《高校生男子による怪異探訪》12.解決?
一年生を起こしてからの尋問は正に敵に回しちゃいけない二人の獨壇場だった。
「……っあ……、なに、が」
「あ、起きたね。とりあえず証明寫真を一枚取っておこうか。これでもう、君の顔を僕らは完全に把握することになるから抵抗しても無駄だからね」
「はい、チーズ」
「!?」
始まりからしてこうである。分かりやすく本人の目の前で個人報を集めていく二人は実に生き生きしていた。
もうすでに持ちから方報を吸い出した後だというのに、それを察知させずに尋問紛いのことをするのは相手にプレッシャーを掛けるためなのだとか。なんでそんな手慣れたじなのかが俺は気になる。
「こ、こんなことして許されると思っているのか!? 日本は法治國家だぞ!?」
「うん、だから急時には一般市民にも逮捕権とそれに伴う拘束は合法だって取り決めがあるよね。的に言えば兇を持って襲い掛かる人間がいるならそれの抑止と拘束は許されます」
「君カッター振り翳してたでしょ。あれ暴行罪に當たるから立派な刑法違反だよ。知ってる? そもそもカッターもねー、正當な理由なく持ち歩いているのは取り締まり対象にはなるんだよ。文房だからって油斷した?」
決死の抵抗も真正面から毆られて沈黙する羽目になる。だからどうしてそんな法律とかすらすら出てくるのか。俺も朝日もはわわと口許押さえて眺めることしか出來ない。
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もうすでにこれを一回やってるの? それなんて冗談。
いくら抵抗しても正論を翳すならそれ以上の強固な正論を、脅迫を持ち出すならやはりより酷い脅迫をと一々同じ土俵で言いくるめていくから質が悪い。
哀れ一年は言葉を口にするのも辛いと黙り込んだ。未だ自白が取れていない現狀、二人が追及の手を止めるなんてことはありえないのだが。
「さて、それで君が縁切りの手紙を出したんだよね。ちなみにここに來てからの君の會話は録音済みだからとぼけても無駄だって教えておくね」
「……」
「あれ、だんまり? あんなに楽しそうに呪いを掛けたって言ってたでしょうに。ここに來て黙? まぁ、証拠はもう手にれてるけど」
そう言って嵩原はすっと何かを一年の前に差し出す。それを見た一年はぐったりとした様子など翻して突然目を剝いて暴れ出した。
「それ! 僕のっ!」
「そうだね、お前のだね。これがお前が二人に掛けた呪いなんだろ?」
えっと覗き込めば、嵩原の掌には紙を切った程度のクオリティの人型が二つ、赤い糸で繋げられてあった。人型には名前が書かれていて、それは俺と朝日の名前だ。
そう言えば縁切りの呪いは手紙の差し出しの他に、こんなものを攜帯するんだったかと思い出して背筋に怖気が走った。
こうも呪いの証拠をまざまざと見せられると、その悪意がけて見えるようで嫌な気持ちになる。
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「返せ! 返せよ!」
「いや、これも証拠だし嫌がらせの一つって言うなら返す理由がそもそもないよね」
今にも飛び掛かりそうな勢いで喚く一年に、嵩原は手の中のものを隠すように腕を引く。それでも一年はぎらぎらとした視線を向けたまま、嵩原の手を睨み続けた。
「本人の確認も取れたので呪いの手紙の差出人であることが確定したね。さて、君はどうやってこの縁切りの呪いを知ったのかな?」
「……」
「呪いに関する本? それとも噂話が出所だったりするのかな? 正直ね、僕ら凄く迷してるの。もうこんな遠回しなことされないで、直接喧嘩売られる方がよっぽど楽だなって。だから呪いの出所は把握して潰しておきたいんだよね」
滔々と語る樹本の発言を、聞き流しているように見えた一年は、潰すと口にすれば靜かに肩を揺らし出した。揺でもしたのかと思えば違っていた。一年は聲を押し殺して笑っていた。
