《【書籍化】傲慢王でしたが心をれ替えたのでもう悪い事はしません、たぶん》伯母の來訪 【番外編】※辺境伯視點

その日、とある商隊が財を積み込んだ馬車を走らせていた。

しかし他國に逃げ出そうとするその行はすでに予測済みであり、諜報網にかかった彼等を追い詰めるのは実に簡単な仕事だった。

「くそ……! お前のような若造ごときに……!」

行く手を阻まれ、悔し気に顔を歪ませる老人が呪詛を吐きながら號令をかける。

老人、つまりこの商隊の長に雇われていた傭兵達が馬車から飛び出し襲い掛かってきた。機を何よりも優先させたため、こちらの辺境騎士達の數はそう多くない。ならばこの場を凌げば逃げおおせると算段をつけたのだろうが……。

「無駄な足掻きを」

「ふん、自がこの毒剣をけても同じ事が言えるか!?」

雇われの傭兵たちに気を取られ、散開していた騎士の合間をぬって老人が駆けだす。まさかこの老いぼれ自らが攻撃を仕掛けるとは思っていなかった、その隙をついた特攻だった。

(なるほど、數々の修羅場を潛り抜け、生き殘ってきただけはある)

その年齢からは考えられない俊敏さは何らかの魔法がかけられているのかもしれない。そしてわざわざ毒剣と明言したのは、回避行をとらせるための駆け引きだろう。だが――。

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「なっ……!」

私は逆に老人に向かって距離を詰める。

「はっ! ハッタリだとでも思ったのか!? 甘いわ!」

老人は一瞬驚いたものの剣を振りあげ、私はそのきをひどく靜かな気持ちで捕えていた。

剣の師匠でもある騎士団長はよく言っていた。戦いの場において最も大切なのは心の冷靜さを失わない事だと。迷いや恐れは刃先をぶれさせきを見誤るのものだと注意した。

そしてその點について、私はとても優秀な弟子であった。

ヒュッ!

耳元で空気が切り裂かれる音を聞きながら老人の一撃を紙一重で避けた。

タイミングを間違えれば致命傷を負っていたのに恐怖心は無かった。それがい頃からの訓練によって得たものなのか生まれつきの質なのか。今は自分でもよく分からない。

「ぎゃあっ!!」

初手をかわせばなんなく懐にり込み、剣を持つ手を捻り上げると、急所である眼球、元、鳩尾が無防備に曬される。

――何処を潰せば一番ダメージが大きいのか。

機械的に処理しそうになる私の脳裏に、婚約者の顔が浮かんでハッとする。間髪れずに柄で鳩尾に一撃をれると、元兇の老人はあっさりとその場にのびた。

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「小悪黨のルドルを裏でり、最初に計畫を企てた真犯人のお前を逃がすわけにはいかない」

実行犯のルドルを捕まえた時、すぐに違和を覚えたのは若すぎるという點だった。

ドリカ夫人と母がお互いに不平等な契約を結んだその時、ヤツはまだ二十代の駆け出し。いくら才能があろうとも、そんな男がなんの後ろ盾も無く巨大な取引の責任者となり、綻び無く欺き、資金洗浄までを滯りなく行えるはずが無い。

詳しく調べてみれば、ルドルがせっせと貯め込んだ裏金のありかの元締めをしている人と、當時クライフ伯爵家の取引を仕切っていた人が同一であると突き止めることが出來た。

どこに逃げこもうと必ず引きずり出してみせる自信はあったが、問題はユスティネ王が真相に気がつき、あまつさえ自分の手で捕まえようなどと考え出す可能があった事だ。

結果、全てを後回しに、最速で事件を解決させたわけだが……案の定ひどい悪あがきと狂暴を目の當たりにした今、この老人を追い詰める役目が彼で無くて良かったと安堵した。

翌日、城に戻り王の部屋に向かいながら、さてなんと言い訳をしようかと考えをめぐらせる。どうせ故意に部屋に閉じ込めたのだと見抜かれているだろうから、何を言ってもあまり変わりはないだろうが……。

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(相當怒っているに違いない。それどころか婚約破棄を言いだすかも……)

