「ヒイイイッ！　なんで……なんでこんなことに！」

大都會東京……とある繁華街の裏路地で、悲鳴が上がる……平和が崩壊してしまった世界の中で、それでもまだ繁華街の夜は人が多い。

酔った人たちは暗闇の多い場所には近寄らず、明るい場所にしか近寄らなくなっていたが、都市部の裏路地に足を踏みれる人はなからず殘っている。だが軽い悲鳴が上がったところで、表通りを歩く人たちの耳にはることはないだろう。

聞こえなかったら、聞こえたとしても聞かないふりをしていれば……なくとも自分だけは助かるかもしれないのだから。

裏路地に上がった悲鳴の主は都の大手ＩＴ企業へと勤務する星川いずみ……彼は新しい人と共に近道だと説明されてこの裏路地へと足を踏みれた。

スマートフォンで調べたところ確かに目的地であるホテル街へと移するにはこの路地は近道だったのだが……彼は難を示したのだが、人は耳を貸さず半ば強引にこの場所へと足を踏みれることになってしまった。

彼には軽いトラウマがある……記憶があやふやなのだが、こういった場所に足を踏みれることに強い恐怖を覚えているからだ。

「ひ、ヒイイイッ！　タケシくん……あなたどうして……」

「バカなだ……男に言われてホイホイついてきて……お前はそれほど味しそうには見えないが、腹の足しにはなるだろうよ」

彼の目の前にはそれまで優しかったはずのタケシくんが、不気味にる目と、口元からびる不気味な犬歯を輝かせて笑っているところだった……優しかったはずのタケシくんは人間じゃない？！　どうして……気を失いそうなほどの恐怖をじつつも、必死に逃げ出そうと地面を這ういずみ……だがその逃げようとした方向から數人の男が歪んだ笑みを見せながら歩いてくるのをみて、さらに恐怖を覚えが震える……涙もボロボロとこぼれ落ちる。

「……なんだタケシ、こいつがメシか？　みたところあんまりうまそうに見えないけどなあ……」

現れた三人の男……その雰囲気はあまりに邪悪で、歪んだ笑みを浮かべタケシくんと同じように鋭い犬歯を口から覗かせた異形の人たちだった。

タケシはクスクス笑いながら、いずみの足を摑むとまるでを持ち運ぶかのようにズルズルと路地裏の奧へと引っ張っていく。痛みと屈辱でいずみは悲鳴をあげる……。

「いや！　痛い！　やめてええっ！」

「うるせえなあ……エサはエサらしく黙って死ねよ……ったく……最近じゃ背教者(レネゲード)とかいう面倒な連中も巡回してるからな……狩りもちゃんとできねえよ」

タケシの言葉に違いねえ、と笑いながら泣き喚くいずみを引きずるタケシについて、路地裏の奧へと彼を引っ張り込む……そこは小さな広場になっており、壁には大きな何かで刻まれた傷が殘っている。

ふと、いずみはこの場所を見たことがある気がした……いつだったろうか？　この場所にはきてはいけない、と誰かに言われたような……不安そうに辺りを見回すいずみを見て、タケシたちは歪んだ笑みを浮かべて舌なめずりを始める。

「まずはを吸い盡くして……食鬼(グール)にならないようにお(・)片(・)付(・)け(・)、だな」

「嫌だ！　助けて！　私死にたくない！」

恐怖で失しながら、いずみは必死に別の通路側へと逃げ出そうとするが……そこにはまるで何かがあるかのように、先へと進むことができない……見えない壁に阻まれたいずみは必死にその壁を叩いてぶ。

だが、彼の必死のびは虛しく壁に阻まれているのかその先に見える明るい場所からは誰もこちらへとってこようとしないのだ……どうして！　誰か助けて！

クスクス笑いながら男たちがいずみへと近寄ってきたその瞬間……通路の方から聲が聞こえた。

「……しゃがんでください」

「……うぎゃあああっ！」

咄嗟にを伏せたいずみの背中の上を轟音と共に何かが通過する……しの間を置いてタケシくんの悲鳴が上がる。

いずみはを震わせながら涙で濡れた目を向けると、いずみを庇うように一人のがそこには立っており、暴漢のうち二人が地面へとを真っ二つにされて倒れの海へと沈んでおり、タケシくんは切り裂かれた腕を押さえながら地面へとへたり込んでいる。

