《高校生男子による怪異探訪》16.騒決著
『縁切り』ラストです。
四月も終わりを迎えて學生が待するゴールデンウィークが始まった。
今年は中日が挾まれるが、それでも最高で五連休と中々の日程である。地元も多くの人間で賑わう中、俺たちはその休みの一日に予定通り打ち上げを行うことと相った。
俺の周辺を巻き込み方々で問題を引き起こした今回の騒だが、その結末は意外にもあっさりと幕が降ろされることとなった。
それというのも、朝日が騒を利用して近付いて來た男子をこっぴどく振ったのが切っ掛けとのこと。
なんでも自分勝手な理由で他人を振り回す人間は嫌いだと吠えたのだとか。
一方的な好意で以て周辺を騒がれていたし、遂に我慢の限界を迎えたんだろうなぁ。
朝日のその主張はあっという間に生徒間に伝播し、朝日を想っている人間には強烈な一撃を、騒ぎに乗っかっていた人間には冷靜さを取り戻させたという。騒ぎ自下火になっていた影響もあいまり一気に沈靜化へ向かっていったそうだが、まぁ、一番騒ぎ立てていたのは朝日を想っていた野郎共なのだから當然の結果と言える。
そんな訳で一応解決したと言える狀況になったため區切りとして打ち上げは敢行された。
結局朝日が締めたんかいと皆から、主に嵩原と二岡に白けた目で見られたりもしたが結果良ければ全て良し。と言うか俺に騒の沈靜化なんか荷が重いにもほどがある。カリスマも影響力も乏しい俺がどうやって生徒たちを統制しろというのか。
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こういったことは向いてる奴が率先して纏めるからこそ、損害も被害もなく最後まで持っていけるのだ。下手な奴にやらせたらそれこそ泥沼だぞ。
俺たち男四人と子二人でのお疲れ様會だ。朝日にも聲は掛けたのだが、騒が鎮まったとは言えここで俺と出掛けるのが、例え他に人は居ようとも一緒にいるだけでもまた要らない騒ぎを起こすかも知れないと丁寧に辭退された。
俺たちもその懸念はあったから迷いはしていたんだが、本人がこうも慎重に判斷を下すとは中々に驚きであった。中もしっかりしてるんだよな、朝日は。
結果、朝日の言うことは尤もだということで今回は不參加だ。後日何かしらの形で、補填という訳でもないが、彼にもお疲れ様と分かるようなことをしようなどと子二人は話し合っている。
能井さんなどは償いの気持ちもあるのか、々気合いがり過ぎているもあるがそこは二岡が上手いことフォローしていた。
學生が屯出來る場所など限られている。お疲れ様會と、あとは盡力してくれた皆への謝禮だとファミレスで奢ることが強制された俺に、こっそりと能井さんは教えてくれた。どうやら縁切りの呪いに手を出したことを二岡には明かしたらしい。
「梓ちゃんはそういう険な手段は嫌いだから黙っていることも出來なかったの。私もこのまま隠して親友なんて続けられないと思ったから、絶されることも覚悟して打ち明けたの。勿論どうしてそうしたか理由も言ったよ? そしたらね、梓ちゃん泣き出しちゃって」
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なんでも「なんで相談してくれなかったんだ!」ってことでの涙らしい。頼りにされなかったこともそうだが、何よりも親友の能井さんがそこまで追い詰められていたのに、さっぱり寄り添えなかったのが悔しかったんだとか。
二岡も能井さんが呪いに手を出すほど追い詰められてしまったことを気にしたようだ。
「『相談してくれたら一緒に悩めたし、そもそも呪いなんて馬鹿なことに手を出したら速攻で止めてた』って……。私、自分で自分を追い詰めていたんだよね」
けなさそうに笑ってそう言った。
二岡のことだ、間違っていると思ったのなら親友だろうが容赦なくふん縛ってでも止めるのは目に見えている。確かにそれなら能井さんも、安易に呪いなんかに手を出したりはしなかったのではないだろうか。
もう俺も能井さんには言いたいことを言って、能井さんも心から自分の行いと向き合えたのならこれ以上あれこれと口を出す必要はないと思う。
でも、まぁ、それでもまだ引き摺ることがあるというなら多言葉を重ねても問題はないだろう。
「確かに能井さんの自己申告の通りだとは思う。困った時には素直に誰かに助けを求めるのも必要なんだろうよ。今回の俺みたいに」
「永野君みたいに?」
不思議そうな顔をする能井さんに大仰に頷いて答えた。
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「今回、俺は剃刀レターをもらったと同時にさっさと男連中を巻き込んでやったから。々迷も面倒も掛けたが、だけどどうにか解決にこぎ著けたのは皆の協力あってのことだと思う。一人で対応していたらどうなっていたか、あまり考えたくはない」