気持ちは重く沈むが、それでも彼の安全を確保するためにはどうしようも無かったし、例え時間が巻き戻ったとしても同じ選択をするだろう。

ちなみに一番の難題かと思われた王宮騎士団の説得だが、彼らとの談は実に短いものだった。我々の最優先事項は王の安全に他ならない。そうあっさりと同意したばかりか施錠魔法、防音魔法に使用まで協力を申し出てくれた。……ユスティネ王し日頃の行いを反省した方がいい。

そんな事を考えているとアンが廊下の向こうからやってきた。

「よくぞお帰り下さいました! ああ、ずっとお待ちしていたのですよ」

「ユスティネ王が何か?」

「それが、昨日から全然口をきいてくれませんで……。お食事も全然召し上がらないし、きっとものすごく拗ねていらっしゃるんですよ」

「……昨日からずっと?」

嫌な予がして早足で部屋に向かった。

まさか、そんなはずは。

しかし彼はいつでも予想の斜め上を行く人だ。怒って沈黙しているだけならいくらでも謝るし、以前彼がしてみせたドゲザとやらをしてみせたって構わない。だが……

勢いよくドアを開けると、そこは人影一つ無い、もぬけのからだった。

「……っ! 一どうやって……!?」

(いや、そんな事より彼は何処に? まさか、城壁の外に逃げ出していたら……!)

門番には特に出りに注意するようにと言いつけてあるが、それでもその裏をかかれていないという保障は無い。

――グニャリと、世界が歪んだ気がした。

バタン!

呆然と立ち盡くしていると突然、背後で扉が閉まった。

ゆっくりとドアの方に振り向く。

「ふふふ、リューク! 油斷したわね!」

振り向けば勝ち誇る婚約者がドアの外から換気用の小窓ごしに勝ち誇った顔を覗かせていた。

「…………」

「人を閉じ込めた部屋に、自分が閉じ込められた気分はどうかしら!? やーい、思い切り悔しがるがいいわ! 今更謝ったって、もう遅いわよ!!」

「……………………」

いつも通りの能天気さでケラケラと笑う姿に、力が抜けて眉を下げた。

はそれを降伏宣言とけ取ったらしく、ますます上機嫌にを反らせた。その様子に私を恐れたり、嫌悪するような様子は見けられない。

「あっはははは! このまませいぜい反省しながら狹い部屋に閉じ込められているがいいわ!」

落ち著いて観察すれば、いつの間にか扉が開いたクローゼットがひとつ。

(……なるほど。中に隠れ、私が鍵を開けて中にった隙に外に出たわけか)

普段なら供もつけず、出口に人も置かずに部屋の中央までり込むだなんて無防備な行はしないのだが、完全に冷靜さを欠いていた。

(冷靜さを欠く? 毒剣を向けられてもじない、この私が?)

「……って、ちょっと。何を笑ってるわけ? ちゃんと狀況、分かってる!?」

自分自に驚き、可笑しくて腹の底から笑いがこみ上げてきた。

慌てふためき、許しを請う姿が見たかったのであろうユスティネ王はカンカンに怒っている。笑ったり怒ったり忙しい彼の顔を近くで見たいと近寄ると、相手は思わず後ろに下がった。

