當面の対策として一人での下校が許されなくなり、男共はいいとして子二人は牽制としては弱いのと、周囲からの嫉妬が増すのでどうか止めてくれと懇願して難を逃れ二日。

あの不審者の影すら見えない日が続いていた本日、今日のお目付け役である樹本が下駄箱を前にして「ちょっと用事」などと言ってさーっといなくなってすぐ、一人手持ち無沙汰で待っていれば思わぬ人に聲を掛けられた。

「あ、あの……。今お時間がおありでしょうか？」

どこかで聞いたことのある聲だなと振り向けばそこにいたのはアイドルも顔負けな非常に整った顔面の華奢な子で。一週間以上も前に突如中庭で告白劇を披してきたあの朝日がすぐ後ろに立っていた。

噂やらで話を聞く以外には接のせの字もなかったがために、姿を視界に納めた際には々驚いた。思わず周辺に目を向けるが、下校時間をずらしたからか幸い誰もいない。朝日もさすがに人の目のある時に接はしないかと、考え直して向き合った。

「あー……、何か用か？」

揺したままに口を開いてちょっと後悔。用があるから話し掛けたんだろうになんだこの塩対応。

あまり年下に冷たい態度を取るのもどうよと心で荒狂っているのも知らず、目の前の一年子はかちこちに固まりつつも答えてくれた。

「は、はい。お話したいことがあるんです。どうか私に付き合ってはもらえませんか？」

その付き合っては買いに行くとかそういう方向だよな？　揺が治まらないながらも必死に頭を廻らせて答えを口にする。

「ああ、悪い。実は友達と帰る約束をしていて、そいつを待ってるから無理」

そこまで言った所でスマホが著信を告げた。このタイミング？とキナ臭さをじて、斷ってから確認すればそれは樹本からの謝罪連絡だった。

『ちょっと遅れそうだから時間潰しといて』と、今のこの場面を見ていたんじゃないかっていう容がそこにはあった。ぐるりと一回周囲を見回してから朝日に戻る。

「あ、あの、ダメ、ですか？」

照れ臭そうに上目使いする朝日を前にどうにかため息を飲み込む。まるで、はい以外の選択肢は取れないゲームの主人公のような気持ちで、朝日の申し出を了承した。

やって來たのは校舎裏のさらに日になっている所。じめじめとしてあまり人の立ちらない場所で、緒話をするにはもってこいのロケーションだろう。

俺と朝日の二人で話し合うというなら人目は避けるに限る。まあここに來るまでの間に遠目には人の姿を確認してきたんだ。誰かに目撃されている可能はゼロじゃないと覚悟は決めておく。

一応、背後は気にして來たので追跡者はいないはずだ。他に誰もいない校舎の影で朝日と向き合う。

「それで話って」

「今回の事は、あの、本當に、申し訳ありませんでした！」

本題にろうと聲を掛ければいきなり頭を下げられた。止める間もないというのはこのことだろう。人目がなくて良かったと心から思う。

「私の軽率な行で、先輩には多大なるご迷をお掛けしてしまいました。もうし周囲の目を気にするべきだったと反省しています。本當にごめんなさい」

頭を下げたまま朝日は謝罪を続ける。

確かにこの騒の切っ掛けは目の前のこの一年だとも言える。告白から今日に至るまで俺がけた迷を考えれば俺は謝罪の一つや二つけるのが當然だとも思う。

でも、それをこの目の前の一年子に背負わせる気など、俺も樹本たちも端からない訳で。

「別にお前の所為じゃないだろ。確かに場所は考えてしかったが、だからと言ってお前は悪いことはしていない。これは異常に反応した周囲に問題があるだけの話だ。お前がそこまで気負う必要なんてないんだから、あんまり気にするな」

なんだってたかが告白一つで學校中が大騒ぎする事態になるのか。ラブコメ漫畫じゃあるまいに、こんな大騒になるなんて予想も出來なければ対処だって難しいだろう。朝日にしたって寢耳に水、去年まで中學生だった子が対応出來るはずがないんだ。

