《高校生男子による怪異探訪》5.止まらない流れ

十一月も終わって月が変わった。旅行から帰ってきて三日が経過したこともあり、二學年の間に漂っていた南國の空を懐かしむ空気も流石に途絶えてきたように思う。

だからという訳でもないだろうが、校で席巻していた噂話ブーム、あれが僅か一日で二學年にもかなり浸してしまった。

切欠がいつだったかは覚えていない。気付けば休み時間を迎える度に潛めたざわめきが廊下から聞こえるようになり、クラスでも多數の人間が寄り集まってひそひそ話し合うようになっていた。

元よりその兆候は自クラスでも確認していたからまさかと訝しむも遅く、午前も終わり午後を幾らか過ぎた現在、あっという間にクラスの半數以上がすっかりとブームの波に呑まれてしまっていた。

現在時刻は五限も終わった休み時間、十分そこいらの短い休憩時間にも拘わらず、教室を見渡せば幾つものグループが円陣作ってひそひそクスクスと噂を語り合うのに夢中になっている。

昨日のには別階にしかじられなかった漣のようなざわめき、それが今や自分のクラスからも聞こえるという狀況には最早空笑いだって出て來ない。

「すっかり広まっちゃったね」

「だな。濱田が見たのもこんな景だったのかなぁ」

樹本と檜山が潛めた聲で言い合う。ざわめきはあるのに靜かという狀況なので噂してない俺たちまで聲を小さくせざるを得ない。

現狀、ブームに乗っかっていないのは俺たちとあと十人ちょっとかというくらい。すっかりとマイノリティにさせられてしまった。

「昨日の時點で染者がいたんだから、いずれは二年生も同じ轍を踏むことにはなるだろうと思っていたけど、それにしても早いな」

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染って……」

教室を見渡して平然とそう揶揄する嵩原に思わずツッコむ。あまり灑落にならない表現は使わないで頂きたい。

「広まり方はそう評するしかないんじゃない? 一人が気になる噂を持ち込んでそれを聞いた他の人間も夢中になる。……巣に毒餌運ぶネズミかゴ」

「ストップ。それ以上は駄目だ。あまりに人の名譽傷付ける表現だから言わない方がいいよ」

「えー、でも似てない?」

「君の例えの先には君が大事にする子もいるって気付いてないのかな?」

「ごめんなさい」

これには嵩原も自分の非を認めた。俺も正直似てるなって思ったけどそれでもその例えは酷過ぎる。

まぁ、噂話そのものについては嵩原が口にしようとした生きとどっこいどっこいな印象しかないけど。

「皆なんだってこんな噂楽しそうに話すんだろ。俺分かんねぇよ」

「そう、だな」

嫌悪剝き出しに眉顰める檜山に同意する。これまでは通りすがりに見たり、または話に聞く程度だったこのムーブメントも、流石に同クラスでやられてはその中だって嫌でも耳には屆いてくる。

予め先輩に容に関しては一言注釈もけてはいたが、実際の所を聞くと想像以上にアレなものが生徒の口から口へと飛びっているようだった。

噂の容は大きく別ければ二つのカテゴリーに分類される。一つは怪談や都市伝説といったオカルト系。もう一つは個人を対象としたものだ。一般的には噂話と聞いてまず頭に思い浮かぶだろう事柄を生徒たちは嬉々として広めているようだった。

まずオカルト系。こっちでは元からそうだけど、真偽も不明な雑多な噂が囁かれているようだ。

的にはこんな噂だ。やれ古戸萩では裏に運営される統制組織が影日向から街を守ってる、やれ雨の降る夜サイレン鳴らして八つ足の化けが國道を時速百キロで走って行く、やれどこかの神社には本の神様がいる……。

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一々取り上げるのも馬鹿らしい怪談・都市伝説の類だ。真偽は不明、というよりも真偽を確かめる必要もなく噓としか思えない話の數々。

