし違う、むしろうっすらと拒絶しているように見えた。
(ああ、せっかくリューク様の関心が向いているというのになんで!もうちょっとだけ顔を上げれば、気づかわしげに見つめているリューク様の視線に気がつくでしょうに!)
しかし王はあたしの心のびに気がつくどころか食が無いとか長旅の疲れが出たと言って、ろくに食事に手も付けずに部屋に帰ってしまう有様だった。
「ああ忌々しい!あんな、スープの一滴だって作ってやりたくない!」
「おい、アネット!王殿下になんて事を言ってるんだ。もし誰かに聞かれでもしたらコトだぞ!」
同僚のブラムが慌てて周囲を見回すけど、この時間の廚房なんてアンタとあたし以外誰がいるっていうのさ。
リューク様は孤獨な方だ。
先代の領主夫妻は子供に恵まれず、ようやく出來た子供はリューク様ただお一人。他に兄弟はおらず、この地を統治する重責を一に背負って生まれてしまったんだ。先代夫妻はとても優しく深い人達だったけれど、外敵の多いこの土地を統治するであろう息子をただ甘やかして育てるわけにはいかなかった。教えるべき事は多く、リューク様は甘えるよりも先に我慢する事を覚えてしまった。それでもご両親がいるうちはまだ良かった。
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だけどたったの16歳でリューク様は天涯孤獨になり、同時にこの土地を統治する重責が一にのしかかってきた。
バルテリンク領は外敵が多い。普通の領地よりも軍事に割く比重が多い分、軍事・外はご當主様が、城の政や調整は當主夫人が分擔しあって統治するというのがここの慣例だ。いくら周囲が協力的だとはいえ、たった一人で出來ることには限界がある。早く誰でもいいから結婚をと思うのだけど、肝心の本人はあまり乗り気でない。
その上これまでの教育の賜で、それなりに政治がなんとかまわってしまっているのも良くなかった。
「そうか?リューク様お一人でなんとかなって、本人もその気がないなら、まあ気長にやればいいじゃないか」
「本當にアンタは馬鹿だね!そりゃバルテリンクはリューク様が守ってくださるだろうさ。だけどリューク様の事は誰が守ってくれるんだい」
「守ってもらう必要なんかないだろう。リューク様はお前が考えているよりずっと強い男だ」
「ふん、たった一人で立ち続けていられるほど強い人間なんて存在しないってのがあたしの持論だよ」
突然現れた王様に、他の令嬢と結婚するのだと思い込んでいたみんなは好意的では無かった。しかもそれを増長するように王はリューク様と不仲だった。いや不仲というより、避けていた。
だけどあたし一人だけはまだ諦めていなかった。リューク様の関心を唯一ひいた王。
たったの一口も食べないで料理を殘すような、そんな無作法を許すほどあたしは心が広くない。
「アネット。貴方、一どうしてここに呼び出されたかわかってる?」
ユスティネ王様は不機嫌そうにソファーに腰かけていた。
「申し訳ございません、王様。ですが王様にどうしても一言申し上げたいことありまして」
「私にその一言をいうために料理の塩と砂糖をれかえたの?はあ、本當にここが王宮なら首が飛ぶわよ……」
「料理は見た目だけでは分かりません。たとえ塩と砂糖をれ替えてもわからないように」
ユスティネ王様は片方の眉を吊り上げた。
「……何が言いたいの?」
「同じように人も直接話してみなくては何もわかりません。ただ頭の中で思い悩むより、直接本人にぶつけてみるのがよろしいかと」
「何を言いたいのか全然わからないわ。」
「いいえ、お分かりになってるはずですよ!王様はなんでもお食べになりますが、毎日食べたいものがコロコロ変わられますね。昨日は2回もおかわりしたものを、今日は手も付けずに殘される。気分屋ではありますが非常にはっきりとした格です。殘しては悪いからと無理して口をつけるような真似も致しません」
ユスティネ王様はいよいよ訳が分からないという顔をしている。
