《高校生男子による怪異探訪》18.悪魔と願い
決意も新たに調査を再開する。悪魔に繫がるだろう願った人の宛てこそ外れてしまったが、依然鏡が今回の騒の最有力容疑者であることは違いない。こうなれば鏡から取っ掛かりを得ようと再度踴り場まで足を運んでいる。
「ふーむ。特に反応はなしか。いろいろと悪魔払いグッズも持ち込んでいるのだが」
時刻は放課後。暮れ行く夕日が窓の向こうに見える現在、部室棟も生徒が退き始めて靜けさが広がっている。その人気のない部室棟踴り場にて俺たちは姿見の鏡を前に本日も慘敗を喫した。
「十字架、聖水、聖書に塩と、一通り悪魔が嫌うをぶつけてみせたのだが、正になしの礫だな」
「か、會長、本當に問題ないんですか? 実際に悪魔がいたら怒って襲い掛かってきたりしないですか?」
「そのための悪魔払いの道の數々だよ。アミュレットだって用意してあるんだ、信仰的にはこれで問題ない、はず」
「確証ないんじゃないですか!」
先輩の心許ない宣言に樹本も涙目で抗議してる。鏡の調査でなんで悪魔に喧嘩売るような真似をしているのかというと、それは悪魔をき寄せるためである。
パッと聞いただけでは「あ?」と疑問が迸るような理論ではあるが、要はちょっかい掛けてきている悪魔にこちらからも接してみようと、そんな狙いなのだ。
現段階で分かっていることは、俺と朝日の偶然の出會しにはこの鏡の悪魔の関與があること、そして怪談の容から類推するに悪魔は誰かの願いを葉えるべく干渉を行っていること。その願いのために些か荒事の気配が見え出しているのが現在の狀況だ。
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で、俺たち的にはこの荒事も辭さない姿勢が目下の問題であり、これ以上の干渉なんてむべくもないのでどうにかお引き取り願いたいと、そんな気持ちでいる訳である。
もし願いを告げた當人が判明していたらそいつを介して悪魔との接も果たせたかもしれないが、結果は見事な空振りであってこちらからの干渉の機會も逸してしまった。こうなるとあとは怪談に則して悪魔と正規に見えるくらいしか解決の道筋も見出せない。
いや、そもそもが本當にこの鏡が元兇なのか? 確証を得るためにもじゃあどうにか悪魔をき出してみせようかと、そうなってこの現狀となったのだ。それで安易に喧嘩売るというのが先輩らしくない直球な思い付きではあるのだけど。
「悪魔の嫌う聖水も吹き付け、十字架も翳し、聖句も唱えた挙げ句に塩も撒いたのだが、まぁの見事に無反応だな」
「嫌がらせのオンパレードではあるはずなのに悪魔も忍耐強いようで。まぁ、そもそも俺たちの中に信仰者はいませんしどれほど効果があるのかは疑問ではありますが」
「一応は確立されている手法を倣ってはいるんだがね。悪魔払いはあくまで対人を想定している。に宿る悪魔を払うともなればやはり一筋縄ではいかないのかもしれないな」
報通二人は嫌がらせを敢行しながらも生き生きと考察なんか繰り広げてる。
先輩の立場を考えればこれは単に後輩への助力というだけの行為でもないのかもしれない。だって本(かもしれない)悪魔と接する機會なんて早々あるものではないしな。ここぞとばかりに諸々別口で調査進めていたって何もおかしくはない。
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「こんなことしてて本當に永野たち助けられるのかな……?」
「んー、でもこの鏡の悪魔が親玉なんだろ? 悪魔払いが功したらそれで無事解決になんじゃねぇの?」
「會長のやり方で払えたらね……。正直、鏡を壊す方がよっぽど簡単に事を収められそうなんだけど」
「お? やるか?」
「これ一応學校の備品だからね? 流石に破壊は拙いよ」
迷った意見出たのに速攻で嵩原が止めにってる。それは確かにそう。品に宿ってるというなら、その品ぶっ壊すのが直接的過ぎるが一番手っ取り早い解決法ではある。
尤も、それは最終手段であって早々簡単に切れるカードでもない。犯罪行為だし學生としてもバレたら拙いし、何よりもしかしたら悪化する虞もあると思えば安易に取れる手段ではない。
