《高校生男子による怪異探訪》22.心の生まれたとき

これにて第八章《コックリさん》は終了です。

章のまとめともあって長いです(一萬字オーバー)。上手く話をコンパクトに纏められるよう進していかねば。

「……ふぅ」

もう大丈夫だと思ったら勝手に息がれた。知らず詰めていたようだな。手を著き壁に寄り掛かる。

悪魔は怒りに任せて処斷してしまったが、果たしてこれで良かったのか。危機が去ったことを自覚すると共に迷いがから溢れてくる。悪魔を去らせたことについてはみ通りなのでなんとも思わない。ただ手段が。もうし冷靜であるべきだったかもしれない。

「……永野……」

か細い聲で名を呼ばれて我に返った。はっと振り向けば座り込んだ二岡が不安そうにこちらを見上げている。やばい、最後の方はほぼほぼ意識から抜けてた。

「おい、大丈夫か?」

「……私は、なんとも……。永野は? 悪魔は、どうなったの?」

慌てて駆け寄って訊ねれば視線をあっちこっちさせて説明を求めてくる。

まぁ、理解不能か。安心させる意味でもきちんと説明はしておくべきだろうが、このままここで、というのはよろしくないよな。

「ちゃんと話す。ただ、この場で長く話すのはちょっとな。移したいんだが立てるか?」

手を差し出せば一瞬の躊躇いのあと摑まれた。ぐっと力をれて立ち上がるけど、安心したのかなんなのか直ぐに足をフラつかせる。慌てて支えにいったが本當に大丈夫か?

「お前本當に大丈夫なのか? どこか怪我でもしたんじゃ……」

心配して覗き込んだ顔は薄暗い中でも分かるくらい真っ赤に染まっていた。途端にフラッシュバックする悪魔の奴が見せてきた景。

あー。忘れてましたねぇ。悪魔の下衆っぷりにすっかりとその辺りは頭からどっかに消えてた。

自覚すると共に凄く居たたまれない気持ちにさせられる。なんせ今著してるし。あくまで二岡を支えることが目的なのであって、そっち方面の意図はさっぱりない。ないったらない。フラついたから咄嗟に助けただけなんだ。

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でどこに向けた言い訳なのか分からん文句を繰り返し呟く。これあれだ、周りが暗くて靜かだってのもよろしくない。嫌でも他に人はいないと理解させられるのが不利過ぎる。

「……あー。とりあえず校舎を出るぞ。もう昇降口も閉められそうだしな」

顔は見ないようにして敢えてぶっきらぼうに宣言する。普段通りじゃんとか遠くから野郎三人のツッコむ聲も聞こえた気がしたが無視だ、無視。

実際、窓の向こうに見える空は夜空だって見え隠れしている。悪魔とのやり取りにどれほど時間を掛けたかは分からないが、あまり猶予はないと思った方がいいだろう。

二岡も無言ながらこっくりと頷いたのでゆっくりと移を開始した。ピッタリり付くような勢のまま階段を下りる。これ誤解されるとか、二岡離れてくんねぇかとかぐるぐる思考は回っていたりしたが、俺の上著を握る手が微かに震えているのを見たらもう何も言えなくなった。せめて誰とも會いませんようにと必死に願いながら暗い校舎を歩いていった。

願いは通じて道中誰かと出會すことはなかった。本校舎歩いてる途中で二岡もどうにか一人で歩けるようになったので危機的狀況からは早々にすることが出來た。

ただでさえ朝日とそっち系の噂立ってるのに、ここで二岡ともとなると本気で俺の學生生活終わる所だったから良かった良かった。

昇降口も閉まる前になんとか外へと出る。見上げる空にはうっすらと星だって浮かんでいた。悪魔相手にどれだけ時間食ってたんだか。今更にどっと疲れがのし掛かってきたけども、このままはいさようならとはいかないようだ。

「……」

無言の二岡を連れて、とりあえず人目のない場所はと話し合えそうな所を探す。もう日も沈むし、人目を避けるったって暗闇の中でこそこそ話し合うなんてのはなしだろ。せめて燈りくらいはある所がいいな。

