《【書籍化】外れスキル『目覚まし』、実は封印解除の能力でした。落ちこぼれの年は、眠りからさめた神達と優しい最強を目指す。【コミカライズ企畫進行中】》4-43:氷炎の心臓

僕とルゥから30メートルほど離れた位置に、大きなトネリコ木がある。

異様な気配をじて、僕はそこを睨んだ。

ギシリと、空間が軋む音。

大木の正面、何もない中空にひび割れが生じる。裂け目は左右にどんどん広がり、やがて隙間からぎらりと強い眼が見えた。

猛烈な冷気が吹き込んでくる。地面に霜が走り、水鏡の一部が凍り付いた。

裂け目が上下に口を開ける。

2メートル越えの巨が、全に氷をまといながら現れた。

ユミールは大口であくびをしてみせる。太い腕に、太い首。傷ついてぼろきれのようになった上等な裝束は、地上でも激戦だったことを思わせた。

から霜が剝がれ落ちていく。

「天界か」

ユミールが言った。

青空と緑に囲まれた、穏やかな景。でもその男の周りだけが、異様に殺気立っていた。

そよ風に金髪がなびく。同じの目が、ルゥを睨んだ。

「みつけた」

……最悪のタイミングだ。地上に行く前、僕もソラーナも、勢を立て直す前に敵が來てしまった。

金貨が震え、ソラーナの聲。

『リオン!』

僕は金貨を取り出し、唱えた。

「目覚ましっ!」

オーディンに奪われた<目覚まし>が、もう戻ってきてる。

を振りまいてソラーナが飛び出した。

僕は妹を背中に回す。

「ルゥ、後ろに逃げて!」

「お兄ちゃん……」

「早く!」

オーディンが飛來、ルゥを抱えて舞い上がる。

「オーディン!」

「安全なところへ逃がすだけだ」

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もうルゥに創世の意思はない。

ソラーナが告げる。

「今は、信じよう」

「……うん」

オーディンは左手でルゥを抱えながら、槍を振るった。ユミールの前に氷壁が立ちはだかり、巨をぐるりと囲う。

ユミールが氷壁に拳を振るった。

衝撃でこっちの耳まで痛い。

「長くは持たぬぞ」

ソラーナが囁いた。

「かつてよりオーディンは力が弱まっている。封印に加え、膨大な數の人間へスキルを與え続けている分、魔力を失っているんだ」

僕は深く呼吸した。

氷壁にヒビがっていく。

オーディンが聲を降らせた。

「來るぞ! 時間を稼ぐのだ」

視界の端に七が見えて、僕は顔を上げる。

天界の上空に向けて、巨城の尖塔から虹がびていた。

聲がれる。

「虹の橋……?」

ユミールが氷壁を打ち破った。

――オオオォォォォォォオオオオオ!

怒聲。空気が揺れ、巨付近の草が飛び散った。

ユミールは、掲げた左腕を振り下ろした。巨人の背後にあった空間の裂け目が、一気に左右へ広がる。

いっそう強い冷気が吹き付けた。

続けて聞こえてくるのは魔の唸り。

ゴブリン、ワーグ、コボルト。水馬(ケルピー)、オーク、炎魔犬(ガルム)。

が次々と天界へ降り立つ。瞬く間にユミールを中心とする魔の戦線が現れた。

ソラーナが僕に寄り添って、尋ねる。

「戦えるか? リオン」

『白い炎』でを癒した。

魔力の急減に目がくらむ。僕自だって、すでに何度も激戦を潛り抜け、限界が近い。

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ユミールが空のルゥを見上げた。

「おれの心臓、『創造』を、ようやく喰える」

が首を回し、水鏡に目をやる。水面に浮かぶ、直徑40メートルほどの球。

白々とした輝きがユミールのを照らしていた。

「……これも、うまそうだ」

が立つ。

世界を創世するための、膨大な魔力。

ルゥから創造の力を奪い、この絶大な魔力をも喰らったら、どんな強敵になるかわからない。

「來るなら、來てみろ」

短剣を突きつける僕に、ルゥの聲が降ってくる。

「お兄ちゃん!」

「平気! もう捨てはしないよ!」

それが合図であったかのように、オークが飛び込んできた。棒を搔い潛って脇腹を切り裂く。続く巨人兵。大剣が振り下ろされる。短剣を這わせて逸らし、逆に前へ踏み込んだ。

攻撃の余波で頬が裂ける。

んだ。

「ユミール!」

僕が耐えている間、神様がを撃ち放つ。ユミールは魔力の障壁で防ぐけれど、わずかに足が止まった。

「ソラーナ、時間を稼ごうっ」

「うむ……! 天界と地上は、すでに虹の橋(ビフレスト)が結んでいる」

必ず來てくれるって、そんな気がした。

――リオン!

