《高校生男子による怪異探訪》7.接寫
怯えた様子で小さく訊ねられるのに思考が止まる。暫く考え込んでから慌てて畫面を見た。畫面中央に寫る白いもの、そしてその両脇からびる腕。本らしきものは分からないが、でも言われてみれば確かに宙にびる手は近付いて來ているような……?
「え、マジ?」
「……待って、前の寫真に戻れるからそれで比較してみようか」
さっと作された畫面を見せられる。畫面には腕が一本、これは一個前のものか。
ピッとボタンが押されて畫面が変わる。パッと表示されたのは腕が二本、直前に撮られたものだ。見比べるも腕自が結構変わっているので比較が難しい。
「近付いて、る?」
「腕がき過ぎてよく分かんね。でも手が大きくなってるような? 」
「……」
嵩原がパッパッと何度も畫面を切り換える。コマ送りのようにして寫真を見比べると、確かに真ん中の白い奴も腕も微妙に大きくなっている。単純にものが大きくなっただけか、それとも樹本の言う通り近付いて來ているのか。樹本はもう見たくないと言わんばかりに顔を逸らしてしまった。
「これは確認事項が増えたね」
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「!!?」
ポツリと落とされた一言に樹本の顔に絶が浮かんだ。愕然と嵩原を見上げるのみで、もう反論さえ口に出來なかった。
それから続けて嵩原、檜山が一枚ずつ撮影したのを検証する。びた腕は二本。増えることはなくばたつくようにして上下に移して、そして徐々に大きく、いや、こちらに近付いて來ていた。
「これこっち來てるね」
「その冷靜さなんなんだ?」
「真ん中のも來てんのな!」
見比べることでその変化が実に分かり易くなる。始めに撮ったものと比べても明らかに被寫は大きく、確実に俺たちの方へと近付いて來ていた。もう池の中央よりも岸側に近いだろうか。
「このまま撮り続けたらどうなると思う?」
嵩原がニヤリと笑って嫌なことを口にする。相変わらず現実ではなんら変化らしいものは見られない。全て寫真の中だけでのことだが、しかしこのまま靜止畫の中で移を続けさせればどうなるか。何この這い寄ってくる恐怖。
「……近付けさせてどうすんだ?」
「ひょっとしたら水から顔を出してくれるかも? 河の正が摑めるかもね」
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冗談っぽくそう返された。いや、それを狙ってるのかこいつは。
唖然とした思いで見つめていれば嵩原は何故だか樹本に向き直ってデジカメをポンとその手に押し付けた。必死に毎池から逸らしていた樹本は嵩原の突然の行にえっと顔を上げる。
「次、聖、行ってみようか」
「なんで!!!??」
渾のびが靜かな用水池跡地に轟く。嵩原、それは、それはあまりにも無な。
「ここらで聖も一発行っといた方がいいかなって。真面目な話まだ検証はしている訳だし」
「なんでだよ!? もう嵩原と檜山が充分寫真は撮ったじゃん! 僕がやる必要ないじゃん!」
「明らかにした條件はフラッシュを焚くことだけだよ。撮影者による違いがあるかもしれないし、寫真を撮る角度や高さ、そう言ったものも引っ掛かってくる可能は否定出來ない。一応、この場にいる全員で河らしきものを一度は撮影しておかないと」
激発する樹本に嵩原はあくまで検証のためというスタンスを崩そうとしない。顔も言ってることも至極真面目ではあるのだが、果たして腹の中まで同じかどうかは分からないのがこの男の厄介な所なんだよな。
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「そそそそれなら僕が撮る前に永野にまず撮らせて……!」
「お楽しみは最後に取っといた方がいいでしょ? それに……」
そこまで口にして何やら嵩原は談を始めた。樹本と顔を寄せ合ってゴニョゴニョと囁き合っている。多分俺に関係のある話だよな。本人を前にして緒話するって厚顔にもほどがある。
「……それ、本當?」
「これまでの傾向から言って恐らく。多分見込み通りになるとは思うんだよね」
暫く談合してからようやっと両者が顔を上げる。約はちゃんと結べたのかね? 話は纏まったようで渋々ながら樹本はカメラを持って池の縁へと立った。
「厄日だ……。今日は一年で一番の厄日だ……」
「あれ、樹本も寫真撮るのか?」
「そう言うことにさせられたんだ。檜山、隣に立っててくれる?」
「別にいーぞー」
樹本と檜山が池の側に並ぶ。不本意ですと示す背中を眺めながら嵩原を問い質した。
「お前何言って樹本を納得させたんだ?」
「俺の推測を話しただけだよ? 寫真から見る河らしきもののきから、そろそろ縁に辿り著く恐れがある。恐らくはあと二回か三回か。ここで撮影を済ませればギリギリ接近されることは免れる、はずってね。それで聖は決起した訳」
得意気に説明してるけど、お前それ……。つか俺なら接近されてもいいと言うつもりか?