どうするかと思案に暮れてたらついと袖口引っ張られた。なんだと顔を向けたその先で、寄り添うようにして立ってた二岡がおずおずと口を開く。

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「その、行く宛がないなら私が提案させてもらうけど」

有り難い申し出に一も二もなく飛び付いて、そして俺たちはテニスコート脇のベンチに並んで腰を下ろした。傍には外燈も立っていて白いが煌々と周囲を明るく照らしている。

日が沈み、部活だって終わった今の時間帯では俺たち以外の誰もここらにはいない。

「……」

「……」

沈黙が気まずい。いざ話し合おうと思っても一何から話せばいいのか。ここ最近の気まずさと、そしてこの一時間にも満たない間に起こった様々な出來事が頭の中でぐるぐる回って言葉が元辺りで渋滯起こしてる。に、二岡とはどんな風にやり取りしてたんだっけか。

「……ねぇ」

どうにも切り出せずに悶々と考え込んでたら二岡が口火切ってきた。チラッと橫目で確認する。二岡もこっちは見てなくて、俯いたまま肩をめて居心地悪そうにしていた。

「なんだ?」

「その……、助けてくれて、ありがとう。……あんたのおかげで最悪な契約なんて結ばずに済んだし、悪魔、とも関係が切れたみたいだからお禮、言っとくわ」

一瞬躊躇いながらもそう謝を告げてくる。言い淀んだのはまだ確信が持てないからか。二岡は當事者なんだし、何がどうなったのかきちんと説明してやらないといけないとは思うがその前に。

「最悪な契約で思い出した。お前もうあんな自己犠牲止めろよ」

「え……?」

「俺を解放するために云々だ。なんでも差し出すとかとんでもない條件口にしやがって。しは自分のことも守れよ」

じっと膝の上に置いてる自分の手を見つめてるその橫顔にぶつけるように文句を言ってやる。

直ぐに顔上げてこっち見てきたその唖然とした表にも追撃かました。あれは本當になかった。今思いだしても若干腹が立つ。

「な、何言ってんの。あの時はああするしかなかったから……」

「いやもっと他にも何かあっただろ。もうちょっと絞った條件出すとか、あるいは鏡そのものに攻撃加えるとか。お前が犠牲になる以外の方法は絶対にあった」

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「そんな危ない橋渡れるはずないじゃないの! っていうかあんただって自分を犠牲にして渉してたじゃない。それ言うならあんたもしは自分のこと……」

「俺は悪魔から名前聞き出すのが目的だったからな。自分を犠牲にしてそこで終わってたお前とは違う。本當に止めろよ? さっさと諦めるくらいなら必死に助け求めろ。そっちの方が俺だって何かしてやれる」

「!? ……」

目の前で破綻しそうなまでに追い詰められる姿見せられるよりは、よっぽどそっちの方がマシだ。心の底からの訴えを口に出せば、二岡は一瞬息を呑んでそのあと顔を逸らしてしまった。

……あれ、冷靜になって自分の発言思い返すと中々臭い臺詞だった、か? 一歩遅れてぶわっと全に脂汗出て來た。

「……」

またもや沈黙の時が流れる。い、一度発した言葉はもう飲み込めない。そう、人間何事も諦めが肝心だ。もうそれはそれで切り捨ててしまってさくっと話を変え、本題に移ろう。

「えっと、そうだ。悪魔な。あいつなら多分もう外には出て來られないはずだから安心してくれ。お前にだって二度とちょっかいは掛けられないと思う」

「……そ、そうなの? 何か、いろいろとやり取りしていたけどあれは結局何をどうしてたの? 名前って、永野は気にしてるようだったけど」

気を取り直して本題に戻れば二岡もぎこちないながらに同調してくれた。合わせてくれてる気配をじるけど気にしない気にしない。

求めに応じて詳細を報告。悪魔は真名で縛られる云々。だから名前言わせてやろう云々。普通に聞いても教えないだろうから契約に託けて云々と一通りを説明する。

そして最後に鏡の奧の奧の方に閉じ込めてやったと結んだ。悪魔との完全な斷裂狙って一方的な命令でなく対等な取り引きとして関係の解消を試みたが、効力があるならもう二度と悪魔は誰にも関われないはずだ。

「……そう。あの時のあれってそんな意味があったのね」

詳細を聞いた二岡はどこかほっと安堵している様子だ。俺の拙い説明でも信じてくれたようで何より。

俺から話せることはこんなもんだ。反対にどうして二岡が悪魔と関わることになったのか聞き出したいが、どうだろう。

の経緯は再現映像と悪魔本人の語りで以て理解してはいるものの、解釈は完全に俺個人でのものだ。當たりかどうか分からんし確認取りたい気もしてるけど、果たしてこれ訊ねてもいいものなのか。いろんな意味で地雷とならないかと二の足を踏んでしまう。