月のが差し込むとそのの神々しい姿がはっきりと見える……黒く長い髪は夜風にさらさらと靡いている。紺のブレザーにを包んでおり、し短めになったスカートからは白い足が覗き、足元にはとてもゴツいブーツを履いている。

いずみの視線に気がついたのか軽く彼の方を見るそのの容姿は恐ろしく整っており、まるで神と稱してもよいかのようなしい顔をしている。目元はしキツめだが、いずみは今まで出會ったすべてのよりもしい、と素直にじた。

彼は手に持った日本刀を軽く振るうと、暴漢たちに聲をかける。

「……背教者(レネゲード)じゃないわよね？　なら処分します」

「くっ……お前まさか……ＫｏＲＪの……」

「ご名答……アンタ達みたいなのを片付けるのがお仕事よ」

は彼らに視線を戻すと、軽く何度か日本刀を振るう……そのきに合わせて男達の悲鳴が上がるがいずみは恐怖からそのの背中をずっと見続けている。

ぐしゃっ！　どしゃ！　という何か重いものが地面へと落ちる音が聞こえた後、辺りに靜寂が戻る……はしの間だけ、軽く周りの様子を確認していたが、危険がないと悟ったのか日本刀をくるりと回して腰の鞘へとおさめていく。

それから彼は腰を抜かしてけなくなっているいずみの前へと膝を落としてそっと彼の頬に手を差しべた。

「……大丈夫ですか？」

「あ、ああ……」

真正面から見るそのの顔は、昔どこかで見たことがあるような気がした……キツめの目だが口元にしだけ微笑みのような表を浮かべており、とても優しい印象だ。

黒髪だけでなくもしい……まだ若いのだろう、年相応にあどけなさもじるその顔を見つめるいずみは、いつしか涙が止まり、ほんのしだけ頬が熱くなるのをじる。

いずみが彼の背後を見ようとするのを首を振って嗜めると、彼はいずみに向かってゆっくりと話しかける。

「路地裏にってはいけないです、ここは闇の領域……日本という國は平和ですが、その平和も仮初のものです。星(・)川(・)さ(・)ん(・)、決して次はらないでくださいね。こちら戦乙(ワルキューレ)、保護対象の収容をお願いします」

いずみが黙って何度か頷くを見て、ニコリと笑うと彼は耳元につけているインカムへと話しかけると、いずみの手をとって彼を支えるように立ち上がると、一緒に路地裏を抜ける通路、急車両の點滅するライトの方向へと歩き出す……泉が軽く後ろを振り返ると、月明かりが差し込まなくなった路地裏には何かが転がっているようなぼんやりとした景しか映らなくなっていく。

生き殘った……のか？　いずみの意識がゆっくりと遠くなっていく……そんないずみを見ながら、にっこりと笑うしいの顔を記憶に殘しておこうと彼の意識が暗闇の中へと落ちていく。

「……ありがとう……神様……私もう悪い男に騙されたくない……」

「いずみさんも、いつか必ずいい男に出會えますよ、大丈夫」

新居　燈は気を失ったいずみの顔を見て微笑むと、通路の先に立っている男へと微笑む……青梅　涼生、ＫｏＲＪの戦闘員である彼が燈の無事を見てホッと息を吐く。

彼はそのまま彼へと駆け寄ると、いずみに布をかけてから通路へとってくる看護擔當へといずみをけ渡し指示を出した後、燈の隣へとそっと立つが、燈はし悪戯っぽい表で自分よりも高い青梅の顔を覗き込む。

「……心配だった？」

「そんなことはないよ、燈ちゃんは強いからね……あの程度の降魔(デーモン)だったら問題ないって信じてる」

青梅は燈を見下ろすと笑顔で彼へと微笑むと、そっと彼の差し出した左手を握る……こうやって一緒に任務に出るのも久しぶりだ、いつもはずっと一緒に行しているから、別に寂しくなんかないのだけど。

