《【書籍化】追放された公爵令嬢、ヴィルヘルミーナが幸せになるまで。》第19話:旦那様の研究

お茶を楽しみ、留守番してくれたセンニとアレクシ様にお土産のケーキを買って戻ります。

途中、ヤーコブがそっと耳打ちします。

「つけられていますね」

それはそうでしょう。

「こちらを襲撃する意図はありそうですか?」

「今のところ無さそうですが……撒きますか?」

わたくしはゆるりと首を橫に振りました。

結局、家に戻るまで気配はし続けたとのことですが、実際に接してくることはありませんでした。

「結局誰がつけていたのかとかは分からないですし、それが悪意によるものとも限らないのですからね」

わたくしはヒルッカに説明します。単純な取り、王家の影による監視、クレメッティ氏がわたくしを護るために手配したのか、あるいは襲うためなのか。

「なので気にしすぎても仕方がないわ。でもヒルッカ、あなたたちがこちらに行き來する時は気をつけてね」

「かしこまりました、ヴィルヘルミーナ様」

こうして二人は帰ってゆきます。

さて、小切手と寶石を現金化したことで、平民が十年ほどは暮らしていけるだけのお金が手元にできましたが、これで何ができるというほどのものでもないのです。

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以前それとなく尋ねたのですが、アレクシ様も勲章が授與されるほどに有能な研究者、決してその給與が安いと言うことはありません。

なくともわたくしを養い、雑役中を一人雇うには。

ではかつてのわたくしのような生活ができるかというとそんなことはない。

このお金全部があって、ドレス一著にもならないと知っています。わたくしはそれを茶會や夜會があるごとに新しいものを著ていたのだから。

家をもうし大きいところにうつるというのも考えないではないですが、ここは殿下が用意した家なのです。居を移すことがエリアス殿下の不興を招きかねない。難しいでしょう。

「とりあえずは何かあった時の備えにしましょう」

さて、何日もかけてアレクシ様の保有する書籍や書類を見ていると、何となくわたくしにも彼の研究がどう言うものかわかって來ました。

「大気中や水に溶け込んでいる低濃度の魔素を、集積して結晶化する……」

つまり人工的に魔石を作る研究です。

師や錬金師、聖などと呼ばれる者はその多くがペテン師の類ではありますが、一部の本は魔石の力に頼らず、大気中の魔素を使って火を起こしたり傷を治したりという業を使います。

は大気中の魔素をに蓄えることで、本來のが有する生學的な力を超えたきをする。

それは格以上の力強さや頑強さであり、炎や毒であり。竜や鷲頭獅子など空を飛ぶ魔も多いですが、格に対してそれらの翼の大きさでは本來飛ぶことはできないと。

これらを可能にしているのはに蓄えた魔素を結晶化して魔石とし、そこから魔力を取り出していると。

ダンジョンもまた核と呼ばれる巨大な魔石により維持される空間であり、魔素の度が高いため魔が好んで住まう。

魔石はエネルギーの源であり、それを用いた道は高価ではありますが王侯貴族を中心に一般的なものです。

例えば魔石を力に使用した洋燈や暖爐、氷室など。

これらの力の源たる魔石を人工的に作り上げる、これがアレクシ様の研究なのでしょう。

……畫期的ではないですか!

アレクシ様が勲章を得たレポートの容も読ませていただきました。その容は人工魔石作の研究の前段階として行なっていた、魔素濃度の濃淡が発生する條件についての研究が評価されたため。

「ふーむ……」

これだけ畫期的な研究、確かに夢語にすぎないと馬鹿にするような意見も出てくるのはわかります。ですがアレクシ様は結果を出している、その目標に対して前進されている。

それなのになぜエリアス殿下は彼にわたくしを嫁がせるような、研究の邪魔となるであろう行為をしたのでしょう?

エリアス殿下がアレクシ様に直接的な面識があろうはずはない。つまり、わたくしを嫁がせるための生意気で冴えない平民というのを探している時に、アレクシという名を殿下に伝えた者がいる。アレクシ様は誰か學閥の長や高位の地位を持つ學者に疎まれているということです。

「……解せませんね」

「何がでしょうか?」

わたくしの呟きに、料理をしているセンニが振り返り、尋ねてきます。

「いえ、このアレクシ様の研究についてですよ」

家が狹いので、些細な呟きもすぐ聞かれてしまいますわ。

センニは笑います。

「奧様はそんな難しいご本もわかるんですね。あたしも掃除の時にちょっと覗いたことがありますがちんぷんかんぷんで」

「専門書ですから、どうしても言葉が難しいですわよね。語とは違いますから」

「あたしも読めるような面白い本をもっと置いてくださると良いですのに」

「あら、もっとということはしは読めるのがあったのかしら?」

「旦那様が本棚の後ろに隠しているのとか面白かったですよ」

わたくしは棚の後ろを覗き込みます。

ああ、『ドキドキ★マリンちゃんのムチぷり❤️パラダイス』がこんなところに……!

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