《【書籍化】傲慢王でしたが心をれ替えたのでもう悪い事はしません、たぶん》伯母の來訪 ⑧
アンが執務室で探しをしている間、リュークを食堂に引きとめる。
この計畫の唯一の懸念材料は、探しの最中にドリカ夫人とリュークが言い合いになり、突然部屋に帰ることにでもなったらどうしようかという點だった。ところが彼はいつも晩餐に顔を出すことはなく、部屋で軽食をとるのだという。
もう、これは完全に天が味方をしているとしか思えない。先に執務室の様子をうかがうと、すでにリュークは食堂に移しているようだった。
(いつも通り會話をしながら食事をしてれば探し終わるわよね。これはもう功したも同然だわ)
わたしは浮かれた気分で食堂に向かった。しかし……。
「えっ……、なんでリュークの前に何も用意されてないの?」
食堂に足を踏みれてすぐに異変に気がついた。
リュークは確かにそこにいたのだけれど、目の前にあるのはずらりと並べられたカトラリーではなく一杯のお茶だけだった。彼は元々、夜はあまり食べない人だったけど、全く何も食べないなどということはしない。
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「このあと急な仕事がったので、先に食べさせてもらいました」
「……え?」
「貴方に連絡したはずですが、何も聞いていませんか?」
唖然とした様子のわたしに、リュークは視線を従僕のヒリスへと移した。
「ええっ!? いや、俺はちゃんとヒルデに伝えるように言いましたよ! ……ヒルデに……あっ」
ヒリスがはっとすると同時に、わたしとリュークはなんともいえない顔になった。バルテリンクの城の中でも一、二を爭う……いや、ぶっちぎりで一位のうっかり者の名前を聞いて事を察してしまう。まったく、あの子は一いつになったらしっかりしてくれるのだろうか。
(……というか、ちょっと待って? ……先に食事を済ませたって事は……リュークはもう執務室に戻るってことじゃない?)
思わずリュークを見ると、彼のティーカップはすでに空だった。
さっとの気が引く。
そんなわたしの心を知る由もなく、ヒリスが申し訳なさそうに頭を下げた。
「も、申し訳ありませんリューク様。本人が必ず伝えるというので頼んでしまったんですが……」
「……まあいい。そう重要な用件でもない」
(重要よ! 今回に限っては超絶に重要だわよー-っ!!!)
思わず罪のない侍従に摑みかかりたい衝にかられる。いいや、悪いのはヒルデの方だ。
(……違う、そうじゃない。今、気にすべきはアンが探しをしている執務室に戻られたら困るって事よ!)
揺しながらちらちらとリュークを見ていると視線が合った。
「連絡ミスがあったようですね。……でも、しでも貴方の顔が見れて良かったです」
そう言ってリュークがほんのし表を緩ませたので、思わずドキリとした。
普段はそっけない態度が多いくせに、油斷しているとふいにこちらが恥ずかしくなるような事を言ってくるのだから本當にタチが悪……
(って、だから! 今はそれどころじゃないんだってば!!)
「と……ところでリューク! えっと、その……そう、ドリカ夫人との事だけど!」
「はい?」
席を立ち、執務室へ戻ろうとするリュークに聲を掛けた。
突然引きとめられた事に不思議そうな顔はしているものの、とりあえず足は止めてくれた。
「ええと、いつも彼は部屋で夕食をとると聞いたけど、親睦を深めるわけでもないなら何をしに來ているの? やっぱり鉄鉱石の取引の相談とかなのかしら?」
それはドリカ夫人と最初のやりとりをした時からの疑問だった。とても仲が良い親戚とはいえない様子なのに、何度も來ているのは何故なのか。クライフ領は気軽に行き來できるほど近い場所では無い。
「……。別に大した用事ではありませんよ。この城は母が長年暮らした場所ですから、私ではなく母を懐かしみに來ているのでしょう」
わざわざそれだけの用事で?
本人が亡くなるまで一度もバルテリンクに立ち寄らなかったのに?
そんな疑問がわき上がるのと同時に、ヒリスが事もなげに後を続ける。
「毎回リューク様の見合い話を持ってくるのがメインでしたね。時には『ご友人』という名目で直接ご令嬢をお連れになった事も一度や二度じゃ……」
「ヒリス、余計な事を言わなくていい」
「まあまあ、リューク様。変に隠して後から聞く方が誤解されますよ」
「そうよ、わたしは全然気にしないわ!」
當主の座についていながら配偶者がいなければ、結婚話の一つや二つ出ない方がおかしいのだ。本當に気にしていないのを分かってもらおうと笑顔を向けると、何故かリュークの眉間にしわが寄った。
「え? 噓なんか言って無いわよ? 本當に、ぜんぜん気にならないもの」
気のせいだろうか。
言葉を重ねれば重ねる程機嫌が悪くなっていく気がする。ヒリスがリュークを不憫なものを見るような目で見ているのが本當に意味がわからない。
「先程も言いましたが予定がありますので。お先に失禮します」
絶対に機嫌が悪いリュークがその場を立ち去ろうとする。
(――はっ! そうよ、だからまだ戻らせちゃ駄目なんだって!!)
「ちょっと待って!」
思わず聲を上げると、今度こそリュークは訝しげな顔をした。
何か、何かを話さなくては……!
「その、最近の政治勢について話さない?」
「……? 急にどうしたんですか」
「いや、えっと、あはは……」
(ええっと……さっきアンと別れてから何分たった? 10分、いや5分? アンには例のが見つかったら必ずこの部屋の前を通るようにお願いしたけど、まだ來てないわよね)
開け放たれたままの食堂の出口に目をむけても、給仕に立つ使用人達以外の姿はない。あれこれと気になり思わず黙り込んでしまった。しばらく待ってくれていたリュークだけど、いつもより幾分早くしびれを切らした。
「用事が無いのなら、本當に急いでいるので退室していいでしょうか? せっかくクライフ伯爵夫人がきたので、どうしても終わらせておきたい事があるんです」
「待って!!」
(何か、何か引きとめなくては……そ、そうだわ!)
必死で考えを巡らせたわたしは、とある事を思いついた。しかし自分で思いついておいてなんだが、いくらなんでも無理がありすぎる気がする。というか……。というか……。
「すみませんが……」
いよいよリュークがその場を離れようとする気配を察したわたしは、他にとれる選択肢もないままのだと腹を決め、その思いつきを実行することにした。
「よ、用事は……これよっ、リューク!!」
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