《高校生男子による怪異探訪》6.第一の七不思議
「あ、これ鍵です。こっちが本棟、こっちが特別棟になってます。渡り廊下等はまだ施錠してないんで問題なく使えるはずですよ」
一個だけ開いてる扉から昇降口へ。ばたばた靴を履き替えて集合した俺らに駒津は二つの鍵束を渡した。十個を超えた鍵がっかに纏められていてじゃらりと重い音を立てる。
「お借りします」
「マスターキーとかではないのね……」
「流石に生徒にマスターキーは渡せません。これは君たちを信用していないとかいった話ではなく、貸し出したという実績を作らないためのものなので誤解しないでね」
「この狀況自グレーなのに、更に不審點なんて作りたいとも思いませんよ」
その辺りの駆け引きは深く関わりたくもないのでパス。後々鍵を複製したとか疑われるくらいなら重い鍵束運ぶ方がましだ。
「制限時間は夜の十時まで。十時になったら強制終了で君たちを校舎から出さないといけなくなるのでちゃんと時間を守るように。俺はトイレ休憩以外は職員室に隠ってるから何かあれば直ぐに來てね。不審者とか見掛けたら早急に俺に知らせるように」
「生徒とかち合う可能もあるんじゃないですか?」
「その時は頑張って隠れて俺に報告して。君たちが許される理由もあまり公には出來ないから、見付かるとちょっと面倒」
「私たち、公に出來ない理由でここにいるんだ……」
最終確認なんだか犯罪の片棒擔ぐ計畫なんだか分からないブリーフィングを行って漸く始。駒津はこのあと職員室に移するということで昇降口で俺たちを見送る。こっちに向かって手をブンブン振ってるんだけど、あれ本當に教師か?
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「さて、いよいよ七不思議験ツアーの始まりだね」
「君もその呼稱使うの……」
聲に喜悅が滲んでいる嵩原に樹本がげんなりとした顔をする。そんな樹本の手には冊子が握られている。これからどこに向かうのか、まずはある程度計畫を練らないと駄目だろうな。
「まずどっから回る?」
「ええっとね……」
訊ねられて樹本はスマホ片手に冊子を捲る。懐中電燈の割り當ては一先ず男子が擔うことになった。俺と嵩原と檜山だ。子組はそれぞれスマホを構えつつ男子の後ろに著く。
「よ、よろしくお願いしますね、先輩」
俺の傍には當然のように朝日がいる。いや、組み合わせはなんとなく予想は出來ていたけど……。能井さんが檜山の傍に著いた時點でなんとなく察しはしたけど……。
「これもはぐれたりしないためには必要な措置、必要な措置」
「そ、そうだよね。はぐれたら大変だもんね」
ニヤニヤ笑う嵩原に必死な能井さんが後押しした結果だ。狙いなんてわざわざ語るまでもない。能井さんはまだいい。嵩原、お前暇なのか?
「うーん、近いのは図書室……かなぁ? いや、保管庫……?」
樹本が行き先で悩んでる。と言うかその二つが七不思議の場所? どちらもあまり學校の怪談では聞かない所だな。皆で冊子を覗き込むが、結構びっちり書き込まれていて中々読み解けない。
「あ、聖、そこでちょっと提案があるんだけどさ、行く順番に関して口出ししていい? 俺のおすすめがあるんだけど」
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悩んでる樹本に唐突に嵩原が申した。ここでこうもグイグイくるなんて、子の前で貓被らなくてもいいのか?
