《高校生男子による怪異探訪》21.契約

今回ちょっと長いです。

あまり中二的展開は書きたくないんですが難しいものです。

「……は?」

衝撃の容に掠れた聲がれる。何か、今有り得ない臺詞が聞こえたような。

「――っ!」

思考もも固まる中、後ろから突如として上がった嗚咽にはっと正気を取り戻した。振り返れば床に頽れて、顔を両手で覆う二岡がいた。

「おい大丈夫か!?」

慌てて傍に寄る。背を丸め肩を震わせて泣いている様子の二岡の肩を摑んだ。途端にビクリと震えて手を払われる。

「いや! らないで!」

「落ち著け二岡!」

「いや! いやぁ!」

狀態になってしまってるのかこちらの呼び掛けにも否定しか返ってこない。がむしゃらに腕を振り、俺を必死に遠ざけようとしていて迂闊に近寄ることも出來ない。

仕方なしに距離を取ると音のない空気のざわめきだけの笑い聲が辺りに木霊した。

『――――』

鏡へと目をやる。いつの間にか、またあの黒い鏡面に変わっていてその中央で悪魔が笑っていた。目を歪に開き、口は大きく開けてゲラゲラと聲なく嗤う。こちらを見下し、馬鹿にして大きく大きく嘲笑っている。

なんだ、これは。この狀況は一なんなんだ。二岡のあとを追って、そしたらやっと悪魔を見付けて、そして真相を探ろうとしたら悪魔の方から真実を教えると切り出してきて。

馬鹿正直に悪魔の提案に則した結果がこれだ。俺たちの推理とも違っていて、かと思えばいきなり告白なんて……。

そう。告白だ。告白、だよな? 二岡のあのびはそういう意図のものである、よな?

なんでだ? どうして俺を好きだなんて。頭の中がハテナで埋め盡くされていく。どうしてこんな混沌とした狀況に陥るんだ? ただ、俺たちのに起こった異常の、その真相を探りに來ただけのはずなのに。

呆然と鏡を見つめて、そして不意に悪魔がピタリと笑いを止めた。ガクガクと震えていた顔が唐突に靜止して、次の瞬間にはにたぁと口端だけを歪に吊り上げる。細長い瞳孔をした目が愉快げにこちらを見つめる。

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かと思えばしゅるりと鏡面を覆う黒が一つに纏まり人の形を描いた。ただの影は瞬く間に明瞭な姿を取っる。黒い髪をポニーテールにして纏めた、二岡そっくりの姿だ。

切れ長の目がこちらを真っ直ぐと捉えて、それからそっと伏せるようにして逸らされた。

『――私、ずっとあんたのことが気になってたの。不用で社もなくて、態度も言葉もぶっきらぼうなのにその癖一人でいるのに寂しそうな顔してたから、放っておけなくて。気に掛けているに誰よりも目が離せなくなって。――気付いたら好きになってた』

緩く頬を染め伏し目で心を語る姿は如何にも気恥ずかしくを明かしているようだった。二岡の形を取った目の前のモノに、ぞっと鳥が立つ。

『でも、私の気持ちがあんたに通じないのは分かってた。あんたにとって、私は友人の枠にもギリギリるかどうかでしょ? 凄く、関係は薄い。両思いだなんて、そんなの無理よね? だから私は気付かない振りをしていたわ』

「……めて。おねがい……。やめて……」

朗々と語る聲に二岡のか細い拒否の聲が混ざる。はっと我に返るもどうしてかは意思に反してピクリともかない。鏡から視線を逸らすことが出來ない。金縛りにあったように仁王立ちで鏡を注視してしまう。

こちらの狀況を理解してか、鏡の中のモノは更に一方的な語りを続けた。

『どうせ葉わない想い。無理だと知ってても、でも心の底では葉えたい、葉えばいいなってそう思ってた。そしたら、話し掛けられたの。『願いを葉えてあげようか?』って』

そっと視線が上げられる。こちらを見て、二岡の姿をした何かははにかんで言った。

『なんでも、どんな願いでも葉えてくれるって言うの。願えば、ちゃんと対価を払えばどんなことだって意のままに葉えてくれる。私の片思いだってきちんと両思いにしてくれるって言ったのよ? 凄いわよね。葉えられそうにない願いだって現実のものとしてくれるの。そんなの、縋るものだと思わない? だってどんな願いだって葉えられるんだよ? 普通藁にも縋るよね? でも、それなのに……』

