《高校生男子による怪異探訪》12.回想終了

『凍雨』ラストです。

こうして一月近く降り続いた雨は無事に上がり、長らく勢いを殺していた春は無事最盛期を迎え、春らしい気を街全へ振りまいた。

謎の奇病により昏睡狀態にあった患者たちも軒並み回復。これぞ正に大団円。見事、事件は一件落著となった――。

「……って、訳でもなかったんだよな、実際」

約一年ほど前の出來事を思い返してそう愚癡る。時刻は晝。いつものように中庭でいつもの四人で卓を囲んでいる。

あの雨が無事に上がったあと、それを喜ぶ間もなく俺たち四人は向き合わねばならない現実と直面した。

そう、倒れたままの人をどうするべきか。格好からして近くの學生らしい子を取り囲み、全びしょ濡れの俺たちは判斷を問われることとなったのだ。

このまま救急に連絡した方がいい、でもこの格好って怪しく思われたりしない?、わーパンツまでびしょびしょ、などなど。

喧々囂々とやかましい三人の意識が倒れている人に向いていることを幸いに、俺はそっと逃亡。見事に後始末の全てを野郎三人に押し付けることが出來たのは良かったのだが、制服を盛大に濡らしたのはまずく、帰った母に烈火の如く怒られた。

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雨続きで洗濯も自由にやれないような狀況だったからな、そのストレスもあって、まー、例年にない怒髪天振りを招いてしまった訳だが。

そして明けて翌日。快晴の下、生乾きの制服で以て登校した俺を待っていたのは置いていった三人の強襲と呼べる來訪だった。

なんで先に帰ったなどという文句から始まり、男とのやり取り云々、どこから見ていた云々と事態は事聴取のに発展していき、それにのらりくらりと答えていればその日は休み時間毎に毎回突撃を食らい続ける羽目になった。

教室から逃げ出そうとしても毎回樹本が回り込んで來て阻止されたんだよな。子を味方に付けやがってあいつ。あの時ほど、樹本を恨めしく思ったことはない。

幾度もの突撃をけ、事を話せと迫られ、そうして何度も顔を合わせるに「あの四人仲良いな」なんて一括りに噂されることが増えていき、そして今、こうして連むようになるまでに至るのだから人の縁とは不思議なものだ。

この三人とは絶対どんな接點も生じないだろうなとかかに思っていたんだけど予想が外れた形だな。

で、だ。無事雨が上がった街はそれまでの停滯が噓のように活発さを取り戻すこととなった。

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外出自忌避されるような狀況だったし、日が差さないことによる各所への影響もまた大きかった。

それが春の訪れで払拭され天候も回復した訳で、その當時の世間の喜びようと言ったら正に上へ下への大騒ぎ。一時的とは言え街での消費が數倍に達したとテレビで報道が流れたほどだ、その癡気っぷりは推して知るべしってものである。

勿論良いことばかりではない。長雨の影響は後々まで暗い影を落としもした。

そう、作の高騰だ。農産業に與えられたダメージは深刻で、暫くお母さんという家計を握る方々の財布の紐は非常にく結ばれることとなった。

結局作の値段は年の終わりまで高騰が続いた訳で、その間學生という分である俺たちもまた無視出來ない影響をけたのだ。暫く財布の中は危険水域から全く離れられず、弁當のおかずにも苦慮していたっけ。

そんな雨が止んだあとの諸々の事態に翻弄された結果、俺の中での公園の出來事は早々に記憶の海に埋沒していった。

なのでわざわざ話題に上るなりしなければ思い出すこともなく、檜山が口にしなければこの先も回想なんてしなかったんじゃないかなと思う。だからさっぱり心當たりも思い浮かばなかったんだが。

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「んー、つまり檜山はその時に會った子だって言いたいんだね」

