《高校生男子による怪異探訪》3.河
作中の考察等は適當なのであしからず。
「さて、それでは河の実在が疑われるその報の開示であるが、まずはこれを見てしい」
そう言って先輩はすっとテーブルに一枚の紙を置いた。いや、それは寫真だ。夜に撮られたのか四角い枠の中はほぼ暗闇しか寫ってない。
「? これが何か?」
「よく見てしい。寫真の中央だ」
疑問を呈す樹本に先輩は寫真の中央を指差す。暗い場面を寫すその中央、先輩の細い指を追えばそこにはぼんやりと白い何かが浮き上がるようにしてある。
「なんだこれ?」
「細長い……、手?」
檜山が首を傾げるその隣で嵩原が呟く。
手? ……なるほど、よく見ればそう見えないこともない。
薄らと野外らしき景が寫る寫真。手前下部には地面らしき草地がぶれて見え、ライトらしき真っ直ぐな線が寫真中央部へびている。そのの先當たりに、ぼうっと歪な形でびる白く細長い何かがあった。
それは真っ黒な闇の中から唐突にびているように見える。木の棒のように細く長く、緩やかに『く』の字を描いて宙に浮いている。全的に白く発していて、ただ郭を縁取るように緑もぽつぽつと混ざって見えた。白く細長い何かの先端、手前に近い方の突端は幾つか細く短く分岐しており、まるで磯巾著のようにより細かく先割れしているのがどうにか寫真からは読み取れる。
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手に、見えなくもない。高速でいたようにぶれてしまっているので確証は持てないが、確かに先は指のようにも思える。これがもし手だと言うなら隨分と長い腕になるが。
「河は片方の腕を引っ込めることにより反対の腕を長くばすことが出來るという。この寫真の腕はつまり、河の腕と言える訳だ」
ドヤァと蘆屋先輩はそう寫真を解説する。ああ、そんな逸話もありましたねぇ。
もう一度寫真に目を落とす。とても長い腕。比較が難しいが、ひょっとしたら人の腕の二倍ほどの長さがあるかもしれない。片方の腕を引っ込めその分をばせると聞けば、確かに河とも符合するような気はしてくる。
でもなぁ。
「……これ、単なる心霊寫真じゃ?」
微妙な空気が漂う中、嵩原が思いっ切り突っ込んでいった。よく言った嵩原。お前オカルトが好きなだけに怖いもの知らずだな。
「河という妖怪が寫ったのなら確かにそう呼稱も出來るな」
「そういうことでなく。これはただ単にこういう霊の姿が寫っただけじゃないのかと。これだけだと河と斷定は出來ないと思いますけど」
飄々と返す蘆屋先輩に嵩原は尚も食い下がる。いいぞー、嵩原。フェミニストを自稱するにはあるまじき暴挙だと思うけど、別にそれで俺は困らないしな。
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この寫真は確かに異常なものを寫してはいる。長い腕のようなものとなれば河の印象が顔を覗かせるのも分かりはする。
でも、斷定は出來ないんじゃないか? だってこれ腕だけで河本なんてどこにも寫ってないし、その腕だってあくまで腕に見えるというだけだ。河なのか、それとも単なる心霊寫真なのか、その判定はこの寫真だけではとても下せるものじゃない。
「これが河? 緑じゃねぇのな」
檜山は檜山で子供みたいな想口にしてる。薄らと緑が見えなくもないのだが、まぁ、全は確かに白い。
確かさっきの河講座で河の皮のは緑と赤が云々言ってたから緑だけが河の種族的特徴な訳ではないと思うぞ。まぁ、どっちにしろ寫真は白だから違うんだけど。
「いやいや、よく見たまえ。こう薄らと緑が郭に沿って見えるだろう。これは要は寫っているのは腕の側であり、緑である表面が隠れる位置にあってだな……」
否定を重ねられたからか、蘆屋先輩は食い下がってそう弁明するも誰も納得なんざしない。俺たちの中ではこの寫真は『河を寫した<ゴースト寫した』になっているからな。
で、こんな時には率先して異議唱えそうな樹本は、……ああ、青冷めて固まっちゃってるな。不意打ちでこんな不気味な寫真見せられたからな。そりゃ何も言えなくもなるか。
