《高校生男子による怪異探訪》12.後日談、そしてオカ研の本気

『河』、ラストです。

の調査は打ち切りとなってしまったが、樹本に課せられた罰はどうやらそれで果たされたと見なされたらしい。

思えば始まりは樹本への罰だったか。古戸池でのことを思い返すと一番割を食ったのが樹本なのでさもあらん。そこを蘆屋先輩が組みれるかは彼次第であったが、無事課題は達したと扱われたのならそれで何よりだ。俺ももうオカ研なんぞに関わることもあるまい。

……そう思っていたんだが。

「なんで俺まで連れて來た樹本」

現在放課後。本校舎から離れているここ部室棟は喧騒とも無縁だ。遠くから吹奏楽部の管楽の音が聞こえるくらいで靜かなものである。

本來、俺は帰宅部。部室棟にやってくるなどそれこそ誰かの付き添いでもなければ有り得ない。

そんな有り得ない事態にこうして立ち會ってしまっているのは、ただ樹本に強制的に連れ込まれてしまったからに他ならない。実に二週間振りのオカ研部室に何故かいる。

「今日は檜山部活だし嵩原はさっさと帰っちゃうしで他に捕まる人いなかったんだよ。恨むなら暇な帰宅部である自分を恨んで」

「お前を恨むに決まっているだろが」

何故暇と決め付ける。俺にはこのあと自宅に帰ってゆっくりと晝寢をするという予定が。

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「うむ。仲が良さそうで何よりだ。でも今は私から話があるのでこちらに集中してもらいたいのだが」

樹本とやり合っていると目の前の蘆屋先輩から注意が飛ぶ。二週間振りに顔を合わせるがまぁ、特に変わりはないようで。

俺部外者なはずなんだけど、そこは気にしないのかね。本日ドア前でスタンバって迎えてくれたのは、それくらい大切な話だからじゃないのか。

「部外者がいるんですがいいんですか蘆屋先輩」

「部外者? 誰のことだろう。私の前には樹本會員と永野仮部員がいるだけだが」

「誰が仮部員だ」

俺は何にも了承してねぇぞ。帰宅部以外に所屬するつもりはないぞ。

そう言ってやりたいんだけど、蘆屋先輩の目が。目が。まるで獲を見據える蛇みたいなねっとりした気配を漂わせているのは俺の幻覚か? 完全にロックオンされてしまっているんだけど、俺オカ研部員に本決まりなの? なんで狙われたんだ? 目を引くようなものってなんもないはずだけど?

「話ですか? また何か調査に行けとかじゃ」

「ここ暫く私が謹慎紛いのことをしているのは知っているだろう? とりあえず一月、來月の半ばまでは私もオカルト研究同好會の活も自粛するつもりだ」

謹慎、というのは河の時の失態が理由か。別に學校側から言い渡された訳でもないだろうに、自ら戒めるなんて本當っこは真面目だな、この先輩。

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「? それじゃぁ、なんで今日は呼び出しなんて」

「ああ、それは、と。その前にし確認しておきたいことがあったのだよ。君たちは古戸池で市の職員を名乗る男と出會した、これは間違っていないね?」

「え、はい。そうですが……」

唐突になんだ? いきなり訊ねられて樹本も困した様子だ。

「ふむ。その男は三十代、痩せ型の黒髪で黒縁の眼鏡をしている。これに間違いはないかな?」

「はい。間違いないです」

「永野君は?」

「一緒ですね」

いやに確認を取るな。なんだろ、正式に抗議でも來てしまったのだろうか。

答えるなり先輩は腕を組んでううんなんて唸りを上げる。困っているような、あるいは困しているような? あれ、本當に何か言われたのか?

そっと隣の樹本を窺うと向こうもこちらを見ていた。二人で目配せしあってなんだろうかと首を傾げる。いや、役所の方から何か連絡があったと言うなら他人事のようにはしていられないんだが。

「あの、何か會長の方へ連絡が來たんですか?」

このまま黙って見ている訳にもいかずこちらから切り出す。古戸池での話なら俺たちも無関係ではいられない。

「ん? ああ、いや、そう言うことではないよ。ほら、私の不手際で向こうの方には迷を掛けてしまっただろ? だからお詫びとこちらの調査中止の決定を報告しようと、先日役場に出向いたんだ」

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さらりと先輩は真っ當な事後処理を語る。段取りを重視したり己に非があると認めれば素直に謝罪したり、本當にオカ研というアレな名稱の會長職に就いている割には蘆屋先輩は真面目だし常識的だ。