まぁ、そんな判斷が出てしまうのも致し方ない狀況にはなってしまってる。現狀は明らかに詰んでいた。なんら反応もなく報も得られず、調査の進展も完全にストップしてしまっている。
朝日との対談のあと放課後に再度の突撃をした結果がこれだ。どうにか悪魔の尾でも摑めないかと連続で鏡の調査に赴いているのに、未だ手掛かりの一つだって得られていない。刻々と無為に時間ばかりが過ぎていた。
「會長さんも打つ手がないみたいだし、これは再度コックリさんのターンかな?」
「前回が中々の幕引きであったから出來れば回避したいのだがね。しかし、こうも反応がなければそれも仕方ないのかもしれないな。再度本當にこの鏡が元兇なのか確認を取るべきか。もしくは夜中にどうにか忍び込むか」
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「鏡壊すか、部室棟に潛するかのどっちかかぁ」
「犯罪の二択しかないのな」
うーんと頭を悩ませてもそれで事態が進展するはずもなく。本日もなんら手掛かりは得られずに靜々と退散することになった。コックリさんでさくっと黒幕判明して希が見えたかと思っていればこの停滯だ。予想以上にこれは面倒なものと関わってしまったのかもしれない。
日暮れ間近の赤く染まる空を見ながら校舎を出る。日が沈むのも早くなった。もう十一月も下旬に差し掛かってる。気付けば木枯らしだって吹く頃で、冷たい風が服の隙間からってくる。
「んー、日が暮れると寒いね。もうすっかり冬なんだなぁ」
溫度の下がった風にを震わせながら樹本はしみじみと呟いた。
下校口から出た途端冷たい風に襲われての想だ。男四人帰路に著く所で、先輩はまだ調べたいことがあるからと部室に殘っている。今日これからコックリさんをやるのかなと思ったんだが流石にそれは強行軍過ぎるか。
「あとししたら十二月だしな! 冬休みももう近いぞ!」
「いくらなんでも気が早過ぎるよ、亨。というかその前に修學旅行あるじゃない」
「ああ、もう今週なんだよね」
嵩原に言われて思い出したと樹本が聲を上げる。そうだ、今週の木曜から俺たち二年は修學旅行で南國の県に飛び立つ。
「旅行前には解決させたいねー……。放置出來ないという理由と旅行は気軽に行きたいっていう二つの意味で」
「皆で旅行楽しみだな! そのためにも、さっさと悪魔どうにかしないと!」
「あと數日、祝日るから実質一日で正突き止めてそれから願いも破棄してもらう……。間に合うかな?」
ちょっと含み笑い浮かべつつ嵩原は難しいんじゃ?と言わんばかり。今日だって何も進展はしなかった。このペースであと一日で事態解決まで持ってくのはかなり無理がある。
「時間、足らないよね?」
「そうだね。ここから時間を巻くには障害なんて無視して直線距離を進むくらいの強攻策を講じないと駄目かも。手段を選ばずに、それこそ犯罪行為にも手を染めればなんとか?」
「教唆するな。いよいよ追い詰められてきてるのは分かるけど」
「鏡壊すか? それとも侵するか?」
檜山はなんでそんなワクワクしたじで忌避すべき行為を口に出すのか。「友だちとはしゃいでやりました」が言い訳として通用しない容なんだと理解しているか?
「そっちは半分は冗談だけどね。早期解決図れそうな方法なら他にもあるじゃない」
「「え?」」
「お? マジか嵩原」
頭抱えてる最中にポンと嵩原が何の気なしに弾なんて放り込んできた。
ここに來て新たな案が出て來るのか。犯罪行為にならないなら採用するのは吝かじゃない。
「嵩原本當? 鏡をどうにかするか、夜中に潛するか以外の方法ってある?」
「むしろなんでこれが思い付かないのか不思議なんだけど。徒にちょっかい出されるのが嫌なんでしょ? だったらさっさと願いを葉えてあげる、これで萬事解決にならない?」
「……ああ!」
言われてそうだと目から鱗が落ちる。不気味な干渉は誰かの願いの結果。ならその願いを葉えてしまえばこれ以上の干渉はなくなる。
理解してしまえば実にシンプルな解法だ。確かに変に探る必要もないから手早く解決まで持っていける……。
いや待てよ。それってつまりはだろ?
