《高校生男子による怪異探訪》5.そぼ降る雨の下
今日もまた放課後、ストレス発散を兼ねた晝寢スポット探索に乗り出し、校舎をひた歩く。
天気は変わらず雨。もうそろそろ三週間に屆くのか。これ記録に殘るんじゃね? 連続降雨記録って最高はどれ程なのかあとで調べてみよう。
最近は、放課後になれば生徒も殘らなくなってきていて、校舎は閑散とした様子となっている。さっさと家に帰るべく、放課後になるなり直ぐ様學校を出て行く者が増えた。雨に當たると病気になる、なんて尤もらしい噂も広まったからその影響だ。
欠席者も日を増す毎に増えているらしく、いっそ學級閉鎖も視野にれるか、なんて話が教師の間には出始めて來ているそうだ。我がクラスでも空席が目立つ。そう遠くない未來に実行されるかもしれない。
放課後の今、本當ならもうし校舎も賑わいを見せているはずだ。吹奏楽の楽の音や運部の掛け聲、文學部だって室に隠ってはいるが活する気配とやらは以外に教室外にれる。
そういった活気あるいは熱気とも言えるものは、探索する最中全くと言っていいほどじられはしなかった。ひんやりとした空気が校舎には行き渡っている。それこそ、まるで冬場の空気のように。
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新年度が始まったばかりとしてはあまりに活気のない有様ではあるが、しかし人がいないと言うならばこちらは探索もし易くなるというもの。
人の目自がないのだ、こそこそ様子見をして慎重に立ち回らなくてもいいのだからそれは捗る。
まぁ、とは言えそんな大膽にき回れば當然誰かの目に留まる可能は増えるもので。俺が放課後に校舎を彷徨いてることを知る人間も最近は幾らか出て來たようだ。
特に後ろの席の子なんかは一何をやっているのかと詰問してくることが最近多い。學級委員気取りなのか。別に誰に迷を掛けている訳でもないのにきつく答えを求めてこられて閉口した記憶は新しい。
ちょっと自重しようかなとか思ったこともあるが、俺の唯一の楽しみを他人にとやかく言われる筋合いはないと考え直してこうして続行している。
実際、校舎をに探るにはこの機會を見逃す訳にはいかないのだ。流石に三年の階を一人で行き來するのは神的に中々しんどいものがある。
そんな訳で々校舎探索をしてちょっとばかし休憩。売店前の自販で飲みを買い、柱のに背を預けて一服。視界には雨に煙る中庭が広がっている。
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この中庭も中々いいスポットではあるのだ。校舎と校舎の間にあってちょっとした植木や芝などで庭としてちゃんと整えられている。
生徒が休憩することも見越してあちこちにベンチを置いてあるのも好度高い。晴れの日にはここで弁當を広げるのも気持ちがいいんだろうな。
その時はきっとボッチ飯だから周囲の視線を掻っ攫いそうではあるが、何、妄想の中だけなら傷付かない傷付かない。想像で楽しむのなら誰を気にすることもない。
そうやって、ぼうっと雨音くらいしか聞こえてこない靜かな中庭を眺めていると誰かがやって來た。
足音に話し聲。複數人らしい。自販で買いしている音が背後から聞こえてくる。
今俺は柱のに隠れるようにして立っている。中庭が見たかっただけで特に隠れる意図などなかったのだが、今更姿見せるのもなんか何あいつと思われそうで嫌だな。
どうせ直ぐにどっか行くだろと軽く考えていたらどうやらこの場に留まってしまったようで一向に聲が遠ざからない。マジかよ、俺盜み聞きしてるみたいじゃん。
こうなればまぁ、致し方ない。せめて會話には意識を向けないよう気を逸らせて去るのを待とう。
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背後にいるのは恐らく男が二人。片方がもう片方に必死に聲を掛けているみたいだな。時々男子にしては高い聲が相槌を打っているのだが、あれ、この聲には聞き覚えがあるような。
「――本當に大丈夫なのか、樹本?」
知ってる名前が急に出て來て思わずお茶吹き出し掛けた。
「うん。僕は大丈夫だよ」
「あんま、無理すんなよ。辛かったら俺頼ってくれていいからな? 遠慮とか今更だからな?」
「うん。ありがとう、檜山」
ドッキドキ鳴る心臓と口を押さえて息を潛める。聞こえてくる聲は労りが込められたものと酷く安らいだものだ。親しい間柄ではあるのだろう、樹本のこんな気安い聲とか聞いたことない。
と言うか樹本って樹本だよな? 珍しい苗字だしこの聲は多分本人で間違いない。
檜山っていうのは別クラスの友達かな? 親しそうなじからして出學校が同じなのかもしれないな。
と言うか一どんな巡り合わせで樹本とその友人の會話に立ち會うことになってんだ自分。変に知り合いだから、話を盜み聞くことに結果的になってしまった現狀が本當罪悪煽られて冷や汗止まらん。背中にダラダラ流れてるよ。
聞きたくないけど雨音くらいしか環境音がない現狀、耳を塞いでも完全に二人の會話は遮斷出來ない。なんせ距離が近い。
聞こえてくるのは一所懸命な勵ましの臺詞だ。檜山と呼ばれた方はよっぽど樹本が心配なのか、言葉を重ねて賢明に勵ましている。
一人じゃない、とか困ってたらちゃんと言うんだ、とか中々口に出せそうにない言葉をてらいもなく告げている所から察するに、多分いい奴なのではないだろうか。取り繕った様子は窺えず、言葉からも聲からも本心で言っている印象をける。
対する樹本も細かに相槌を打ち、素直に檜山とやらの言葉をけ止めている気がする。照れなどで変に誤魔化したりしない所がちょっと違和。
このくらいの年頃って真っ直ぐな勵ましの言葉とか気恥ずかしくて堪んないものじゃないか? 俺だったら速攻で話変えるかキレた振りするけどな。それだけ檜山とやらには心を許しているってことなのか。
知り合いが勵まされてる現場に偶々居合わせるってかなり気まずくじるものなのな。今直ぐ耳栓が天から降って來ないかな?