「……そっちは話してくれたんだし、私も明かさないといけないわよね」

もだもだしてる所から察せられたか、複雑そうな表して二岡が切り出してくれた。本音ではそうなんだけど無理矢理話させるのもなんだよな。かなりデリケートな話だし嫌なら止めさせた方がいいか。

「いやいや。話したくないなら別に」

「そういう訳にもいかないでしょ? あんたは巻き込まれた側だし、真実を知る権利があるわ」

「巻き込まれたのは、そりゃお前も」

「私は違うわよ。原因、と言ってもいいでしょうね。……納得してないようだけど、まずは私の話を聞いて。今は違う、違わないを論じても仕方ないでしょ?」

苦笑と共に諭されてしまった。二岡が原因だとは思わないが、本人が譲らないなら確かに言い合っても仕方ないかもしれない。二岡には二岡で意見があるようだし。

「大は悪魔の奴が勝手に暴した通りよ。私を見出して、そして願いを葉えると言い寄ってきた。……多分、目を付けられたのは七不思議の時なんでしょうね」

こちらから視線を外し、二岡は遠くを見つめながらぽつぽつと語り出した。

切欠は七不思議。怪談の一つであったあの鏡の検証に訪れた際、二岡は鏡に悪魔を見付けていたらしい。

鏡の中に黒い丸がぽつんと浮いていたそうだ。野球ボールくらいの大きさで、二岡の顔の橫にまるで寄り添うようにしていたから嫌でも目にったと。明らかな異常なのだが、自分以外には見えてなかったようなので黙っていたとのこと。

確かにあの時、二岡は様子がおかしくなっていた。七不思議なんてものに巻き込んだための疲れか何かかと思っていたけど、まさかその時から悪魔の手がびていたなんて……。デマだと決め付けてもいたし、もうし気を配っておくべきだったか。

気付けなかったことを謝罪すれば、二岡もどうせ話はしなかったと否定した。まぁ、二岡にしか見えてなかったし悪魔を見たと言ってその場で信じたかというとちょっと。

そう同意もしたのだがそうじゃないとまた首振られた。どういうことだ?

「……悪魔だけじゃなかったの。あの時には、他にも映像?というか、一つの場面が鏡の中に見えてて。……あんたと春乃ちゃんが人みたいに仲良く寄り添ってる姿が見えて、それもあって揺したの。その時は、なんで揺するのか自分でも分からなかったわ。多分、無意識下ではもうとっくに自分の気持ちなんて固まってたんでしょうね」

他人事みたいに呟く。それから二岡は自の気持ちについて打ち明けていった。

悪魔からの干渉、それにより二岡は俺へのにも意識が向いていったそうだ。それまでは単なる手の掛かるクラスメートであって、概ね悪魔が暴した通りの印象であったらしい。

それが悪魔の嫌がらせで無意識を揺さぶられ、痼りとなって徐々にと心の中に殘り続けた。モヤモヤとしたにあって、それを二岡はどうにか見ないようにして日々を過ごしていた。

「まぁ、あまり上手くもいってなかったけどね。夏祭りの時や文化祭でちょっと顔覗かせていたし。あんたも悪いのよ? 何いきなりプレゼントしたり、頼もしくめたりしてるのよ。そんなの、……そんなの取り繕えなくなるじゃない」

睨み付けながらそんなこと言ってくる。二岡としても段々と己のが無視出來なくなっていたのだが、それでも違う、何かの間違いだと否定し続けた。なんでそこまで頑ななんだと思わず溢せば、どうやら関係が変わってしまうのが嫌だったようで。

「あんたはあんまり他人に心開かないでしょ? 友だちっていう関係だって築けてないのに、いきなり関係に発展させるなんて無理筋じゃない。……それが分かってて、恐れてたんでしょうね。友だちって関係も築けなくなったら、そんなの後悔する処じゃないから」

けない評価を下されているがぐうの音も出ない。

多分二岡の予想通りになる己の姿が想像出來て目を逸らす。構わずに二岡は続けた。

「そうやって自分誤魔化して見ない振りして、でも、私が否定したってどうしようもないんだって気付いたの。あんた、コックリさんやってその時に『運命の相手』がいるか聞いたのよね?」

突然の質問にパッと振り向いてしまう。二岡は真剣な表して俺を凝視していたけど、『運命の相手』だぁ?

