「ふはははは、ついにやってやったぞ！　あの狐めを平民へと叩き落としてやったわ！」

余は王城の離宮、王太子がための居城にて快哉を上げた。

喜びの聲もあがろうと言うものだ。

ヴィルヘルミーナ・ウッラ・ペリクネン、余の婚約者であった。多見目の良いであったことは認めよう。だが次期王たる余の気分を害することしかしないであった。

ペリクネン公爵家は王國の貴族として最もかであり、魔獣共との戦いもあって兵も強。王家からしても最も気を遣わなくてはならぬ家であり、余とあのの婚約はい頃から定められておった。

だがまずそれが気に食わん。余の人生の伴は余が決めるべきだ。

そしてあのは同い年でありながら常に小煩く勉強しろだの執務しろだの不敬な発言を続けてきたのだ。

「でもいいのかな。ヴィルヘルミーナさん可哀想だわ」

「おお、しのイーナよ。何と優しい慈悲の心、まるで翼なき天使のようだ。だが悪しき者には相応の罰が必要なのだ。そしてしく心優しきものにはそれに応じた地位が」

余がイーナを抱きしめると、彼はえへへと笑みを浮かべた。

高位の貴族令嬢どもの上っ面の微笑みに比べてどれほどらしいことか！

「ではイーナよ、この離宮に部屋を用意してある。早速今日からここに住まうと良い」

「ありがとうエリアス！」

彼とを合わせる。

イーナとは幾度となく口付けをわしてきたが、それはいつでも天上の甘が如き甘やかさ。

手を取らせることと社の場でのダンス以外の接を拒んできたあのとは違う。

公爵家でも後妻との仲が悪く、そこから家族の中でものあったヴィルヘルミーナを平民へと落とした。

男爵令嬢であるイーナは王太子たる余とでは家格が釣り合わぬが、ペリクネン公爵家の養としてから嫁がせることで問題はない。

彼を養とし、またあそこの嫡男を余の側近とすることでペリクネン公は余の後ろ盾を続けるとの誓約もさせた。

教會の樞機卿すら使ってのこの手際、父王や貴族院とて異論などはさみようがあるまい。

「明日からイーナには王太子妃としての教育をけて貰う。

なに、あのにもできたのだ。イーナなら余裕であろう」

「うん、わたし頑張るね！」

彼は両手で拳を握って見せた。

「詳しくは侍より聞きたまえ。

余も午前中は公務を行う。午後には共に城の薔薇園でも散策しようではないか」

「うん、待ってるね！」

こうして余の人生における最良の一日を終えた。

だが翌日、余が公務をこなすべく機嫌よく執務室へと赴くと、機には書類が山のようにうず高く積まれていたのであった。

「何だこの書類の山は！　貴様らは整理もできんのか！」

部屋に立ち、文どもを指揮して書類を運ばせていた務長が答える。

「こちらは殿下の裁可を待つ書類にございます」

「なぜこんなにあるのだ。斯様に多いはずがあるか」

「いいえ、當然の仕儀かと」

「ふむ？　説明することを許そう」

全く、つまらん理由なら叩き切るぞ。

「理由は二つ座います。一つは両陛下が外遊なさっているのですから、その分の代行としてのご公務が増加しております」

「うむ、當然だ。だが先日までこんな量はなかったぞ」

今の余は國王の代行であるからな。とは言え、両親が王都をパレードと共に出立してからもう半月程だ。公務の肩代わりは行っているが、これまで書類仕事が特に増えてはいなかったはずだ。

「そこで二つ目ですが、殿下はこれら仕事を全てペリクネン公爵令……あー。ヴィルヘルミーナさんに回されていたのを覚えておられますか？」

「なに？」

務長はため息をついた。

「覚えておられないのですね」

「記憶にないな」

「左様ですか。彼はここ數年、殿下が行うべき決裁のうち８割を擔當されていました。陛下が外遊のため、その代行として増えた分に関しましても半月前に一度こちらに運び込みましたが、『そんなものはあのに任せれば良いだろう』と殿下は仰っておられましたがそれもご記憶にないので？」

言った……ような気もするか？

正直ヴィルヘルミーナを追い落とすための工作に忙しくしていたからな。そのような些事は記憶に殘っておらん。

「あのごときにできる容ならお前たちでできるだろう」

「殿下は王太子としての印章を婚約者である彼に渡しておられた。本來はそれも非常に宜しくないことですが、それゆえに彼が書類の決裁を行うことができたのです」

「貴様、どうも表現が不快だな」

「申し訳ございません」

男は申し訳ないとも思っていないような平坦な聲で頭だけはきっちりと下げた。

「印章は彼のための臨時の執務室から保管箱ごと回収してそちらの機の上に置いてありますが、いかがなさいますか？」

「どうするとは？」

「王家の印章を我々文にお預けになって宜しいので？」

「馬鹿な、それでは誰が王か分からぬではないか」

「結構なことです。それでは決裁をよろしくお願いいたします」

そう言って務長は山のように書類の積まれた執務機を指し示したのだった。