「貴方様がリューク様との婚約を本気で嫌がっているのなら、その日のうちにだってとんぼ返りされるでしょう。でもあれほどあからさまにリューク様を避けているのに、不思議といつまでもここにいらっしゃるのはどういうことなんでしょうか。何か王様の中で引っかかっている事でもあるのではないですかね?」
「……っ!」
「いつまでも答えを後ばしにするのはらしくありませんよ。勇気をだすのです!」
ユスティネ王様はわずかに揺しているようにみえた。
「いい加減にして下さい!訳の分からない事ばかり言っていないで早く王様に謝罪するのです」
これからだって所で余計な邪魔がった。普段は大人しく脇に控えているはずの侍のシエナが、珍しく話に割ってってくる。
「あら、シエナ。あんたもついに侍様かい。ついでにあたしに意見までするとは、ずいぶん偉くなったものだね」
「アネットさん、王様には王様の深いお考えがあるのです。貴方の差しで思いつきをぶつけるような真似は控えて下さい」
「ふん、ほんの數年前にったばかりのヒヨッコはひっこんでな!」
「私はフローチェ様から王様をよろしく頼むと直接お願いされているのです。あの方の願いを無視されるおつもりですか?この城を長い間支えてこられたフローチェ様を!」
「もう充分よ!シエナはもう下がっていいわ。アネット、今回だけは不問にするけれど、次に同じことをしたらクビよ。いいわね」
ユスティネ王様は心底うんざりした顔になり、すっかり心を閉ざしてしまったように見える。
まったくもう、シエナが余計な所で口をはさんできたりするから!もっとバシッと言ってやりたかったけど、それ以上はとても聞いてもらえそうも無かった。
あたしはいつもの廚房に戻り、ガランとした空間でお茶をすすった。
殘念ながら王様は気持ちを変えるつもりは無さそうだった。仕方がないといえばそれまでだけれど、どうしても悔しい気持ちが抑えられない。だってお互い気にしあっているのにすれ違ったままだなんてやるせないじゃないか。
ああ神様、ちょっとでいいからあの二人にきっかけをつくってやってはくれませんかねぇ?
そんな大きな奇跡なんかじゃなくていい、あたしの目に狂いはないんだから。
この先のあたしの人生の、ほんのちょっぴりほどの幸運をわけてあげたってかまわないですから、どうかなんとかしてやって下さいよ。
「明日の朝食はユスティネ王の分も一緒に用意するように」
珍しく廚房までやってきたリューク様の言葉に、あたしは思わず勢いよく振り返った。
「まあ、王様もご一緒に?」
「そうだ、よろしく頼む」
それを聞いた時のあたしの瞳は、さぞかし期待でキラキラと輝いていただろうね。
「まあまあまあ!それは大変よろしゅうございました。ええ、明日はお二人分、間違いなくご用意いたします!特別な朝食を!」
「アネット、出すのはいつも通りの朝食で良い」
「ええ、わかっておりますとも!お任せくださいませ!」
私は大張り切りでカマドの前に立った。
何があの傲慢な王にあったのかは知らないが、とにかくリューク様の気持ちをかしてくれたのであればなんだっていいんだ。
「さあブラム、忙しくなるわよ!」
「そう慌てなくたって、明日の朝食までにまだまだ時間はたっぷりあるだろうよ」
「何言ってんだい!ユスティネ王様には今夜もしっかり食べて明日に備えてもらわなきゃいけないんだよ!さあ働いた!」
「ええ?だってもう夕食まですぐじゃないか」
「だから急ぐんだよ!さあ、ありったけの食材をケチケチせずに持ってきな!」
「はーあ、ついこの間までスープの一滴も飲ませたくないだなんて息巻いてたのはどこのどいつなんだ」
「この間はこの間、今日は今日さ!決まってんだろ!」
全く男ってのは気が利かないんだから!ユスティネ王様には今夜からうんといい気分でいてもらわなくちゃね。 時間は限られているが、ここが腕の見せ所だ。
なにやらぼやいているブラムを無視して、あたしは鼻歌まじりに腕まくりをした。
このお話が第三話のラストに繋がります。
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