「あっ……なんでもう一が……うぐっ……」

拝啓、お父様、お母様、私は今超ピンチに陥っています。人生でこんな験をするのは初めてかもしれません。

ノエルとの切り替えのタイミングで運悪く……というか三目の呪人(マミー)は完全にスキを突くことを狙っていたのだろう。私は首を締め付けている呪人(マミー)の太い腕を摑んで、腳をばたつかせて何とか引き剝がそうと必死になっているが、きが取れない。

「ブラブラブラ……ウフィスモディソシ……」

そうやら私を背後から締め上げている呪人(マミー)は笑っているようで、聲が完全に嘲笑のそれになっている。

呪人(マミー)の腕力を完全に見誤っていたかもしれない。そして私は呪人(マミー)の數を確認していなかったことに気がついた。そうだ、博館にる前に橫斷幕に書いてあったじゃないか。

『まるで生きているかのような保存狀態の三の木乃伊(ミイラ)が見れる！』

なんて迂闊……確認をしていたはずの報をすっかり失念していた。こんな間抜けな姿を前世の仲間が見たらどう言われただろうか？　やだもう私ったら恥ずかしい。

『まあ、ノエルだしなぁ……』

『だってノエルだから仕方ない』

『なんでノエル兄は細かいところを確認しないのよ！』

『助けてほしかったら、まな板って言ったの謝りなさいよ』

案外同じだったことを思い出して、黒歴史をほじくり返した気分でさらに恥ずかしさが増した。しかし首がさらに締め付けられた苦しさで現実逃避をやめ、反撃に移る。とはいえかせるのは足だけか。

足で後ろにいるはずの呪人(マミー)を必死に蹴る……がすでに地に足がついていない狀態で足を振っているので、十分な威力が出ない。さらに呪人(マミー)のいと防結界の前に、あまり効果は出ていない。

「ううっ！　……くうっ！　は、離れ……っ！」

息ができない……目から涙が零れ落ちる。いや、これは悲しいとかじゃなくて、首への締め付けが強烈すぎて涙腺が開いているんだろう。　私の視界が赤く染まっていく、ああ、これまずいパターンだ。最後に見る景が博館の壁とは……なんとも締まらない。口元から苦しさで涎を流して……とてもではないがお嬢様としては殘念な狀況に苦しむ。

「あぅ……ぐぇ……こ、こんな……えっ？！」

「ムゥシ……ムゥシフィスプ……」

いきなり呪人(マミー)の力が緩んだ。え？　と思う間もなく私は急に落下して、か弱いお嬢様のように地面へと倒れ伏す。

いや、私一応こう見えてもいいところのお嬢様なので……決してか弱くはないけどお嬢様であることは事実ではあるのだけどね。

ようやく呼吸できた私は必死に咳き込んで、酸素をにれ……首をるが、強く締められただけで特に傷などはついていなかった。

よかった……死んでいなかった。涙目でへたり込む私の前に、銀のを纏った大きな狼獣人(ワーウルフ)が私を庇うように立つ。

前世では私は守る側だった……こうやって守ってもらった記憶は……ずっと昔子供の時に、あれはいつだったか。

必死に私を……ノエルを庇ってくれたあの人は誰だっただろうか？　心の底から強い憧憬のが湧き出し、私は思わず息を呑む。前世の記憶が強烈なくらいに私の心を揺さぶっている……心臓が大きくドクン、と鼓する。

目の前の、その銀の狼獣人(ワーウルフ)のしい並みの輝きが、私の記憶の中のその人とリンクしてすり替わっていく。

「大丈夫かい？　新居さん」

その聲は狛江さんだった。そして呪人(マミー)はにぽっかりと空いた大を見つめて驚いている。そうか……狛江さんが私を……。何となくホッとしたような、しだけ溫かい気持ちになる。

なんだろう？　私の心臓が早鐘のように鳴っている、これはどう言うことなんだろう？　現世でこんな気持ちを抱いたのは初めてかもしれない。どうしても手が屆かないような、でもそれでいて手をばしたくなるようなそんな気持ち。

なんでだろう？　私はどうしてこんなに頬を熱くしているのだろう？　なんで冷靜な自分でいられないのだろう？

私の前世は男なのに……どうして強い衝をじているのだろうか？

私のかな揺とは関係なく、目の前では狛江さんと呪人(マミー)の戦いが始まっていた。

狼獣人(ワーウルフ)となった狛江さんは、そのまま敵を引き裂いていく。銀の狼獣人(ワーウルフ)……前世でも見たことがないな。狛江さんはそのまま何事もなく、呪人(マミー)がかなくなるまで完全に叩き潰すと、周りを警戒しながら私の元へと戻ってきた。

「大丈夫？　立てるかい？」

「あ、ありがとう……ございます……狛江さ……あっ」

私は日本刀を鞘に収め、杖代わりにして立ち上がろうとする……が、全に痛みが走り、崩れ落ちそうになる。何というか、ノエル効果と全の切り傷の痛みが合わさって、軽い拷問のような狀態だ。

フワッと銀の皮に包まれる私、あら？　狛江さんが倒れそうな私を優しく抱きしめてくれている。何だろう、この心地よい……そうかモフモフだからか。しだけホッとした気分で彼にを預ける。