頭に響く聲。

踏み出したユミールの足元に、雷鎚(ミョルニル)が著弾し土を巻き上げる。

巨人が舌打ちするのが見えた。

「……來たか」

僕は青空を見上げる。

「トール!」

それに、ロキ、ウル、シグリス、ヘイムダル。

上空にびる虹から、神様が次々に降りてくる。

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地上で戦っていた神様が、天界の救援に駆け付けてくれたんだ。降り注ぐ狩神ウルの矢に、ユミールは後方へ飛び退がる。

神様達は、冒険者をも一緒に連れてきてくれたみたい。30人ほどの冒険者が、に包まれて天界の地面に著地していく。

じゃらりと鎖の音。

僕の前にいた魔達を、鎖に繋がった斧が扇形に薙ぎ払う。

聞きなれた聲にが熱くなった。

「間に合ったね!」

左手で鎖をりながら、ミアさんがにっと笑った。

フェリクスさんも現れて、火球で空の魔を撃退する。

神様がほうっと息をついた。

「オーディンの備えが當たったか」

オーディンは、さっき地上と天界を結ぶ虹の橋(ビフレスト)を、もう一度かけ直すと言っていた。

あれ、僕らが地上に降りるためのものじゃなくて――

「神様と冒険者を、天界に呼び寄せるためだったんだね」

「うむ。ユミールが移したことで、戦いの場は神殿からここへ変わった」

息をついて、額を拭う。遅れてどうっと汗が流れてきたんだ。

王都はかつて神々と人の中心だったらしい。そこには天界と地上を結ぶ虹の橋(ビフレスト)がかかっていた。

オーディンは、ユミールがここに來ることを察して、いち早くその道を復帰させたんだろう。

ソラーナが顔を歪めた。

「だが……まだ苦しい」

ユミールが吠える。

目を赤くらせて、昂る魔。空間の裂け目から、さらに増援が現れる。一度は後退したユミールだけど、また水鏡の球に迫っていた。

空隙を抜け出る魔には、大狼フェンリルや、大蛇世界蛇(ヨルムンガンド)の姿まである。フレイもまた、ユミールを守るように剣を振るっていた。

ミアさんが魔を退けながらく。

「で!? あのでっかいの珠はなんなんだ!?」

「せ、世界を創世するための魔力です! ルゥが新しい世界を創りかけていたんですけど……!」

の群れを3人とソラーナで切り拓きながら、ユミールを目指して進む。武をどう振るっているか、どこに傷をけたか、無我夢中でもうわからない。

頭が熱くて、全が痛い。

それでも足だけは止まらない。止めちゃいけない。

フェリクスさんが杖を振るって魔を打突する。魔力が盡きかけているんだ。治癒されたようだけど、右腕の服は焼け焦げて、にも火傷の跡がある。

「地上から、急にユミールと強大な魔が消えたのです。おかげで戦線はギリギリ保たれたのですが……なるほど、ユミールが消えた理由は、天界に向かったからでしたか」

しかし、とフェリクスさんが唸った。

「これでは、戦局は変わらない」

そうだ。

ユミールは裂け目から魔を呼び出し続けて、水鏡に浮かぶ球に向かってる。

神様も、天界にやってきたわずかな冒険者も、ボロボロだ。魔の侵攻に押し込まれてる。もともと50メートルもなかったユミールと水鏡との距離、それがどんどん詰まっていく。

このままじゃ、あいつに、まず創世の魔力が喰われる。その後は僕らの死か、ルゥだ。

僕はソラーナに尋ねる。

「水鏡の魔力、神様の強化に使えないの!?」

ユミールが、僕とソラーナが勢を立て直す前に來てしまった。目覚ましの角笛(ギャラルホルン)に魔力も貯められていないけど――なら、次の希は水鏡にある魔力くらいだ。

ソラーナは首を振る。

「……だめだ! あの魔力は、すでに実を得かけている。もう、神々への強化には使えぬ! れるとしたら、『創造の力』の持ち主だけだが――!」

神様が周囲にを浴びせ、一瞬だけ魔を打ち払う。

「それも、使い道は限られる」

僕もミアさんも、必死に魔を追い返した。ゴブリン、コボルト、ワーグ。そうした魔を斬り払う。

トールが、もうあまり大きくなれない世界蛇(ヨルムンガンド)と打ち合い、ヘイムダルの一振りをユミールが魔力障壁でけ止める。フレイは魔と一緒になって、ウルやロキの遠間からの攻撃を防いでいた。