「……ああ。そんなこともあった……、いや俺が聞いたんじゃない。嵩原の奴が調子乗って質問しただけ」

「まぁ、そうでしょうね。あんたがそんな方面に積極的になる訳ないって今なら冷靜に判斷も下せるわ。でも、教室で聞いた時にはそうは思えなかった」

そう言って軽く息を吐いた。俺の評価ってどうなってんの?と問い質したい気に駆られるも、口出す前に二岡が話し出す。

「私は、あんたが誰かを好きになる、その可能を全く考えてもいなかった。だから『運命の相手』を聞いたって知って、あんたもそういうのに興味あるんだって凄く驚いて、焦った。だって、これじゃ何もしなくてもあんたは遠くに行っちゃうじゃない」

苦しそうにを語る。必死にこれまで目を背けてきた問題を突然眼前に突き付けられた気持ちだったらしい。

二岡は衝撃をけたまま思考も固まってしまい、話を聞いた夜は中々寢付けなかったそうだ。

まんじりともせず過ごし、夜中になってやっと眠りに就いたその夢の中で話し掛けられた。

――葉えたい願いがあるなら葉えてあげるよ、と。

「それが悪魔の呼び出しなんて気付きもしなかったわ。自分が何に衝撃をけたのかも理解したくなくて、われるままのこのこ出て行った。現実逃避でもしたかったんでしょうね。そしてあとは鏡でも見た通り、悪魔に良いように翻弄されてあんたたちを巻き込んで。……本當に、申し訳ないと思ってる」

沈んだ聲で謝ってくる。気付けば視線は外されて二岡はまたじっと自分の膝なんて見つめていた。

酷く思い詰めて悄げてしまってる橫顔を見ながら二岡の主張を頭の中で整理するも、やっぱりと俺には二岡が悪かったとは思えない。二岡はただ利用されて翻弄されただけの被害者としか思えなかった。

「……まぁ、お前に何があったのかは理解したつもりだが、でもお前が謝るのは違う気がする。悪いのはどう考えたって悪魔だろ」

「原因になったのは私よ? 私が悪魔なんかに會いに行かなければ、あんたたちが煩わされることだってなかった。ううん、それだけじゃなくて、私がさっさと悪魔に願いを告げていたら……」

「アホ。そしたらそれこそ取り返しが付かなくなってたぞ。あのイカレ合からして対価に何要求されてたか分からんのに気軽に言うんじゃない」

また自己犠牲なのか強過ぎる責任故なのか分からない発言かまして。ピシャリと叱ってやれば泣きそうな顔でこっち見てきた。俺が泣かしてるみたいじゃん。

まぁ、どうしたって自分の所為だって思っちまうんだろうな、こいつの格からして。

「二岡の所為じゃない。勝手なお節介から頼んでもないのに仲介役買って出て迷振りまく赤の他人の責任まで普通持つか? そんなの迷掛けた當人が払うもんだろ。お前が抱えるべきもんじゃない」

「でも」

「でもじゃない。悪魔は勝手にいたんだ。お前は何もんでなくて、むしろ関わるなって文句言いに行ってたろ。それで果出せなかったって悄げてんのか? 相手は悪魔とかよく分からん生態のもんだぞ。一般人が、普通の子一人がどうこう出來る相手でもねぇだろ、そんなの。果は出せなかったかもしれないが、お前はお前で必死に俺たちのためにいてくれたんじゃねぇか」

「……」

「それで充分、つってもお前は納得しないんだろうな。でもな、俺は本當に良かったって思ってる。お前があんな碌でもないもんに捕らわれずにすんで、無事でいてくれて良かったって思ってるよ。意思の強い所がお前のらしさなのに、それがなくなるとか許せるはずもないからな」

「! ……な、何よ、それ……」

からかい混じりに告げるが大いに本音ではある。大はその押しの強さに辟易とするが、でも二岡の己の中に揺らがない芯を持っている所は素直に尊敬はしている。俺にはない強さだからな。

める意図も含めて口に出せば、二岡は驚きに目を丸くしてそれから泣きそうに顔を歪めてふいと顔を逸らした。

……え。な、泣きそう? え、俺何か泣かせるようなこと口にしたか? そんな悪いことは口に出してないと思うんだけど。

「……狡いのよ。あんたの、そういう所が……」

ぼそぼそっと何事か吐き捨てられた。そこまで? 俺また地雷踏み抜いたのか? 今度は自覚的じゃなくて無自覚の挙、いやだからって許されるものではないけども。す、素直な想だったんだけど?

