《高校生男子による怪異探訪》8.き出す事態
明くる日はいつにも増して酷い天候だった。朝から臺風もかくやといった激しい雨が降り続けているのだ。
まるでバケツをひっくり返したような豪雨であり、雨が降り出してからこっち、恐らくは一番酷い降りなのではないだろうか。
これ最悪市で土砂崩れや氾濫なんかも有り得るな。そんなレベルでそこらで軽い冠水が起きているような現狀でも學校は変わらずある。
いや休校にしろよ。學級閉鎖も考えている癖になんでこんな悪天候で生徒を通わすのか。幸い雨が激しいだけで風はそんな吹いてもいないから、外を出歩くことにそこまで負擔は掛からないけども。あ、それでか?
絡繰りが判明した中、仕方なくぐぬぬと唸りながら頑張って登校を果たすが、學校に向かっただけでもう足下はびちょびちょだ。俺の家學校に近いのに。三十分掛からずの道程なのに靴下まで濡れてしまって朝からテンション下げなんですけど。
校舎に避難したあともザーッと激しい雨音が途切れず聞こえてくる。
今日はもう早上がりでいいんじゃないですかね。朝だっていうのに暗いですよ。四時以降とか生徒帰らすには不安じゃないですかね?
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中で語り掛けるも通常授業だよちくしょう。ホームルームで擔任何も言って來なかった。危機管理意識低いんじゃないかな、我が學校は。
そんないつも通りな教室で、ちらっと様子見た樹本は流石に元気がなかった。昨日のことを引き摺っているのか、し青い顔に俯き加減に座る姿は調が悪いようにも思える。
実際、朝から何人もの子が大丈夫かと聲を掛けているほどで、樹本も弱々しい笑顔で答えるだけと中々に深刻な模様。
噂の沈靜化に伴い樹本に絡む輩も減ってきていた矢先での嵩原だったからな。小康狀態だったストレスゲージが、昨日の一件で限界突破していたとしてもおかしくはない。
それでもこうして酷い雨の中でも登校はしてくるのだ。ガッツがあるというか、倒れる前にちょっとは休めよというか。なくとも突然の休校をむ俺よりかは真面目だと言えた。
雨音(強)をBGMに恙なく授業は進む。教室も人が減ったもんだ。八分の一、いや六分の一は空席になっている。
この欠席率はうちのクラスだけのことじゃないからな。學校全で考えれば百人に迫る數が自主休校を決めていることになるから、事態はかなり深刻だと言える。
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この欠席者の一何人が奇病に罹ったのだろう。嵩原の言を信じるなら春に関係した名前の人間が病気に罹る。『苺』、『菫』、『梅』、そして『桜』。人名としてはそう珍しくもないものばかりだ。その上これらだけに留まりはしないだろうからな。実際にはもっと該當者は増えるはず。
都會と比べれば人口的にも名前のバリエーション的にも我が町は下回るだろうが、それでも実數は十や百で利かないのは確かだろう。下手すれば千を超える人間が病に倒れる可能もある。
ただでさえ記録的な長雨に見舞われ、更に原因不明の罹患者が大量に出たとなれば。我が町の今後は決して明るいものにはならないだろうな。人がいなくなるのは當然の流れだと思うが、もしパニックでも引き起こされたら。
想像するだけでゾッと背筋に寒気が走る。その時の混はきっと樹本の時の比ではないだろう。真偽不明の噂が飛びい、それらを本気にした人間が大人も子供も関係なしに自己本位に喚き立てる。
個人攻撃などまだまだ溫かった、そんな想が出て來るくらいに酷い結果が引き起こされるかもしれない。
考え過ぎか? だが樹本だけでああなったんだ。あの騒ぎが學校を飛び出し、街という広範囲に拡散して起きたとしたらその結果はより酷いものになると考えるのが自然ではないだろうか。