學校の七不思議にれてくる人間もいた。そちらはデマ、あるいは理由はあっても心霊の類とは全く関係ないと理解しているだけに失笑ものというか。そんな怪談も話に出れば盛り上がりの一つと化しているようだ。

都市伝説の系列では確たる地位を築いている謀論も聲高に話されていたりする。

最近の農作の生育の悪さは地元の農協連が新種の料の開発に失敗したからとか、市の再開発地區がいつまでも殘ってるのはどこぞの科學研究所がのラボを建てていてそれを隠蔽するために開発が進まないだとか。

謀論と呼稱するのも馬鹿らしい実に想像力かな話である。中には去年の長雨を指して、「あれは國の天候作の実験が失敗した結果だったんだ!」とそれっぽく取り繕う輩までいた。

それに対する傾倒した人間の反応はこれらの話を馬鹿にするでもなくまた理論的に捉えるでもなく、ヘラヘラ笑って「怖いねー」なんて言いながら別の誰かに聞かせようとするだけ。

中々に正気を疑う景だ。話してる當人たちは「凄い報聞いちゃった!」なんて態度取ってるのがまたなんとも口出しを躊躇わせる。見聞きした報が真実かどうか確認しようとか思わないのだろうか。いや、それこそ又聞きからの「そんなこともあるんだねー」という思考の放棄か。

まぁ、オカルト方面に関して言えば変に本気に取るのもなんだ。それで「霊は実在する!」なんて騒ぐようならそれはそれで問題がある。むしろ話半分で済ませた方がマシな気さえしてきた。実例が極近にいるから面倒臭さもよく分かるというもの。

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オカルト系はこんなじに噓臭い話のオンパレードであるものの、元より真偽もそう重要視されないし荒唐無稽過ぎて実害を伴うといったこともない。まだ生徒たちが取り上げるには無難な話題とも言える。

問題は個人に関わる噂だ。

こちらは、的に挙げれば個人のや評判、幸不幸に言及したものとなる。誰それは隠れて痔の治療をしてる、誰それはバイト先の後輩に対して圧が強い、誰それのにイジメで不登校になった子供がいるなどなど。

噂の題材としてはより近でよくある類ではあるが、容は特にスキャンダラスなものが好まれているようで食いつきの良い話は個人への中傷じゃないの?と疑わしく思うほど酷い容であることが多い。こっちはどっかの誰かが~とか対象をぼかすことはなく、全部どこの誰々と名指しで噂し合ってるのが更に質を悪くさせている。

そしてその上で最悪なのが、全くと噂の真偽は気にされていない。

オカルト系と一緒で事実か虛偽かの確認なんざは二の次であり、噂の容がどれだけ當人の名譽を損なうものであれ噂する者の意識に留まったのなら皆気にせずに口にする。そこには遠慮も配慮もなく、むしろ他人の悪事を暴いたと暗い喜びに耽る様子も見られた。いや真偽も確認してないのになんでそんな決め付けられるんだろう。

それだから、噂の対象となった當人が知らず自分の評判下がって困してる様子もあり、でもそれにだってまるで當然のことだと糾弾する輩もいる。真実かどうかも分からない報で人を批判するって頭おかしいとしか思えない。

噂話に興じる人間の実態がまざまざと目の前で示されて、聞いていたよりも下世話過ぎる容に正直何を言えばいいのかも分からない。

休み時間になる度にスクラム組むその熱狂合も理解出來なくて、諫めるでもるでもなくただ閉口してし離れた位置から騒ぐクラスメートを傍観するしかなかった。

「本當に何が楽しいんだろうね」

ポツリと樹本がしみじみ呟く。実もあまり込められてない平坦とした聲音だ。理解出來ないことを主張するのではなく、最初から理解を放棄してるじだな。

「まぁ、ネット上ではこの手のやり取りなんて日常茶飯事だったりするけどね。それこそ息するように無拠の噂を書き込む人間は多いんじゃない?」

「……だから、この騒ぎは普通だって言いたいの?」

「そうは言わないよ。でも潔癖見せても現実はこんなもんだよとちょっと釘刺しとこうかなって」

「……」

棘のある言い草だ。でも嵩原の主張は分からないでもない。世の中綺麗事だけで回ると盲目的に信じられる年でもないし、そのネットもよく利用するのだから事実が嵩原の言う通りに明暗れた狀態にあることもよくよく見聞きして知っている。

