《高校生男子による怪異探訪》7.雨を降らせる者

あっけらかんと意味の分からない主張を口にした嵩原にはこちらも驚いた。

この長雨の元兇らしき『雨雲の下の男』。それを嵩原は目撃した、らしい。突然何を言い出すんだこの男。

「僕本當急いでて君の暇潰しにも付き合ってる時間ないんだけど」

樹本もご立腹だ。まぁ、信じ難い話だよな。常識的に考えて人間は天候なんか自由にれない。

「待って。俺もね、自分で何言ってんだろって気持ちはあるんだよ。でもこれがねー、本當に事実なんだよねー」

嵩原の言は変わらず軽い。信じてもらうつもりがないのではと疑いたくなるが、しかし冗談でこんな話をするとも思えない。

広められたらそれこそ嵩原は頭おかしい人間と斷定されてしまうだろうし。

「……目撃したって何を見たの?」

樹本も同じような判斷を下したか話を聞く気になったらしい。病気を快癒させる手掛かりが摑めるなら、という考えもあるのかもしれないな。

真剣な問いで、だからこそ嵩原のおふざけというのか不真面目さが際立つ。下手なことを言えばその時點で會話は終了しそうだが、果たして嵩原はきちんと空気が読めるのか。違った、読むのか。

「言ったでしょ、『雨雲の下の男』だよ」

「噂されていたって言う? どういう場面に立ち會えば噂に出て來るような不気味な存在を目撃することになるの? そんな荒唐無稽な話、信じられるはずが」

「人が奇病に倒れるその場面に立ち會ったって言ったら信じるかな?」

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不信を全面に押し出す樹本に嵩原は敢えて発言を被せた。ピタリと樹本の聲が止む。

「ちょっと前にね、一緒にお出掛けしていた子がいたんだ。その子も春に関係する名前だった。雨ずっと止まないね、いつになったら晴れるだろうねって話しながら歩いていたんだけど」

階下から唐突に昔語りを始める嵩原の聲が屆く。嫌に平坦だ。話の流れからしてその人が病に倒れたと思われるはずなのに、嵩原からはなんのきも窺えない。

聲だけだからか? 表には何かしら浮かんでいるのだろうか。だから樹本も何も言わずに話を聞いていると?

「雨は強かった。ザーッて傘に強かに當たって、互いの聲も聞こえにくかったね。だから寄り添うようにして歩いていたんだ。視界も雨が酷過ぎて危なかったしね」

聞けばいちゃつくカップルの惚気にしか思えない。嵩原が男相手に親な様子など見せるとは思えないし、言い方からしてもであることには間違いがないだろう。どんな関係かまでは察することは出來ないが。

「そうして人気のない道を歩いていたんだけど、不意に前方に誰かいるのに気が付いたんだ。はっきりとは見えなかったよ。でもその人がスーツ姿の男で、酷く雨が降っているっていうのに傘を差さずに立っていたことだけは分かった。數秒で全びしょ濡れになるような豪雨の中でだよ? おかしいなって直ぐに足を止めた。近付くの怖いじゃない? こっちはの子を連れてる訳だしさ、変質者の類なら近付かずに離れた方がいいとその時は思ったんだ」

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雨の中で傘も差さずに佇む。どこかで聞いたような特徴だ。

それでもそんな人間が全くいないとは言い切れないのが現実なんだよな。嵩原の判斷は決して間違ってないと思う。

「踵を返して道を変えようとした。一緒にいた子にもそれを伝えようとしたんだ。そうしたらその瞬間、酷く冷たい風が吹いた。キンキンに冷えたまるで真冬のような冷たい風がピュウッてね。一緒に雨も巻き込まれて真正面から俺たちはそれを浴びることになった。一瞬でずぶ濡れだよ。傘を前に翳す暇もなかった。一緒にいた子は大丈夫かなって、直ぐに様子を見たんだけど」