自ら報告に行くなんて、折角向こうが見逃してくれたのだからわざわざバラすような真似はしなくてもいいんじゃないか?なんて考える俺と違って本當真面目。

「え!? 會長が自らですか!?」

「私の指示であり私が代表だからね。謝罪に赴くのは上に立つ者の責務の一つだよ。それでね、市役所の方を伺って君たちから聞いた男職員の特徴を話して在勤しているか訊ねたんだ。勤務中に呼び出すのは申し訳なかったが、他にアポイントの取りようがなかったから仕方ないと腹を括った訳だ。流石に特徴だけだと絞れないって名前を尋ねられてね、でも分からないだろ? 君たちも聞き忘れたと言うし、対面していない私が知りようがない」

「えっと、すみません。すっかり忘れてました」

それは素直に反省している。見咎められた揺もあって名前を尋ねるのをポンと忘れてしまっていた。決して向こうの名前を確認したらこっちも名前を明かさないといけなくなるのでは?なんて頭を過ぎったからではない。

「何、責めちゃいないさ。それでこれは埒が明かないなと思ったから、もういっそ全部明かしてしまったのだよ。市の管理區域である古戸萩用水池跡地に立ちった所を、そちらの職員を名乗る方に咎められた、と」

「「言ったんですか!?」」

これには驚いて樹本とハモった。この先輩はどれだけ膽力があるんだ。これじゃ自白したも同然だろ。

「言ったよ。そうしないと話が進まないからね。そうしたら、対応してくれた職員さんは眉を顰めてね。そして次にはそんな職員はいません、との解答を頂けた訳だ」

やれやれ、なんて嵩原みたいに肩を竦めて言い捨てる。なんぞその急反転は。

「いない?」

「そう。いないらしい。確かに市の職員と名乗ったと食い下がったんだが、そんな職員はこちらにはいないと突っぱねられてね。古戸池への不法侵も、管轄が違うと言われただけでお咎めなしだ。全く、肩かしだよ。まるで狐に抓まれたような気分だった」

なんだそれ。それじゃ何か、あの男は職員でもなんでもなかったということか? あれだけ堂々と所屬している、なんて言ってたのに。

「……それで、會長は引き下がったんですか?」

「下がるを得まい。粘著した所で今度はそれを理由に通報されても敵わん。あの場では職員の言をけ止めるしかなかった」

不機嫌そうに眉間にシワなんか寄せて先輩は唸る。なるほど、先輩も納得した訳ではないのか。しかし、いないと返ってくるとは予想外な。

「だから君たちに確認をしたかったのだよ。職員と名乗り古戸池での過去の水難事故を語った男は確かにいたのだよね?」

じっとこちらを見つめて訊ねてくる。そんな改まって聞かれると自信が々揺らいでしまうが、しかし確かに顔を合わせて話はした。

「間違いないですよ。俺たちは揃って顔を合わせている。男は確実に存在していました。な、樹本?」

「は、はい。そうです。ちゃんと話もその人から聞きました」

「……ふむ。だとしたら、職員と言うのが噓の可能が?」

斷言すれば顎に手を當てて思案する。まぁ、職員の言を信じればそうなるよな。

「噓、ですか」

「市役所の方が否定するならばそうなる。だとしたら古戸池の水難事故も怪しくなるが……」

「え、そっちも作り話の可能が?」

「いや、事故に関しては私の方で裏取りはした。死亡事故は実際にあの池で起こっていたよ。亡くなったのも地元の中學生で間違いない」

まさかのちゃぶ臺返しかと驚けば瞬時に否定された。この先輩もそつがないようで。

「自が職員だと噓を吐き、しかし過去の事故については真実を語る……。何がしたいのか分からないな。君たちを諫める行からしても、話を聞くだけだと実に管理者っぽいのだが」

ううーんと悩ましげに唸るがそれはこっちも一緒だ。男が噓を吐いているのか、それとも市役所の方が噓を吐いているのか。もし市役所の方が噓なら何故そんなことをしたのか。男の存在を認めたくなかったのか? もしくは古戸池の方? 判斷材料がな過ぎてなんとも言えん。

「ううむ。……まぁ、これに関してはこれ以上調べようがないな。不法侵を果たしたという弱みがこちらにはあるし、あまり藪を突き過ぎるのもまずいだろう。君たちも深追いはするなよ」

「いや、會長みたいに役所に突撃、なんて真似は出來ませんから」

「右に同じく」

そこまでの肝っ玉は殘念ながらこちらにはない。

「うむ。それならば安心だ。ああ、だがもし男の方と接が葉ったのならその時は繋ぎを作ってくれると助かる。やはり謝罪はきちんと行わねばならないからな。私も反省の弁を述べることで漸く今回の失態を拭えるというもの」