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単純に人が増える、人が増えればその分考え方、捉え方だってより多様になる。それらがあちこちで暴発したら。沈靜化の労力はきっと學校以上となることだろう。
そんな最悪な未來なんて來ないに越したことはない。現狀は、不穏な気配がそこかしこに溢れてはいるけどもまだ辛うじて暴発には至っていない。
今なら間に合う。そんな気がする。俺もちょっと本気で『雨雲の下の男』の捜索に乗り出そうか。出會って、そして面と向かって雨を止ませるように言えばどうにかなる、かなぁ……? 説得だけでどうにかなるならとっくに事態は沈靜化していたか。これはちょっとアプローチ方法を考えないと駄目かも分からん。
ちらりと窓に目をやる。変わらずザーッと勢いよく降る雨が窓に幾つもの水の筋を作っている。
遠くに見える空は黒い。分厚い雲が全面を覆っていて継ぎ目ですらよく見えない。あの分厚い雲、その中心の下に男はいる。そこで傘も差さずに佇んでいると。
男はなんだってこんな雨を降らせるのか。春が嫌い、なんて嵩原は考察していたが、本當にそうなのかね? 嫌いな春を遠ざけるためにたった一人でずっと雨の中を立ち盡くしているのだろうか。
雨を降らせて春に関係する名前の人間を倒れさせて、そうして一人、冷たい雨が降りしきる中を傘も差さずにぼうっと立ち盡くす。
絵を想像するとなんとも悲しい気持ちになった。そうまでしてむことは一なんなのか。それを理解出來ないはどうやったって男の説得なんざ葉はしないのでは。漠然とそんな予がのを過ぎった。
最後の授業も終わり放課後を迎えた。雨足は未だ弱まる気配を見せず空には重い雲が垂れ込めている。當然周囲も暗く、放課後になったばかりだというのにもう日暮れのように薄暗い。
これはあと一時間もすれば夜みたいに暗くなるのでは。元々、本日から雨雲の下の男捜索に取り掛かろうかと早々に學校を出るつもりではあったのだが、今日は寄り道なんてしないでとっとと家に帰った方がいいかもしれない。
校舎を出た途端強い雨音が鼓を打つ。玄関口から見た景は降りしきる雨で以て遠くが滲んでよく見えない。
正に豪雨。これはマジで自然災害を警戒しないとまずいかもしれないな。雨の酷さにより他の生徒の大半は校舎で待機することを選択したようで、俺のように外に出ている者はない。中には車で迎えに來てもらうのを待っている者もいるみたいだな。賢い。
俺も出來ればこんな雨の中、徒歩でちんたらと帰りたくはない。パッと広げた傘に見舞われる水の衝撃も中々のもので、もう一瞬で校舎に戻りたいなって心が脆弱になったものの、留まった所で天候の回復なんざめそうにもない。
重い曇天はが生えたように頭上に鎮座し、あれがどっか行ってくれる可能は萬に一つもなさそう。
仕方なしに一歩軒下から踏み出したが、途端襲い掛かる質量という名の暴力の凄まじさと言ったら。
叩き付ける様とはこのことを言うのだろう。濡れたくないんで大きめのしっかりした傘を持ってきたのもよろしくなかった。広い面積でける雨粒の舞は攻撃と錯覚するほどに酷い。
傘を持つ手に伝わる衝撃と連し、ボボボボボと布地を強かに叩く雨が周囲の音を掻き消す。ザーッと地面を叩く音も聞こえてはくるんだけど、それ以外の音はこれ拾えそうにないぞ。マジで注意深く帰らないと事故に遭遇する可能もあるな。
焦らず無理せず、でも出來るだけ急いで家まで帰ろう。雨雲の下の男捜索とか無理無理の無理。こんな天候の中、人捜しなんてやってられるか。一歩歩く毎に冠水と何が違うのか分からない水溜まりで足下が濡れる。ああ、また浸水してきて靴下濡れた。
どうしてこうも靴下濡れた時って他の部位が濡れた時以上の不快が湧いてくるのか。こうなったらもう突っ切ってさっさと家に帰ろう。男の捜索は明日から本気出す!