今回の件ははっきり言って過剰反応した周囲の人間が悪い。朝日だって加害者側ではなく被害者側に立っていると俺たちは思っている。

だからこいつが悪いとは考えていない。まだまだ華奢でさの抜けない、自分より頭一つも小さい子が、たった一人で謝罪のために年上の男の前に立つ必要なんてないんだよ。

「で、でも……」

顔を上げた朝日が泣き出しそうな顔で見返してくる。の泣き顔って迫力があるなとドギマギしつつ、どう諭すか頭を巡らせる。

「そっちもいろいろと大変なのは噂やらで知ってる。俺たちは揃って被害者なんだ。なら被害者同士で謝るのはおかしいだろ。それに、俺はお前に対しては怒ってなんていないんだ。だから謝罪されても、その、困る」

説得方法を必死になって考えたけど結局最後は本音が出た。出てしまった。

そりゃ最初はなんてことをしてくれたんだと思うことはあった。が、それだって、朝日は別に悪いことはしてないんだからという結論に落ち著けば、沸く怒りもない。

むしろ、特に悪いこともせず騒に巻き込まれただけの人気がやたらある一年に、一方的に謝罪をさせるって狀況こそまずいと思い至る。

これ端から見れば確実に俺の方が悪者だろ。そういう意味から言っても謝られるのは非常に座りが悪いのだ。なので即刻止めて頂きたい。

じっと見上げてくる朝日を見返してどうにかこうにか言葉を続ける。他人をめるなんて、一介の男子高校生のの上なら早々あるはずもなく非常に焦る。

こういう時嵩原なら口八丁のみで渡りきるんだろうなと考えて、奴が散々人のことを不用だなんだと稱したことにこのタイミングで納得して自分に苛ついた。

不用って認めんなという気持ちと、余所のこと考えている暇があるのかという二重の意味で。

「……」

「まあ、あんまり気に病むなよ。俺は気にしてないから」

「……はい。先輩」

どうにか最終的には功したようで、謝罪を止めさせることは功した。若干気落ちしているように見えなくもないが、もう無理。これが俺の限界だ。

泣かせることはなかったんだから十分な果だと思うぞ、俺にしては。

「……」

「……」

ほっと安堵すれば途端に気まずい沈黙が周囲に広がる。こ、ここからどうすればいいんだろうか。もう解散でいいか？　朝日も用件は済ませられただろうし、もう帰ってもいいだろうか。

