《高校生男子による怪異探訪》4.終業式當日
気付けばあっという間に一學期が終了だ。
午前のに終業式を終え、そのあとは教室で諸々の連絡事項などを伝えられてさっさと解散。晝前には家に帰れるというのだから終業式當日は楽だ。まぁ、夜にまた登校しなくちゃなんないんだけど。
それで日もとっぷり沈んだ夜の七時過ぎ。約束通り正門前までやってきた。
今日は夕方に急な雷雨が降ったため気溫も下がっている。昨日などは正に熱帯夜で寢苦しい夜を過ごしたものだが、一転して冷めた風が吹き抜ける今夜は課外活するには持ってこいの気象だろう。汗だくで校回るとか本當に勘弁してしい。
服裝は校活の一環であるために制服を指定されている。よく考えれば制服姿で夜間彷徨く訳にもいかないし、これ帰りは強制的にタクシーを利用することになるのでは?
俺は家が近いから遠慮しようかと思っていたけど、補導される可能があるなら斷るのもまずいよなぁ。
空には星が瞬いている中、街燈が照らす道をえっちらと歩いて辿り著いた正門前にはもう人の姿があった。正門脇にある心許ないライトの下に集まる人影は三人、樹本、檜山、嵩原のいつものメンバーだった。
「お。來たな、永野!」
俺に気付いた檜山が聲を掛けてくる。釣られて他二人もこちらへと目を向けた。
「早いな。まだ約束の時間まで十分以上あるのに」
「を待たせるのは男としてありえないからね。デートではちゃんと出迎えないと嫌われちゃうよ?」
「これはデートじゃなくて部活だけどね。僕は協力を頼む側なんだから遅れる訳にはいかないよ。誰よりも先に來て迎えていないと」
「俺は樹本と一緒に來た!」
三者三様な答えを返される。まぁ、遅刻されるよりかはマシだな。一番家が近いだろう俺が最後に來たってのはどうかれないでしい。俺だって十分前行は出來ているんだし。
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「まだ蘆屋先輩は來ていないか」
「會長の方で頼んだ協力者を迎えに行ってたりするのかも? 會長も時間は厳守する人なんだけどね」
見回して言えば樹本からそんな答えが返ってくる。俺たち以外には他に誰もいない。
あの先輩のことだから含み笑い浮かべて出迎えてくれるかと思っていたのだが予想が外れたな。まぁ、指定時間の前だ、遅れたと思うことはないし、気長に待とう。
遠目に闇の中にすっかり溶け込んだ校舎を見ながら暫し雑談に興じる。電気が點いている箇所も幾つか見えるな。位置的に職員室と、あとは部活で殘っている生徒もいるのかな? 終業式の日にまで熱心なものだ。
「上蔵高校の七不思議かー。どんなのがあるんだろ?」
「調べる時間もそんななかったから結局詳細なんて何も分からないんだよね。嵩原は調べたの?」
話はこれから調べることになる七不思議へと移る。樹本も流石に時間がなかったと、その詳細の把握は出來なかったかようだ。こうなると嵩原に期待が集中する。
「一応? 會長さんの発言から一人くらいは全容を知っている人間も必要かなと思って七話全部調べ上げておいたよ。口止めされてるから皆に教えたりはしないけど」
流石嵩原。とオカルト方面ではフットワークが軽い。教えてもらえないんじゃ俺たちとしては全く意味がないが。
「やっぱり定番といった話ばかりなのか?」
「そうだね。七不思議と聞かれて思い浮かぶものもそこそこあるね。歴史深い學舎であっても獨自の怪談ばかりが橫行するものではないみたい。まぁ、我が校の七不思議は結構短期にれ替わりが生じるようだし、今期の七不思議だけが汎用的なものになっているだけかもね」
傾向くらいは把握したいなと思って訊ねたらよく分からない見解を返された。獨自の怪談ねぇ。もうその短期で容が変わるってのが最大の獨自でいいと思うが。
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「汎用的な七不思議とかその響きが既に不思議だよ。そこそこってことはオリジナルなものもあるの?」
「あるよ。そこは數十年とこの地にある伝統ある學校だからね。戦時中には避難箇所、またはの置き場として活用され、長い年月の中での死亡事故なども幾つか存在する。怪談なんて語られるべくしてある所なんだよ」
「ヒエッ……」
唐突な怪談の導みたいな語りに樹本が小さく悲鳴をらす。
話が不穏な方向に一気に進んだぞ。なんで七不思議の傾向聞いて學校の塗られた歴史が開示されるんだ。
「な、なんで急にそんな生々しい方向に進むの……」
