《【書籍化】追放された公爵令嬢、ヴィルヘルミーナが幸せになるまで。》第14話:侍
さておき、2人で服を抱えて家へと戻ります。
今日の食事はとりあえず買って済ませておいたとのこと。
「おかえりなさいませヴィルヘルミーナ様、アレクシさん」
「ええ、ヒルッカ」
「留守番ありがとうございます」
そう言うアレクシ様はちょっと彼から視線を逸らしています。
ええ、さっきまでわたくしが著ていたアレクシ様の服をヒルッカには著てもらっているけど、確かにこれは破廉恥ね!
「アレクシ様、早速ですが著替えてきてよろしいですか?」
彼が頷くのを確認し、ヒルッカがアレクシ様の持つ服をけ取って上へ。
わたくしは平民の服裝に、わたくしが著ていたメイド服は改めてヒルッカが著込みます。
彼は沈んだ聲で言いました。
「お嬢様が平民の服を著られることになるとは」
「こればかりはね、もう仕方のないことだわ」
「やっていけそうですか?」
「正直、分からないわ。アレクシ様は悪い方ではないけど、會ったばかりではあるし。平民の生活だってまだ始められてもいないもの」
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下へと降りると、アレクシ様が機の上に料理を広げられていました。
そう言えば、片付けもだいぶ進んでいますわね。
「ええと、ヒルッカさん。食べて行かれますか?」
「いえ、今日はもうお屋敷に戻らないといけませんので」
「ああ、そうか。3つ買っちゃったんで1つ持って行かれます?」
「ふふ、ありがとうございます」
ヒルッカは玄関へと向かい、そこで振り返ると綺麗にスカートを広げて、わたくしの前に跪くような深い淑の禮をとりました。
「ヴィルヘルミーナ様、わたしが再びあなたにお仕えさせていただくことをお許し願えるでしょうか?」
「その気持ちは嬉しいわ。……けどだめよ」
わたくしはため息をつき、アレクシ様の方を見ます。
「……中は雇うべきだと思うが」
ふふ、気を使って言ってくださったのでしょう。ですがそうではないのです。わたくしは首を橫に振りました。
「アレクシ様が研究所の男寮ではなく一軒家に住まうようになった以上、オールワークス、雑用中は必要です。わたくしも雇っていただけると嬉しく思いますわ。ですがヒルッカは侍なのです」
「違いがある?」
なるほど、平民である彼には分からぬことでしょう。
「侍とはレディーズ・メイド、つまり貴族の主人や令嬢の橫に付き従う専門の上級使用人です。裝選びや著付け、髪結い、あるいは刺繍や帽子の飾り付けといったファッションに関する広範な技能と知識を有さねばならぬのです。
寢支度もその職務であり、舞踏會などに主人が出席した場合は夜遅く、あるいは明け方まで起きて待っていなければならないことから、ウェイティング・ウーマンとも呼ばれるのですよ」
「……ふむ、つまり?」
「雑役中とは分が違うのです。平民の洗濯に貴族のファッションが分かると思われますか?」
アレクシ様の顔が青褪めます。
「ひょ、ひょっとしてヒルッカさんってお貴族様でしたか?」
ヒルッカは立ち上がり、アレクシ様に頷きました。
「改めて名乗らせていただきます。ヒルッカ・ヘンニ・ハカラ、ハカラ伯爵家の三でございますわ」
「こ、これは無禮を!」
アレクシ様が頭を下げます。
「と言うわけであなたを雇うわけにはいかないのよヒルッカ。給金としても、立場としてもね」
「給金など、なくても構わないのですが」
「構うわよ。あなただってあなたの幸せを摑まなくちゃ。それはきっとここには無いわ」
「わたしの幸せは……!」
彼の瞳から雫が零れ落ちました。
「ヴィルヘルミーナ様の隣にいて、いつかあなたのお子様の母となることでしたのに!」
「……そう。とても栄だわ、ヒルッカ。でもね、それはここでは葉わない」
「そう、ですよね」
「あなた、失禮な聞き方になってしまうけど、ペリクネンのお屋敷でもう仕事がなく、紹介狀も貰えないとかそういうことはあるかしら?」
「いえ、マルヤーナ様にお仕えするようにとの話は頂いております」
後妻の連れ子ね、わたくしからすれば義妹にあたる子。年齢的には再來年あたりにデビュタント迎えますし、侍をつけるのも悪くはないけど。あの子どうにも甘やかされていたのか人に當たるのよね。ヒルッカが苦労しないといいけど。
「執事のタルヴォにも伝えて。ここ、ペルトラ家ではあなたたちを雇うことはできないと。雑役中は雇いたいけど、この家では住み込みのための部屋も用意できないの」
「はい……」
「みんながたまに様子を見に來てくれるなら歓迎よ」
「はい!」
そう最後はし元気な聲を出してヒルッカは家を辭去しました。
アレクシ様と食卓を囲います。出來合いの料理をいただいていると、彼はぽつりと呟きました。
「ヴィルヘルミーナ、あなたは……」
「なんでしょう」
「隨分と使用人たちに好かれていたみたいだな」
わたくしは食べる手をとめ、食を置きます。
「そうですね。良き主人であろうとし、彼らもそれに応えてくれていたように思います」
アレクシ様も食を置き、真っ直ぐにこちらを見據えました。真剣な表です。
「あなたの本質はどちらなのだろうか」
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