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悲しげに眉なんて寄せて視線を落とす。心の底からの失を示すように華奢な肩が酷く落ち込む。

『私は素直になれないから、葉えてくれるっていうのに拒んだの。自分の本當の気持ちだって見ない振りして。素直になれば良かったのにね。そうしたらあんたとも両思いになれるのに。だから、ね』

沈んだ空気が一転してパッと明るくなり、笑顔だってその顔に佩いた。満面の笑みで、素晴らしい提案を口にすると言わんばかりに手まで叩く。

『だから『私』が素直になれるように、ちゃんと自分の本心にも目を向けられるようにお手伝いしてもらったの! あんたと可い一年の子を仲良くさせて、嫉妬させて本心に気付くように! ちゃーんと、自分の願いはなんなのか、それを自覚させてお願いも口に出來るようにって! 良い案だと思わない? 人間、には忠実であるべきなのよ!』

ニコニコ、邪気なんて欠片もないといった満面の笑顔で嘯く。純粋な善意からの施しだと主張する訳だ。慈善でくはずもないのに。

『自分の心に素直になって、そしたらちゃんと契約結んでお願いを葉えてもらうの。もちろん、タダで葉えてもらおうなんて蟲の良い話はしないわ。願いに見合った対価を払わないといけない。でも、別にいいわよね? だって現実じゃ、どうあっても葉いそうにない願よ? 対価を支払うことで葉うっていうなら破格よね? そう思うでしょ? 例え命を賭けることになったって、思い通りに事がなるならそれは本よねぇ?』

無邪気な笑顔で吐かれる臺詞が、最後には本が隠し切れなかったか歪んで素が覗いた。鏡の二岡の面が口が大きく耳まで裂けてにたりと醜悪に笑う。澱んだ沼みたいな黒い目が真正面からこちらを貫いた。

『さあ、もう素直になれたわよね? 『私』? あなたの願いはなんだった? むものは何? 今度こそきちんと、契約しましょ?』

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にたりと鏡の中の二岡――悪魔がを乗り出して迫ってくる。

契約。つまりは、こいつは契約をわし二岡から対価を得るために一連の偶然を演出したと、それが真実なのか。

俺と朝日を接近させて二岡に自覚を促す。そして願いを口にさせる。そう自白していたが、悪魔の意図は他にもありそうだ。この踴り場で邂逅してから散々に見せ付けられた悪意たっぷりの嘲笑がこいつの腐ったを表しているようで、単純に願いのためだけに手を回していたとはとても思えない。

わざわざ二岡の姿を真似て俺に隠したかっただろう本音曬すのも悪意が滲み出ている。まるで二岡を苦しめることが本懐だと言わんばかりの振る舞いには反吐さえ吐けそうにない。

こいつは正に『悪魔』なんだろうな。苦しむ人間を眺めて愉しむ、そんな悪辣さがじられる。こんな奴に朝日が、二岡が振り回されたのか。醜悪に嗤う悪魔に胃の底が冷たく冷めた炎で焼かれたように煮立つ。

「……う、ぐ……」

二岡の嗚咽が聞こえる。これ以上こいつが傷付けられる謂われはないだろう。契約だって立させる訳にはいかない。

なんとか悪魔を撃退しなければ。そう思い二岡と悪魔の間に立とうとするが、どうしてか足が床にり付いているように全くかせない。

『邪魔はしないでね。あんたは関係ないから。これは『私』とのお話なの』

悪魔は俺を無視して二岡に目を向ける。ふざけるな、と聲を上げることも出來ない。指も一本もかせない。強固に全を拘束されているようだった。

「……っ」

『さ、願いを言って』

クスクスと笑いを溢しながら悪魔は二岡に願いを求める。言うなよ、二岡。こいつは堂々と「対価に命を賭ける」ことも口にしたんだ。絶対に契約なんてすんな。

聲さえ出せなくて焦燥ばかりが募っていく。どうにか、どうにかしないと。

「……」

『……ふぅん。まだ自覚が足りない? それなら……』

答えない二岡に焦れたらしい悪魔が呟き、次の瞬間視界が回ってに強い衝撃が走った。「永野!?」と二岡のぶ聲が何故か上から聞こえる。

痛い。気付けば目の前には木目が広がっていた。これは、床か? いつの間に俺床に倒れ込んだんだ?

