《高校生男子による怪異探訪》6.邂逅二度目

変わらず雨は降り続いている。最早街そのものの活気が失せて來た。商店では晝を過ぎてもシャッターを降ろしたままの店が目立ち、通りを行く人の數も減った。

に沈む街中で、ぽつりぽつりと出歩いている人間は皆傘をしっかり握り足早に進む。

雨に濡れたくないのだ。最早奇病は広く周知されてしまったらしい。

病院にも多くの患者が運ばれ必死の治療が行われていると聞く。まだ直ぐに命に関わることがないから比較的住民も落ち著きを見せているが、それでも眠ったままの患者は日に日に力を消耗し弱っていくことは止められない。

街全に及ぶ靜けさ、俺はその中に今にも押し潰されそうな悲愴さをじずにはいられなかった。

學校も一時のざわめきが噓のように靜かになっている。あれほど熱狂した奇病に関する噂も今では聞こえてこない。よく見た顔の奴らも、最近ではとんと見掛けなくなった。

學校全の欠席者は増加する一方で改善などは全く見られない。実際、病欠の奴もそれなりにはいるのだろうけど、中には雨を嫌って家に引き籠もったり、親戚の伝手を頼り家族で街から避難する人間もいると聞く。

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櫛の歯が欠けていくような、という表現があるが、現狀は正にそれではないかと思う。一人、一人とこの街から離れて行き、そして最後にはただの廃れた街並みだけが殘るのでは。最近はそんな想像も時折頭を掠める。

沈痛な気持ちに囚われることも多いが、それでも悪いニュースばかりではない。

徐々にだが気溫が上がって來ているのだ。

ここ數日で一℃か二℃といったじりじりとした上がり方ではあるが、しかしこのまま上がり続けたなら天候は分からなくとも春めいた気配はじられるのではないかと思う。

空が重い雲に覆われたまま変化が見られない現狀、せめて暖かさだけでも春らしさをじることが出來れば何か改善に向かうのではと、そう期待する気持ちがあった。

もう四月も中旬を過ぎ下旬へと差し掛かる頃となっている。

いい加減春も訪れてくれないと困る。曇った空も見飽きて來た。春らしい晴れ渡った青い空がしくて仕方ない。

そんな気持ちでいたからか、本日の放課後の探索は屋上へと気が向いた。

ホームルームが終わるなり真っ直ぐ向かって扉前まで來たのだが、流石に屋上は施錠がしっかりとなされておりどうにも開きそうにない。

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晝寢の定番スポットである屋上はどうにか確保しておきたいのだが現狀では手がないな。何か抜け道はないだろうか。

一旦退散だと踵を返し階段を下りていったが、しかしここ最近の俺の不運というか、遭遇率の高さというか、要らない引きの強さがまさかのこのタイミングで牙を剝いて來た。

「やぁ。ごめんね、こんな所に呼び出したりして。來てくれてありがとう、樹本君」

聞こえてきた話し聲に咄嗟にを隠した俺を誰か褒めてしい。聞き覚えのある無駄に取り繕った聲にそろーっと下を覗き込んで見れば、四階の階段前にて樹本と、そして嵩原が対面して立っていた。

嵩原の奴が呼び出したらしく、一瞬ちらりと見えた樹本の表は憮然を通り越した全くの無表で、もうご機嫌メーターの下降合が目に見えるような有様に俺は出て行くことを諦めた。嵩原と同類かといった目を向けられたら俺は暫く學校休むぞ。

二度に渡る盜み聞きを経て、特に直前のことからもう首を突っ込んだりしない、なんて心に誓った矢先のこのたらくだ。

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なんだってピンポイントで話聞ける位置に俺はスタンバっているのだろう。多分、緒話をするために人気のない所としてこの屋上に続く階段を嵩原の奴は選んだんだろうけど、それだって何も今日バッティングしなくてもいいだろうに。俺の運勢ここの所低迷過ぎないだろうか。

「……君にとっての呼び出しって、教室に直接乗り込んで無理矢理連れて行くことを言うのかな?」

ひやっとした樹本の刺々しい聲があんまりな容を語る。

嵩原……。あれほどの冷戦っぷりを見せてくれた樹本が呼び出しに応じるなんてと違和を抱いていれば、お前……。

俺が教室を出て行ったそのあとで、嵩原の奴がずかずか乗り込んで拉致したんだろうなぁ。あともうちょっと教室に殘っていれば、この修羅場にも出會さなかったのかと思えば己の判斷が恨めしい。

「だって君、事前の呼び出しになんて応じるつもりはさらさらなかっただろ? 無駄足踏むくらいならそりゃ力押しにもなるってものじゃない?」

「……」

飄々と答える嵩原に相変わらずの強心臓だなとどうでもいい想がを過ぎる。自が嫌われていることも承知の上で樹本を無理矢理連れ出すなど、その行力と肝の據わり合は稱賛ものだ。俺には絶対に真似出來ないな。