「いや、だってオリジナルの怪談が語り継がれるってことは、元となる事件なり事故なりといった事実がこの學校にはあったってことだよ? 火のない、なんて諺だってあるように、怪談というものは元々、その発生を促したであろう事実なり逸話なりがあって初めて人の口に乗るものだ。分かり易く言えば元ネタって奴が付きで、我が校における怪談の元ネタはさっき言った過去のあれこれなんだから、そりゃ一度くらいはれておかなきゃいけないなって」
「何を使命滲ませてるんだ」
突然にわーわーと並べ立てられてし処か虛を衝かれたぞ。急にマニアの見識語られても。興が乗って不必要な部分まで細かに語るオタクかお前。
「そんなことまで求めてない。僕はただ怪談の概要だけ分かればそれで充分……」
「どうせなんでこんな七不思議が語られるのかって謂われも解説されるだろうに? 今回は検証ってことで集められたんだよ? 語られる怪談とその所以、それらの関連だって調査のだろうし、多分早々に聞かされることになると思うなぁ。七不思議を語る上では避けては通れない背景事な訳だし」
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正論。最早ぐうの音も出ない正論に樹本が沈黙する。実際そんな集まりではあるけども、だからと言って突然に挿することもないのでは? 素直に蘆屋先輩の講説を待てばいいのに。
「戦爭中も學校ってあったの?」
「上蔵高校の前となる學校があったみたいだね。當時は中學校で、今で言う所の中學と高校を併せたものであったらしいよ。所謂進學校だね。現在の姿を見ると意外としか思えないけど、當時はここ古戸萩はこの辺り一帯の中心地だったらしいから、高度な教育施設が設立されていたとしてもおかしくはなかったみたい」
戦前からある、というのは我が高校の來歴を語る上ではまず始めの方で語られる報なので覚えがある。
その歴史の古さこそが誇るべきものだ、なんて學校長は自慢げに語るも、卒業すればあんまり関係はなくなるんじゃないかね? 地元以外には知名度ってほぼゼロだろ。
「はへー。……つまり、元々中學校? なんで今は高校なんだ?」
「そこは戦後の教育制度の改革でいろいろあったんだよ。まぁ、現在使用されている校舎は新設されたものだし、元々あったものは老朽化が激しいってことで隨分前に解されちゃってる。時代の流れと共にも制度も変革されるのは、これは逃れようのない必然なのかもね」
「?? 嵩原は難しいこと言うなぁ。つまりは元々から大分変わったってことでいいのか?」
「纏めればそうなるね」
眠気を催すようなご高説、待て、今矛盾すること言わなかったか?
「おい嵩原。それだと元ネタ扱いした戦時中云々のことと今回のことは関係がなくなるんじゃないのか? 今の校舎は戦爭後に建てられたってことだろ」
「え、あ! そ、そうじゃん! そうだよ、よく考えたら今あるの全部鉄筋コンクリート製だ! 明らかに戦後十年以上は経ってから建設されてるじゃん!」
気付いた樹本がばっと學校を振り返ってぶ。思い返せばなんかの広報誌に載ってた以前の校舎は分かり易く総木造だった。嵩原の言ってた云々が関わるのは明らかにそっちだろ。
指摘すれば、あれ、なんてあからさまにバレた?みたいな反応しやがる。
「君無駄に僕たちを怖がらせようとしたでしょ!」
「いや、違うって。確かに戦爭を匂わせる怪談の類はないけど、でもこの土地で凄慘な出來事があったことは間違いなくて、現在までどんな影響が及んでいるか分からないから一応知識くらいは教えておこうかなって」
「俺たちの反応を全く楽しんではいなかったと?」
「……ふふ」
誤魔化すでもなく笑い聲らしてるんじゃねぇ、この真S。
「嵩原!」
「待った待った。冷靜に考えれば校舎の建て替えなんて早々に気付けたことをネタに弄ったりなんてしないよ。直ぐに明かすつもりではあったんだ」
「本當か……? どうせお前のことだし、検証が終わるまでは黙ってるつもりだったんじゃないか?」
最後の最後でさらりと暴するこいつの姿が目に浮かぶ。
「ああ。真人、いい読みしてるね」
否定もしないこいつ。ニヤリと笑ってさも愉快げだ。確信犯じゃねぇか。
「からかう気満々じゃん! 死亡事故って言うのも噓だったりしないの!?」
「あ、そっちは本當。戦前、戦後、校舎の建て替え関係なく事故や自殺なんかでの死亡記録はあるよ。図書館行って新聞記事確認してきたから間違いない」
「ええ……」
骨に樹本の勢いが殺がれた。嵩原的にはこちらの方が本命だったか。
「この學校そんなに死人出てんの?」