「あー……、それじゃ、まあ、そういうことだから。お前も気を付けて」

「お前、じゃないです」

ぽつりと呟かれた言葉に解散の一言が奧で止まる。えっと目をやれば真剣な眼差しで以てこちらを見ていて、ただでさえ大きな目が力強く開かれていて一瞬呑み込まれる。

「私の名前、です。お前じゃ、ないです」

何を言われているのかすぐには理解出來ず、染み渡るように脳が解釈していって、あーとなんとも言えない気持ちになる。

いや知ってるけど。軽口が飛び出しそうだがなんとなく居心地の悪い空気にそれも憚られる。これは怒っている、のだろうか。ちゃんと名前を呼ぶべきだった？

「ああ、うん。朝日、……春乃だよな？」

試しにフルネームを口にすれば下の名前はうろ覚えだった。多分合ってる、合ってるはずだ。これで間違ってたらどう誤魔化せばいいんだ。

さっきとは違う悸に襲われながら本人を窺えば、俺の懸念はなんだったのかと云わんばかりの満面の笑みが返された。

「はい……！　そうです、先輩！　名前、覚えてくれていたんですね！」

花が咲いたような笑顔とはこのことか。あまりの輝きに言葉がで詰まる。

俺そこまで記憶力アレじゃねえよとか、名前を覚えていただけのことでそこまで喜ぶのかとか。

とりあえず言いたいことはいろいろあるけれども、なんかとっても気恥ずかしい。

「あ、はい……。それは、うん……」

「嬉しいです！」

「あ、はい……」

これなんて返せばいいの？　なんで名前覚えてるだけでこんなに喜ばれるの？　俺そんな知能指數低く見られてるの？

「あー……、俺は永野真人っていうんだが、名乗ってたっけ？」

混が全く治まらない中、気付けば自己紹介してた。このタイミングかと自分でツッコむが、朝日は気にせずに嬉しそうなままさらに笑顔を輝かせてくる。

「あ、いえ！　先輩のお名前は後になって聞きました！　あの時は自分のことばかりで、先輩のお名前さえ確認しないで失禮しました！　その、い、一杯一杯だったから……」

嬉しそうに笑っているかと思えば次には頬を染めて俯く。変化の激しさに置いてかれそうだが、でも実際は俺にまでなんか伝播された。

あれだよな。あの時ってのはつまりはこいつが特攻してきた時で、一杯一杯というのもつまりは告白云々で。

なんか、なんか今凄くラブコメっぽい空気！　居たたまれねぇ、なんだこの漫畫っぽいじ。

気まずいし気恥ずかしいしで今すぐ下校したくなるが、ちょっとここは冷靜に考えよう。

朝日の発言で思い出した。今って告白の返事をするには丁度いいんじゃないかって。

周囲に人はいなくて邪魔をされることはない。二岡にも突っつかれていたことだし俺の答えは早々に伝えておいた方が朝日のためにも、騒沈靜化のためにもなるだろう。多分。

今を逃したらまた何か理由があって、なあなあになりそうな気がして仕方ない。

「朝日。ちょっと、いいか」

腹を括るために深く息を吐き出して朝日を呼ぶ。顔を上げた朝日は俺の顔を見て察する所があったのか、恥ずかしそうだった表を一変させてこちらを見てくる。

張のある真剣な空気が二人の間に流れていて、その重い空気に負けないよう口を開いた。

「その、返事なんだが」

そこまで口にした時だ。

「やめろー！！」

突如毆り付けるような怒聲が聞こえて、はっと周囲に目を向ける。誰もいないはずのここに、一人凄い勢いで駆け込んでくる男子生徒の姿が見えた。

も世もないといった一心不の走行フォームは、滅茶苦茶なのに勢いだけはじられる。それは近付いてくることで見えたその走った目と、決死の形相からそうけ取ったのか。

迷いない足取りは真っ直ぐにこちらへと向かっていた。

「何か用か？」

目の前三メートルほどで立ち止まった生徒に、牽制がてら聲を掛ける。荒く息を吐き前後させる元のネクタイのは赤。

一年生であることが分かり、朝日の知り合いかとも思ったが矢面に立たせるのはまずい気がして一歩前に出た。が、それは悪手だったのかもしれない。

「お前に用はない！　僕は、朝日さんを止めるために來たんだ！」

ぎろりと走った目で睨んでくる。息も整えないままにぶものだから、その聲はひっくり返って聞き取り辛く、言い終えて間もなく噎せてしまって何がなにやら。あまり力に自信はないタイプか？

「朝日、知り合いか？」

多分違うよなと思いながらも、確認のために振り返って訊ねればふるふると首を橫に振られた。怯えた様子でこまってる姿を見るに、親しみはなく反対に恐怖をじているようだ。

気持ちは分からなくもない。突き飛ばされそうな勢いで絡まれたら誰だって構えるものだ。

「朝日さんに軽々しく話し掛けるな！　朝日さんは、お前みたいな凡人と関わりを持つ人じゃない！」

「……あ？」

真っ向から悪口をぶつけられて々柄の悪さが顔を出す。一年下、初対面と無禮を働かれる謂れはないと自らの中で數え上げていく。

向き直り不機嫌を隠さずに睨み付ければ、目の前の一年男子はあっさりと怯みやがった。格も華奢な方で制服の上からも細いであることが見て取れるので、本來は喧嘩といった力盡くな方法は解さない人間なのかもしれない。決して俺の目付きが悪いとかそういうことではなく。

「初対面、それも上級生に対して隨分な言い草だな、一年生がよ。なんだ、俺に喧嘩を吹っ掛けに來たのか？」

怯んだのならそのまま畳み掛けてどうにか帰せるかな。朝日もいるからあまり荒事にはしたくないが、でもこんな奴と長々対面させるのもな。逆上しても、俺が盾になれば逃げる時間くらいは稼げるだろうし。

「う、うるさい！　お前なんてどうでもいいんだ！　僕は朝日さんと話があるんだよ！　とっととここからいなくなれよ！」

軽く威圧してやれば意外とを見せやがる。メンドくせーなー。確実に、朝日と二人っきりにはさせない方がいいのが分かるだけに、どう対処したものか。

「そうかよ。だったら後日きちんと約束してからにしろよ。今日は俺が先客だったからな、そう一日にギッチリと予定を詰め込んでやるなよ」

「ふ、ふざけんな！　なんでお前に指図されなきゃいけないんだよ！　お前は朝日さんと何も関わりがない、他人が偉そうな口を利くな！」

「お前だって他人だろうに。何をブーメランしてんだか」

呆れてため息が一つ。結局こいつは何がしたいのか。

言から察するにこいつは朝日に気があるんだろう。この場に現れたのは偶々俺らが落ち合っているのを見付けて後を著けて來たのか。それで二人っきりで話していたのを見て我慢出來ずに割り込んだ、と。