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とにかく俺たちが疑わしいとじっと目線で訴えてみた所、これまで非常に生真面目そうに押し切ろうとしていた先輩がふっと唐突に息を溢し小さく笑みを浮かべた。
「うむ。何、冗談だよ。私もこの寫真のみを示して河の実在を信じた訳じゃない。肝はこの寫真が撮られるに至った、その過程での話なのだよ」
悪戯が功したと笑う先輩はまた瞬時に真面目な顔を作ると話し出した。
事の起こりは數日前のゴールデンウィークの中日。大型連休ということで羽目を外していたとある大學生のグループが、何を思ったか學校近くの雑木林地帯にある池へと夜肝試しに訪れたのだとか。
雑木林は學校の敷地から見て北西、數百メートルの距離にある。周囲には田んぼが広がり、更に北西方向に進めば切り立った山々へと続く。山との間には國道が通っていてその所為で山林とも繋がりは斷たれて久しい。しかし、距離は近いためかそれなりに野生の目撃などはあるらしく、安易に踏み込むのは危険だとも言われているとのこと。
自宅とは方向も違うし、本當に周辺は田んぼが広がるばかりなので足を向けることもないから詳しく知らない。そう言えばあったな程度。そこに池があることも今知った。
で、その雑木林を分けって直ぐくらいに池はある。二十五メートルプールの一回りか二回りほどの大きさのある池だ。
先輩曰く元は灌漑用のため池として整備された人工池であったらしく、それが時代の変遷の中で無用となり放置されてしまったのだそうだ。現在では泥や水草で覆われ、水は湛えられてはいるものの実態としては沼に近くなっている。
一応名稱もある。土地の名を取って『古戸萩用水池』、略して『古戸池』と昔は呼ばれていたそうだ。
そんな古戸池に大學生たちは肝試しに訪れたというが、別にこの池に曰くなどは特にない。長い歴史の中で水難事故等は幾つかあったそうだが、しかし心霊スポット扱いされるような怪談の類は一切なく、なので何故大學生たちが肝試しに選んだのかは蘆屋先輩を以てしても謎であるらしい。
まぁ、人の手のらない林の中にぽつんとある池などロケーションとしてはばっちりだし、ちょっと冒険、なんて軽い気持ちで挑むにも都合が良かったのではないだろうか。安上がりなレジャースポット、そんな程度の考えであったのではないかと思う。
古戸池にやって來た大學生たちは明かりだって碌にない池周りを巡って肝試しっぽいことを満喫したそうだ。持參したのはデジタルカメラに懐中電燈一つ、あとは各自のスマホだけ。真っ暗で月明かりでさえ乏しい中を散々に騒ぎ立て、そして最後、池を前に記念撮影をしたそこから事態はおかしくなっていったらしい。
「最初は音だった。その日は風もなく木立が立てる葉のれすら全く聞こえないほどに靜かだったのに、唐突に水音が聞こえたそうだ。波立つような、あるいは雫が落ちたような。靜まり返った中で響いたその音は存外大きく、だからその場にいた全員が池に振り返った」
手を組み先輩は滔々と語る。雰囲気が変わる。それまで教師のようにただ事実を連ねていた事務的な聲が、トーンを落として『語り』にった。潛められた聲がゆっくりと『験談』を紡ぐ。
「當然池は真っ暗だ。誰かが懐中電燈を向けた。スマホのライトも幾つか水面を照らした。乏しい明かりでは水面の全てを照らすことは難しく、凪いだ水面をなぞるように左右にかして変化がないか調べた」
丁寧な描寫によってその場面が脳裏に浮かぶ。どこか散漫とした気持ちで耳を傾けていた空気が一新された。皆注意深く先輩の聲に聞きっているのが分かる。
「右に、左に。真っ黒な水面が白いに照らされて、うっすらと白んだ楕円に區切られていく様を何度か繰り返した、その時。ふと照らした水面が波打っていることに気が付いた。これまで風もなく水面も凪いだまま。それなのにその照らした部分では確かな波紋が出來ている。それがライトのの先でくっきりと見えたそうだ」
ごくり、と唾を呑んだのは誰だろうか。先輩の語りに引き込まれている。そう自覚があるが、傾ける意識は逸らせそうにない。