「そこまでしてあいつに寫真を撮らせる意味ってあんのか?」
「検証のためだもの。條件を探るには様々な試行を繰り返さないと正確な値は出ないものだよ。現場にいるのなら聖も協力しないとね」
手厳しいな。殘ると決めたのはあいつだけど、それでも一度は帰ってもいいって言ってたのに。
「俺も強制か……」
「期待してるよ、真人。正が摑めないとしても真人で今日は上がることにしよう。流石にもう限界だしね」
空を仰ぐ嵩原に倣いこちらも視線を上に向ける。大分日は傾いて視線の先の空は遠くがもう暗い。
日の傾きに合わせてここにも大分影が掛かるようになってきた。周囲を囲む木々の影、その天辺が水面にも幾つか屆いている。當然日のも弱くなっているので、確かにそろそろ調査は限界だな。
樹本をラストに回さなかっただけまだ優しいか。池の縁でカメラを構える樹本に視線を戻して、それなら直ぐに代出來た方がいいかと足を一歩踏み出した所でフラッシュが瞬く。
パシャと軽い音と一緒に視界が白く染まる。落ちた影さえ払うほどの強いが一瞬池を照らし、そしてまた何事もなく暮れなずむ景が戻ってきた。もうフラッシュを焚くのも適正な時間だな。脳裏に蘇るあの真っ暗な寫真を思い出しながら、デジカメを覗く樹本へ視線を向けた、瞬間。
「――ひぎゃああぁぁぁ!!!」
空間を劈く悲鳴が目の前から上がる。聲は當然のように樹本。なんだなんだ、ついに河が正現したか。
「わぁ! 落ち著け樹本!」
「やだやだやだー!!」
見ればすっかり恐慌狀態になった樹本が急反転してこっち來た。その後ろで檜山がびながら放り出されたカメラをけ止めているけど聞いちゃいねぇ。あれほどデータが消えることを恐れていた樹本がカメラ投げ捨てるって本當何事?
「永野ー!」
「うおっ!?」
反転した樹本はそのままの勢いで俺の背中側に回って隠れてしまう。何やら背中をぐいぐい押してくるんだけど、何? 俺に池に突貫しろとでも言うのだろうか?