更に言うなら噂話に熱中する輩をドン引いた目で見ている俺たちだって、普段は大なり小なりその無拠の噂を信じたり、報の一つとして取りれたりはしているんだ。自分たちも関與はしていた癖に、急に手の平返しするのもどうだろうと、そういう冷靜な意見も嵩原の発言には含まれていそうだ。

別に良い子ちゃん振るつもりはないんだけどな。

ただ、持病で通院してるとか、がイジメにあったとか、そういうあまり他人がどうこう言うべきでない凄くデリケートな話についてまで明けけに語り合うのはどうだろうと思うんだ。

誰にだって伏しておきたい事の一つや二つはあるだろうし、れられて嫌な思いを抱くウィークポイント的なものもあるだろうに。

これは真偽はあまり関係なくて、単純にそんなことを聲高に言われたら嫌な気分になるだろうという話。道徳の授業でも真っ先に教えられる、『自分が嫌だと思うことを相手にするのは止めましょう』が全く実踐されていない。

その他者への気配りがさっぱりと活きてない狀況が、本當に理解出來なくて著いていけない。そこまでして皆で共有しなけりゃいけない報かと思ってしまうんだ。

「ま、ネットと違って現実空間で悪評流すのはどうかとは思うけど。こっちだと自分の顔曬して発言することになるから、結構リスキーなことやってるんだけどね。次から次に他人の悪口書き込めるのもリアルの自分には中々行き著かないって安心があるから出來ることのはずなんだけど」

フォローでもない批評を付け加えて嵩原は肩を竦める。ネットの匿名って奴か。現在の我が校の狀況は畫面にプロフィール畫像り付けて書き込みしてるようなもんだからな。それは確かにリスクあるよな。

「……それこそ、皆がやってることなら自分も大丈夫っていう安易な思い込みなんじゃないの?」

「『赤信號、皆で渡れば怖くない』だね。まー、そういう向きもあるのかなぁ。人は集団を作ることでより大きな力を持とうとするものだけど、その集団って一つのに染まり易くもあるから暴走する時には止められないほどに暴走しちゃう」

「なんか聞いてると危なそうだなぁ。これ止めた方がいいのか?」

「どうやって? ちなみに『今直ぐ噂話するの止めろ!』と言って止まるような単純な話ではないからね?」

「……無理かな?」

結構マジなトーンで聞き返す檜山に嵩原はただ無言でアルカイックスマイルを浮かべた。割と本気の返しだったから対応に苦慮した模様。

「……止めといた方がいいだろうね。僕だって止めさせたい気持ちはあるけど、変に対立したらそれこそ好き勝手悪い噂流され兼ねない。諫めるにしても、慎重にいた方がいいだろうね」

対して樹本は厳しい表で檜山を止めた。実に有り得そうな予測だ。適當に話作ってプロパガンダかます人間も中にはいるんだろうな。

「えー、話まで作んの?」

「それくらいはやりそうではあるよな。中には自分たちが正義だって疑わずにいる奴もいそう」

「ジャーナリズムか何か知らないけど、それはちゃんと裏取りしてから主張はしてもらいたいよね」

「慎重な姿勢見せてしいのは俺も同だよ。……でも、噂話流布されるってのは、別に対立してなくても有り得そうだよね」

え?と嵩原に視線が集まる。こいつはまた不穏なこと言って……。

「どういうこと?」

「ブームに乗ってる人間は関心が集まるネタを探してるって會長さんは言ってたでしょ? そういう機の明確な人間は目的のために平気で無理も押し通すものでしょ。注目集めのためなら話も手作りしそうじゃない?」