「止めてよ!? なんで、なんで永野を!」

『あなたが素直にならないのがいけないんじゃない。まだ自分の気持ちが分からない? だったら、こいつを傷付けて如何に大切に思ってるか理解させてあげる。そしたらあなたもやっと分かってくれるわよね?』

「な……っ!?」

頭上で不穏な會話がわされる。悪魔が何かやったってのか。立ち上がりたくても重石を乗せられているようにが重くて上がらない。どんだけ二岡に契約させたいんだ、こいつは。

『どうする? ああ、階段から突き落とそうか? 今度は助けてくれる人もいないし、頭から落ちたらそれこそ死んじゃうかも。流石に死んだら、自覚もしてくれるわよね、『私』?』

「……あ……」

力のってない呟きが聞こえた。拙い。俺がピンチを迎えてどうする。このままじゃ二岡は俺のためにを差し出すことになっちまう。下手に介なんてしたからこんな……!

「……」

『やっぱり落とさないと駄目かしら?』

「……私が、私が願えば永野は解放してくれる?」

!? 駄目だ!とぼうとしても聲は出ない。どうにか目を二岡の方にと向けてその顔を見た。見上げた二岡は、頬に泣いた跡を殘していてもしっかりと前を見據えていた。

「あんたの狙いは私でしょ? だったら永野は解放して。永野は関係ない」

『……んー、どうしよう? だって思い人だしー。関係ない訳じゃないわよね?』

「……永野を解放してくれるなら、なんだって差し出すわよ。それじゃ不満?」

『……あは! 本當? なんでもくれるの?』

悪魔の聲が喜に満ちる。何とんでもない條件出してんだ! こんな奴にそんなこと言ったら……!

『なんでも、なんでもいいのね!? 腕、足、目玉、臓神、命! なんでもというなら本當に全てよ! それでモイインダナ!!』

悪魔が快哉をんでる。悍ましい聲で己のみを口にする。馬鹿だ。止めないと。どうにか見上げたその先で、二岡がふっとこちらを見下ろした。

諦めたように目の下がった目を向けて、だけを震わせてゆっくりと話す。吐息が微かにれるだけで聲は聞こえない。それでも、きだけでも何を呟いているのかは理解出來た。

――ごめんなさい。それだけを呟いて二岡の視線は俺から外れた。悪魔を見上げる。

『うふふ。そうね。それじゃそいつを解放してあげる。その代わりに、そうね、あなたの意思を頂戴? 散々と私を拒絶してくれた、その面倒な心から好きにさせてもらおうかしら!!』

悪魔の嘲笑が辺りに響く。酷く不快で癇に障る、ただただこちらの神を逆でるだけの耳障りな音。

二岡を散々に苦しめて、その上俺を出しにして二岡から対価を奪う? 意思だと? 心を好き勝手するって?

ふざけるな。そんなの許せるはずあるか。

「……離せ」

呼吸を整え、腹に力をれて一文字一文字強く聲に出す。言葉はきちんと口から出た。悪魔の嘲笑が止み、の重石もどこかに消えた。床に手を著いてゆっくりと立ち上がる。

『……何……』

「え……、な、永野?」

「おい悪魔」

驚愕の目線を無視して悪魔と対峙する。鏡の中、すっかりと人の形をどっか飛ばした悪魔がこちらを見つめていた。顔の半分が元の単なる黒い塊に戻ってる、その爬蟲類染みた目を見返して言い捨てる。