またもや気まずい沈黙が広がる。今度はやらかしに基づく気まずさなので嫌な汗も止まらない。

何故こうも空振りが続くのか。あれか、上手く悪魔を騙せたその反だとでも言うのか。

周囲は秋冬らしく冷えた空気が満ち満ちているというのに、じわりと汗を米神辺りに浮かせながら必死にこの狀況の打開を脳裏で思案した。でも良案は出ない。ぐるぐると頭ん中でいろんなが渦を巻いていてちっとも建設的な思考なんざ出來やしない。

あれだ、説明は出來たんだしもう俺はこの場から退散してもいいのでは? 切羽詰まり過ぎてそんな投げ遣りな考えも飛び付いて採用した頭が、実現のためにとを僅かにベンチから浮き上がらせた所で、二岡がポツリと小さく何事かを溢した。

「……あんたがそうやって、なんだかんだ私のこと思ってくれてるみたいなこと言うから……」

「え?」

「……だから、私は、結局この気持ちを振り払えなくて……、いいえ、言い訳ね。……ただ、せめてあんたと春乃ちゃんに降り掛かる火のは、どうにかしたいって思って。それであんたたちくらいには本當のことを話そうって、様子を見に行って」

何に対する呟きなんだろうか。中腰だったのを元に戻してポツポツ呟く二岡を窺う。膝の上で組まれた両手は薄暗い中でも白くなるほど強く握られているのが見て取れて。まるで懺悔するように二岡はを語っていた。

「それで今日、放課後にあんたたちを見付けたから、だからもう全部話そうって、それで素直に謝ろうって。……嫌われても、いいから。せめてあんたに向き合えない人間にはなりたくなかったから。だから話し掛けようと、したのよ」

今日。放課後。聞いてその時の野郎共とのやり取りが脳裏を過ぎる。とても人に聞かせられるような話ではなかったなと他人事のように思って、次の瞬間には二岡が聞いていたかもしれないと気付いて思わずと息を呑んだ。

懸念は外れることもなく、二岡は震える聲で小さく明かした。

「話し掛けようとして、それで、聞こえたの。……あんたが、春乃ちゃんのこと『嫌いじゃない』って言ってるのが……」

今にも立ち消えそうな弱々しい聲。に抱えるいろんな負のが混ざったような暗い告白だった。

「……どうして、私が今日、悪魔に屈したのか分かる? あんたの気持ちを聞いて、それで悪魔の狙い通りに二人の距離がんでるって知って、もうこれ以上二人に仲良くなってしくなくて、だから私、悪魔に折れたのよ。もう余計なことはしないでって。春乃ちゃんとあんたの仲を、これ以上に進展させないでって。だから私は……」

そこまで語って、あとは糸が切れたように聲は途絶える。

つまり何か、俺が朝日に好持ってると、多分そん時付き合えばいいとかなんとか言ってた記憶あるからそれ聞いて心が折れたっていうのか。

それで悪魔に屈した? あんだけ、毅然と悪魔を否定していた二岡が?

再現映像では俺と朝日に関わるなって……、いや、そういう意味か? 俺と朝日を案じる気持ちは確かにあるんだろう。本人も申告していたし。

でも、悪魔に折れた理由の最たるものが仲良くなってしくなかったからって……。

悪魔相手に涙を浮かべて取り縋る姿が目蓋の裏に蘇る。凜と拒んでいたはずの二岡がああも形振り構わずに己を曬け出すなんて、それは、それだけ俺のことを想ってる証拠なのか? ……なんで、

「なんでそこまで……」

苦いだけのをどうにか呑み込む。理解出來ない。俺はそこまでして想われるような人間では決してないのに。

「……信じられない?」

ハッと顔を上げると二岡がこちらを見ていた。苦笑していて、でもどこか悲しそうな雰囲気を纏ってるのに深く考えず首を振る。最後まで言わなかったが察せられているような気がした。

「あんたからしてみれば馬鹿な理由でやらかしたってじるかもしれないわね」

「い、いや、そんなことはねぇよ」

「自分でも時々思うもの。に振り回されて何やってんだかって。冷靜になった時に死ぬほど後悔するの。それでも消せそうにも捨てられそうにもないのがの難しい所なんでしょうね」

「……」

あっけらかんと自心を認めてしまった。正面切って口に出されるとどう答えていいのかも分からない。めるべきか? どんな言葉を掛けて? 二岡の語る心だって俺には信じられないのに。