「……付き合えってか?」
「そうなるね。俺たちの予想だと願いは二人が仲になること。葉えるとなればそれは人同士になることを意味するね」
「お前自分がとんでもないこと口にしてるって自覚ないのか?」
さらっとなんてこと言いやがるこいつ。
「冷靜に考察した結果だよ。真人だって納得してなかった?」
「願いを葉える云々はな。でもそれで付き合うとかはまた別の話だろ」
「そう? 付き合えば真人も朝日さんもこれ以上煩わされることもない。二人にとっては良い話でしかないように思えるけど」
すっとぼけたように敢えて突き放してもの語りやがる。フェミニスト気取ってるこいつなら、この策の欠陥はもうとっくに気が付いているだろうに。
「良い案……、ではあるのかな?」
「俺としては仕方なくだとか回避するためだとかじゃなくて本気で向き合ってしいけどなぁ」
檜山が乙寄りなこと言ってる。でもそうだ、いくらに降り掛かる火の払うためとは言え、ブラフで付き合うとか流石に朝日に悪過ぎる。それで互いが助かるとしても、心から納得出來るものなのか。
「なんでそんなに拒否するの? 朝日さんのこと嫌いなのかな?」
「は? 何言って……」
「朝日さんはとても可い子だよ? 格も優しく奧ゆかしく一途に真人のこと慕ってる。真人だって彼の気持ちは理解してるよね? なのにどうして応えてあげないのか前から不思議だったんだよね」
「……」
「四月の頃は、まぁいろいろあってそんな気分にもなれなかった、というのは理解も出來るよ? でも今じゃ校で公認カップルにもなり掛けてるし、口を挾む輩はいるだろうけど付き合うハードルはかなり下がったと見ていい。それでも一向に振り向いてあげないってどうしてかな? もう障害なんてあってないような狀況だろうに」
心底不思議だというように嵩原は首を傾げる。聲だって俺を責めるはじられない。嵩原からすればどうして応えようとしないのか、純粋な疑問であるようだ。
「いや、それは永野だっていろいろ思う所とかあるんじゃ……」
「それはつまり朝日さんのことは好きじゃないってことかな? もしくは……」
ちらっと嵩原は檜山へと視線をやる。含みのある目線だ。樹本が察して焦り出した。
「ちょ、ほら、付き合うなら両方の意思は大切で……」
「朝日は永野のこと大好きなはずだぞ?」
「いや本當、檜山は大らかなのか考え足らずなのか僕も正直分からなくなってきてるよ」
あっけらかんと擁護(多分?)に回る檜山に樹本の目が遠くなる。そうじゃないのよ、とか言いたくなるが、そんな隙など與えないとまた嵩原が一歩乗り出してきた。
「なくとも真人の周りでは反対してる人間なんていないよね? 真人は世間とかよく口にするけど、一度こうと決めたら人の視線なんて全く気にしないタイプだよね? それなのにこうも頑なに否定するその理由が分からないんだけど」
ぐいぐいとこちらの心に踏み込んで來ようとする。何人の格分析勝手にやってるの?とツッコミたい。俺そんな頑固な格はしてない、はず。
「勝手に人の格決め付けんな」
「外れてる? これまでの観察を経た上での結論なんだけどね。ま、違うっていうなら真人の意見を尊重するけど、それで? 朝日さんのことは嫌いだから気持ちにも応える気がないのかな?」
まだ言うかこいつ。その「分かってますよ」風に引き下がるのも業腹なら、何度も同じこと聞いてくるのも癇に障る。
でも、こうなったこいつが中々引き下がらないのは経験で知ってる。何がこいつのスイッチれたのかは分からないが、ある程度は答えも返さないと納得はしないだろうな。
はぁーとため息吐いてから仕方なく答える。
「……嫌いじゃねぇよ」
言えば「おっ」みたいな表しやがる。
「嫌ってはいないんだ?」
「先輩つって慕われてて嫌いになる方がおかしいだろ。お前の言う通り、格も良いし」
「も。つまりは見た目も好ましいってことかな? うん?」
「……」
う、ウザ絡みしてくる……。本當なんだこいつ。男の話なんて屁くらいには興味だってないはずなのに、どうして今はこんな子レベルで首突っ込んでくるんだ。誰かの差し金だったりしないだろうな。
「嵩原、いい加減にしろよ? 今のお前は本當にウザい」
「本心で言ってるね。だって気になるんだよ。真人はいっそ好意なんてなかったかのように無視し続けているからね。これは真人の側にけれるだけの余裕がないのかなといろいろ考察がね」
「そ、そこまでにしなって! 嵩原いくらなんでも踏み込み過ぎ! 友だちだからって遠慮も何もなくすの良くない!」
「永野本気で嫌がってるみたいだからもう止めとけよ。怒らせるまで聞くのはなしじゃないか?」