「……くっく。潰す? 迷だから? もう遅いんだよ。呪いは広まってしまった。今さら何をどうしようが遅い」
「遅い? 広まった? 呪いは拡散したとでも?」
「ああ、そうさ。呪いの本とか噂話とか前時代的なんだよ。今はもうネットっていうツールが満遍なく世界を覆っているんだ! 一度ネットに拡散された報はどれだけ消していったってどこかしらには殘る。呪いと一緒だ。消したって消したって後からどんどん沸いてくるんだ! 呪いたいって憎む人間がいる限りな!」
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演説振るように一年は嬉々と語る。いや、実際自分に酔ってはいるんだろうな。
尋問されているっていう狀況で不利な立場に追い詰められて、それでも自分には呪い分のリードがあるって必死に縋り付いてでもいるんだろう。
こいつにとっちゃ呪いっていうのは方便であると同時に、切り札的なものにでもなっているんだ。それは思い込み以外の何者でもないと思うけど。
「縁切りの呪いは始めからネットの掲示板に曬してあったからな! もう何人がそれを見たか今じゃ全く予想も著かないぞ! 殘念だったな。これからもそいつは他人に呪われてお前らは迷を被るんだ! ざまあみろ! あははは!」
「うん、それは知ってるんだけどね。やっぱり件の掲示板が震源地かぁ。どうにか掲示板落とせないかなぁ」
「ははは……、は?」
高笑いする一年を無視して樹本はうーんと唸りを上げる。困った様子ではあるものの余裕がたっぷりなその態度に一年はぽかんと口を開けて固まった。
別に騙していたつもりはないけど、とっくにネタ元がネットの掲示板であることは分かっていたし、それなのに樹本がわざと言及せずに明後日な質問投げていたのは、なんとなく反応を見ているのだと察する所はあったから黙って見ていた。
どうやら報の出所を探っていたようだけど、なんで今になってそんなことをするのかは分からん。
「え、それ、どう」
「はいはい、まあ新たな報も出なかったようだしお前はもういいや。と言う訳でさっさと締めにろうか」
それから、それから起こったことは実に筆舌に盡くしがたい慘狀だった。有りに言えば脅迫のオンパレードだったとだけ。個人報を握られることが如何に自にとって不利に働くのかを、まざまざと目の前で示された一時であった。
こいつらだけは敵に回さないようにしよう。
そう心に誓った俺に諸悪の二人が振り返ってなんでもないような顔で話し掛けてくる。
ねえもうし気にして。お前らの背後でガクブルと顔を土気にして怯えている人間がいるんだってもうし気にやって。
「僕らからの釘刺しは以上だけど、そっちから何か言いたいことってある? 折角だから恨み言の一つや二つ、というより怒ってみせてもそれは正當なことだと思うけど」
「いや……、いいです。もう正直が一杯なんで……」
とかではなく気の毒さと味方への恐怖心で。
徹底的に他人を追い詰めに掛かる姿は、それが逆恨みだとか後々の報復を阻止するためには必要な行為なのだろうけど、ちょっと行き過ぎというか。
ひょっとしたらこちらの溜飲を下げさせる目的もあるのかもしれないけど、とりあえず過激ではあった。見ているこちら側が軽く正気を測られる程度にはショックがあったと思う。
「私も、その、結構です……」
朝日もドン引きの様相。気付けばちょこっと裾を摘ままれていたけど、最早そちらに払う気力もない。
分かる、頭がおかしい人間と相対した時とはまた違った恐怖があったよな。
「揃って寛容だねぇ。危害を加えられたのは確かなんだし、言い返しの一つや二つは當然やって然るべしなのは間違いないんだってことは覚えておいてね。まあ、やり過ぎてまた変に執著されるよりかはましだけど」
嵩原の言い方で意図して過激に脅し付けたのだと察した。