警戒しなくてもとって食ったりしないのに、今はまだ。

「ええ、分かっています。してやられましたね」

「冗談でやってるとでも思っているの? 言っておくけど、本気でこのまま置いて行っちゃうんだからね! わたしがここを開けるまで、あなたは部屋から出られないのよ!」

「そんな事で気がすむのならいくらでもどうぞ。ついでに仕事を片付けたいので未処理の書類を屆けて頂けますか?」

「絶対渡さないからね!? きぃー-っ!! そうじゃなくて、もっと悔しがりなさいよ!!」

――貴方が無事ならそれでいい。

そう口にしたいが、今の彼に伝えても余計に拗れるのは火を見るより明らかだった。せいぜい余計な事はいわずに大人しくしていよう。

「貴方の勝ちですよユスティネ王。敗者の私はせいぜい、解放する気になっていただけるまでここで反省していましょう」

「そ……そうよ! その反応よ! じっくりたっぷり落ち込むがいいわ!」

ようやく期待通りのけ答えをきいたユスティネ王は満面の笑みだ。

あまりに無邪気な様子につい微笑ましくなってしまうのを押しとどめ、殊勝そうに頷いた。

「ええ。いつになったら許していただけるのか、きっと私はユスティネ王の事ばかり考え続けているでしょうね」

「……は……?」

「ふむ。そう考えると悪くない生活ですね。なんせ日頃は仕事に忙殺され、のんびり婚約者の事を考えている暇もないのですから」

「…………」

は何故か唖然とした表をしているが、私は構わず言葉を続ける。

「絶えず貴方の事を考え、貴方だけをお待ちしましょう。いつまでも」

「わあああああああっ!! 変な冗談はやめてよ!!」

真っ赤になった王は大聲をあげて耳を塞いだ。

もちろん冗談だ。殘念ながら一時間もしないうちに呼んでもいない部下達が押し寄せ、せっかく閉じ込められた空間から追い出されてしまうだろう。

むしろ、本當にそう出來たならどんなに……。

「ユスティネ王様、もう二歩ほどお下がり下さい。腕でも摑まれたら厄介です」

剎那の夢想を聞き覚えのある聲が現実に引き戻した。

信じられない気持ちで彼の後ろに見える影に目を凝らすと、居るはずのない相手がそこにいた。

見間違えかと何度も目を凝らすが、幻覚などではなさそうだ。

「さすが目ざといわね、ルドル。その警戒心の強さと抜け目なさを生かしたを期待してるわよ? ハンスは生産技には長けているけれど、商談はからっきし駄目なんだもの」

「待ちなさい、ユスティネ王。何故ここにその男がいるのです!」

ユスティネ王は楽しそうにニッコリ笑った。

「確かにルドルはずる賢い嫌な奴だけど、々喋って詳しく話を聞いて調べてみたら、利用されただけで黒幕は別にいるみたいなのよね。まーそっちはよくよく調べて真相を突き止めるとして……。よく考えたら格が悪いとはいえ、せっかくの優秀な人材を逃す手は無いかなって」

「喋った? いつの間に!」

「だって閉じ込められている間、暇でしょうがなかったんだもの。あ、外に出る方法を考えてくれたのもルドルなのよ? ふふふ、安心して。二度と逆らう様な真似はさせないわ! そうよね?」

「お任せ下さいユスティネ王様。私は貴方様の心にれて目が覚めました。全ては仰せのままに」

ルドルはすっかり心酔したような瞳で忠誠を誓い、頭を垂れる。

(またか……! またこのパターンなのか、この人たらし……!!)

はとんでもないのに何故か、いつの間にか周囲の人間は彼に引き込まれてしまう。

そういえば玄関口でも執事が言っていた。なんでもクライフ伯爵夫人から、彼を領地に招待したいと熱烈な招待狀が屆いているとかなんとか。どうやら彼もまた、ユスティネ王を大層気にったようだ。

ガックリと項垂れる私を、何を勘違いしたのかユスティネ王し不安げに見上げてくる。

「や、やっぱり駄目かしら。ルドルはソフィア様にとっては仇のようなものだものね……?」

別にそこはどうでもいい。

終わった過去は過去。ほじくり返して恨みつらみをぶつけるよりも、本當に裏切らないのであれば有益に使った方がいいに決まっている。どちらにせよ、法で裁くことは難しいのだから。

「……相応の償いをさせるように。その上で責任もって貴方が監督するというのなら、私に異論はありません」

「まかせて! このわたしに出來ない事は無いわ!」

ユスティネ王につけている監視の目を増やす算段をしながら、仕方なく許可を出せばパァッと明るい笑顔が向けられた。

それにしたって仮にも詐欺を働いた人間をれ、雇用しようとは……もはや想像の斜め上というか、はるか上空を飛び回っている。呆れもするがこの傲慢なまでの前向きさが、結果いいように事をかすのもまた事実だ。

安全で堅実な道ばかりでは到底たどり著けない、もっと先のどこかへ。

「やはり、貴方を閉じ込めておくことは出來ないようですね」

殘念なような、し嬉しいような。

複雑な気持ちを抱えたまま、得意げに微笑む彼に白旗をあげた。

「伯母の來訪編」、最後までお読みいただき本當にありがとうございました!

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