「俺もお前と契約してやる。條件は二岡を解放すること。対価だって払ってやるよ」

告げれば目を見開く。意外な申し出だとでも思ってるんだろう。二岡の焦りに染まったびが橫合いからぶつけられる。

「!? ば、馬鹿! 何言ってるのよ!? なんで、あんたが悪魔と契約なんて……!」

「なんでも差し出すぞ。お前がむものはなんでもだ。悪い取り引きじゃないだろ?」

必死に止める二岡の聲は無視して悪魔へと訴える。警戒心もわにこちらの様子を窺っていた悪魔は、しかしニヤリと口端に笑みを乗せた。

『なんでも? なんでもなんだ? 『私』を解放させるためになんでも差し出すの?』

「そう言ってる」

條件を確実なものとするためか、悪魔はこちらの顔を覗き込んでそう確認を取ってくる。『私』ねぇ。その詐稱にも苛立ちが募る。

悪魔は暫く味をしたあと、満面の笑みを浮かべて聲高くんだ。

『うふふ! いいじゃない! して庇い合う麗しの!? 良かったわね、『私』! あなた、こいつにそこそこは好かれてるみたいよ!?』

狂ったような高い笑い聲を辺りにばらまく。かと思えばずいと、鏡にり付かんばかりに顔を寄せてきた。

『いいわ、いいわ! あんたとも契約してあげる! あんたの願いは『私』の解放でいいのね!? そうね、この願いなら対価は』

「おい待てよ。契約の前にまずしなきゃいけない大切なことが抜けてるぞ」

勝手に話を進める悪魔を止める。あ?と眇めた目を向けてくるのにも構わずに続けた。

「誰と誰の契約なのか……。まずは當事者を確定しなけりゃ契約は結べねぇだろうがよ」

睨み付けて強気に言い切る。悪魔は大きく目を見開いた。思わずと押し黙ったこのタイミングを見逃す訳にはいかない。

「俺とお前の契約だろ? で? そのお前はどこの誰だ? 一口に悪魔って言っても多數存在するだろ? その多數のどれなんだ? お前」

『……』

「互いに名前明らかにしねぇと履行が面倒になるだろ? だってどこの誰相手に対価差し出しゃいいのかはっきりしねぇんだ。間違って全く関係ない第三者にあげちまったら……。な? 問題だろ?」

つらつら詭弁を並べ立てていく。こんなの単なる言い掛かりってのはよくよく理解してる。確認も何も、今この場で取り引きは終了してしまえばそれだけで済む話だ。當事者が面と向かい合っているんだからな。

でもそんな詭弁だって前面に押し出させてもらう。だってそうしないと名前が明らかにならないし。

「だからお前の名前、教えてくれよ」

『っ、べ、別に名前なんて教えなくたって契約は出來る、』

「人の話聞いてたか? 確実増すために必要だっつってんだろ。いいから答えろ」

に言い放つ。もうこいつには容赦しないと決めた。二岡を苦しめて、追い詰めて、泣かせてそれを嘲笑うこいつには何も手心なんて加えたりはしないと腹に決めてんだ。

遠慮も配慮も何もかも投げ捨ててただ命令する。

『……っ』

悪魔の姿が黒一に染まって形も歪む。逃げる気配をじたので瞬時に止めにった。

「おい逃げるな。お前は俺の申し出に頷き、契約をすると確約したんだ。勝手な離席なんて認めない」

『……、……!』

揺らぐ悪魔がピタリときを止める。鏡から逃げ出す素振りは見られない。屁理屈かな?と若干苦しいかもと思いはしたが、やはり契約を持ち出せば悪魔にも縛りが生じるようだな。渉はまだ続けられそうだ。更に畳み掛ける。

「契約するには必要だって言っただろ。お前がんだんだ、ちゃんと名を明かせ。互いに約束するにはまずそれからだ」

『……っ』

「必要だってのはさっきも丁寧に説明してやっただろ? ほら、さっさと言えよ。じゃないと、お前の大好きな契約は結べないぞ?」

言いながら一歩一歩鏡に近寄る。鏡の中では不気味にうねる悪魔がただ佇んでいる。眼前まで寄って、苦しげに歪むその顔を凝視して告げた。

「名を名乗れ」

じっと細い瞳孔の揺らぐ目を見つめながら命じる。揺れて、震えて、かと思えば次の瞬間には鏡面全部が黒に染まった。さえ呑み込んでしまいそうなほどの黒が目の前一杯に広がり、その黒の中にポツリと白い點が浮く。白い點はぽつぽつ數を増やし、一つの名前を黒い盤面に刻んだ。

