《【書籍化】追放された公爵令嬢、ヴィルヘルミーナが幸せになるまで。》第90話:樞機卿
殿下が聲を上げます。
「ヴィルヘルミーナ! 汝は余に死ねと申すか!」
わたくしはエリアス殿下に向けて笑みを浮かべました。
「わたくしは誰に死んでしいなどと思っておりません。ただ、この件に関して最初に王命に叛いたのはどなただったでしょう?」
「だがそれは貴様がミーナを殺そうとしたからだ!」
「當然でしょう。あの當時のイーナ嬢の振る舞いをけて排除しないことがあり得ますか。わたくしはむしろ婚約という王命を、神前の契約を護ろうとしただけ。それを破ったのはエリアス、貴方ですわ。それを良くわたくしに対して不敬など言えたものですわね?」
再びくるりと陛下へと向き直ります。
「彼の者を咎めず、生かしておきながら、わたくしにそれを要求なさいますか?」
陛下は顔に苦渋を滲ませながらも頷きます。
「ヴィルヘルミーナ・ペルトラ。汝は正しい。だが正しさで國はかぬ」
まあその通りでしょう。
エリアス殿下を王太子から外していない理由は想像がつきます。結局のところ民からは人気があり、ペリクネン公やヨハンネス樞機卿といった有力な支持者を派閥に有していること。
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そしておそらくですが、政務能力も改善されているのではないでしょうか。イーナ嬢も今年になって貴族の令嬢、令夫人たちの間で評価が上向きつつあるようですしね。
陛下としてはエリアス殿下を切り捨てられなかった判斷は理解できますとも。代わりにわたくしを切り捨ててということですけど。
「ではどうなさいますか?」
「その発明は世界の変化を早くしすぎる。無かったものとするしかあるまい」
陛下が手を叩くと近習の者が衛兵に聲を屆け、そして謁見の間の扉が開かれます。
門番が高らかに告げるはヨハンネス樞機卿の名。
ああなるほど。応接間ではなくわざわざ謁見の間で話していたのはこれが理由ですか。
樞機卿にのみ許された赤を羽織り、富貴を表すにしても太りすぎたを揺らしながら歩いてくる男。
その左右には王を前にしても武裝することを許された、聖別された剣を、杖を武を構える聖騎士たちを護衛に。そしてその後ろには棘の生えた異形の武、捕縛を構える者たち。
「異端審問《インクィジター》……!」
樞機卿はこちらへと近づくと、口元を歪めて言います。
「久しいな。アレクシ・ペルトラ、ヴィルヘルミーナ・ペルトラよ」
わたくしたちは聖印をの前で切って頭を下げ、略禮とします。
「アレクシ・ミカ・ペルトラよ。汝に異端の嫌疑があるとの告発があった」
レクシーが答えます。
「何を以って異端とされましょう?」
「魔石の創造という、人のでありながら神の奇跡の範疇に手をかけようとしているとの話ではないか。畏れ多いことだ」
「私は自らの発明について特許に魔石を創造しているとは一度も記載しておりません。魔素を魔石へと変換しているだけです」
レクシーが言い、わたくしも続けます。
「魔素、魔力、魔石。それらを人が扱うことに対して問題があるとは教典のどこにも記されておりません」
「それに関して話を聞くための審問である。よもや異論はあるまいな?」
「無論」
異端の告発ではなく異端の嫌疑。
當たり前ですが王家としても樞機卿としてもレクシーの技を無かったことにするよりは手にれたいのが本音なのでしょう。
つまり異端と斷じてしまえばそれは技を完全に闇に葬るしかなくなってしまう。ですが嫌疑であれば撤回することができるということです。
わたくしはレクシーに抱きつきました。
「レクシー、耐えてください」
そう小聲で言いながら、わたくしは首から下げていた魔石の護符を彼のポケットに落とします。
「分かっている。ミーナも気をつけて」
彼のがわたくしの前髪の生え際へと落とされました。
「っ……!」
わたくしは彼のに頬を寄せ、上気する気持ちを抑え、そしてゆっくりと離れました。
「ではまた」
「ああ、必ず」
縄を持った異端審問が前に出てきます。
「縄打たなくとも、敬虔なる信者である夫は逃げやいたしませんわ」
その言葉に樞機卿は玉座の陛下に視線を送ります。
「そうしてやるがよい」
陛下の言葉に彼らは頷き、レクシーを挾むようにして歩くように指示をします。
レクシーの背中が遠くなり、やがて門を過ぎて見えなくなりました。背後から聲がかけられます。
「アレクシ・ペルトラの最新の研究が示されれば、そこに異端の技が扱われていないことの証となるであろうな」
研究結果を差し出せばレクシーを返してやろう、だがそうでなければ異端として処刑する。そう言っているのです。
わたくしは深く淑の禮を取りました。
「意にございます。社の者たちとも急ぎ相談する故、前失禮いたします」
そう言って立ち上がり、踵を返します。淑として不自然にならないように早く。怒りがれ出さぬように。
……野郎、目にもの見せてやりますのよ。
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