「え? 何? どうしたの?」
嵩原も困した聲を上げる。慌てて俺の背後に隠れる樹本を覗き込んだ。
「どうしたの、聖。何かあった」
「嵩原の噓吐きっ!!!」
「ええっ?」
どうやら樹本はご立腹らしい。涙聲で嵩原を詰っているが、とりあえず喧嘩するなら俺の背中から離れてやってしい。背後でギャンギャンと喚かれるのはちょっと……。
「大丈夫かー?」
「あ、檜山。一何があったんだ? 樹本の奴えらく混してるようなんだが」
こっちに來た檜山に事を訊ねる。何があればここまで樹本の奴が我を忘れる事態になるのか。
「俺も分かんね。寫真撮ったと思ったら様子がおかしくなってな。それでデジカメで撮った寫真確認したらいきなり悲鳴上げて」
「寫真を?」
なんだろう。なんだか非常に嫌な予がするが、でもこれ確認しない訳にはいかないよな。
「檜山、カメラ」
「あ、うん」
カメラを渡してもらいデータを確認する。最新は……、あったこれか。
そして畫面に表示させた寫真は、これが中々、確かにゾッとするものであった。
「うわ……」
「……おぅわ」
檜山と揃って畫面を覗き込む。背景は変わらず。影が濃くなり薄闇が散見されるようになったが、まだ木々や草地に池など判別出來るレベルだ。
多視點は下がっているものの、全的な風景は変わらない。だが、真ん中、と言うか寫真中央より下半分、そこがもう見間違いでもなんでもなく明らかにおかしくなっていた。
一番に飛び込んで來るのは白い影。ぼやけた白い靄のような影が寫真中央より下にばっと広がっている。一見すると単なる煙かなと思えるが、しかしよく見ればその白い影が何者かの顔面、それも目元のアップなのだと分かる。
白い靄の中に丸い區切りが二つ橫に並んでいる。僅かに楕円に歪むそれは見開かれた目だ。楕円の中央には恐らく黒目、これも白く濁っているから始めは気付けなかったが、ぎゅっとんだ丸い點が真っ直ぐに正面を注視している。正面、つまりはこちらをじっと見つめているのだ。
生気のじられない目が寫真の下半分をほとんど占めて並んで寫っている。顔がれあいそうなほどの近距離だ。目の橫には手も見切れてっている。うっすらと掌のシワが見て取れるが、その手には何か緑のが絡み付いているのか、所々に緑が滲むように浮いていた。こちらに摑み掛からんばかりに曲げられた指の一つ一つ、の気なんて全くじられないそこにも滲んだ緑がくるりと巻かれている。
じっと見れば見るほどに、今にも寫真を突き破って出て來そうなほどの圧迫。それほどの迫真の、正に接寫で撮られたような非常に接近したそれが畫面の中にいた。
「……近いね」
手元を覗き込んだ嵩原がそう想をらす。再度樹本の「噓吐き!」というびが木霊した。
「いやでもこれ……。なんでこんないきなり接近して來たんだ?」
畫面を見ながら嵩原が混した様子で呟く。流石の嵩原も衝撃が強いか。見てると背筋がゾワゾワしてくるもんな。
「……近いなぁ……。これ樹本の真ん前にいたのか?」
「怖いこと言うの止めてよ!?」
ドン引きの檜山の臺詞に樹本ががっと噛み付いた。勢いはあるがそれでも俺の背中からはこうとしない。未だショックは抜けないようだ。
「急に距離をめてきてるね。なんだろ? 何か変わったことでもしなかった?」
嵩原が訊ねるもこれと言って思い當たることはない。々が日のりくらいか。
「……辺りが暗くなってきた?」
「確かに日は落ちてきてるね。夜が近付いたから活発になったってこと? でもそれなら會長さんが出してきた寫真もこのくらいアグレッシブなものでないとおかしくない?」
このくらい、と畫面をこつこつ指差して主張する。こいつ本當怖じってしないな。
「そう言われても、俺だって確信があって言った訳じゃない」
「ま、そうだよね。明かりに反応して出て來たことを考えると、日がって相対的に量が強化されたから一気に近付いた? こいつは明かりに寄って來るって質なのかな?」
これまでの狀況証拠から推論を導き出した嵩原はそう纏めた。今の所、心當たりともなればそれくらいしか思い付くものはない。
でも、何故に反応するんだろう。思い出すのはあの濁った目だ。とても生きているとは思えないを失ってしまっている目。あれがを知して、それで寄って來た? 処か景さえ寫しそうにないあんな目で? しかし、確かに奴は真っ直ぐにこちらを見つめていた。
「……」
不可解な白いものの挙。それを皆してどうにか解釈しようと沈黙が続いた、その時だ。
「こんな所で一何をしているんですか?」
唐突に知らない聲が沈黙を破った。
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