「人がいればいただけ、ちょっとした手違いで死亡事故にまで発展することはあるものだよ。高所からの転落で死亡した生徒や、うっかり電飾で電死した生徒もいたみたい。過去にはイジメを苦に自殺した生徒もいたって新聞には載ってたね」
結構悲慘だな。俺らが生まれるよりも先に、數十年長く存続していることを考えれば事故なんかも起こったりはするだろうけど。それが死亡するまでになるのは稀なのでは、なんて思うのは平和な世界で生きてきた証か。
人は死ぬ時には死ぬものだし。
「……この學校、そんなに人が死んでるの?」
「いやいや、長い歴史の中で十數って所だよ。比率も數年に一回ってくらい。それもここ十年の間では一回も起きてないから。直近ではイジメを理由にする自殺が一つあったみたいだね。計測する期間が長いとその分実數も増えるっていうだけのことだよ」
嵩原は軽く言ってのけるが容が容だ。噂などの真偽不明の話で聞く場合と、事実であると知らされてから聞く場合ではけ止め方も異なる。
自分たちが通っているこの場所で、かつて亡くなった人がいると知るのは非常に気を重たくさせる。
今からそれらを元にした怪談の検証に赴く訳だが、なんだか非常に不謹慎なことをしている気になってきたな。
「知りたくなかったな……」
「僕も……」
「怪談や怖い話っていうのは大が実際にあった悲慘な出來事を元にしてるよ。先にも言ったように、人の恐怖を煽るような出來事があったからこそ、怪談というものは生まれて流布されるんだよ。日常の隙間にある暗闇を眺めて、そこに恐れや違和を抱くことが怪談の出発點と言っても過言じゃない。怪談の本質は人の好奇心と想像力だからね」
やる気をなくす俺たちを鼓舞……、なんてつもりではないな。嵩原の奴は淡々と怪談とはどういうものか持論を語る。
めなんかじゃなくてこれが嵩原の中での事実なんだろう。こういった考えで自分はこの調査に乗り出したと言いたいのか。
「獨自の怪談は事実に則って発生する傾向があるんだ。それに比べて汎用的な怪談は最早都市伝説化していて、事実とは関係なかったり程遠かったりする」
「汎用的な怪談ばかりだといいなぁ……」
いつの間にか『汎用的な』が常用されている。その形容詞付くだけでも怖さがどっか行くから有用っちゃ有用だとは思うけど。
「それはそれで俺や會長さんの食指はかないけどね。どこかで流れている怪談がそのまま流布されているっていうことは、それは誰かが意図的に持ち込んだと考えることが出來てね。その場合は當然超常的な背景なんて何も存在しないことになる。あるとすれば怪談を付かせようとした何者かの思くらいなものだ。でもね、同時にもし誰かの意図は関係なく自然発生したものであるならば、それら怪談は學校という限られた現場において自然と連想されてしまうような、そんな概念的な付きがあることの証左にもなって」
「あ、誰か來たぞ! 一緒に調査する連中かな?」
ナイスだ檜山。テンションが上がっているのか、乗りに乗って全く途切れる気配を見せなかった嵩原の語りによくぞ割り込んでくれた。怒濤過ぎる勢いにこっちは全く抵抗出來なかったぞ。
檜山の視線を追い正門前の道路の先を見れば、確かに複數の人影がこちらへと向かってきていた。車の通りもなく、真っ暗闇が席巻する道路をぽつぽつ燈る街燈の明かりに照らされたり外れたりを繰り返しながら、真っ直ぐに進んでいる。
見えてきた人は制服姿。しかも生徒……?
「ん?」
「あれ?」
「お?」
「おや?」
見えた顔にそれぞれ聲を上げる。こんな夜間に子だけでやってくる人たちは非常に見慣れた顔をしていた。
「あ、いたわね。なんだ早いじゃない」
「こ、こんばんは。皆」
「先輩、こんばんは」
正門前へと歩いてきたのは、二岡と能井さん、そして久しぶりの朝日であった。
夜の學校正門前にてクラスメートと後輩と面合わせしている。何この見慣れた面子の集い。
「え? あれ……、ひょっとして蘆屋會長が集めた協力者って……」
「そうよ。私たちなのよ。よろしくね、樹本君」
驚く樹本に二岡が気軽に返す。マジか。偶然かもしれないが、先輩も隨分と近場で済ませたな。
「朝日も一緒なのか……」
気になるのは朝日だ。なんだってこんな二年の集まりに一年の朝日が巻き込まれているのやら。二岡と能井さんは同クラスだからまだ繋がりが見えなくもない。比べて朝日はそれこそあの縁切りの呪いの時しか……。
「あ、あの、私、來ない方がよかった、ですか?」
思考に耽っていた所を朝日のか細い聲が現実に引き戻した。明後日に向けていた視線を戻せば何故だか朝日が泣きそうな顔でこっち見てる。え、何々? 何があった?