「……俺の、俺の何に惹かれるっていうんだよ」

結局、何を言ったらいいか分からなくて呑み込んだはずの疑問が外へと出た。本當に分からない。好かれる要素なんて何もないだろうに。

「……私の口から言わせるって、あんた酷いこと言ってる自覚ある? まぁいいけど……」

じろりと非難の目を向けてくるが構わずに二岡はそのまま続けた。

「惹かれるというか、いいなって思った所はぶっきらぼうだけど優しい所。あんたは多弁じゃなくて人と接するのも凄く不用で見ていてイライラすることもあるけど、でも本當は凄く優しくて他人を気に掛けてるってのが分かってるから。そんな所がいいなって思う」

空を見上げて俺の良い所?を二岡は挙げる。褒められている気がしなくて、同時に心當たりもない。

それは俺のことを話しているか? なんだかフィルターか、もしくは覗き窓自違ってるようにしか思えない。

「優しい? 俺が? そんなことないだろ」

「無自覚? それとも認めないつもりかしら? まぁ、私はそうじてるってだけのことだから関係ないけど。……あんたは心配する時でもぶっきらぼうだし、素直に自分のを伝えるってこともしないから面倒な人間だなって思うけど、でもね、掛ける言葉には優しさが込められてるのちゃんとじてるから。ああ、気遣われてるんだなって分かるのよね」

「え……」

掛ける言葉? じる? 俺の話す言葉から優しさをじたってことか? だから、好きになった……?

「……そんな、ことないだろ。それはお前の勘違い」

「別に、あんたに私の気持ちをれてもらおうだなんて思ってない。聞かれたから答えただけよ。だから、……否定はしないでよ」

沈んだ聲で返されたのに自分が何を口走ったのか理解した。我に返って言い繕おうとするも頭が混して言葉が出て來ない。

もたついている間に二岡は見切りを付けたか、パッとベンチから立ち上がるとそのまま數歩、歩いていく。

「元々、あんたと両思いになれるとは思ってないし、この気持ちも明かす気なんてなかったからいいんだけどね。自分に自信がない処か卑屈過ぎること言ってくるから反抗しただけ。だからあんたもあんまり気にしないでよ。元兇だって知っても、嫌わずにいてくれただけで私は満足なんだから」

こっちに背を向けて嫌に明るく二岡は言って退ける。本當にそう心から思ってるのか。あんなに、今にも泣き出しそうな顔をしといてこんな簡単に切り換えられるもんなのか?

分からない。あいつは俺の言葉に優しさを見出したようだけど、今の俺には二岡が何を思って発言してるのか、その心の中はちっとも見通せない。

そのままこの場を離れそうになる二岡に腰を上げた所で顔だけ振り向かれて言われた。

「でも、ちょっとだけ我が儘聞いてくれるならさ、友だちではいさせて。お願い」

明るく軽い聲とは似付かわしくない、どこか縋るような申し出に思わず頷きを返していた。二岡は棒立ちの俺を見て小さく笑うと、くるりと前に向き直る。

「うん、ありがと。そうやって誰かのためなられちゃう所も好きよ。……今日は、助けてくれて本當にありがとう。また、學校でね」

振り返って、そして二岡はこちらの顔を見ずそのまま駆けて行ってしまった。追い掛けようと一歩出た足は、その場にい付けられたように固まって結局あとは追えなかった。

二岡も多分追ってしくはないんじゃないかと思ったが、でも二岡の事よりも己のけた衝撃の方が強くて歩き出せなかった。

「……掛ける、言葉……」

二岡に言われた臺詞が頭の中でぐるぐる回る。予想もしていなかった臺詞に嫌な予が合わさって、から力は抜けて気付けばベンチへと逆戻りしていた。

どさりと力なく座り込んだベンチの冷めた溫度が服越しに伝わる。すっかり日も暮れて日中の熱もどこかに消え去って寒い。もう十一月も終わる。冬に差し掛かろうとしているんだ、それは芯に屆くような寒さだってじるだろうな。

冷えた空気が頭の熱も冷ましてくれるはずなのに、思考は散漫となっていて何も纏まらない。ぼんやりとした頭で空を見上げた。

真っ黒な空には幾つかの星と、大分欠けた金の月が東の空で煌々とっていた。突き放すように冷たいを放っている月を、暫く無言で見つめ続けた。

お読み頂きありがとうございました。

次章、第九章《流言飛語》は、來週日曜日7月3日から連載予定です。

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