応接室の窓は急ぎ板で覆われ、複數ある出り口は一つを殘して封鎖された。扉の向こうで重たいものがかされる音がする。なにかで塞いだのだろう。

殘った一つの扉の前には神殿の兵たちが看守代わりにこちらを見張っている。武は鞘から抜かれ、隨分と警戒されている様子だ。

俺は先ほどまで樞機卿が座っていた高そうな椅子に座ってみる。正直、座り慣れた自宅のソファーの方が良いな。

「勝手に座るな！」

そう言われてもな。

どやどやと兵士たちがき、弓矢が持って來られる。さっきはられた時に雷が走ったからな。飛び道ということか。

ヨハンネス樞機卿の聲がする。

「殺すことは罷りならん。手足を狙え！」

弦の引き絞られる音、風を切る音。思わず目を瞑るが、矢がに屆くことはなかった。

甲高い音とともに矢は弾かれ、マホガニーの機の上をって大きな傷をつけた。

「貴様っ！」

いや、知らんが。俺は首を竦める。

「食事を與えるな！　飢えさせてやれ！」

ああ、なるほど。を傷つけない拷問もあるということか。

飯は與えられないが、葡萄酒が棚にあったのでちびちびやらせてもらっている。到底満足いく量ではないがチーズと乾果があったのは幸いだった。

飲んでるのを見た樞機卿には激昂されたが知らん。どこどこのヴィンテージで貴様ら如き平民が金を積んでも手にれられないものなのだと言われてもな。

「せっかくの良い酒にとって不幸なことに、監されて飲んでいると味くはじないものだな」

「貴様！　せめてこちらの出す他の酒と変えろ！」

「毒を仕込まない保証がないから無理だ」

水すら貰えないのは困ったものだが、ミーナの魔石が水屬を有しているのを利用し、樞機卿の使っていたクソ高そうな酒杯にかけられた矢の鏃を使って陣を刻み、量ながら水の出る魔道に加工した。

トイレに関してだけは応接室を糞尿まみれにして良いのかと伝えたら壺が用意され、しっかり回収もされるのでそれだけは快適だ。

轟音。

兵によって持ち込まれた鐘が打ち鳴らされる。

服を破って加工して耳栓としているが、簡易のもので完全に遮音できるというものでもない。ここは普通に王都市であり、そこまで酷くずっとという訳ではないが、大きく不快を與えてくる。

耐えろ、そうミーナは言った。こんな結界まで用意していたら辛いのは俺ではあるまいに。俺がすべきことは彼たちが俺を救うまでただじっと待つことだ。

無駄な力を使うな。考えるな。研究者である俺たちは分かっている。複雑な思考は特に力を使うと。

椅子に座り、日夜の區別なく微睡み続ける。ただ彼たちを信じて。

…………

レクシーのの回りに結界を張りました。これで安全なはずです。多分。一応。

不安……ええ、不安です。魔力の使用は魔石作で慣れたとは言え、魔を行使するのも初めてですし、その対象が目の前にいる訳ではないため、結果が見えませんからね。

「大丈夫ですよ、式は完璧に発しています」

わたくしのその表を見てか、オリヴェル氏がそう言ってくださいました。

「オリヴェル、あなたの魔力も使われたような気がしましたけど」

「そんなに長くは維持できませんが、敵意持ってれたものに雷撃が走る式をね。我らが社長が防だけだと舐められては困りますので」

「ありがとうございます」

わたくしは目禮すると、振り返って皆に聲をかけます。

「さて、取り急ぎレクシーのを守るためにきましたが、改めてわたくしたちの行についてです。屋敷の出りは基本的に避ける。出る時は必ず點呼と記名をして行うこと。外で捕まらないように、そして捕まったとしてもそれがすぐに分かるようにということですわね」

はい、と肯定の返事。

籠城の備えはしてありましたからね。食料品の貯蓄は充分ですし、水は魔力で作れますからそこは安心です。

魔石についても備蓄はありますが、各自生産を続けることや、鑑定事務所については安全が擔保できるまでは中止という旨を伝えます。

「王家、教會、ペリクネン公などからの使者は全て追い返しなさい。取り継ぎも不要、全て検討中と答えて構いません」

「畏まりました」

タルヴォが答えます。

「新聞屋などへの対応は事前に通達した通りに。研究者の方たちは他は何かありますか？」

「奧様はどうなさいますか？」

「部屋で休むわ！　何かあったらすぐに聲をかけてちょうだい」

わたくしはそう言って自室へと戻ります。

ヒルッカたちに囲まれて各所に魔石を隠した重いドレスをぎ捨てます。らかい部屋著を著て、を休めます。

わたくしはこれから眠りに落ちることが許されない。眠れば式は維持できません、魔法が解けてしまいますから。

オリヴェル卿たちが眠りを必要としなくなる式をかけてくれるとは言いますが、疲労は蓄積されるとのこと。できるだけ、を休めつつ眠らぬように。

ですが先に行うべきことがあります。

わたくしは床に額《ぬか》ずいて祈りを捧げました。

「主よ、あなたの齎《もたら》す公平さを失い、偽りの冠を被るもの、あなたの名をみだりに騙り、偽りの赤を纏うものがこの地におります。我が夫、アレクシは罪を犯さずして彼らの手に囚われました。主よ、どうかあなたが彼の避所《かくれが》になり、苦難の時には速やかなる佑助《ゆうじょ》となられますよう。そうあれかし」