二人の狙いは俺らから呪いを仕掛けた人間の目を逸らすことだろう。俺ら二人が犯人と直接顔を會わせて過剰に怒りをぶつけることを阻止し、さらに自分たちが憎まれ役を買って出て新たに生まれるかもしれない害意の対象となる。
自分たちならどうにか出來ると踏んだのか、完全に俺たち當事者の盾になるつもりだな。こんだけインパクトの殘る振る舞いをしたのも自分たちの印象を最後に強烈に植え付けるためか。
朝日のことを考えれば必要な配慮とも思えるが、隨分と今回はを張るな、こいつら。
「もうこいつらには用はないね。ほら、解放してあげるよ。今回は特別にどこにも通報はしないであげよう。でもお前らの報は全て握ってるってことだけは忘れるなよ。何かあればいの一番に呼び出してあげるから覚悟するように」
にこりと笑って嵩原は差出人二人を解放する。満面の笑顔での脅迫だったからか、二人は反抗も見せずに怯えたままにこの場を去っていった。
一言も聲を発しないってなんなの……。刻まれたであろう恐怖の記憶に怯える二人にそっと合掌を贈った。
「ま、ひとまずはこれで解決、かな」
遠ざかる背が見えなくなった所で樹本がほっと一息吐く。もういつものほんわか年の空気だ。先程までの腹黒ムーブは鳴りを潛めて欠片も窺えない。
よかった、別に腹が黒い樹本なんて何度も見掛けてはいるけど、その狀態でやり取りなんてしたくないのが本音だ。
「作戦を考えた當初はどうなることかと思ったけど、蓋を開けてみれば意外と順調に進めたんじゃないかな。とにかく誰も怪我しないでよかった」
「果は上々だね。とりあえず二人も引っ掛かったのは幸運だった。単純な奴らで助かったなぁ」
樹本と嵩原が満足そうに言って喜び合う。それだけを見たなら必死に頭を巡らせて事態の解決をなし得た爽やか二人組に見えなくもない。
「証拠の品はばっちり、これはきちんと保管しておくとして、だ。……それ、どうするの?」
樹本が嵩原の手に目を向ける。握ったままの手から、赤い糸がちょろっと見え隠れしているのを見てそう言えばと思い出した。
「縁切りの呪いの証拠だけど、それ保管しておいていいものなのかなぁ? 確か、それと手紙で呪いは立するんじゃなかったっけ」
「正確に言うと呪いを掛けた當人が離さず持っていると、だね。他人の手に渡った以上呪いの効力はなさそうだけど、だからって保管しておくのも気になるかな? なんなら寫真だけ撮っておいて実はばらしちゃう?」
赤い糸で繋がった人形を指で摘まんでそんなことを言う。そっち方面に詳しい嵩原の言なら信じられるが、確かに呪いの元がそのまま殘っているのは々気になるかもしれない。朝日も優れない顔をしているし、ばらしていいならそうした方がいいだろう。
「あ、処分はこっちに任せてくれていいよ。でまかせだと思うけど、當事者がれるのも気になるでしょ」
俺が破こうとしたら嵩原にひょいと避けられてそう言われた。當人が始末を著けた方がいいかなと思ったんだが、気を遣ってくれているようなので止めておこう。
結局は嵩原が煮るも焼くも責任を持って引きけてくれることとなった。朝日にキメ顔してて下心がけて見えたのでそのまま頼ることにする。
「私も、呪いの対象になっていたんですよね。……どうしてこんなことするんだろう……」
仕舞い込まれる赤い糸をぼんやりと目で追っていた朝日がぽつりと呟く。思わず溢れた獨り言のようだが。
「それは、まあ、俺のとばっちりがそっちに行ったから?」
今の所朝日に対しては好意しか寄せてはいないようだし、奴らが本気で呪いたかったのは俺の方なんだろう。
呪いの質上二人を対象にしなければならなかっただけで、仕掛けてきた人間も朝日に害意があった訳ではないと思う。
「あ……! いえ、違うんです! 誰の所為とかじゃなくて、そもそも先輩は被害者ですし! ただ、こんな風に相手を呪ってまで何がしたいんだろうと思って……」
「それは朝日と付き合いたいんじゃね?」
「ちょっと、檜山君!」
檜山のストレートな返答に二岡が眉を吊り上げる。自分の所為と凹む朝日を目の當たりにして、今さらながらにあわあわし出す。素直なのも考えものだな。