「なんだろう、そう聲を上げる間もなくそれは池から顔を出した。暗い水を掻き分け、水上に飛び出したのは白い頭部。側頭部にはざんばらの髪がに張り付き、そして次には目。ギョロリとした見開かれた二つの目が、水面から顔を出してこちらを見上げてきたそうだ」
ガタンと音が鳴った。反で聞こえた方へと目を向ければ、樹本が真っ青な顔でこまっている。直線的な恐怖描寫は樹本にはきつかったか。なまじ先輩の語りが上手いだけに場面も在り在りと想像出來てしまっていたしな。
「あとしだよ、樹本君。……そして大學生たちは逃げ出した。悲鳴を上げて逃げ出すその背後に、激しい水音と共にとても人のものとは思えない不気味な鳴き聲が聞こえていたそうだ。蛙のような潰れた鳴き聲。寫真はこの逃走時に撮られたものだ。逃げ出すその直前に反で撮られたものであり、殘念ながら水面は捉えられていないがね」
そう言って寫真に視線を落とす。釣られてこちらも寫真を見るが、確かに、よく見れば手前の地面は唐突に暗闇に呑まれるようにして消えている。この途切れた先が池ということか。
「この話がこの寫真と共に私の元にやって來たという訳さ。頭頂部の白は恐らく皿、蛙のような鳴き聲は両生類型として語られる河の特徴とも似通う。そしてこの腕の長さだ。河である可能は高いと思わないかな?」
話し終えた先輩は楽しげにそう語る。目を輝かせてワクワクとした様子を隠そうともしない先輩には、ついさっきまでの怪談家染みた靜謐な気配はどこにも見當たらない。先輩としてはこの話は怪談話というよりもUMA目撃報としてけ止めているんだろうか。
俺としては怪しい。その一言に盡きる。その大學生たちが噓を吐いていないという確証はないし、この寫真にしたって偽ではないと斷じることは出來ない訳だし。
他の奴らはどうけ止めたかね? チラッと目をやればなんだか皆神妙そうな顔をしていた。
怖い話を聞かされた樹本が押し黙っているのは當然の反応で、檜山も、結構な長文だったから容を理解するために沈黙するのも理由は分かる。嵩原までも何も反論らしいことを口にしないのは何故だろう。先輩の話を信じたのかあるいは反証を練っているのか。呆れたってことはないとは思うけど。
俺は正直、あんまり乗り気じゃない。空振りで終わるだけじゃね? 無言の嵩原もそこら辺で迷いがあったりしないだろうか。
「河だったら緑じゃないの?」
まだそれを引き摺るか檜山。唐突に口を開いたかと思えばそれか。実はこの中で一番疑いを持たず河を信じているのは檜山なのかもしれない。
「先にも述べたようにこれが腕の側であるならば説明も付くのだよ。河のである緑は鱗のだと見る向きもあるんだ。関節等の関係上でのにい鱗が生えてしまえばきが阻害されるため、腹などは白であると描寫する作品などもある」
「へー、そうなのか」
「更に言えば河の表はヌルヌルとしたで覆われているとも聞く。そのがこの暗闇の中、ライトの明かりに反して白く飛んだという可能もある。この寫真はぶれていることからもほんの一瞬を寫したに過ぎない。河の実在を証明するには更なる調査が必要となるのだよ」
「おー! 河は本當にいるかもしれないって訳だな、ですね!」
檜山の奴、興した様子で話に聞きってるけど、おや、何やら雲行きが怪しくなってきたような。これは止めないとまずいかも。
「その通りだよ、檜山君。どうあれ、きちんと現場に赴いて一度は調査を行わなければ確かなことは何も分からない。河は実在するのか否か。その真偽は君たちの働き如何に掛かっていると言っても過言ではないのだ」
「おお! 俺たちが河を見付けるんだな! よっしゃ、任せろ!」
「あ、馬鹿!」
止めようとくのを察知されたのか蘆屋先輩の畳み掛けによってあっさりと言質が取られてしまった。安請け合いはするなって! この先輩の熱のりようから言って、これ絶対面倒なことになるって! 最悪その池にらされるかもしれんぞ!
「頼もしいよ、皆。是非とも會報に纏められるだけの実のある報告を持って帰ってくれ給えよ」
誤魔化そうとするも、もう遅い。蘆屋先輩が先制し、さっさと取り纏めてしまった。俺たちの河調査はこうして強制という形で決められてしまったのだった。
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