《【書籍化】追放された公爵令嬢、ヴィルヘルミーナが幸せになるまで。》第6話:新居へ

「袖を戻しなさい」

そう言いながら彼は立ち上がります。

わたくしははしたなくも捲り上げた袖を戻しました。

「何かあるかと問われましたね。わたくしの夫たるあなたには嗜みをしゃんとして頂くことを求めますわ」

彼はため息をつき、しばし黙考されてから口を開きました。

「いや……うん。まず、わたしは君への無禮な発言、及び王侯貴族というものが産まれながらにしてなんでも持っていると思い違いしていた非禮を詫びよう」

「謝罪をれますわ」

「だが、嗜みに気を使うかは否だ。君の言う通り、嗜みに気を使うのに労力を使うのは研究者である俺には時間の無駄で、金を使うのは平民には無理だ」

そして彼は自嘲気味に笑った。

「王侯貴族にはもう近づかんよ。敘勲とかも今後は斷るようにするさ」

お気持ちは理解できます。さすがにこんな騙し討ちのような目にあっては、もはや社界や王城には近づかないと思うのも仕方ないことでしょう。

ですがわたくしが彼の妻であると言うのであれば、旦那様には見栄えに気を遣っていただきたいのも事実。

Advertisement

ここで論破するのが目的ではありませんし、今回の件の傷心が収まった頃に、しずつ改善して貰えば良いでしょう。

「仰せのままに」

扉が叩かれ、帰りの馬車の用意がされたとの連絡がります。

近衛に案されて外へと向かうと、そこにあったのは王城に出りする文達のための馬車でしょうか。

従僕が階段などを馬車の前に置いてくださることもありません。

ペルトラ氏……いえ、今はわたくしもペルトラなのでした。アレクシ様はさっさと馬車に乗ってしまわれます。

後ろでくすくすと笑い聲が聞こえました。近衛の彼から見ても稽なに映るのでしょうね。

「ヴィルヘルミーナ様、乗るの手伝って差し上げましょうか?」

へらへらとした聲が掛けられます。

「不要です。旦那様、アレクシ様」

「ん? あ、ああ。……そうか」

彼は中腰になって手を差し出し、わたくしはその上に手を乗せます。痩せていても手はしっかりと殿方のものですわね。

わたくしは馬車の中へと引き上げられました。

「ありがとうございます」

「すまない。気づかなかった」

座席に座るアレクシ様の目元が赤い。平民ゆえにエスコートに不慣れというよりは、そもそもに不慣れという印象ですね。

「いえ、わたくしも平民の生活に慣れてゆかねば」

者の男がちらりと振り返って馬車の中、わたくしたちが座っているのを確認すると、すぐに鞭の音が響きました。蹄と車の音。馬車が出発します。

馬車の中でお話をしたかったのですが、アレクシ様は顔を窓の外へと向けてかず、視線が合いません。

ちらりと髪の下から覗く瞳は灰でしょうか。額や眉のあたりはあまり見えませんが、おそらくは顔を顰めているであろうことは分かります。

今日一日がこんな日になるとは思っていなかったでしょうし、この先どうするかも考えているのかもしれません。

わたくしもし疲れたのかもしれません、窓からぼんやりと王都の街並みを眺めていると、突然アレクシ様が大聲を上げられました。

「おい、者よ! 道が違うぞ!」

者との間の小窓が開きます。

「なんです、旦那」

「俺の家はこちらではない、さっきの角を右だ!」

「知りませんよ。あっしは言われた通りの道を進んでるんだ。旦那の家の場所なんてそもそも知りませんし」

そう言うとぴしゃりと小窓は閉められてしまいました。

アレクシ様は小刻みに腳を揺らします。

「落ち著きましょう。アレクシ様」

「だが……! いや、そうだな。まだこの妙な狀況は続いていると言うことか」

こうして待つこと々。馬車は王都の外れの方、平民達の住まう地域の中でも、あまり裕福ではない地域に建つ、一軒の家の前で止まったのです。

馬車から降ります。今度はアレクシ様はちゃんとわたくしの手を取って降りてくださいました。彼は呟きます。

「どこだここは……」

「もちろん、あなた方の新居ですよ」

そう答える聲がありました。先ほど王城で話していた文の従者をされていた方ですわね。

「なぜだ、俺の部屋はどうしたんだ」

「ペルトラ氏の住居は國立研究所の獨寮だったので、結婚したのですから立ち退いていただきました。

この家はエリアス殿下からの結婚祝いという形になっています」

「……あちらの荷はいつ取りに行けばいい?」

「いえ、既にこちらに運び込まれています」

「ばっ……あそこには振に弱い素材が!」

アレクシ様は走って扉に飛びつくとドアノブに手をかけますが、鍵がかかっていて開かないご様子。

の従者の方が言います。

「運び込んだのは私の管轄ではありませんので悪しからず。何かございましたら役所の窓口までお越しください。あ、鍵は」

アレクシ様は引ったくるように彼から真鍮製の鍵をけ取ると、扉を開けて中へとられました。

「はい、確かに。引き渡しは以上です。では失禮します」

従者の方はわたくしに頭を下げると、敷地を後にしました。

ふむ。

わたくしは家を見ます。小さな家。二階建てではありますが、床面積は公爵領のカントリーハウスにある庭師の資材置き場くらいでしょうか?

庭、庭というほどの広さもありませんが、敷地には草が生い茂っています。

わたくしは家の中へと歩みを進めました。

    人が読んでいる<【書籍化】追放された公爵令嬢、ヴィルヘルミーナが幸せになるまで。>
      クローズメッセージ
      あなたも好きかも
      以下のインストール済みアプリから「楽しむ小説」にアクセスできます
      サインアップのための5800コイン、毎日580コイン。
      最もホットな小説を時間内に更新してください! プッシュして読むために購読してください! 大規模な図書館からの正確な推薦!
      2 次にタップします【ホーム画面に追加】
      1クリックしてください