いや、現実逃避している場合じゃない。俺は何も聞いてない。この場には居合わせていない。檜山の勵ましからやっぱり樹本は現狀に傷付いていたのだと察してなんかいない。
まぁ、冷靜に考えたら當たり前だよな。クールに対応してたけどそりゃあいろんな奴から敵意向けられたら辛いよな。教室では虛勢張ってたんだろうな……。
樹本だって同い年、高校學したてのちょっと前まで中學生だったんだから、そこまで大人なはずがなかったんだよなぁ。
本人が必死に取り繕っていたであろう、その本心をこんな形で覗き見てしまったことに罪悪が……。
俺には何も出來ないと薄なことを考えていたから、こんな樹本の本心を不意打ちで知るような目に遭遇したのだろうか……。
必死な檜山の勵ましにだんだん樹本の聲も明るくなっていく。なんかもう樹本の元気な返事聞くだけで安堵がのに広がるよ。
よかったなぁと親戚のおっさんみたいな想を抱いていれば不意に會話が途切れた。移するのかなと一瞬期待をしたのだが、次の瞬間これまでの明るく力強い聲とは全く違う、えらく低く落とされた檜山の囁きが耳に屆いた。
「……桜子さんは、まだ?」
新たな人名にはてなと疑問を呈すると、樹本の沈んだ聲が答えを返す。
「うん……。意識も戻らない。眠ったままだよ」
容からも聲からもその深刻さは窺い知れる。流れからして樹本の家族かが倒れてしまったようだな。自然と脳裏に數日前の嵩原とのやり取りが浮かぶ。
「原因もまだ? ウィルスとか、のどこかが悪くなったとか、そう言うのは分かんねぇの?」
「さっぱりだよ。お醫者さんもね、必死に原因を探ってくれてるんだけど、何が悪さをしているのか検査に全く出ないんだって。ただ溫が低くて意識が戻らない」
そこまで言ってポツリと樹本の呟きが雨音に紛れるように溢れた。
「……雨の、所為なのかな」
か細くてあまりに弱い呟きに檜山からも返事がこない。こっちも息が詰まった。
これ嵩原の言が真実だったということでは。まさか、本當に樹本の姉は奇病に罹っていると?
雨音だけがサーッと聞こえる靜かな空気の中、気を取り直したのか檜山の明るい聲がまた聞こえてきた。
「……うん、そうか。でも、今直ぐどうこうって話ではないよな? ちゃんと醫者には診てもらってる訳だし」
「一応、生命維持は出來てる。でもそれにだって限界はあるそうだよ。まだ的には健康だから持ってはいるけどって……」
「……そうか」
檜山が呟き沈黙があとに続く。
空気が重い。とんでもない話をよりにも寄って盜み聞きしてしまったものだ。
こんな個人的にもほどがある重要な話を、何故赤の他人でしかない俺が耳にしてしまったのか。隠れていたからですね。自業自得以外の何者でもない。
「……早く、良くなってくれるといいな」
「……うん。雨もさ、上がるといいよね。檜山もずっと室に閉じ込められてて、嫌になってない? 君って運大好きでしょ?」
「おう! ストレスめっちゃ溜まってる! 早くグラウンド駆け回りたい!」
「はは。ちゃんと雨上がってからじゃないと駄目だよ? 泥だらけになんてなったらおばさん本気で雷落とすかもよ?」
「そ、それは勘弁だなぁ……」
込みしているのが目に見えるような気弱な返事をした檜山に、樹本のクスクスとした笑い聲が続く。
二人はそれから他ない話をし、やがて帰るかとこの場を離れた。微かな會話のやり取りがだんだんと遠ざかっていき、そして聲も気配も完全にしなくなる。また他に誰一人いない靜かな空気が戻ってきた。
どうにか、最後まで俺が潛んでいることはバレずに済んだ。ほっと安堵がのに広がるもそれ以上に罪悪が募る。
えらい深刻な話を聞いてしまった。噂の奇病。その真に迫った恐ろしさを當事者から同意なしに聞いてしまった、この衝撃は筆舌に盡くし難い。意識が戻らないまま徐々に弱っていく姿を見守り続けることしか出來ないなんて、家族にとってはとても耐え難いことだろうな。
嵩原に面と向かって言われた時、果たして樹本はどんな気持ちでいたのだろうか。
それから現在まで、奇病のを抱えていると遠巻きに指差されることにどれほど傷付いたのか。想像するだけでを締め付けるものがある。
樹本に落ち度など何もない。それなのに針の筵に立たされるなどあまりに酷いと思う。
はぁと詰めた息を吐き出した拍子に目が頭上の曇天に向かう。しとしとと飽きなく雨を降らせる雲は、重く垂れ込む暗い灰を隙間の一つもなく並べて空を覆っている。どれだけ遠くに目をやったって晴れ間の一つも窺えない。
雨と奇病。そこに確かな関連があるというのなら早くこんな雨など上がってしい。晝寢を堪能したいという気持ちもあるが、今は一日も早く流言の類がなくなるよう、願う気持ちの方が強い。
春の溫かな気が差し込めば皆元気になるだろうか。冷たく降る雨を見上げながら、そんな夢想がふと頭の片隅に浮かんだ。
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