「大丈夫？　新居さん……無理はしないでね。本部、降魔は倒しました、よっと」

「え？　あっ、ちょっと狛江さ……！」

狛江さんは狼獣人(ワーウルフ)狀態のまま、私をいわゆる『お姫様抱っこ』の狀態にして抱えた。思わず私は自分の心の揺に焦って両手で口を覆ってしまった。

心臓が大きく高鳴る……自分自が現世ではうら若きであることを再認識させられるような、とても強い恥心をじて恥ずかしさから目を開けることすら出來なくなっていく。

こ、これは……死ぬほど恥ずかしい！

によっては彼氏にされたい勢としてよく話題に上がる『お姫様抱っこ』だが……私、前世が男なので……まさか自分が散々にしてきた格好にされてしまうなんてことが……。

なんてことだ！　ちなみに前世ではベッドにと向かうときにこれをすると、どんなにツンケンしていたあの娘も、その娘も、ついでに本當のお姫様だってみんなコロッと落ちたものだった。

ちょっと待って！　私前世が男なのに、どうして今コロッと行きそうになってるの！？ そんな無茶苦茶なことあり得なくない？！

前世で私にこの格好にさせられたたちの気分を強烈に味わわされて、私は心気絶しそうな気持ちに陥る。

あまりの恥ずかしさに、これまでの人生で験したことのないレベルに顔を真っ赤に染めて下を向いてしまった私を見て、狛江さんが狼の顔のまま悪気なく笑う……いや、ほんとこれ表現できないくらい恥ずかしい！　どんどん熱くなる顔を両手で覆って、とにかくがあったら隠れたい気分でを震わせる。

「あ、とこの格好のままじゃ外には出れないから、ダメか。元に戻るね……」

しブルリとを震わせると、狛江さんがスルスルと元の人間の姿へと戻っていく。この人私より背が低いのに、しっかりと私をこのポーズで支えている……上半なのもあって、彼の思っていたよりもしっかりとした格、筋質なを見ることができた。

そして、かなり多くの傷がに刻まれているのが見える。この人のは、戦士のだ……見惚れるようなを見て、思わず傷跡をそっとでてしまう。その手のきに、狛江さんが驚いたようにを震わせる。

「あ、新居さん？　急にどうしたの？」

「す、すいません……志(・)狼(・)さ(・)ん(・)……わ、私……」

何事かと私を見下ろす志狼さんの目と私の目が合い、思わず……見つめてしまうくらい榛の目はしかった。なんて綺麗な瞳なんだろう……しの間、私たちはじっとお互いを見つめていた。私の頬が熱い……今世で初めてじる、そして暖かさ。

私は呼吸すらできないまま、彼の目を見つめている……も、もうどうにでもなっていいかな……私。

「えええ、あ……燈ちゃん！　そ、その男は誰かな〜……」

「あ……」

二階展示室のり口に金髪で頬に大きな傷がっていて、ラフな格好の男が口をあんぐり開けて立っていた。

コードネーム火炎の魔法使い(ファイアメイジ)こと……バックアップとしてくる予定だった全力のセクハラ野郎墨田　悠人(すみだ　ゆうと)さんだ。よく見ると怒りのあまり軽く震えている。

この人は常日頃『おっぱいませろ』とか『処を予約している』とか、『もっと興することをしようか』とか散々にセクハラをしてくるコンプライアンスの敵なのだ。今の私と狛江さんの雰囲気を見て……愕然とした表になっている。

「あ、燈ちゃん……お、俺というものがいながら……ど、どぼじで……」

いやいや、あんた會う度にセクハラしかしねえじゃん。ショックけられても困るんですけど……。急に冷靜さを取り戻してきた私は、この格好のままだと恥ずかしいだけだと気がついた。

「あ、志狼さん。もう大丈夫です、立てます……」

私は志狼さんに謝って、自分の足で地面に立つ。悠人さんに言われるまでもなく、いつまでもあの格好は流石に恥ずかしい……し痛みがあるが、歩けないレベルではない。

「あ、燈ちゃん……いつの間にその男とそんなに仲良くなったのかなー……？」

「え？　あ、そ、その……」

そこで気がついた、私は名前で人を呼ぶことはあまりしていない……KoRJのメンバーを下の名前で呼んでしまったのは初めてかもしれない。なお、悠人さんはそう呼ばないとめちゃくちゃしつこいので、仕方なく呼んでいるだけである。

自分のが訳のわからない狀態になってどうしたらいいかわからず、再び顔を真っ赤にして両手で顔を覆う私を見て……悠人さんがショックをけた顔をしている。當の志狼さんはよくわかっていないようで、ポケーとしている。

「あ、燈ちゃん……俺の燈ちゃんが……噓だろ……」

そんな彼らの姿を遠くから見つめる姿があった。

その男はフード付きのパーカーを目深に被っており口元しか見えていない。パーカーは量販店で買えるような安目のもので、ジーンズとスニーカーもそれほど高価なものに見えない。

あの時……一番最初のきっかけを作ったあの男……フードをあげると……白髪に緑のサファイヤのような目、そして尖った耳。は褐をさらに煮詰めたような濃いをしている。

「フフフ……日本には面白いのがいるねえ……二つの魂を宿す娘か……」

「なあに？　面白いのがいたの？」

彼の背後から聲がかけられる。耳の尖った男が振り返るとそこには、黒髪の白いをした妖艶なドレスのが立っていた。

「ええ、あれはいい逸材ですよ」

耳の尖った男が妖艶なへ笑いかける、しあどけなさをじる笑顔だ。

「魂が二つ……好きなように表と裏に切り替えられるようです。普段は可憐なの魂が全面に出ていますけど……裏の顔がとても……殘酷で僕らみたい」

男のあどけない笑顔が、不気味なくらいに歪む。

「ずっとそのままで過ごせばいいのに……敵を殺して殺して殺し続けた人の魂ですよ、あれは」

_(:3 」∠)_ あの娘もこの娘も、お姫様も……前世が男でもイチコロだ！

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