決意も新たにバシャバシャ冠水狀態の道路を頑張って進む。でも途中で心が折れた。現在膝下までぐっちょりである。あの車許さんぞ。
避難するため途中にあったコンビニに立ち寄った。店の音と共にさぁっと除された空気が全に纏わり付いて一気に気分が軽くなる。気溫は決して高くはないんだけどとにかく気がね。梅雨もかくやといった降水量な訳だし。
店員のやる気のない挨拶を背に窓際の雑誌コーナーを彷徨く。ついでになんか漫畫買ってこうかな。楽しみの一つでもなければ再度この豪雨の中に踏み出すの無理です。
週刊誌あるじゃんと軽く立ち読みしていたが、ふと上げた視界に知り合いの姿が映った。
窓越しに通りを行くのは樹本だ。薄暗いながらもコンビニが明るいので顔の選別はちゃんと出來る。何やら険しい顔付きで足早に通り過ぎて行くのだが、一どうしたのだろうか。
不思議に思っている間にさっさと目の前を橫切られ、通りの向こうへと消えて行く。
尋常ならざる気配を漂わせているように思えるが、これあと追ってった方がいいのかね。昨日のこと、今朝のことを思い返すとどうにも放っておくのも躊躇われるな。
どうしようかなと悩んでいると、また知り合いの姿が窓越しに視界にる。
嵩原だ。あの長、長い足は間違いない。こちらはなんだかこそこそと慎重そうに歩を進めているのだが、何? スニーキング中? もしくはストーカー……。
そこまで考えはっとなった。こいつ、ひょっとして樹本のあとを著けているのか?
思い出すのは樹本VS嵩原の二度の対面。嵩原は樹本に、言い方がどうかと思うけどご執心な様子を見せている。
昨日のことで関係は途切れたかに思えたけど、それは樹本側の見解であってひょっとすれば嵩原は違うのかも。今こうして樹本のあとを著けているのがその証拠なのではないか?
樹本のあとなんて著けて一何やらかすつもりだ。リンチ? あるいは脅迫?
駄目だ、これまでの振る舞いが振る舞い過ぎて碌な想像が出て來ない。流石に暴力事件に発展することはないだろう。ないと思う。ない、はず。
思考に耽っている間にも嵩原も樹本の去った方向に消えていった。間違いなくね? ストーカーしてない? これ確実に同じ方に行っただろ。
気になる。気になって仕方ない。本音はこれ以上、二人のめ事に首を突っ込む処か目撃だってしたくはないんだ。
でも、ここで見過ごしてしまっても大丈夫だろうか。明日樹本が登校して來なかったらどうしよう。心臓バクバクいってきた。
ああ、うーん、うー、だぁ、もう!
雑誌をラックに突っ込み踵を返して出口に向かう。傘を片手に扉を開け、が半分飛び出た所でばっと勢いよく開いた。
背後からピロピロと店音と店員のやっぱりやる気のない聲をけつつ、通りを一目散に辿る。
辛うじて嵩原の濃いの傘はまだ見えた。周囲は変わらず雨音で煩いのでそこまで気を払うことはないだろう。とりあえず突然振り向かれることだけ警戒してゆっくりとそのあとを追った。
一何をしているのか。これでは俺がストーカーだ。趣味が悪いにもほどがある。
そう冷靜な部分が頭の中で囁くがこうなれば毒を食らわば皿までだ。樹本と嵩原の向を最後まで見守ってやる。
この先どうなるのか。そもそも嵩原は樹本を追っていたのか。
分からない。分からないがここで見て見ぬ振りをするよりかはきっとマシな結果にはなるはずだ。そう己に言い聞かせて暗い道を慎重に、出來るだけ靜かに嵩原のあとを追っていった。
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