「え、大丈夫なのそれ?」
「大丈夫って何が。疑っているようだけど効率的に回れる道順だよ。時間が限られているなら迅速にいた方がいいでしょ」
「ああ。そうか時間もないんだっけ」
樹本がスマホで時刻を確認する。俺も自分のスマホを取り出したがもう四十分を過ぎているな。あと二時間ちょっとしかないのか。
「俺も獨自にいろいろ計畫立ててきてるんだ。ノープランなら採用しない?」
「……君に任せるのは怖いけど、でも今は迷っている時間もないか。分かった。嵩原のおすすめ教えて。皆もそれでいい?」
くるりと俺たちを見回して訊ねてくる。俺に否やはない。この中で一番報を持っているのは間違いなく嵩原だ。時間が差し迫っているなら素直に頼った方がいいんだろう。樹本と同じで任せるのは怖いけど。
「オーケー任せた!」
「わ、私も賛」
「どこに何があるのかも分からないから頼るしかないわね」
「樹本に賛同する」
「私も、賛です。まだ行ったことのない教室もありますし」
「ん。皆ありがとう。そう言う訳だから、頼んだよ、嵩原」
「任せなさい。七不思議ツアーのコンダクターとしてしっかり働かせてもらうね」
バチコーンとウインクかます嵩原にもう不安が募る。どう働くつもりなのだろうか、こいつは。
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そして話も纏まって漸くき出した俺たちを駒津はやはりブンブン手を振って送り出した。まだいたのかよ。駒津を置いて、とりあえずまずは特別棟へと向かった。
「一番目はド定番のものから行こうかと思うんだ」
そう宣言した嵩原がまず向かったのは特別棟の四階、室だ。奴曰くの定番の怪談であるらしい。
「室に怪談なんてあるのか?」
「えっと、室……あった。『第五の不思議、夜に目がる肖像畫』……」
冊子から該當する怪談を見付けた樹本が表題を読み上げる。室らしく絵畫を主とした怪談であるらしいが、肝心の容がいただけない。
「……畫鋲?」
「畫鋲?」
「畫鋲……」
怪談を聞いて早々にネタバレが各人の口かられる。樹本、二岡、俺三人による連攜だ。まだ確信はないが、でも絵畫の目がるってなったらいの一番に浮かぶギミックだろう。
「え? なんだ? 畫鋲がどうかしたのか?」
浮かんでない奴もいた。まぁ、なんちゃって怪談では定番であるが、れたことがないなら知ってなくてもおかしくはない。檜山は怪談とか興味なさそうだし。
「あ、あのね? 肖像畫の目の部分に畫鋲が刺してあってね、それが夜にライトとかで照らすと反して目がっているように見えるっていうのが怪談ではよくあるの」
「え? ……ああ! それなら小學生の時にポスターでやってんの見た! 懐中電燈當てたら確かにって見えてて面白かった! あれかぁ!」
能井さんの説明で合點がいったか、檜山はウハハと笑い聲を上げる。小學生レベルの悪戯が七不思議の一つ……。
「盛大な肩かしを披してくれた嵩原、何か一言」
「いやいや。まだギミックがあるとは決まってないし。一先ず一回ちゃんと確認しようよ。仮にも我が高校の七不思議だよ?」
非難の目を嵩原に向ければ奴は怯むこともなく言い返してくる。その余裕の態度を見るに、もしかしてまだ隠していることがあるのか? どの道、嵩原の言う通り一度は現を確認しないと話にならないか。
「樹本、行くか?」
「そうだね。オチは読めるけど一目もしないで次には行けないよね。なんなら畫鋲取っ払ってやってもいい」
大変だ、樹本がお怒りだ。俺たちを無理矢理參加させてまで抗った結果が生徒の悪戯でしたじゃ、そりゃブチ切れるのも理解するけど。
嵩原の先導で室前。鍵束は二岡が預かっている。樹本は冊子とスマホで手が塞がっているので二岡にパスした。
「室……。あった。室でいいのよね? 準備室の方じゃないのね?」
確認しながら鍵を開ける。カチャンと鍵の回る音が暗い廊下に響く。ガラガラと建て付けの悪い扉が音を立てて開いていき、真っ暗な室が目の前に広がった。
「電気……は、點けない方がいいよね?」
「他の生徒と鉢合わせになるのも気にしてたしね。出來るだけ見咎められそうなことは止めておこうか」
廊下から室を見渡す樹本へ、代わりと言ったように嵩原が懐中電燈を中に向けた。白くて丸いが室部を照らす。
「それで? 悪戯された肖像畫ってどこにあんだ?」
ワクワクと聲を弾ませて檜山が訊ねてくる。悪戯されてると決まった訳じゃないけど。
「ええっと、『初代學校長の肖像畫の目が夜になると文字通り目をらせる』。初代學校長って壁に飾られてるやつだよね? そもそも自分の所の校長の絵に悪戯する? 普通」
呆れたように批判するが、樹本までもう怪談ではないと思っているのね。怪談の解説文もなんか巫山戯てるし、幸先悪いんじゃないか、これ。
「初代學校長の絵……」
「あ、あれじゃないですか?」
朝日が教室の後ろの壁を指差す。扉から覗き込めば教室背後の壁に幾つか絵畫が飾ってあるのが見えた。そう言えばなんか並んでありましたね。
「歴代の校長先生の絵を飾ってるんだっけ?」
「生徒が描いたを並べてるとは聞いたことがあるわね。大は部の手掛けただって話よ」
子二人の解説を聞きつつぞろぞろ室に上がり込む。後ろの壁、黒板のその上に額縁が並んでいる。どれも似たような大きさで十以上あった。
「初代って言うと左端か?」
パッと懐中電燈で照らしてみる。丸いの中にぼんやりと浮かび上がるのは中年のバストアップを描いた絵だ。眼鏡を掛けたスーツ姿の男がこちらを見下ろしている。
隨分と目力があるように見えるが、その目は確かに不自然に輝いていた。
「……いや、あれはもう完璧に目の部分に何か刺さってる」
「やっぱり畫鋲?」
絵の黒目の部分には明らかに何かが被さっている。厚みのある金屬的な何か。白く照らされるそれはどう見たって畫鋲としか思えない。
「ちょっと額縁外して確認したい」
「任せろ! 畫鋲か確かめる!」
ポツリと落とした樹本の呟きに檜山が迅速に反応した。ガタガタ椅子引っ張ってきて早速とばかりに乗り上げる。
「あ、待って亨。確認なら俺がするから」
あっという間に絵畫に手を掛けた檜山を嵩原が止めた。なんでここに來て止めるんだ?
