《高校生男子による怪異探訪》20.悪辣な啓示

ゆらゆら黒が波打つ。水面に雫が落ちたようなきだ。中から何か飛び出すのか、不穏な想像に思わず構えたこちらを嘲笑うように黒がぱっと退いていく。元の鏡面に戻り、そこにはここの風景が映っていて……。

いや、違う。鏡の中に鏡がある。鏡面に鏡そのものが映り込んでいる。

どういうことだ? まるで合わせ鏡をしたような畫だが、でもよくよく観察すればこの踴り場を映しているんだと分かった。全るようにちょっと引いた視點で、カメラで撮影したような図が鏡面に映し出されている。

この畫はなんだ? 誰の視點なんだ? 不可解さに知らず鳥が立つが、鏡面の中、今とは違って窓の外には黃い夕空も見えているそこに一人の人り込んだ。黒い髪をポニーテールにした後ろ姿。これは恐らく二岡だ。

「あ……、あ……」

當人は言葉にならない聲をらしている。先程の拒絶と比べれば隨分と控え目な反応なのは、驚きのあまりにリアクションが取れないのか、それとも悪魔が何かしているのか。それさえ確認も取れずにじっと鏡に映る映像を注視した。

映像の中の二岡は鏡の前まで來ると足を止める。こちらには背を向けているため表は見えないが、鏡にはばっちり映っていた。険しく眼前を見據えた表。不可解なものへの警戒に満ちた顔に俺には見えた。

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『――あんたが、呼んだの?』

鏡の中の二岡が喋り出すと同時に聲まで聞こえる。傍にいる二岡に目をやるが、當人は固く顔を強張らせていて話せる余地はなさそうだ。

じゃあ、聞こえた聲は鏡から再生されている……? 二岡の反応からして恐らくは過去のやり取りを再現しているんだろうけど、音聲まで再生出來るとかこの鏡は一なんなんだ。

『……私の願いを葉える?』

『なんでも、』

『……契約をすれば、どんなものでも実現出來る?』

戦いている間にも再生は続けられ、鏡の中の二岡は一人でブツブツ呟き出す。誰に対してと訝しむ間もなく、気付けば鏡面の中の鏡に先程と同じようにして黒い顔が現れていた。二岡の顔の直ぐ隣に寄り添うように浮いている。

さっきとは違って目も口も閉じているから単なる黒いシミにしか見えないが、でも同じモノだろうことは確信に近く予想出來た。

二岡の臺詞から予想するに、恐らくは悪魔から渉を持ち掛けられているんだろう。不思議と悪魔らしき聲は聞こえてこないが、それはこの場でも一緒だった。

恐らくは二岡だけにしか聞こえてないんだろう。それは、どうしてだ? 契約をしたからか? よくパスを繋ぐなんて話を耳にするがこれもつまりはそういうことか?

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いや、だとしてもどうして映像の中の二岡はすでに悪魔と意思疎通が出來ているんだ。まだこの段階では二岡は契約なんざしてないだろうし繋がりだって出來てはいないはず。

この時にはもうどこかで二岡と接していて、そしてどういう訳か、言えば悪魔から願いを葉えると話を持っていったように見える。

二岡がこの鏡と接を果たした時なんて、それこそ七不思議くらいしかないのでは。その時には異変なんて何も……、いや、いや確か何か、そうだ、二岡の様子がおかしくなっていたような……。まさか、あの時に本當は悪魔が現れていたってのか?

『……本當に、なんでも葉えてくれるの……?』

考えに沈んでいた意識がはっと浮上する。過去の二岡は縋るような目で悪魔を見返していた。拙い。唆されて、それで二岡は俺と朝日をくっつけさせるとかいう意図の分からない願いを口にしたのか?