まだ人の面に踏み込む行為を続けようとした嵩原を二人が慌てて止める。檜山も真顔だ。これには嵩原も分が悪いと思ったのか、ひょいと肩なんて竦めてあっさり退いた。
「殘念。真人のことがしは聞き出せるかなとか思ったんだけど」
「お前男にも興味あるのか?」
「言い方気を付けて。単に真人は自分のこと喋らな過ぎだから気になっただけ。そろそろ心開いてくれてもいいんじゃないかい?」
茶化した風に言ってくるが、そう主張する嵩原自が男なんて塵埃程度にしか思ってない癖に何言ってんだか。
呆れてただ無言を返せば勘違いしたらしき樹本が慌てて仲裁に飛び込んできた。
「も、もう止め! 話だって大分線してるから! とにかく悪魔からの干渉なくすために噓でも付き合うのはなし! 永野はそうしたいんだね?」
「……そりゃまぁ。ブラフで付き合って、それで問題解決したらそのあとどうすんだ? もう必要ないからって関係解消するのか?」
「そこはそのまま付き合っちゃえばいいでしょ」
「気持ちがないのに継続してどうすんだ。朝日にだって申し訳ないだろ」
「だからそこは男らしくドンとけ止めればいい話で」
「待って待って。また言い合いになってるから。ストップストップ」
「けれるってのは賛だけど、でも永野の気持ちも大切だからなぁ。やっぱ無理強いは良くないと思うぞ?」
レフェリー二人の仲裁のおかげでまた熱しようとしていた空気もいいじに変えられた。でもげんなりしたのは確かだから嵩原に、「仲人買って出るおばちゃんくらいにはしつこいな」と言ってやったらうっすら額に青筋浮かべた。ざまぁ。
「はぁ……、なんで今回に限ってそんなパーソナルスペースガン無視してくるの嵩原。いや、それだけ問題解決に本気になってるってことだよね?」
「あ、いや無理矢理願い葉えさせるのはちょっと待った方がいいんだよね。だって相手悪魔だから絶対素直に願い葉ったとはならないだろうし」
「ここまでのやり取り全否定!?」
すぱーっと有り得ない返しされて樹本が今にもを吐きそうな顔した。結構な時間行われた喧嘩越しの會話そのほぼ全てが無に帰すようなこと言ってる。
「は? はぁ?」
「樹本バグった」
「お前つまりは何がやりたかったんだよ」
「いや、悪魔との契約は大半がえげつない対価求められるものでね。仮に願いが葉ったとして、その契約結んだ相手はなくない犠牲を払うことになるはずなんだよ。だから何も考えずに願いが葉ったことにするのは止めておいた方がいいというか」
「……それは、願った誰かのを案じてってことか?」
勝手に余計なお世話した奴のこと思ってこっちは自重しないといけないってか? そこまで気にしてやらなきゃいけないものかね。
「悪魔が求める対価にはいろいろあるんだよ。願いによってピンキリとか言われてるけど、の一部を求めたり、はたまた生気なんてよく分からないものが取り引きされたりするみたい。でね、中でも鉄板とされてるのが魂」
「魂」
ポカンと檜山が繰り返す。あれ? なんだか急に薄ら寒くなったような?
「願いの対価に魂を徴収するってのは悪魔契約にはよく聞かれる話だよ。もしこのまま疑似でも願いを葉えてみてよ、それで誰かが亡くなったなんて話が聞こえてきたら、それこそ取り返しも付かなくなるんじゃない? それでも良いというなら俺は止めないけど」
「……」
他人事みたいに言ってくる。命を対価にした願いなんて、赤の他人のために持ってくるレベルのものじゃないだろ。
常識的に考えれば有り得ない。でも、それでもし本當に誰かが死んだって話が流れてきたら?
もう科學的じゃないだとかそんな言い訳が通用する段階は超えている。正直聞きたくなかったぞ、この話。
文句言えどももう遅い。悪魔との契約、その恐ろしさを理解させられて寒風とはまた別の寒さに背中が震えた。
「……ん?」
嵩原の遠慮容赦ない弾食らって突発的に怪談披された気になってる最中、ふと昇降口に本校舎の方へ向かう背中を見付けた。
長い黒髪が一つに纏められて揺れている。あれは、多分二岡だ。あいつこんな時間に校舎に戻るって何か忘れでもしたんだろうか。
ちょっと気になって、そしてこれはもしかしたら丁度良いタイミングなのかもと思い付く。修學旅行を前にしでも関係改善はしておきたい所なんだ。
「あれ? 永野どうしたの?」
「悪い。忘れした。先行っててくれ」
仲直りするなら一人の方がいい。三人とも別れて、校舎へと引き返した。
冷靜に考えれば一人でこんな學校も閉まる直前くらいの時間にあとを追うってのもドン引きされそうなもんなんだが、進んだ足は止まることなく校舎へと吸い込まれるようにして向かっていった。
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