仕事が多い。

王太子として、將來王となる余に課せられた學問であり仕事である。その量は父たる陛下が帰還なされてから明らかに増えた。

正直に言って不平は溜まる。

明らかに陛下は余がヴィルヘルミーナを平民に落としたことに、婚約を解消したことに不服なのであろう。

「だからと言ってこれはやり過ぎであるな」

余が呟くと、そばに控えていた務長が眉をかす。

「やり過ぎとは、如何なさいましたか」

余は目の前に積まれた書類の山を叩く。

何枚かがはらりと落ち、近侍の者はそれを拾って元に戻した。

「この量だ！　帝王學やら國際勢を學ばせる時間がかつてより増えているというのに、公務の代行まで増えていたらどれほど時間があっても足りんではないか！」

務長は眼鏡を押し上げつつ首を傾げた。

「はて、時間が無いとは？　昨日もマデトヤ嬢との茶會に時間を割かれていたと記憶していますが」

イーナと茶を共にしたが、それはさしたる長き時間でもなかったはずだ。

「休息すらとらせぬ気か！」

「いいえ、効率を考えた時に適度な休息は取っていただいて構いませんとも。ですが休息を取れる以上、時間がないなどの泣き言は許されませんぞ」

余は立ち上がり、務長にペンを突きつける。

彼は瞬きすらせずに余を睨み続ける。

「貴様、不敬であるぞ」

「陛下の下命ゆえに。泣き言を言わせず次代の王として相応しいところを見せろと」

ちっ、と舌打ちがれる。

椅子に座り、公務に戻った。この堅に話すだけ時間の無駄だ。

しばしさらさらと紙をペンが走る音のみが部屋に響く。

「エリアス殿下」

「何だ」

「公務を続けながらで構いませんので、老骨の小言をお聞きくださいませ」

「……言ってみよ」

手をかすのを止めず、ちらりと目をやると、務長は余に向けて深く頭を下げていた。

「勉強の量が増えているのはここ二年ほど殿下が學習に割かれる時間が減ったためでございます。そして特に両陛下が幸遊ばされている間は教師の元へも行かれなかったためでございます」

……イーナと仲を深めるため、そしてヴィルヘルミーナを遠ざけるためにいていたからな。

「確かにその側面があったのは認めよう。だがそれを一時に詰め込もうとするのは無理があるのではないか？」

「陛下にエリアス殿下が學業を疎かにしていた旨を詳細にお伝えして良いのでしたら、ペースを落とすよう教師たちに伝えますが」

「……やめよ」

それをされたら余の立場が危うい。

「畏まりました。それともう一つ、殿下の仕事が増えているとの件ですが、仕事の量はほとんど増えておりません」

「馬鹿なことを吐かすな。この書類の山はどうしたことか」

「以前もお伝えしましたが、ペリク……殿下の以前の婚約者殿が公務を代行しておられました」

余はペンを止める。

「それは以前も聞いた。だがその分を足したよりも明らかに増えていよう！」

「はい、ですが違うのです。私たちも殿下が彼を追い出すまで、彼の真価に気づいておらぬ凡愚であったのですが……」

務長は苦渋を顔に浮かべる。そこには罪の意識があるようにじられた。

「あの方は殿下の行わせた仕事に加え、殿下の仕事の手伝いもなさっていたのです。

毎朝晩、エリアス殿下の公務の仕分けをし、書類をやりやすいように並べておくことであるとか、必要となる資料を先んじてその機の上に置いておくことであるとか、ペン先を換したりインクを補充させておくとか。

個々の容は極めて些細なことであるかもしれません。ですがそれには殿下の行う容の広範な知識と思いやりがなくてはできないことでございます」

「あのが？　馬鹿な」

「真実でございます。エリアス殿下の仕事が増えているのではございません。効率が落ちているのでございます」

ヴィルヘルミーナ、あのが余のためにそこまで気を配っていただと？

確かに小賢しいではあった。だてらに王族のなす公務や議會の容まで調べ、余の學ぶべき容まで先んじて理解していた。

王妃教育というものはある。だがそれは禮儀作法と社と外に関わることだ。自國や隣國の王侯貴族の知識は余を支えるのに必要である。

しかしあのは貴族年鑑まで目を通して頭にれた上で、こちらの話にまで口出ししてくるのだからな。

ヴィルヘルミーナに公務を回していたのは事実である。余がそう命じたのだから。だがそれをこなす以上に、あのが自発的に余の公務をフォローしていただと？

余の手の中で羽ペンの軸がぼきりと折れた。

インクがじわりと白い袖を黒く染めていく。

「袖を汚した。著替えて休息を取る。……文句は言うまいな？」

「行ってらっしゃいませ。ペンはこちらで片付けておきます。マデトヤ嬢にも先れは出しておきますので」

務長は近侍の者に聲をかける。そうして執務室の扉が數時間ぶりに開かれた。