黒幕であったことは驚きだが、それ以上に悪魔と取り引きをしてしまったその事実が気になって仕方ない。対価は何を求められた? まさか、魂だったりは……。

『……要らないわ』

こっちの不安を掻き消すように鏡面からは二岡の強い拒絶が放たれた。過去の二岡は鋭く悪魔を睨み付けて毅然と鏡の前に立っている。

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『悪魔なんていう訳の分からないものに縋るほど、私は現実に夢なんて見ていないの。あんたのような道理も理屈も無視した相手を利用して葉えたい願いもない。勧の相手を間違ったわね、お疲れ様』

さっきまでの気弱な姿などどこかに吹き飛ばして二岡は居丈高に悪魔に言い放った。勝ち気そうに目を吊り上げ堂々とを張って言い切る様はよく俺も目にする強かな二岡そのものだ。

そうだ。文化祭のことで気弱な面も出て來た二岡だが、本來はこんな風に毅然と自分の意見を口にする、そんな確固たる己を持っている人間なんだ。願いのために悪魔にを捧げるような、そんな選択をそもそも取るはずがなかった。

だとすれば二岡は今回のことに関わりがない……? 早合點、というよりは願で以て安易な結論に走ろうとするこちらを鼓舞するように、鏡からは強く張った二岡の聲がずっと聞こえていた。

『……要らない。あんたの力なんか借りない。そんなの必要ない』

『……っ、何、言ってるの? 意味の分からないこと言ってわそうとしても無駄よ。あんたの思い通りになんてさせない』

『……無駄よ。何を言われたって意見は変えない。私にあんたは必要ない。……あんたに縋ることなんて絶対にないわ』

二岡の呟きだけが一方的に鏡から溢れる。要點を欠いた話は詳しい容なんて察せられるはずもなく、でも二岡が悪魔の甘言に乗せられることなく揺るがずにあることだけは理解出來た。

とても悪魔に魅られたようには思えない。ならばここで相対した時の態度はどうして……? 疑問が頭を占めていくが、その答えは鏡の中から屆けられた。

『……え?』

軽く驚きの聲を上げる二岡。その聲が切欠かのように鏡面が揺れて映る映像も掻き消えてしまう。かと思えば直ぐに焦點が合ってまた踴り場が映し出された。

変わらず窓の向こうには夕焼けに染まる空が見えている。そんな踴り場に駆け込む人間がいた。

『――っ。何を、したの!?』

二岡だ。余程急いでいたのか息は荒く映る背中も大きく弾んでいる。鏡には焦りに歪んだ顔が反していて、瞬時にその顔の橫に黒い渦が生まれた。

細い目に口が薄く開いて笑みを形作る。愉快さよりも悪意に染まった面を見て、二岡の目が驚愕に見開かれた。それも、直ぐに怒りに染まって悪魔を鋭く睨み付けるのだが。

『……やっぱり、あんたが二人にちょっかい掛けてるのね!? なんだってそんなこと!』

『……っ、私? 私に願いを言わせるために二人を出會わせてるっていうの!? ……これ見よがしに私の前でばかり起こして、そうまでして一何を願わせようってのよ!? いい加減にして!』

『春乃ちゃんまで突き落として……! あんな危険な目に遭わせてまで私に執著する理由は何!?』

鏡の中の二岡は怒りに任せて悪魔へ非難をぶつけている。切羽詰まった様子で映像の二岡は悪魔を追及していくが、待ってくれ、いろいろと知らない事実がどんどんと出て來てこっちも頭が混していた。

二人ってのは當然俺と朝日だろう。二岡に願いを言わせるために俺たちにちょっかい出すってのはなんだ?

俺たちのに起こった偶然は誰かの願いの賜ではない? 悪魔自が勝手に手を回していたってのか? だとしてどうしてそれで二岡の願いに繫がるんだ? 俺と朝日がどうなろうと、二岡には大して関わりのあることでもないはずなのに。

その上朝日を落としたのは悪魔とか。……いや、俺も朝日が落下する際には背後に黒い塊を見掛けてる。あれは悪魔だったってオチか。疑わしくは見ていたけど、本當に悪魔が演出の一環で突き落としたのか。

やはり元兇はこの悪魔。でも、そうなると何故そこまでして二岡に執著するのか。本人も聲高に疑問を口にしていたが、二岡に願いを言わせる、そのためにこんな茶番を続けたっていうのか。そうまでして何故二岡に括る。