お互いが別々の場所へと派遣されるケースもあるので、こういう時間は貴重かなとは思う……青梅は傍に立つ燈を見つめて微笑む。

その笑顔を見て、彼の人である新居　燈が満面の笑みを浮かべて彼の腕へと軽くしなだれ……そして優しく手を振り解いてから通路の先で待つ仲間の元へと歩き出す。

そんな彼の姿を眩しくじながら、青梅は先ほどまで繋いでいた手のほんのりとした溫もりに小さな幸せをじている。

前を歩いていた新居　燈が青梅へと振り向くと、すごく嬉しそうな顔で彼へと微笑むのを見て、青梅はこの笑顔をずっと見ていたいと心より願い、彼について歩き出す。

「さあ早く行かなきゃ……八王子さんに、「そういうことは家でやれ！」って言われちゃうよ、燈ちゃん」

『この世界は危機に瀕している』

映畫の中で、小説の中で人々はこのフレーズを絶えず目にする。

だけどいつの日もその言葉が現実になる時、人々はただ怯えるだけでなく生き延びるための方策を考える。

だからこそ私たちのような組織が生まれ出でた。

『この世界は危機に瀕している』

何度かの大きな戦いの中で、人々は暗闇を恐れ、暗闇を避け、そして暗闇を見ることをやめた。

だがしかし、その暗闇の中で蠢く邪悪に人々は気がついてしまった。

気がついたのであれば戦わなければならない、爭うか、屈服するか……選択肢はいつもふたつだ。

そしてこの世界の人たちは戦うことを選択した……だがその意志は統一されず、常に揺れいている。

『この世界は危機に瀕している』

魔王という存在がこの世界に現れた……一握りの人たちの手により、世界の危機は救われたはずだった。

だがその影響は大きく、世界は未だ暗闇を恐れたままだ。

路地裏に、ふと振り向いた街燈の燈りの屆かない場所に、それは存在している。

するものが奪われ、するべき人たちがいなくなる……そんな理不盡を許すわけにはいかないのだ。

私たちは月夜のなか、日夜闘い続ける……その先に何があるのか？　それは最後の時になるまではわからないかもしれない。

だからこそ、私はこの世界のために剣を振るう……この世界を守るために、使わされた最後の剣聖(ソードマスター)として、そして一人のとして……それが私、新居　燈の使命だと信じて、私のする人たちと共にこの世界を守るのだ。

前世の仲間にもう一度會うことがあったら……私はに転生したけど、この世界でお嬢様としてもちゃんとやっていけているよ、と伝えてあげたい。私の大好きな人を紹介してあげたいとさえ思う。

転生も悪くない、だってそんな俺……いや私をしてくれる人や、新しい友人たちがこんなにも多く存在しているのだから。

前世は剣聖の俺が、もしお嬢様に転生したのならば。　－完－

読んでいただいた皆様へ。

前世は剣聖の俺が、もしお嬢様に転生したのならば。

ようやく完結……いや、結構あっという間に完結しちゃいましたね。

本作は二〇二二年一月より連載を開始しましたが、実は二〇二一年の九月から書き始めてまして、當初はもっとあっさりとした容で考えてました。

最初の三〇話、一二萬文字を一気に書いた後、手直しを何回かれており、納得いくまでなかなかに苦労した記憶があります。

何度も心が折れそうになって正直辛かった時期もあるのですが、語を最後まで到達させることができたのは、自分にとってしだけ自信になりました。

私はこの作品が初めての完結作品となりますが、一〇〇萬文字近く続けることができたことは皆様の応援、ご評価あってのことだと思います。

ローファンタジーというジャンルを書いてみて本當に楽しかったので……また改めてこのジャンルでプロットから考え、より皆様に楽しんでいただけるような次の小説を連載したいと思います。

その時までぜひお待ちいただければ幸いです。

改めて最後まで読んでいただき本當にありがとうございます。

またこのジャンルで皆様にお會いできるように頑張ります。

本作品を気にっていただけましたらぜひ、ご評価、作品のブックマーク、作者のフォローなどいただけますと本當に嬉しいです。

よろしくお願いいたします。

自転車和尚