《【書籍化】追放された公爵令嬢、ヴィルヘルミーナが幸せになるまで。》第84話:勝手口
王都の貧民層の金回りが良い。
それは為政者側からしてみればごくごく僅かな金のきである。そもそも徴稅人すら行かぬ貧民窟《スラム》の奧に住む者や、路上に広げた茣蓙のみを縄張りとする乞食が銅貨を普段より一枚多く持っていたとして、富める者の誰が気づけようか。
貧民窟側の小さな店か、救貧院のシスターなら気づくかもしれない。例えば、この冬は路上で凍死している者がなかったと。
そして貧民たちは良く知っている。A&V社の簡易魔力鑑定所が子供たちに菓子を配っていたおかげだと。
ペルトラ夫妻が貧民に慈悲を與えているからだと。
とある夕暮れ、襤褸を纏った老爺が屋敷の裏手、勝手口にて頭を下げる。その片袖は中がなく、頭を下げた際に力無く揺れた。
「この立派なお屋敷のご主人様と奧様に、この哀れな乞食めにお慈悲をと……」
それを聞いたお仕著せのメイドは頷くと、金屬の取っ手を差し出す。
「ええ、我らが主はあなたたちを見捨てやしませんわ。さあここにって祈りを」
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男は跪くと、殘った手で取っ手を握って祈る。
「ご主人様に神の祝福があらんことを、奧様にも神の祝福があらんことを。使用人の方々にも謝を……」
カラリ、と乾いた音がする。
「いいわ、どうぞ」
男の差し出したに銅貨を數枚落とし、その上にく焼き締めたパンと子供たちに配っている菓子の切れ端を置く。
男はその重みに驚きを覚える。
自分たち乞食にここまで多く振る舞う貴族はいない。いたとしても教會の謝祭などの特別な日だけだ。
そう言った時の謝の言葉を告げる。
「厚き慈悲ありがとうございます、また來年までは來ませんので……」
しかし使用人は首を橫に振った。
「それ、あなたたちの言い回しなんでしょう? それを聞いた奧様はこう仰ったわ。また來週にでも來なさいと」
男は大事そうにを抱えてその場を去った。
すぐに別の襤褸を纏った男がやってくる。
今度は若い男のようだ。メイドの口元が弧を描く。
「あら、坊っちゃまも乞いですか?」
…………
わたくしが執務室で帳簿をつけていると、使用人からユルレミが來たという連絡がありました。
「もう、人の目に止まったらどうするつもりだったのかしら」
「襤褸を纏われて変裝し、勝手口からいらっしゃいました」
わたくしは笑いながら応接室へと向かいます。
「あら、ラトゥマ卿ごきげんよう」
既に著替えたのでしょう。平服を著たユルレミが立っています。
彼は眉間に皺を寄せました。
「ペルトラ夫人……姉さんと呼んでも良いですか」
「ええ、ユルレミ。この屋敷の中なら大丈夫よ」
そう挨拶をわして椅子へと座りました。
お茶をいれるメイドも護衛たちもみな、笑顔でユルレミに頭を下げていきます。わたくしがこの屋敷を手にれるまで、彼らを雇ってくれていたのはユルレミですからね。
「さて、あなたがわざわざ下手な変裝してまでこちらにやってきたのは何かしら?」
「商業ギルドの件です。あれは姉さんが?」
「ユルレミ、あなたは何を知っているのかしら?」
彼はしばし考えます。
「姉さんたちがA&V社を作ったこと、それは無料魔力鑑定所というサービスを行っていること、そのサービスのための店舗や人數など規模が拡大していること、屋敷を購して使用人を雇っていること、王都中央銀行や姉さんの友達だった貴族家の令息令嬢が後援者となっていること。鑑定機なるものが畫期的な発明であるにせよ、魔力持ちの報を魔學校などに売って金を稼いでいる程度では……どう考えても採算が合わない」
彼は紅茶にミルクを落としながら呟きます。
「姉さんは外出著とか地味にしているけど、この磁だって公爵家《ウチ》にあっておかしくないやつじゃないか」
カップを口に。
「そうね。続けて?」
「ペリクネン領にA&V社の研究者を多數派遣していること、領都にも簡易魔力鑑定所を作ったこと、研究者や冒険者がそこに頻繁に出りしていること。このきに注視してないんだからな……父は困ったものだ」
そう言ってため息をつきます。
「あら、そうなの?」
「まあ父がというか代がなのかなあ。去年からの報告書を漁ったけど、ほとんど記載されてなかったし。それで大事な冒険者を何人も引き抜かれてるんだから話にならないよね」
「彼らは冒険者に価値なんて見出してないのよ」
ユルレミは首を竦める。
「かもね。それと、姉さんたちが一度隣國に出國してすぐ戻ってきたのと、商業ギルドの特許部門に行ったってことまでが確定している報かな。魔石作製裝置だっけ?」
「ええ、旦那様がつくったのよ」
「アレクシ・ペルトラ氏。義兄さんと言って良いのかは分からないけど」
義兄とは法律上の兄(ブラザー・イン・ロウ)ですから、わたくしがペリクネンを追放された以上、法律上はわたくしとユルレミは姉弟ではないですもの。ユルレミにとってレクシーが義兄というのは立しませんものね。
「そう言ってあげれば喜ぶと思うわ」
今は研究所に行っていてここにはいないですけど。
「……うん。まあそれはそれとして、アレクシさんの特許の容を見させてもらったけども彼の発明はあんなものじゃない。違う?」
わたくしの口角が上がっていくのをじます。
「なんでそう思ったのかしら?」
「姉さんたちの羽振りの良さ、姉さんたちが商業ギルドに行った直後に特許部門長が行方不明、魔石の価格が市場で既に1割は落ちていること、商業ギルドからウチに公定基準価格の8割でしか買わないと連絡が來たこと」
そこまで言って、ユルレミは眉を寄せ、椅子のアームレストを指でとんとんと叩きます。
「妄想じみてるけど……今年この國に來る教皇猊下、姉さんが出國した數日後に猊下の冠中央の寶石が巨大な魔石に変わったこと」
ふふ、勘の良い子だわ。
「全部わたくしたちの行ったことよ」
ユルレミは立ち上がって聲を上げます。
「ナマドリウスⅣ世猊下に會ってきたの!?」
そして腳に力がらないかのように椅子に座り、背憑れに重を預けました。
「行儀が悪くってよ」
「いや、そうだけど……100カラット魔石か……」
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