チラリと橫目で現実の二岡の様子を窺う。二岡は真っ青な顔で鏡を凝視するばかりで特に反応も見せていない。依然固まったままで自と悪魔のやり取りを見つめていた。

悪魔は真実を教えると言っていた。これが真実? 俺と朝日に起こっていた諸現象は悪魔が勝手に引き起こしていたものだって示したいのか? なんでそんなこと。わざわざ過去の映像まで見せ付けて、それでなにをやりたいのかさっぱりと理解出來ない。

著いて行けてないこちらへの配慮なんて悪魔がしてくれるはずもなく、頭の中の整理も出來ないままに更に話は進んでいく。

『……もうこれ以上二人には関わらないで。危険な目に遭わせるのもそう。あんたが何をどうしたって、私はあんたに手を貸してもらおうなんて思わない』

二度目の拒絶。二岡は再度きっぱりと悪魔に拒否の姿勢を貫いた。朝日が突き落とされたのが止めとなったんだろう。鏡に映る表はいっそ無表に近く怒りに震えていた。

そんな二岡に返された答えは無音の笑い聲。鏡の中で悪魔は嗤う。聲も出さずに三日月に割けた口を開けて真っ赤な口を見せ付け嗤う。

怒る二岡の隣に浮かびニタニタと厭らしい笑みをその表面にり付ける。全くと二岡の怒りなど意に介していない。むしろ、そうやってわにすることに深く悅びをじているようにも思えて仕方ない。

爬蟲類に似た目がニタニタと厭らしく二岡を真っ直ぐに見つめていた。

『……は? なん、なんでそうなるの!? そんな、そこまでする必要ないじゃない! ……止めて! 二人にはこれ以上手を出さないで!!』

突如二岡は狼狽する。何を言われたのか。二岡の発言からして多分もっと危険な目に遭わせるとかそんな碌でもないことを言ってるんだとは思う。

必死の懇願だが悪魔はそれには応えない。大きく割けた口をブルブル震わせて聲なく笑う。愕然との抜けていく顔を曬す二岡の隣を陣取って、悪魔はただケタケタ笑い続けていた。

そこでまた鏡面がれる。直ぐに踴り場が映し出され、これまでと違ってもう二岡の姿もあった。

橫の窓の向こうには暮れ行く夕方の空がある。ついさっきここの窓から見えた空と似ていた。

『――もう、止めて』

吐き出された二岡の聲は、隨分と弱く小さなものだった。これまでの映像で見てきた二岡とは全く違う、堂々と悪魔相手にも一歩も引かなかった二岡の姿はどこにもなかった。

『お願いだから、もう二人に関わるのは止めてよ。……私が願えば、あんたはそれで満足するんでしょ? だったら願うから、だからもう止めて』

力なく二岡は悪魔へ恭順を示す。懇願するに酷く驚いた。

あまりの変容っぷりに思わず一歩近付く。鏡の中の二岡は完全に心が折れてしまっているようで、暗く沈んだ顔で鏡をじっと見つめていた。あんなに強く己を保っていた二岡がどうして。

映像の切り換えは場面の切り換えだってのは察してはいる。だから今映っている場面は一つ前、階段でのやり取りのその後のものだろうが、その時からここまでで二岡のに一何があった? こうも神に変化が生じてしまったなんて、余程のことがあったのでは。

懸念と心配する気持ちで焦りが募るその傍らで、何か小さなきが聞こえてパッとそちらに振り向く。

視線の先では顔の悪い二岡がじっと俺を見つめていた。なんらリアクションも取ることもなかった強張った顔で、はくはくと僅かにを揺らして何事かを囁く。

「……めて。おねが、い。……ないで」

『認める。あんたの指摘だって認める。あんたの言い分は正しかった。それだって認めるから、だからどうか』

小さな囁きは橫から聞こえる二岡の必死の懇願に掻き消された。どうしてか意識が鏡へ向かってしまう。ゆっくり振り返ったその先で、過去の二岡が目に涙を浮かべて言い放っていた。

『永野を好きなの認めるから、だからもう関わるのは止めて!』

暗い踴り場に二岡のびが木霊した。

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