「……“サロス”。それがお前の名前だな? 噓は許さない」

目を逸らさずに問う。黒に浮かぶ白字は揺らぐこともなくその場にある。釘は刺しておいたんだ、悪魔の本名に間違いはないだろう。

「……さて、それじゃ“サロス”。もう一度渉をやり直そうか」

たっぷりと含みを持たせて言ってやれば黒がざわめいた。焦っているのか、表面が波打って白字も黒に溶け込んでいく。代わりに“マテ”と、悪魔の意思が表示された。

「待つ? 何を待てって言うんだ? お前は二岡相手に何か譲歩してやってたか? 自分の時ばかり有利に事がくと思ったんならそりゃ甘ぇよ」

はっと鼻で笑って切り捨てる。半信半疑だったが、本當に名前を知られるのはアウトみたいだな。さて、どう決著を著けてやろうか。

『……っ、待って! ねぇ、お願い待ってよ!』

始末の付け方に思考を回せば、その隙著いて鏡の中にまた二岡を騙った姿が現れた。今にも泣き出しそうな面で必死に縋り付いてくる。涙に濡れた目がこっちを見つめていた。

『ね、私あなたの願いならなんだって葉えてあげる。誰でもあなたに従順な人形にしてあげるし、富だって與えてあげる。だから、お願い』

「願いを葉えるには対価が必要なんだろ? 何か支払ってまでお前の相手なんざしたくもない」

『いいの! 対価なんて要らないから! だから、ね? あなただけ特別、なんでも葉えてあげる! あなたの好きなようにしてあげるから!』

「あのさ」

往生際の悪い悪魔にため息が溢れ出た。散々に俺と二岡を追い詰めるだけ追い詰めて、それでいざ自分が窮地に立たされたら許してくれだ? んなのれられるはずがないだろが。

「不愉快だ。黙れ“サロス”」

命じればピタリと口が閉じる。涙の浮いた目に怯えが宿る。二岡の面してそんな目向けてくるのも不快だ。

「なんでその姿を取ってるんだ? お前は二岡じゃないだろ? “サロス”、本來の姿に戻れ」

ザッと人の形が崩れて黒い塊が鏡の中央に浮く。始めの頃に見た歪な目と口が戦慄きながら俺を見上げる。もうどこにも嘲笑する気配はじられなかった。

「さて、“サロス”。本當なら俺はただの命令で以てお前をこのまま封印なり消去なりさせてもいいはずだ。悪魔にとって名前を知られるってのはそれだけの強い権限を相手に與える。そうだよな?」

問い掛ければ怯えた目がただこちらを見つめる。返答はない。さっきの命令が効いているのか。

「でも、俺はそうはしない。何故ならお前の名前を聞き出したのはあくまでお前との取り引きを円に行うためだ。お前を意のままにるためにわざわざ名前を問い質したんじゃない」

奴の不安を消すようにそう言ってやる。まだ怯えた様子は殘っているが、しかし爬蟲類染みた細い瞳孔の目に僅かながらが燈ったのが分かった。しっかり話は聞いていると確認を取りつつ続ける。

「だから、渉しよう。お前の願いは分かってる。『自分の名前を知らなかったことにすること』。そうだろ?」

『……!』

分かり易く目が見開かれた。こいつにとっての最大の懸念を払拭させる。心からの願いであって外の申し出であるだろう。目の前にぶら下がった希に悪魔の目が輝いた。

「文句はないみたいだな。じゃあ、これで契約とするか。お前からは『自の名前は知らなかったことにしてくれ』という願い。俺はその願いを葉える立場にあるから、本當なら対価を要求したい所だが公平にここは俺からも願いを葉えてもらうということで手打ちにしよう。俺からの願いは」

うっすらと笑みなんて浮かべて悪魔を油斷させて、そして止めとなる“願い”を下す。

「“サロス”。俺たちとの関わりを今直ぐに止めて、そして鏡の奧の奧に永遠に閉じ籠もってろ。もう二度と人と関わることなく鏡の外に現れることもないように。お前はこれから一生、一切のも見られず表にも出られずにいろ。それが俺の願いだ」

俺と二岡との関わりをなくすだけで許されるとでも思っていたか? 馬鹿が。そんな溫い対応で許される訳がないだろうが。

俺はこいつが表に出ることなんて許さない。またどこかの誰かが悪意で苦しめられるかもしれない可能なんて殘す気もない。

こいつはここで完全に沈黙させる。もう二度と悪意を伴った接なんてさせない。単なる鏡に貶める。

『!?……』

悪魔は俺の願いを聞き屆け、一瞬抗議の聲を上げようとしたみたいだが、しかし次の瞬間には凍ったように固まった。

見開いた目がこちらを凝視する。瞬きの一つなく、そのまま悪魔はどんどんとんで、いや、後ろに引き込まれているように鏡の奧に向かって小さくなっていく。

驚愕に固まる顔がどんどんと小さく遠く離れていって、やがて悪魔は鏡の奧の暗がりに紛れて見えなくなった。こちらからのなんてどうやったって屆きそうにもない黒い闇の中に消えていった。

気付けば鏡には厳めしく眉なんて寄せてる自分の顔が反していた。背後には影の落ちる踴り場に窓から覗くすっかりと暗くなった夕空が見える。鏡はそれ以外に何も映さない。黒い塊も醜悪な笑い顔もこの場にないものは何も。

鏡はただ正面にあるものをそのまま映していた。當たり前の理法則を漸く鏡は取り戻したようだった。

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