「え? なんで止めるの? また変な企みでもしてる?」
「信用ないなぁ。俺がどうこうじゃなくて、亨にそのまま扱わせていいの? あの絵、そこそこな年代だし暴に扱うと冗談じゃなく壊れるよ?」
「檜山ステイ! 戻ってきて!」
樹本の鋭い號令が闇夜に轟く。焦っていたのは分かるが一応はスニーキング中なんだ。騒ぎ立てるのはよくない。
「どうした?」
「檜山はここで待機。嵩原、責任持って持ってきて」
「はいはい。言い出しっぺだし従うけどね」
戻ってきた檜山の代わりに嵩原が椅子に乗り上げる。ひょいひょいと絵を回収して持ってきた。
「はい。これが初代學校長の肖像畫だよ」
一抱えある額縁を持って嵩原は俺らの前に立った。ライトで照らせば眼鏡の中年の顔が白く浮き上がる。
目の部分を注視するとやはりそこには畫鋲が刺さっていた。やる奴はやるもんだな。高校生にもなって絵畫に悪戯するってどうなのよ。
「うわ、本當に畫鋲ね」
「恐れ知らずもいたもんだね……」
「これが、七不思議なの?」
「うはは! 本當に悪戯だった!」
取り囲んでそれぞれ想をらしていく。一応怪談の題材という認識があるからかちょっと距離はある。それでなくとも真っ暗な部屋で肖像畫なんて直視もしたくないものだし、実際に目の前の絵畫は大分気味悪い。
だが、七不思議そのものの印象は畫鋲で中和がされてしまった。能井さんが疑わしげに呟く気持ちも分かる。目がる(理)じゃん。
「……これ、面材がないんですね。そのまま額縁に収められてる」
一人以外呆れている中、朝日だけが違う想を口にした。じっと絵畫を見つめている。
「面材?」
「絵を守る保護材です。普通ならガラスなどで覆って絵を守ったりずれるのを防止したりするんです」
「へぇ。詳しいのね?」
「一応、部に所屬してますので」
朝日の解説を參考にもう一度絵へと目を向けると、確かに表面を覆うものは何もない。
「初代學校長の絵なのに保管するつもりがない?」
「そう、なるよね。それとも覆えない理由があるのかな?」
「剝き出しってことか? これだと悪戯し放題だな!」
「「「「「ああ」」」」」
何故なんだと首を傾げるその橫で発せられた檜山の言に、皆別の意味で納得の聲を上げた。この絵が悪戯されてるのって覆いがない所為か! 他の絵を確認すると、どれも懐中電燈のライトで不自然に表面がる。ガラスか何かで覆われている証拠だな。
「え、つまり保護されてないから悪戯してもいいっていう帰結?」
「屁理屈にもならない言い訳よ、それ。剝き出しなのは事実だけど」
「確かに面材とかで覆ってたら畫鋲刺せないよね」
「お、抜けるぞ」
「「抜いたの!?」」
戸いに溢れていたら檜山の奴がすぽって畫鋲抜きおった。畫鋲が取っ払われたあとは普通の黒目が正面を向いている。よく見たら中央にが開いてるけど、誤差誤差。黒目だから目立たない目立たない。むしろえらく描き込まれている目周辺の方が意識を引く。
「何やって……、いや、これでいいのか?」
樹本も混してる。畫鋲はむしろ取るべきだしな。まさか畫鋲が刺さって完となる訳でもないだろうし。
「あれ、目がらなくなっちゃったね」
「茶化すんじゃないよ。まぁ、七不思議は悪戯でしたって確認が取れたんだし、このまま戻そうか。嵩原頼んだ」
「はいはい。任されよ」
軽く答えてさっさと嵩原は絵を元の場所に収めた。懐中電燈のの中、目もらない絵がこちらを見下ろす。やはり目に迫力をじるな。
「結局デマか」
「怪談でもなんでもなかったわね」
「面白かったな!」
ポツリと呟けば二岡と檜山が乗ってきた。嵩原の奴もド定番とか言ってたしな。まさか笑い話の方の定番で來るとは思わなかったけど。これは今後がちょっと心配な駆け出しだな。
「それじゃ次行こうか。時間も限りがあるんだし、嵩原、案を……」
「ね、ねぇ。ちょっといい……?」
移を促す樹本の聲を遮って能井さんが聲を上げた。々震えている聲にどうしたのかと目を向ければ、彼は怯えた様子でをこまらせていた。彼の細い指が戻された絵畫を指差している。
「どうしたのよ、三花。何かあった?」
「……絵、あの校長先生の絵、私たちのこと目で追ってない……?」
そっと落とされた弾にぞわっと背筋が粟立った。
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