「まあ、人間生きていれば獨り善がりなを向けられることだってままあるよ。そんな勝手に向けられるものに一々対応なんて出來っこないし、こっちが悪いことをしている訳でもないなら気にしないのが一番だよ。犬に吠えられた程度に思っていればいいね」
「そうだね。朝日さんは一方的に思われていただけだし、向こうが勝手に絡んできただけなんだからあまり重くけ止めなくてもいいと思うよ。君は間違いなく被害者なんだから」
嵩原と樹本の二人がフォローに走ってどうにか朝日はぎこちなくも笑みを浮かべた。
俺に対しても全力で謝罪してきたし、朝日はが真面目なんだろうな。あまり気にし過ぎるのもよくないと思うが。
「朝日さん、いいこと教えてあげる。呪いってね、言葉なんだそうだよ。呪ってやるって吐き出すその言葉が呪いになるんだって。言われた方はなんだか嫌な気分になってやけに気になって暗い気持ちになる。それが呪いの効力だって言う人もいるんだ。だから気にしないのが一番。呪いもちょっとした悪意も、形を持たないものはわざわざ認識してやろうと思わなければ見ることもないんだから、それがどうしたんだって強い気持ちでいるくらいが丁度いいんだよ」
まだ表の暗い朝日を思いやってか嵩原が唐突に持論を語り出す。奴にしては隨分と神論な話ではあるが、その容はなんとなく同意出來る。呪いなんていうものはそういうものなのかもしれないな。
俺も大分振り回されはしたが、呪いを掛けた當人を直に見て、こう、何かがストンと収まったような気はする。
今になって思えば、俺がじていた恐怖というものはよく分からないものに対する恐れだったんじゃないかなと。目の前でカッター振り回されたけどあそこまで理でどうにかされたらなんかもう振り切れるな。
だって呪いでどうこう以上に現実で怪我を負わされる方が余程実害があるものだし。
嵩原の持論が心に刺さりでもしたのか、しの間考え込んでいた朝日は「そう、ですよね」と一言呟いて気の抜けたように笑った。肩から力が抜けたようだし、これでもう大丈夫だろう。
さあ、それじゃこっちも撤収だと俺たちも帰り支度を始める。と言っても檜山が裝備している備品を元に戻すくらいだが。
檜山の裝備は球も候補に挙がっていたと恐ろしい裏話を聞きつつまったりと夕日が差す中、話し込んでいれば。
「……三花。三花? どうかしたの?」
二岡の困したような聲に振り返る。見れば呼び掛ける二岡に対し、能井さんはぼうっと宙を眺めて心ここにあらずといった様子で立ち盡くしていた。
そう言えば暫く黙り込んでいたようだな。何を考え込んでいるのか、表は真顔で二岡に視線を向けようともしない。明らかに様子がおかしい。
「ちょっと、三花!」
焦れた二岡が肩を摑んで強く揺さぶる。それでやっと能井さんははっと気が付いたようで二岡へと視線を移した。
「……え、梓、ちゃん? どうかした?」
「どうかしたって、それはこっちの臺詞よ。ぼーっとしてて何度も呼んだのにあんた全然反応しなかったの! 一どうしたっていうの」
「……そう? それは、ごめんね」
二岡の質問にもどこか上の空の様子で答える。おかしいな、普段ならもうちょっとはきはきと答えるはずなのに、今の能井さんは他に意識がいっているように目の前に集中していない。
何か彼の気を引くようなものはあったかと記憶を探るも、これといって心當たりのあるようなものは見付からなかった。
二岡も気になるようで何度も能井さんに話し掛けてはいたが能井さんはぼうっとしたまま、明確な返事をすることなくこの日は別れることとなった。
まあ、親友の二岡であればいずれ話を聞き出すことは出來るだろう。気にはなるが、俺たちが対応する訳にもいかない。あとは二岡に任せるとしてとりあえず差出人との対決はこうして幕を閉じた。
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