一瞬言葉を切り、そしてまた話し出す。

「その時にはもう、真っ青な顔をしてカタカタ震えていたよ。自分で自分のを強く抱き締めていて、パッと見たじでは震えを抑えているように思えた。実際は違ってたんだ。必死にを暖めようとしていたんだよ。今なら凍えそうなほど寒かったんだって察しもするけど、でもその時は気付けなかった」

語尾が聲を潛めるように低くなり僅かに掠れる。ここまで平坦だった嵩原のきが見えた気がした。

流れから察するにそれは後悔だろうか。ちゃんと狀態を把握してやれなかったからか、あるいは助けることが出來なかったからか。

「肩をって、そこであまりにが冷えてしまっているのに驚いた。まるで冬の日に外にいたような冷たさだったよ。確かに直前に雨を浴びはした。でも、それだけでここまで冷えるのは有り得ない。何かが起こったって瞬時に気付いたよ」

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遅かったけどねと、溢される呟きには自嘲が含まれていた。

「必死に呼び掛けたけど、多分聞こえてなかったんだろう。カタカタ歯を鳴らすだけで返事はなかった。どんどん顔が悪くなっていって、吐く息まで白くなって、そうして最後には意識を失って倒れてしまったんだ。もうその頃には顔は真っ白。まるで雪みたいな白さだったよ」

奇病。溫が低くなり意識が回復せずに眠り続ける。

仮死狀態に陥っているのか、あるいはの機能になんらかの障害が起こっているのかと思っていたけど、嵩原の話を聞くにこれは。

「凍死寸前の狀態に似ているとは、そのあと病院に運んで対応してくれた醫者が言っていたよ。まるで真冬に長時間放置されたような反応だったらしい。今四月なのにね。君も言われなかった? 『お姉さんはどこか気溫の低い所にいませんでしたか?』って」

「……っ」

息を呑む気配がする。樹本も似たようなことを言われたのか。

現在、春と呼ぶには低い気溫だがそれでも真冬のように寒いことはない。ならどうして二人はそこまで凍えてしまったんだ? 嵩原の話にも特段そんな癥狀が起こりそうな要因はなかったように思える。なのに何故?

「有り得ないだろ? 俺も傍にいたのに倒れたのは一人だけだ。あの時に何かが起こったとして、病気に罹るというなら俺も同じ癥狀が出ていないのはおかしい。それから々と調べてみた結果、俺は今回の奇病を超常的な存在がもたらしたものだと推測した。それが『雨雲の下の男』なんだよ」

そう繋がるのか。雨を降らす『雨雲の下の男』、それと雨が原因ではと語られる奇病の関係。嵩原の話の流れを読むにその『雨雲の下の男』は當然。

「目の前にいたスーツの男、それが事の元兇だって君は言いたいの?」

「その通りだよ、樹本君」

樹本が指摘するのに嵩原が嬉しそうに答えた。タイミング、噂との近似としても嵩原の言うスーツの男は々と合致はする。

まさかとは思う。そんな超常的なものがあっさりと近くに存在することに対する懐疑心は依然存在したままだ。だけど、同時にそれ以外での説明もつかないのではと判斷する己もいた。

「そんな、そんなの有り得ないよ。君、自分が今どれだけ現実味のないこと口にしているか理解してるの? 雨を降らせて、訳の分からない病気をばらまいている人間がいる? そんなの、フィクションの中の話じゃないか」

樹本は必死に否定する。だが、これまでのような突き放すほどの強さは全くなく、戸いに溢れているのか語尾は微かに震えていた。

樹本も否定仕切れないのだろう。まさかオカルトな話が苦手ということもあるまい。

「人間。人間か。そうならまだ簡単に収拾はつけられるんだろうけど」

「……え?」

「なんでもない。とにかく、俺は元兇は『雨雲の下の男』だと見ている訳だ。そして『春』に関係する名前の人間ばかりが病気に罹ること、更にこの長雨の真意も春を遠ざけるためじゃないかって推測を元に男の狙いを考察した。結論がさっきも言った『春を嫌っている』という答えだよ。お分かりかな?」

