《【書籍化】追放された公爵令嬢、ヴィルヘルミーナが幸せになるまで。》第16話:雑役中
翌朝には一人のがペルトラ家の扉を叩きました。
「あ、あの! あたしセンニっていいます!」
そのは小柄で、まだ十代の半ばにもなっていない様子のさ。黒白の使用人の服を著ています。おかっぱの黒髪《ブルネット》の上には輝くホワイトブリム。
「こちらのお宅で雑役中《オールワーク》を募集していると聞いてやってきました!」
「……はい?」
対応されたアレクシ様が呆然と呟かれます。
雑役中を探していたのは事実ですが、まだ斡旋業者へ依頼も、新聞《タイムズ》に広告も出していないのですから。
彼は自分の懐をまさぐると、一通の封書を取り出しました。
「こちら紹介狀です!」
差し出した手紙にはペリクネン家執事タルヴォの名。
ああ、なるほど。わたくしが問いかけます。
「お屋敷では何をしていたの?」
「はい、見習い(ビトゥイーン)として二年間働いていて、そこから一般中《ハウスメイド》として二年です」
「見習いの時は何を?」
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ビトゥイーンとはいろいろな使用人の仕事の手伝いをする、つまり間にいるという意味になります。その間に適を見るという意味でもありますが。
「はい皿洗い(スカラリー)、洗濯《ランドリー》の下働きの経験もあります」
アレクシ様はわたくしが話す度に振り返り、センニが話す度に前を向くので首振り人形のようです。唐突に始まった問答に意識が追いついていかれないのでしょう。
「読み書きは?」
「読みはできます。書きは……下手で」
ヒルッカとタルヴォは隨分とわたくしに良くしてくれているわ。
「ペリクネンでの仕事は?」
「やめることになりそうです。ヴィルヘルミーナ様がいなくなった分、どうしても人員が余剰するみたいで」
それは間違ってはいないけど、雇い止めが早すぎるわね。
こういうところから評判が悪くなるとお父様も分かっていない……いえ、元お父様ですわね。
「あなたなら貧民街に近い平民の家ではなく、もっと良い條件のところがあると思うのだけど」
「いえ、ペリクネンのヴィルヘルミーナ様にお仕えできるならと志願しました」
「わたくしと面識があったかしら?」
下働きの下男や中と関わることなんてなかったはずだけど。
「いえ。えっと……、お出かけされた後に、あたしたちにまでお菓子を良く買ってくれたりとか。使用人がミスしても誰も折檻されたことが無いとか」
思わず笑みが溢れます。
「そんなの當然のことだわ」
「でも他のお屋敷に勤めていた友達は本をぶつけられたり、鞭で叩かれたりするって聞いてます。
あと、あたしはヒルッカさんのお部屋の掃除を擔當していたのですが、ヒルッカさんからヴィルヘルミーナ様の素晴らしさはよく聞かされていましたから」
「今のわたくしではお菓子を買ってあげることもできないわよ。お給金だって雑役中だと安くなるし」
「構いません!」
わたくしはアレクシ様に向き直ります。
「旦那様、非常に有能なが雑役中として當家で働くことを希されていますわ」
「そう……なのか?」
「ええ、どこに募集をかけてもこれ以上の人材が來ることはまずあり得ないでしょう。わたくしの元執事がそういう人材を手配してくれたと思ってもらえれば」
彼はため息をつきました。
「そうか、世話になる」
「雑役中としての一般的な賃金で契約してくださいませ。ただ、その働きぶりがアレクシ様のお眼鏡に適うようなら、待遇を良くして差し上げればと思いますわ」
こうしてこの家では黒髪の小柄なメイドを雇うことになりました。
そしてヒルッカを筆頭に、元わたくし付きの使用人たちが、お金を払っているわけでも無いのにちょくちょく様子を見にくるようになったのです。
しずつではありますが、段々と生活のサイクルというものができてきます。
わたくしは家事については何の経験もないため、センニからやり方を教わるようになりました。
センニは、簡単なものだけしかできないなどと言いながら料理の嗜みもあり、臺所も任せることとなります。わたくしは料理も教わろうとし、彼も承諾したのですが、わたくしが包丁を持った途端に「無理!」とんで包丁を取り上げられて調理臺に立つことを止されたのです。解せません。
わたくしの仕事は主にアレクシ様の研究を纏める書の真似事のようなもの。合間を見ては本棚の中から基礎的なーーあくまでも専門書の中ではですが
ーーものを読ませていただき、彼の研究を理解しようと努めてはいます。
あ、そう言えば『ドキドキ★マリンちゃんのムチぷり❤️パラダイス』はいつの間にか本棚から撤去されていました。
アレクシ様がどこかに隠されたのか、センニに捨てられてしまったのか気になるところです。
夜の営みはありません。センニが下で起居するようになりましたからアレクシ様も二階で寢るようになったのですが、ベッドとは逆の部屋の隅で寢ておられます。
センニは言います。
「なるほど、聞きしに勝るヘタレ貞というやつですね」
「まあまあ、鶏とさくらんぼがどうしたのかしら?」
「いえ、なんでもありません、奧様。でも彼が不能野郎じゃないことは洗濯中のあたしが保証しますから!」
センニは面白い言葉遣いをするわ。意味はよくわからないけど、快活な彼を見ていると元気になれる気がするのです。
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