「……」
「能井さんにも助けられた。俺を気に掛けて一緒に悩んでくれたから俺も冷靜に事に當たることが出來た。だから、まぁ、お返しという訳でもないが、能井さんも悩みがあるなら相談でもなんでもいい、ちょっと聲を掛けてくれ。嵩原や樹本みたいに策を講じることは出來なくても、それでも一緒には悩めるから」
難題に直面してあっぷあっぷと奔走した見本がここにいる。知り合いをこれでもかと扱き使った訳だが、しかし結果は上々だろう。
遠慮しいの傾向が強い能井さんも、どうか俺を參考にし本當に困った時くらいは誰かを頼ってくれと頑張って伝えた。男子高校生としては結構恥ずかしいものがあったが、それでもここで何も言えないほど彼に謝してない訳じゃない。
「……そうだね。ありがとう、永野君」
伝わったのか伝わっていないのか分からないが、能井さんはニッコリ朗らかに笑ってくれたのだ、良しとしておこう。
そういった経緯もあり、奢りで俺の財布が空虛になったことを切っ掛けに、二次會だとカラオケに場所を移していたのだが、その道中で嵩原と檜山の間に喧嘩が発した。檜山が嵩原の地雷を踏み抜いただけだけど。
「カラオケって、嵩原楽しめるのか?」
「どーいうことかな、亨君?」
「音楽でタンバリンが痙攣しているみたいな叩き方してたじゃん」
「よし表、いや、ボックスに行け。俺の本気を見せてやろう」
俺も正直カラオケはどうよと思わないこともなかったけども、の見事に真正面から喧嘩売った無自覚の檜山を嵩原が連れて行って二名ドロン。
殘された俺たちはえー、どうしよーと話し合った結果、ここで早期解散となった。樹本は阿呆らしいと男二人を見送り子二人はこのあと買い行こうかとキャッキャウフフ。
買い行くかとわれはしたが俺はもう素寒貧だ。荷持ちになる未來しか見えない。
樹本も俺が行かないとなると男子一人になるので斷った。樹本なら子に紛れてもおかしくないとは思う。思うだけで口にはしなかったけど。俺まで地雷を踏む訳にはいかない。
そうして解散して一人とぼとぼ帰路に著く。
財布は軽い通り越して存在そのものが薄れてしまっているが、それでも借りは返せたし改めて平穏が戻って來たことを実出來たので悪くない。
気になっていた能井さんも元気を取り戻していたし、二岡も傍にいるって言うんだ、心配する必要はもうないと思う。正に大団円。俺たちの側に傷跡など殘らなくて本當に良かった。
その朝日にも謝りたいと能井さんは言ってたなぁとか考えながら歩いていたからか、ふと顔を上げるとそこに見知ったが立っていた。
「あ……、先輩」
私服姿で佇む朝日は驚いた顔でこちらを見ている。俺も驚いた。まさかこんな街中で出會すとは。また仕込みかと一瞬疑うが、流石に今引き合わされる理由などないだろう。
「あー……、よう」
突然過ぎてぶっきらぼうな挨拶が口を衝いて出た。コミュ障を舐めないで頂きたい。こんな突発事態で気の利いた文言など捻り出せるはずもない。
「こんにちは。どこかへ出掛けられていたんですか? こうやって出會うなんて凄い偶然ですね」
対してこの一年の如才のなさと言ったら。俺のべっこべこの挨拶の対比もあって凄く負けた気分。最初から勝つつもりもないけど。
「ああ、ほら、前に言っていただろ、お疲れ様會をやるって。それが今日だったんだよ。その帰りだな」
「あ……、今日だったんですね。折角って頂いたのに斷ってしまってすみませんでした。皆さんにも申し訳なくて……」
「いやいや。朝日の懸念も尤もだ。落ち著いたとは言え、ここで燃料を投下するようなことをしたらまた騒になりかねない。皆もちゃんと理解しているから気にすんな」
申し訳なさそうにする朝日に軽く手を振って否定する。ここでこうして顔付き合わせている時點で無意味な配慮かもしれないけど。
そろっとちょっと周囲に目をやる。人は多いけどうちの學校の生徒とかいるだろうか。
「そう、ですか。ありがとうございます、先輩」
それでそんな嬉しそうに笑うから。ドキドキなのかヒヤヒヤなのか分からない悸が俺を襲う。
「あー……、朝日も帰りか?」
間が持たずにそんな質問をしてしまう。この場の正解はさっさと切り上げて別れてしまうことだと思うが、どうにも別れの切り出し方というものがコミュ障には摑み辛いのだ。
これがとち狂った奴なら有無を言わさずしっしと追い払えるのになぁ。
「はい。ちょっと買いに行ってその帰りです。文房を見るつもりがついつい他のまで気になって長くなっちゃったんですよね」
そう言ってはにかむ朝日は本當にだ。可らしい服裝も相俟って、まるで雑誌などからそのまま出て來たような可憐さっぷり。
こんなが俺のこと好きだとか世迷い言染みたことを言うんだもんなぁ。必要以上に己を貶すのもなんだが、なんだか非常に勿ない気がしてきた。
「どうして俺が好きなんだ」
「え?」