弁當を広げた樹本が檜山の考えを纏めて告げる。その顔は実に悩ましげだ。

「おう。多分そう。どっかで見たことあるなーって気がしてたんだけど、あれぶっ倒れてた奴だよ。目閉じてて顔も悪かったけど間違いないと思う」

惣菜パンの袋を破りつつ檜山も肯定を返した。そう言えば食費高騰の煽りに一番檜山が嘆いていたっけ。一個しかパン喰えねぇって悲しそうに呟いてた記憶が脳裏に蘇ったぞ。

つまりはそう言うことだ。朝日と俺たちの謎の繋がり。それは雨の公園で助けた側と助けられた側というものであったんだ。

世間は狹いとは言うが、いやはや、とんだ巡り合わせもあったものだな。

「あの時の子か……。言われてみれば面影はある、かなぁ?」

うーんと腕を組んで唸る樹本に、そう言えばと気になったことを聞いてみた。

「結局お前たちはあのあとどうしたんだ? 朝日が元気にしてるから、助けはしたんだろ?」

途中でばっくれた俺はその後のことは何も知らない。事聴取をけていた際も俺のことを聞かれるばかりで、その辺りは全くれられてなかった。

すっかり忘れていたんだけど、どう収拾を付けたんだ?

「結構大変だったよ。彼は気絶したままだし僕らは全びしょ濡れで恰好も酷かったし。そのまま通報すると僕らに疑いの目が向く可能もあったから、嵩原の伝手を頼って別の人に救急車は呼んでもらったんだ。當時は行き倒れもそこそこあったからね、どうにか誤魔化せたんだよ」

大変、と口にした通り、その時のことを語る樹本はげんなりとした様子だ。嵩原までもが苦笑を浮かべている。

あの子のためならば労力は厭わない嵩原すら無言の肯定を返すのか、早々にとんずら決められて良かった、なんて考えてたら樹本に察知されてちょっと睨まれた。

「話を戻して。それで、朝日さんはその時に真人に助けられたからお禮を言おうとして告白になっちゃったと。でも、思い返すと真人と朝日さんって面識がないよね? どうして真人が助けたってことになっているんだろうか?」

「それな」

嵩原の指摘に同意する。俺の記憶の中でも朝日と喋った、それ処か顔を合わせたなんて事実はない。當然助けたなんてなるはずもない。

なのにどうして朝日は俺が助けたって斷言したんだろう? 誰かと間違ってないか?

「助けたって言えるのは檜山、かな? 記憶が混してごっちゃになってる?」

「それでも真人と亨を取り違えるかなぁ? 顔も雰囲気も全然違うと思うけど」

「彼はいやに斷定的だったしねぇ。永野に助けられたって確定出來る何かしらの拠が、朝日さんの中にはあるのかもしれないね」

確定出來る拠、ねぇ。それは一なんだろうか。

そもそも、朝日はどうやって俺が恩人だと判斷したんだ? そこからしてちょっと謎なんだよな。

悩みながらもチラリと檜山に視線をやる。結果として橫から掻っ攫われたことになるんだが、當人はどう思っているのか。

ここで不満そうな顔されたら複雑なんだけども。能井さん的な意味で。

視線が煩かったか檜山がこっちに目を向けた。惣菜パンを口一杯に頬張りながら目だけで何?と問い掛けてくる。

「あー……、いや、お前が張って守ったのに、俺が手柄挙げたみたいになってることをどう思っているのかなって」

「んん?」

首を傾げながらも、檜山はもっちもっち咀嚼しゴクリと飲み下して言った。

「世間って狹いよな!」

あ、はい。そうですね。お前ってそういう奴だよね。

質問に答えてないとかその想はもう俺が呟いてたとか、いろいろ、いろいろ言いたいことが頭に浮かんだけどなんかもう何も言えない。

変に構えていた所為もあってなんかもう気が抜けた。

「いやそうじゃなくて。亨が頑張って守ってたのに、真人のおかげにされたことについてどう思ってるのかって話でね?」

「んんん?」

思わず追及を諦めてしまった俺の代わりに嵩原があとを引き継ぐ。そして質問に何故か首を傾げる檜山。

「永野だって守ってたろ。俺だけがあの子庇ってた訳じゃないし、それなのに誰がやったとか関係ないじゃん。永野は一番前に立って説得してたんだしさ」

おかしいと眉を顰めながら檜山はそんなことを言う。

いや、俺はそんな大したことはやってない。そもそもが途中參加の者だし、いろいろ好き勝手やらかしただけだから守ったっていう事実もちょっと違う。

でも他二人はそういう印象ではないらしく。

「ああ。確かにそうだったね。報を引き出したのは真人だったか」

「そうだね。あの男の本意を引っ張り出してくれたのは正直隨分な助けになったよ。あの時、ああいう流れが出來てなかったら、あんなにも綺麗な形で終われてたかはちょっと疑問だね」