「はあ。まぁ、了解しました。期待はしないでしいですけど」

この市だけでも住人は十五萬は超えるんだけど。早々出會すなんてことはあるまい。

「……で、話は以上で?」

長々と不可解な容を話し合ったんだが、もうそろそろ帰ってもいいですかね。區切りが出來たと判斷して突っ込んでみた。

「ああ、いじょ……。いや、こっちは本題じゃないよ。本日の本旨はまた別だ」

先輩も終わりだと言い掛けて直ぐに言い直した。惜しいな。終わりだと告げたのなら直ぐに部屋を飛び出して帰るのに。

「まだあるんですか? と言うより活自粛しているなら僕らに用なんてないでしょうに」

「いや何、積極的な野外活、並びに私自が未知を追うことは自粛のために行うことは出來ない。しかし、他者から経験談を語ってもらうことはこれは一つのレクリエーション、自粛の範疇にはらない、と言う寸法なのだよ」

あ、察し。ニヤッと笑う先輩に今直ぐ回れ右する。ガタリと椅子を引く音が二重で聞こえた。樹本、お前もか。

「おや、どこに行くのかね、樹本會員に永野仮部員」

「僕ちょっと用事思い出したんで失禮します」

「俺は樹本に連れて來られただけなんで。部外者はとっとと帰ります」

脇目も振らずに出口を目指す。先輩はテーブルの向こうだ。こちらに出て來るだけでも一テンポ掛かる。逃げるには充分な時間だ。

さっと飛び付いてドアノブを回す。が、回し切る前にガッと鈍い手応えが返ってきた。あれ!?

「ちょっ、永野何してっ」

「これ鍵掛かってるぞ!?」

「えっ!?」

ガチャガチャ回し続けるが扉は開かない。どう回そうと途中でつっかえてしまう。

「いつの間に鍵なんか!」

「くっそ、鍵ならこちらから外せるはず……!」

ドアノブに目を落とすが鍵らしきものは何もない。代わりにノブの下に鍵が見えた。両面に鍵が搭載された扉とかあんのかよ。

と、そこでポンと肩が叩かれた。ビクッとが揺れる。置かれたまま離れない手に恐る恐る振り返れば、そこには和やかな笑みを浮かべる蘆屋先輩が。

「いきなり逃げることはないだろう。二人共」

ニコニコ笑顔を浮かべて穏やかに語る。その間も肩に置かれた手はそのままだ。

「えっと、ですね。會長」

「別に取って食おうと言う訳じゃないんだ。ただ君たちが験したこれまでの不可思議な噂や現象、それに関する詳細な報告が聞きたいというだけでね」

言いながらぐいぐい摑んだ腕を引っ張る。蘆屋先輩は背はそこそこあるけど細だ。とても男二人を引っ張れそうにないのに今はなんでだか軽々しく引き寄せられている。これはあれだ、閉じ込められたと言う事実に俺と樹本の心が折れてしまったからか。

テーブルまで戻されて肩を押さえ付けられ著席させられる。定位置に戻った先輩は脇の書棚からファイルを幾つか取り出してテーブルに置いた。ばっと勢い良く開かれたファイルの中には、どうやら何枚もの何かの報告書が纏められているようで。

「これまでこの街にて起こった不可思議な現象、事件を解析し、その報告をこうして纏めるのが我がオカルト研究同好會の本旨と言っても過言ではないのだ! 樹本君からはちょこちょこと伺ってはいるのだが、本日はあの永野君まで來てくれているからね! 是非、我が同好會の本懐に協力願おう!」

目の前の蘆屋先輩がそうぶ。目をキラキラ輝かせ、両手にペンと定規を構えている姿は凄くやる気に満ち溢れている。

「これまでにも興味深い事件、事故等の話は記録にも纏めてこうして保管してある。この中に君たちが関わったものなどはないだろうか! これ、この山麓のトンネルなど実に気になるのだが、どうだ、二人共! もしくはこっちの都市伝説などは試したことがないか!? これはね、山を舞臺にした逸話にはよくある神隠しを主題としていてだね……!」

こっちの冷めた空気などお構いなしに蘆屋先輩は興した面持ちで捲し立てる。指差す先を目で追えば、開かれたファイルから幾帳面に見易く纏められた報告書が何枚もこんにちはしてる。

異界に続くトンネル、神隠しに遭う神社、我が學校に伝わる七不思議……。凡そよくある怪談らしき表題が捲られる度に視界にる。これはある種このオカ研の歴史とも、財産とも呼べるのではないだろうか。

マシンガンのように質問を重ねる蘆屋先輩を眺めつつ、そっとそうどうでもいいことに思考を逃がした。

これで第三章、『河』は終わりです。

次章、『七不思議』は14日、日曜日から更新予定です。

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