調子を取り戻した嵩原はそう結論を述べた。そう言えば元々はそんな主張をしていたっけ。

『春』の意味を持つ名前の人間を凍えさせて、雨を降らせて春そのものの到來を阻止する。

嵩原の主張を纏めるとこういうことになるのか。だから『春が嫌い』だと言い出したんだな。

「……」

「まだ信じられない? 荒唐無稽な話に聞こえる? 現代人としては納得のいかない面があるかもしれないけど、それでも、現狀を理論立てて考えていくとこんな所論にも至るんだよ。まぁ、俺はかなりの確率で事実だと見ているけど」

樹本は何も答えない。信じられないのも無理はないだろう。嵩原の考えは常軌を逸している。それこそ、現代ファンタジーの小説などに出て來そうな超展開だ。

「……それで」

「ん?」

このまま話は終わりかと事態を見守っていれば、樹本が聲を上げた。

「それで、そんな結論に至った君はどうするの? 男と対峙して雨を止ませるのかな」

聞こえて來た聲は揶揄を含んだものであり、嵩原への敵意が復活したようにも思える。

だが、強気な言葉とは裏腹にそこには縋るような差し迫った思いが込められているとなんとなく分かった。

どうして男と対峙して雨を止ませる、なんて想像が働いたのか。それは偏にそれが樹本のみだからだろう。

これまで全容処か発癥原因すら見付かっていなかった奇病への別角度からのアプローチ。容こそ荒唐無稽だが、ある程度の説得力を嵩原の説からじ取ったのかもしれない。

嵩原の主張にも納得のいく所を見付け、だからこそその結論に達した奴に期待を持ったのか。

雨が止むことと男をどうにかすることが関係を持ち、そこに更に病気からの回復も繋がれば、それは樹本だって縋りたくもなるだろう。あいつの今のみは姉が目を覚ましてくれることに違いないんだから。

ここで嵩原も樹本の意を汲んで答えたのなら、関係も多は改善に向かうとは思ったのだが。

「……いいや? なんで俺がそんなことしなくちゃいけないの?」

「……え」

「俺はね、ただ探ってるだけ。だって超常現象だよ? 雨と病気を自在にる男なんてまるでSF小説や映畫みたいじゃない。創作の中でしか見られない不思議が目の前に突然現れたら、好奇心を掻き立てられるのが人間ってものじゃない? 一何が起ころうとしているのか、その詳細が知りたいだけで事の解決とかはあんまり意識してないなぁ。解決したって何か俺に得がある訳でもないよね?」

ね?などと言って楽しそうに嵩原は最悪な理由を語る。思わず頭を抱えた。

つまり奴は単なる好奇心により樹本のデリケートにもほどがある話に首を突っ込んだと言いたい訳だ。解決のためでもなんでもなく、ただ面白いと思うその気持ちに衝きかされたままに。

「……」

樹本が返事しない。沈黙が怖い。樹本の期待に気付いたからこそ、嵩原のこの返答は更に最低なものとして俺もじた。

奴も目の前で知り合いが倒れたというのになんでそこまで軽薄な言が出來るんだ。頭のネジが二、三本外れてんじゃないか?

「……て」

ぼそりと低い聲がした。勝手に背筋がヒヤッと粟立った。

「いい加減にして。君のような悪趣味な人間に付き合ってる暇はこっちにはないんだ。好奇心を満たしたいだけなら一人で突撃でもなんでもすればいい、君自がどうなっても僕は知らないけどね。ああ、でもその方が周りは靜かになっていいかもね。僕も煩わしい思いをしないで済むし」

悪意たっぷりな言葉がマシンガンのように放たれる。じさせない平坦な聲がいっそ樹本の激を表しているようにも思えるよ。嵩原の奴、完全に樹本を怒らせてしまったな。

「とにかくもう二度と僕と関わらないで。話し掛けないで。はっきり言って、君のようなデリカシーのない人間は大嫌いだ。その顔を見るのだって嫌なほどだ。いいね? 金際僕の周りに現れないように。自己満足のなんの役にも立たない調査なんかで他人の時間を奪うのはもう止めた方がいいよ。ま、どうせ人の忠告を聞くような頭はしてないんだろうけど」