シグリスは、冒険者達の傷を癒す。彼らが壁になることで、裂け目からやってくる魔をなんとか押しとどめていた。

でもそれらは、滝の水をけ止めるようなもの。

フェンリルが魔を飛び越えて僕らに迫る。

「ガァッ!」

僕は『黃金の炎』と『雷神の鎚』で大狼と打ち合った。牙と短剣が火花を散らす。

無理な魔力使用で肺から悲鳴がれた。

終わりの見えない戦い。

遙か上空で、オーディンが首を振っている。

――滅びる。

主神にとっては、戦って滅びることを選んだように、僕らは見えているのだろうか。

神々と冒険者の抵抗を、魔戦線が押しのける。

ユミールはついに水鏡の淵に立った。

ぐばりと口を開く。

「だめっ!」

創世の魔力を――球の半分ほどを、竜巻のように吸い込んだ。水鏡にあった球は、左半分が削ぎ落されている。

ユミール、そのに刻まれた傷が癒えていった。

咆哮を発すると、魔達がさらに勢いを増す。

ああ、と聲がれた。

結局ダメになる。

「それでも」

聲がれた。

「それでも……!」

諦めたくない。投げ出したくない。

短剣を構えて前に出る。

僕はわがままだから、僕自の命も、世界が生き延びることも、諦めない。

「お兄ちゃん!」

ルゥが聲をあげた。

上空にあったオーディンを、ルゥが緑の魔力で押しのける。

妹が、魔が大勢いる地上に降り立った。フレイヤ様の力が働いているのか、ふわりとした、神様みたいな著地。

「ルゥ!」

ユミールが妹に目を見開く。大きな口が左右に引きばされ、笑った。

「どうして――」

自分に注意を向けるようなことを?

妹は聲を張る。

「お兄ちゃん、神様! 後は、お願い」

妹の両手に、緑のが満ちていく。

「私も……戦う。お兄ちゃんみたいに」

ユミールが喚聲をあげた。

「おれの、心臓だ!」

すでに水鏡の淵にまで広がっていた魔達。

原初の巨人は、仲間のはずのそれらをゴミのようにかきわけ、妹へ進した。あるものはなぎ倒し、あるものは踏み潰して。

「ルゥ!」

僕の聲に、妹が応じた。

「能力『創造』――!」

想いが像をなす力。

妹は、喰い殘された創世の魔力に、何を……願ったのだろう。

「これは」

ソラーナが息をらす。

半分になった球が輝きを増していく。

トールが世界蛇(ヨルムンガンド)に鎚を打ち付けながら、目を見開いた。

「こんだけの魔力を、砕く気か!?」

ロキが指を鳴らす。

「正気か!? いや、妙手か! 確かに魔を一掃できるが……!」

ルゥが聲を張り上げた気がした。正確に言えば、頭に言葉が響いた、だけど。

――神様!!

――お兄ちゃんや、みんなを、守ってあげて!!