階下の沈黙にこっちが何故かドキドキしていれば、はぁっと強い溜め息が聞こえて來てが小さく跳ねた。樹本氏、更にご機嫌メーターが下降した模様です。

「……一なんの用なの? 僕も暇じゃないんだけど」

冷たい。あの檜山とかいった奴とのやり取り時のらかさなど微塵も見當たらない冷たさだ。完璧に樹本の奴は嵩原を敵視してしまったようだな。ああ、胃がキリキリして來た。

「そう邪険にしないで。時間は取らせないよ。ただどうしても聞きたいことがあっただけだから」

対する嵩原に揺はさっぱり窺えない。ここまで冷たくされても怯みもしないなんて、あいつ男は眼中にすらないと言い張るのか。

一時はこんなご時世なんで更に告白の頻度が上がったとか噂で聞いたから、最早あいつは全男子の敵と言っても過言ではない。

暫く沈黙が続き、再度また溜め息が聞こえて來た。力のこもったクソデカ溜め息だ。當然、吐き出したのは樹本の方だ。

「どうせ付き合わない限り粘著するんでしょ? だったらこれが最後だ。今後一切君の下らない話には付き合わないよ。いいでしょ、別に?」

「うん。それでいいよ。ありがとね」

嵩原の返答こそ軽いが漂う空気は半端なくギスギスしている。もうやだ。おうち帰りたい。

「それじゃさっさと済ませてよ。こっちは忙しいんだから」

「そうだね。とは言え、再確認みたいなものだけどさ」

ピリピリした空気がこっちにまで伝播してくる中、嵩原のその言い回しに嫌な予がプンプンして來た。

樹本のの幾らかを知ってしまった現狀、俺も何が地雷となるか判斷下せるようになってしまったのが今凄くタイミングが悪い。

頼むぞ嵩原。お前子にモテまくってるんだから場の空気くらい簡単に読んでみせるよな? 思いっ切り地雷踏みに行ったりするなよ?

「やっぱりさ、樹本君のお姉さんって謎の病気に罹ってるよね? 噓吐かないで教えてよ」

ああー! き聲がれそうになるのを両手で口押さえてどうにか堪える。

最悪だ。嵩原の奴全力で地雷を踏み抜きに行きやがった。その質問はアウト中のアウトなんだよ。今の樹本には忌の質問だと言っても過言じゃない。

現に階下から漂う空気が多分二、三℃下がった。

「……」

沈黙が恐ろしい。これはあれか、リアルファイト案件か。樹本と嵩原だと格的に圧倒的嵩原有利だから結果としては樹本がボコボコになるパターン?

そうなったら流石に介すべきだよな。それとも今から割り込むか? 『話は聞かせてもらった!(バーン!)』ってじに飛び出せば々有耶無耶になるだろうか。うん、俺がボコボコにされる未來しか見えないな。

「……それを聞いてどうするの?」

葛藤を抱える中、樹本は押し殺した低い聲で嵩原に聞き返す。今にも震え出しそうに掠れた聲は、どれだけ樹本の奴が己の激を抑え込んでいるのかまざまざと示しているようで、傍から聞いていてその痛々しさに思わずぐっとの奧が詰まった。

ただでさえ樹本は嵩原の軽はずみな行いにより散々な被害をけたんだ。

謝罪もないまま、またもやデリケートな話に踏み込もうとする嵩原にどれほど心が揺さぶられたことか。それでも冷靜に話を続けようとする樹本は本當に忍耐が強い。

下手なことは口にしないでくれよと嵩原にそっと念を送る。ここがきっと分水嶺だ。軽薄な答えなど返そうものならきっと樹本は我慢出來ずに発する。

別にそれでもいいんじゃないかと思う自分もいるが、これまで樹本は己の正當を失わないよう冷靜に努めていたのを俺は知っている。その努力をこんなことで無駄にしてしまうのはあまりに勿ない。だからどうか嵩原、ここで良心の一つくらい示してくれ。

必死な祈りはなんとか通じたのか、返された嵩原の言は意外にも真面目なトーンを纏っていた。

「ちょっとした事実のり合わせに利用するだけだよ。俺もねぇ、今回のこの雨に纏わる諸々は結構真面目に検証しているんだよ。謎とされる奇病についても、罹患者にはとある共通項があることを君は知っているかな?」

「共通項?」

意外な話の展開振りに危うくを乗り出しそうになった。原因含めて全く解明が進んでいないとか聞いていたのに、罹る人間に傾向があるなんて正に寢耳に水だな。

樹本も直前のブリザードさが噓のように興味深そうな様子で聞き返している。

「そう。罹患者はね、何故か皆名前が『春』に関係したものなんだよ。『春』そのものは勿論、俺が確認した所だと『苺』『菫』『梅』なんかもあったね。當然『桜』もそうだ。……樹本君のお姉さんって、確か『桜子さん』、なんだよね?」

「……!」

はっと息を呑む音がこちらにまで聞こえて來た。確かに俺も聞いた名だ。

謎の奇病に罹る人間は皆『春』を連想させる名前を持つ? なんでそんな共通が生まれる?

まさか病気が選別して襲う人間を決めている訳もないだろうし、これは偶然なのか?

「だから確かめたかった。もし、君のお姉さんも被害者なら、この説の蓋然は更に高まる。この『雨』を降らせている輩は、どうやら『春』が嫌いだとも推定が出來るようになる」

「……え?」

え? 真面目に考察をしていたら何か嵩原が斜め上なことを言い出した。『雨』を降らせている輩?

「何、言って?」

「聞いたことないかな? 『雨雲の下の男』って。一時はそいつが雨を降らせているんじゃないかって噂もされていたようなんだけど、実はね、どうにもそれ、真実っぽいんだよね」

「は?」

樹本の間の抜けた聲が聞こえてくる。ああー……、そう言えばそんな噂も耳にしたようなしてないような。確か最終的に河にされていなかったっけ。え、じゃあ河は実在した?

いや、そうじゃない。嵩原は『男』と言った。そしてそいつが雨を降らし更には奇病の原因だとも見ているらしい。どうしてそうなるのだろう。一切繋がりの見えない話に頭が混してくる。

「……え、君、頭大丈夫?」

樹本の返しもえらく辛辣だ。だが気持ちは良く分かる。この長雨に頭の中にカビが生えたとしか思えないだろう。

「酷いなぁ。これだってちゃんと証拠はあるんだよ。なんたって俺が目撃者なんだから」

「はあぁ?」

二度目の樹本の驚きの聲が靜かな廊下に轟いた。

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