嵩原が差し挾める隙も見せず、一方的に捲し立てた樹本はどうやらそのまま帰ってしまったようだ。パタパタと軽い足音が徐々に遠ざかっていく。嵩原は止めることも出來ないか、階段には重い沈黙ばかりが殘った。

「……」

気まずい。いや気まずいのは俺だけだろうけど。嵩原にきはない。樹本のあとを追うこともしないとは、流石の奴も途方に暮れたりしているのか?

結構酷い臺詞を吐かれてはいたが、だからと言って同心などは一ミリも沸いてこない。

完全なる嵩原の自業自得だ。嵩原も樹本を酷く傷付けているんだ、おあいこ、とは言わないがしは樹本の気持ちも考えろ。

「……ちょっと、言い過ぎたか」

一人殘された嵩原からポツリとそんな呟きが溢れた。その中に意外じる。

反省しろとは思ったが、実際に嵩原はそんな自省などするタイプには見えなかったし、なんなら文句すら言うかと思っていた。力なく呟かれた聲はどこか途方に暮れ、ばつの悪さを纏っているように俺にはじられた。

それ以上奴は何を呟くでもなく、やがて靜かにここから離れた。スタスタとし早足気味の足音がだんだんと遠ざかっていく。

樹本の発言に凹んでいた癖に足音からはそんな素振りはさっぱり窺えない。切り換えが早いのか、それとも実際はそんなに気落ちしてもいないのか。

分からないな。俺は嵩原の人となりなんて噂で聞くものしか知らない。奴がこんな空気処か人の気持ちさえろくすっぽ考えない人間だと、斷定することも出來ない。どこか奴の態度には違和じた。

そもそもがどうして嵩原はああも己の考察をしっかりと樹本に話したのだろうか。あんな話、普通は頭がおかしくなったと斷じられてそれで終わりだろう。

樹本ならちゃんと聞いてくれると思ったのか? それはあいつの姉が被害者だから? 奇病に倒れたことを確認するために自分の考察を語ったのか? 本當にただの好奇心で樹本に近付いたのか?

一人殘された階段で考えるも分からないな。新たに聞かされた報があまりに多過ぎる。嵩原の考察にしたって開示された直後は有りかもしれないなと一瞬は考えたが、本當に『雨雲の下の男』なんて存在するのだろうか。そしてその男が奇病の元兇なのか。

事実だと語る嵩原にしても、それが真実なのかどうかは奴の三寸でしかない。噓を吐いてないという確証は何もない訳だ。

本當は雨は何十年かに一度の異常気象だったり、病気も新種のものだったり、傘を差さずにいたのは単純に忘れただけだったりするかもしれない。

確かなことなど何も分かっていない。俺は人の話を聞いているだけだ。噂や談をひょんな巡り合わせで耳にしているだけに過ぎず、この目で確かめたものなんて何もない。だからなんにも分からないのかもしれないな。

これまで俺は単なるモブで、背景の一部でしかなかったんだろう。騒の中心からは離れた位置にずっといたから何も分からないんだ。嵐の中心を見るにはその嵐に突っ込んでいかなくちゃ見えるものも見えやしない。

踴り場にある窓から空を眺める。濃い灰の空は変わりなく、ザーザーとした雨音も途切れることなく聞こえてくる。

あのどこまでも広がる雲の下に男はいるのか。その男を確認すれば、事態はしでも変わるだろうか。確認することが一番難しそうではあるが、でも。

「実在するなら會えるはず」

をそっと呟く。事の中心、それに直接出會すことほど確かな報の手はないだろう。なくとも、男は存在したという事実の確認は直ぐに葉う。

嵩原の睨んだ通りに全ての元兇だというなら、男に會うことでこのどうしようもない天気もどうにか出來るんだろうか。強くなっていく雨を眺めながら、暫くぼうっとこの場に佇み続けた。

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