檜山に同意だと頷く。いや、男の説得なんてそれこそ勢いからの流れであって。

しかも、雨を晴れさせることに意識が向いていたからお前らの安全確認とかどっか行ってた、なんて正直に言おうものなら四面楚歌になりそうだしここは黙っておこう。沈黙は金なり。

「うーん、でもまぁ、結局永野が直接助けたってことにはなりそうにない、かなぁ? 勘違いしているなら訂正……、した方がいいの? 僕ら? そこまで僕らが首を突っ込む意味ってあると思う?」

言っている途中で迷いが生まれたらしい樹本が嵩原に意見を求める。

うーんとこちらも悩ましそうに唸りつつも、嵩原は答えを口にした。

「それは、そうだねぇ。好意のっこの部分に助けられたって思い込みがあるなら無視するのもどうかとは思うよ? だからと言って俺たちがそれは勘違いなんですって訂正した所で當人が納得しないことには、ね。そもそもがあまりにも個人の事に踏みる事柄だし、他人がどうこうってのは出來れば避けたい所だね」

嵩原らしい慎重な意見だ。奴が一番に気にするのは朝日の心を無視してその気持ちを踏みにじること、かな。フェミニストらしい気遣いが見える。

「それに無理に訂正する意味ってある? これで真人が人の好意に付け込んで好き勝手やる下衆ならまだしも、利用する処かきの一つも起こさないんだから放置していても問題なくない?」

続く嵩原の見解は甚だ憾だ。その言い回しだとまるで俺がヘタレみたいじゃないか。その通りだけど。

好意を利用? そんな難易度の高いこと、俺には無理だわ。嵩原じゃあるまいし。

ヘタレって部分を否定したいけど否定の材料もなくぐぬぬしてたら、樹本まで納得したように頷いているんだけども。

ねぇ、俺の印象ってどうなってるの? 草食系の無害系? それとも意気地のないヘタレ系? 非常に気になるんだけど。

「それならとりあえず現狀は靜観でいい、かな? 問題解決にはなってないけどがないっていうのは有難いな」

樹本が疲れたようにそんなことを口走る。なんだなんだ、直近の一番の厄介事は片付いたと思ったんだがまだ何かあるのか?

気になったらしい檜山が二個目のパンを食べるのを止めて聲を掛けた。

「どした? なんか元気ないけど何かあんのか?」

「うん。ちょっとね」

樹本の返事は鈍い。肯定を返した上で詳細を述べることを回避するなんて、余程言いにくい厄介事か? 嵩原とも顔を見合わせ、し様子を探ることにした。

「今回の騒の影響が出たのか? 厄介事?」

「いや、うーん、厄介、とはちょっと違うというか」

「何かあるなら早めに言っておいた方がいいよ。今回の真人みたいに後出しして急遽対応を練らなくちゃいけないってなると大変だからね」

あ、こいつ。人のこと引き合いに出しやがって。ぐうの音も出ないぞこの野郎。

嵩原の言に々悩ましげな様子を見せた樹本は、暫く悩んでから「よしっ」と何かを決意して顔を上げた。

「初めに謝っとく。ごめん。多分皆を巻き込むことになると思う」

いきなりの謝罪に俺たちの間にきょとんとした空気が漂う。

不穏な出だしであるが、こちらがその真意を問う間もなく樹本の方から話し出した。

「正確には僕の部活関係。恐らくだけど、皆には會長の頼み事に力を貸してもらうことになると思う。だからもう謝っとく。ほんとごめん」

樹本は潔く頭を下げるが、こっちはさっぱり事が把握出來ない。なんで部活関係のことで頭を下げられたんだろうか。

頭に疑問符を浮かべている俺とは違い、檜山と嵩原の二人は訳知り顔なじで「「あー……」」などと納得の聲を揃って上げていた。

これにて『凍雨』は終了です。お読み頂きありがとうございました。

次章『河』は日曜日、17日から連載を始めたいと思います。

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