ふぁ!? 思わず口に出してしまった。朝日が目をまん丸に見開いてこっち見てる。まずい、當人になんて言葉掛けてんだ、俺は。
あ、い、いや、告白の返事をするには丁度いい、か? いやこんな街中でそんな私事極まりないことやれるか。どこに誰の目があるかも分からないのに。
とりあえず保留。いい加減はっきりさせないと二岡にも刺されそうだがとりあえず今はなし。
「あ、いや、悪い。変なこと聞いた」
「私はあの時、本當は告白するつもりじゃなかったんです」
慌てて取り繕った俺に被さるように朝日は言った。
「え?」
「本當は、先輩だって分かったあの時、お禮が言いたかったんです。前に助けてもらったから」
俯きがちに朝日は続ける。助けた? 俺が? 朝日の言い分を聞くにやはり俺たちは以前顔を合わせたことがあるみたいだ。全く記憶にないのだが、一いつの話なんだろう。
「やっと會えたのが嬉しくて……。それでお禮を言うために先輩たちの前に行ったんですけど、どうしてかあんなじになっちゃって」
照れ照れと頬を薄ら赤らめながら朝日は言う。つまり、お禮を言わんとしてえらく張した結果がああだと。本來は告白なんてするつもりはなかったと。なんだそれ。思わず力する。
じゃあ本當なら俺がこんな方々から恨まれることもなかったと言うことか? 張していたからってなんだってそんなややこしいことになるのか。
これ俺は文句の一つや二つぶつけても問題ないんじゃないだろうか。やらないけど。拍子抜けし過ぎてそんな気分にもならない。
「助けたって言うが、俺には心當たりがないんだが。誰かと間違えてないか?」
こうなったら真偽ははっきりさせよう。これで助けたのも人違いでしたってなったらそれこそ居たたまれない。俺ちょっとぐれるぞ。
「いえ、永野先輩に間違いありません」
返ってきた答えは明瞭だ。本當にー……?と疑いが頭を擡げる。
この子しっかりしてるけど勢いで間違い告白するような子だしなぁ。噓を言ってなさそうなのは真っ直ぐこちらを見るその目でなんとなくは察するが。
「先輩は覚えていませんか。……って、私もあまりはっきりとは覚えてないんですけど」
「は?」
人の顔を覗き込むようにして見つめてきた朝日はそう斷言する。なんだそれ。結局冗談でしたというオチか?
「先輩は覚えてないかもしれませんけど、私たち、前に一度會ってるんです。その時に私は先輩に助けられたんです。……ううん、きっと助けてもらったんだと思います」
目を閉じ何かを思い出すかのように朝日は穏やかに語る。困を浮かべていただろう俺の顔を見上げると、ニコリと笑いぴょこんと頭を下げた。
「だからお禮を言わせてください。あなたのおで私は今ここに居ます。本當にありがとうございました」
晴れやかに告げてくるが、さっきから全く著いていけずに混するばかりだ。お禮言われてる俺が何も理解出來ずにいるのっておかしくない?
「ああ……。そうなの……?」
「謝してますけど、でも思い出してももらいたいのでいつ出會ったなどは言いません。絶対思い出してくださいね、先輩」
「え」
ええ!? 聞く気満々だったのに。ガチで思い出せないんだけどノーヒント? ノーヒントですか?
「あ、そろそろバスが來ちゃうので私はこれで失禮しますね」
思いっ切り揺する俺を後目に、朝日は時間を確認するなりそう言ってあっさりと暇を告げてきた。本當に如才がないなぁこの年下。俺もしは見習うべきなのかもしれない。
「あと、最後に先輩」
背を向けた、と思った朝日がくるりと回ってまたこちらに向き直った。悪戯が功した子供のような笑みを浮かべ、だがその頬は真っ赤に染めて言う。
「お禮を言うつもりでしたけど、代わりに飛び出た言葉も私の本心ですから誤解しないでくださいね」
そう言って耳まで赤くした朝日は、「さよなら!」とぶように挨拶をして走って行った。
暫く意味が飲み込めずにぼうっと佇む。じわじわ朝日の言った言葉を理解していき、それを明確に理解したそこでスマホが著信を告げた。
びくぅっ!とを跳ねさせながら畫面を見れば通知が一件。開けば檜山の奴がメッセージ送ってきてた。あいつ今嵩原とカラオケバトルしてるんじゃねぇの? 落ち著かない気分のまま容を見る。
『思い出した! 朝日とは去年の春の雨の時に會ってた!』
簡潔な容にタイムリーなどと思いつつ去年の春という言葉に首を捻った。その時のことを思い出しても、やはり朝日の顔は全く出て來ない。
だが檜山がこうも斷言しているんだ、恐らく事実なのではないだろうか。
去年の春の『雨』。印象深いその時のことを思い出しながら、ゆっくりと一人帰路を歩いて行った。
お読み頂きありがとうございました。
『二章.凍雨』は三日後から投稿を開始したいと思います。
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