「え、何をそんな泣きそうな」
「いや、今あんた春乃ちゃんがいることが不服みたいな態度取ってたでしょうが」
慌てていると二岡が冷たく突っ込んできた。不服? そんな態度取った覚えがないぞ。
「朝日さんが來たことに納得いかないって態度を取っていたよ? 真人最低ー」
「永野最低ー!」
嵩原が説明と共に揶揄してくる。檜山もこういう時ばかり速攻で乗らない! 誰に罵られるよりも檜山に罵られることが一番心にくるかもしれない。
「ええ……、いや、二岡と能井さんならともかく、なんで一年の朝日がこんな趣味の集まりに參加するんだ? 蘆屋先輩とも関係は特にない、よなぁ……?」
「ああ、そういうことね。それなら、と言うか私と三花ならともかくって何?」
「わ、私は怖いの、そんなに得意じゃない、よ?」
「あ、そ、そう言う? よかった……」
朝日を避けたという誤解は解消されたが別の地雷を踏んだらしい。含む所は特になかったのに!
「私も三花も春乃ちゃんもその蘆屋先輩って人に聲掛けられた口よ。放課後にいきなり呼び出されて、それで今回の調査に協力してくれないかって」
「學校の七不思議の検証って言われてね、最初は怖そうだからやりたくないなって思ったの。でも、皆が參加するって言うから……」
「ま、夏休み前にちょっとしたイベントがあってもいいかなって思って參加を表明した訳」
なるほど。ちらっちら檜山の顔を窺う能井さんになんとなく流れが読めた。つまりは檜山も參加すると知って、思い出作り的な思でまず能井さんが陥落。二岡はその付き添いかな。
面倒見のいい二岡のことだ、學校とは言え夜間に能井さんだけを出歩かせるのも放っておけなかったんだろう。
「私も、その、先輩……方と一緒に、思い出に殘ることが出來るならって」
朝日も似たような理由か。途中詰まったりしていたが、やはり一年が一人というのは心細いのかもしれないな。なんかこっちちらちら見てるけど張しているんだよな。若干顔が赤いのも張の所為に違いない。
「思い出って、やることは學校の怪談の検証なんだが」
「肝試しとか定番じゃないかしら?」
「夏祭りの會場に併設してあったりするよね?」
「それを実際の校舎でやれるんだから贅沢ってものだよね」
なんか凄い畳み掛けられた。ちょっとどうなの?って呟いただけなのにえらいコンビネーションで意見を撥ね除けられたぞ。嵩原だけなんか違うけど。
なんかもう調査とは関係ない集まりになってしまっているような。一応、これは真面目な部活の集まりであるはずなのに。
「……蘆屋會長に言われて、てことは當然僕がオカ研に所屬しているのも……」
「ええ。教えてもらったわ。でも意外よね。樹本君がオカ研なんてアレな同好會にっているなんて。あんまりそういった話を信じてそうにも見えないのに」
「……」
しょんぼり肩を落とす樹本。知られたくなかったんだろうな。本人がんでった訳ではないとフォローすべきか。いや、言い訳にしか聞こえないか?
「所で蘆屋先輩とは一緒じゃないのか? そっちを迎えに行ってるからまだ來てないのかって話していたんだが」
ここは話を変える方がいいだろう。そう思って蘆屋先輩の所在を訊ねた。もう協力者は全員揃っているというのに、未だ姿を現さないとはどういうことだ?
「いいえ? 私たちだけよ。蘆屋さんからはここに集合としか言われてないわよ」
一緒に行していない時點でそうだとは思ったが、やっぱり二岡たちだけか。もうそろそろ指定の時刻になる。あの先輩は遅刻をよしとはしそうに見えないのだが。
「樹本ー。先輩來なかったらどうしたらいい?」
「えっ。えっと、と、とりあえず部室に行く、かなぁ? 會長がいるかもしれないし。あ、その前に先生に聲を掛けないといけないか。許可は取っているはずだから、改めてオカ研の研究課題のために來ましたって挨拶をしないと」
暫定での責任者である樹本が、そんなじでもしもの場合におけるシミュレートを口にしていた所。
「ふふ、待たせてしまってすまないね、諸君」
ザッと足音を鳴らし蘆屋先輩が闇の中からぬっと現れた。
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