が弾けた。

引きばされた一瞬。

膨大なが視界に溢れて、景が目に焼き付けられる。

僕らの近くにいたソラーナが、魔力で僕らを覆ってくれた。他の神様も、その魔力で冒険者達を守るのが見えた。

水鏡の傍で、ルゥ自を緑の魔力が分厚く覆う。フレイヤの魔力が殘っていたのか、『創造』の擔い手は球の魔力を使えたのかもしれない。

一方――ユミール、フレイは、至近で風をもろにける。フェンリル、世界蛇(ヨルムンガンド)も不意の裂波を喰らったのが見えた。

巨城が崩れる。家ほどのサイズの瓦礫が僕のすぐ右側に落ちてきた。

神様、そしてミアさんとフェリクスさんと一緒に僕は吹き飛ばされる。瓦礫が、魔力の熱が、顔をかばうガントレット越しに骨まで揺さぶった。

「ルゥ!」

全てを埋め盡くすは、おそらく十秒ほどで止んだ。

僕は吹き飛ばされていて、水鏡から何十メートルも離れた位置に倒れている。

起き上がる。

ソラーナの気配がない。他の神様の気配も。

全てが死んでしまったかのように、辺りはしんと靜まり返っている。

瓦礫を乗り越えて、僕は水鏡の場所に戻った。

「……ルゥ!」

深手を負ったユミールが、左手で妹を摑み上げていた。

「やって、くれたな」

ごほっとユミールは咳き込む。

裝束はほとんど消し飛び、全からどくどくと赤黒いを流していた。出を止めるためか、あちこちに炎を纏っている。

服のを摑まれているルゥが、僕に気づいた。

「お……お兄ちゃん」

ユミールがかっと僕を見た。右手を振り上げて、ルゥを殺そうとする。

そこに、火傷まみれのフレイが割り込んだ。

「殺すな!」

フレイが剣を構えて巨人を睨む。

「この娘は、まだ妹を宿してる!」

まさかこの男と気持ちが重なるなんて。

僕は駆け出した。ソラーナが守ってくれたから、は無事。でも、こんなに神様の気配をじないのは、初めてで。

不安で、怖くて、自分のけなさにが張り裂けてしまいそうで。

……妹に守られるなんて!

ユミールを睨みつける。

「待て!」

フレイとユミールは、ルゥを抱えて逃げ出す。どっちも深手を負い、時折、ユミールはよろめいていた。

ルゥが僕に微笑む。

――待ってる。

妹の口が確かにそう呟く。ルゥは諦めてないんだ。

「能力『創造』――!」

妹が、手に緑のを集めていく。

「そりゃ、無茶だよね……! でも、最後に、あと一回だけ……!」

何をやって――何を言っているんだろう?

フレイがルゥを抱えて、逃げていく。妹は手を突き出して、創造した『何か』を僕に向かって投げた。

「いたぞ!」

「敵が逃げてく!」

「あっちだっ」

神様に守られた冒険者達が、瓦礫を乗り越えて現れる。

ルゥの言葉を聞いて、神様達は冒険者を守ってくれたんだ。決著を託すように。

「逃がすな!」

「追え!」

鎖斧、魔法、石鎚、弓。わずかな冒険者達が、ユミールを逃がすまいと立ちふさがる。

裂け目へ逃れようとするユミール。それを追うフレイ、フェンリル、世界蛇(ヨルムンガンド)。散らばった魔石と魔を死骸の中を、敵は泳ぐようだった。

相手も瀕死だ。

「目覚ましっ!」

最後の力で放った風の霊(シルフ)。

「わんっ!」

突風は、ユミールの左腕に振り払われた。まだ砕けていない氷の腕が、きらりと輝いている。

巨人達はルゥを攫って、裂け目の奧へ逃げおおせた。

開いたままだった空隙が、じわじわと閉じていく。

「……そんな」

ルゥが、奪われた。でも、まだへたり込むわけにはいかない。折れそうな膝を叱りつける。

妹は最後に何を殘していったのだろうか。

どくん、と鼓に似た音が耳をなでる。

地面に何かが落ちていた。僕はひんやりしたその塊を拾い上げる。

「……これって」

拳2つ分ほどの氷に包まれた、心臓だった。どくん、どくん、と脈打っている。

僕はユミールが何度か口にしていたことを思い出した。

――おれの、心臓。

オーディンが僕の傍に降りてきた。

「……それは、かつて『創造の力』が宿っていたものだ」

「これ、が?」

氷の中で、心臓はまだ拍を続けている。

太古の夢を思い出す。

神様達はユミールを殺して、『創造の力』を奪ったという。

「氷の魔力と炎の魔力が衝突しあい、原初の巨人ユミールを生んだ。心臓は最初に形された部位であり、だからこそ、ユミールの核になった。『創造の力』もそこに宿っておったのだ」

オーディンはかつて巨人を倒した。

その時に、この部位から、『創造の力』を奪ったということだろうか。

「ルイシアは連れ去られる最後の最後に、『創造の力』に最後の仕事を命じた。それは――かつて『創造の力』が宿っていたユミールの心臓を、もう一度だけ創りなおすこと。今、力はルイシアではなく、この心臓に移されているようだのう」

オーディンは鼻を鳴らし、眉間に皺を寄せた。槍を握る手に力がっているせいか、指が白くなっている。

「なんという娘じゃ……! 自分を攫わせておいて、最後の最後に、あの巨人と我々の間に渉の道を殘していきおったわ」

主神は嘆息する。

「……兄を信じ、託したか。強くなりおった」

オーディンは深く頭を振っていた。何度も、何度も。

「人間は、確かに凄まじい存在じゃな――フレイヤよ」

オーディンは、もうルゥと共に去ってしまった神様に呼びかける。

僕の両手で、ルゥが殘したアイテム――『創造の力』を宿す心臓が、どくんどくんと未だに熱く脈打っていた。

お読みいただきありがとうございます。

遅刻すみません。

次回更新は10月24日(月)の予定です。

(ワクチン接種のため、念のため2日空けます)

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