止めるって何を止めるつもりだったんだ。タイミングから見るにむしろ俺を止めたように思えるけど。

「う、うるさい！　僕は、僕は朝日さんに優しくしてもらって……！　何度か目だって合ってる！　だから他人なんかじゃ……！」

「……え、目がって、それで他人じゃないって判定するの？　それは知り合い未満って言わないか？」

「あああ！　うるさい！　さっきから黙れよお前ぇ！！」

思わずツッコんだら盛大に切れられた。これは俺がちょっと考えなしだったな。赤の他人よりかは知り合い未満の方が上か、とか茶化すのは止めておこう。

「朝日さん！　こんな軽薄な男は君には相応しくないよ！　君にはもっと君のことを想っていて君に相応しい人間がいる！　こんな、なんの取り柄もなく地味で平凡な人間は君の近くにいるのだって罪深い！　すぐにこいつから離れて！」

がっと突如朝日に向かってび出す一年。

俺への怒りが頂點を迎えたのか、なんとも隨分な言いをしてくれる。軽薄とか初めて言われたわ。その二文字は是非とも俺の知り合いに投げ渡したい。

と言うか一年の意識が朝日に直接向かうのはよろしくない。これだと上手く逃がせないし最悪暴力が朝日に向かう恐れがある。なんのために俺が注意を引いていたと思ってるのか。なんとかもう一度俺に意識を向かわせなければ。

「お……」

話し掛けようと一歩前に、出ようとしてブレザーが後ろから引かれる。えっと背後に目を向ければ、張り付くような近距離に朝日が立っていて々ビックリした。

見れば固く握られた手に俺のブレザーの端っこが紛れていて、なるほど、これが原因かと狀況を理解した。理解して、え！？と混が増した頭でなんでと朝日の表を窺えば、その顔は病人かってくらいに青冷めていて。

その顔を見て、當然だなと納得し同時にもう無理そうだなと見切りを付ける。

急に頭が冷めた。あれだ、急事態に自分よりも混している人間を見ると、卻って自分自は冷靜になるっていうあの狀態だ。さっさと朝日を帰してやらないと。

激昂している一年男子に目を向けて聲を低めて言い放つ。

「あのさ、お前の主張とか正直どうでもいいからさ、もう何も言わないでくれないか？　つか、俺たちはもう帰るからお前もとっとと下校しろよ。高校生なら日のあるにさっさと家に帰りな」

「な……！　何、言って」

「はいはいさようなら。朝日、歩けるか？　とりあえず校舎に戻るから、まだ友達が殘ってるなら一緒に帰ってもらえ」

喚き出しそうな一年は無視して朝日を促して歩き出す。怯えて上手く足のかない朝日を肩に引っ提げた鞄越しに押してやれば、なんとか一歩二歩と進んでくれた。

歩みは遅くてもこの場から離れられればその落ち著きもするだろう。一年男子の視線から隠すようにを寄せて離しようとした。

「待てよ……！　待てよ、このクソ野郎！」

當然相手が怒ることは想定済みだ。一応背後に注意は払っておくが、余程のことが起こらない限りはこのまま無視で行く。

結局無理を押し通すなら早めに切り上げてやれば良かったな。失敗した。

「待てって……、待てって言ってんだろうが！！」

辺りに轟くような怒聲が聞こえて、ついついチラリと視線をやってしまった。

一応ここ校、放課後、誰が聞いてるか分からないと指摘してやろうとして、何かを固く握って突き出している姿に足が止まった。

校舎の隙間から差し込む夕日が一年とその手にあるを黃く照らす。

「お前に……、お前に朝日さんは渡さない……！」

ふーふーと息の荒い一年の手には、細長いが握られている。夕日の強いに埋もれて些か郭が曖昧だが、それはどう見ても長く刃のびたカッターで、一年はそれを誇らしげに翳して見せていた。