「ええ?」

「そこまでする……、しそうな勢いはあるか」

そんな馬鹿なといった意見だが、でも有り得ないと否定も出來ない。そもそも真実かどうかもさして気にしてないんだから噂自噓でも構いはしないのか。質悪過ぎないかそれ。

「流石にそこまで酷いことはしないと信じたいけど……」

「悪質な噂も平気でばらまく所からしてみ薄じゃない? そうなると、有名人や目立つ人間が標的にはされるかな?」

「……お前たち三人とか正にそうじゃないか?」

「ええっ? 俺たち噂ばらまかれちゃうのか?」

きってのモテ男なんだから知名度も注目度も他とはダンチだろう。

近な人間が誰かの承認求の踏み臺にされるなんて、どうしてこんな殺伐とした環境に変わってしまったんだろうか。

「他人事みたいに哀れんだ顔してるけど、真人だって條件には當て嵌まるんだからね。むしろこの中では誰よりも被害ける可能は高いから」

「は? なんで俺が? 俺なんてただのモブだぞ」

「自分をモブだって言い切るのどうなの?」

「ちょっと前まで噂の最先端直走ってたの忘れたのかな? の子からは興味の視線、男からは怨嗟と嫉妬の目を向けられていたと思うけど」

……。朝日とのあれこれか!? ああそういえばそんな狀況にもあったなぁ。すっかり忘れてたけど。

思い出されるのは朝日との無理矢理な邂逅に、それにぐぬぬと唸るクラスメートの姿。……あれ、これ本當に一番俺が獲になりそうじゃないか? 承認求とは別に恨みからの犯行とかありそうなんだけど?

「不吉なこと言うのはどうかと思うけど……。でも、もし本當に事実無の噂流されたらどうしたらいい?」

「否定するか無視するか? 常道では噂の出所突き止めて、謝罪と虛偽の容をばら撒いたことを本人から訂正させることで名譽の回復は行われるね」

「名譽の回復って、そこまで行ったらもう立派な名譽毀損じゃないの」

裁判沙汰になってしまう。でもまぁ、正直そこまでしないと噂の訂正も拡散阻止も難しいか。無視も手段の一つではあるけど、鎮火まで時間が掛かるからなぁ。

そう考えると噂のタネとして擔ぎ上げられるなんてのは死んでも回避すべきかもなぁ。

でのブームの広まり合も異常なために元々距離は取っておこうと思ってはいたけど、これはより明確に騒にはれないよう慎重な立ち回りをしておく必要があるかもしれない。

向こうから向かってくるならあまり意味はないが、なくともどんな噂流されても毅然と否定出來るように隙なんかは見せないよう気を張るのは無意味でもないはず。

結局は言葉なんていう明確な形のないものより確かな証の方が人に與える印象は強い、はずだ。

「関わらないのが一番いいという帰結」

「そうだね。僕も距離取っておくのがいいと思うよ」

「俺も。人の口叩くの興味ない」

「そうなるよね。……でも、問題あるのはあくまで個人に関する噂部分だけで、他の怪談や都市伝説についてはいくら噂拾おうと関係ないと思わない?」

「……まさか、嵩原」

「いろいろ興味深い噂が流れてるんだよね~」

これまでの中立的な立ち振る舞いから一転、唐突に嵩原は相好を崩してなんか言ってきた。

いや、怪談とか都市伝説とか自分でも言ってる時點で嵩原は食い付くだろうなとかは思ってたけどさ。

「これまでの議論はなんだったの!?」

「そっちは大丈夫なのか?」

「元よりオカルトなんて虛偽を前提にしてるものだし。そしていくら奇っ怪な噂をしようとも誰かを傷付けることなんてないんだから問題なしでしょ」

「その聴取の結果、僕らが調査に駆り出されるんだから迷は掛けてるよ。被害ける人間はここにいるよ。ちょっと嵩原、ちゃんとこっち向いて」

ホクホクとご機嫌な嵩原は人の話を聞きやしない。普段から報収集に余念がなく、またその収集方法が専ら誰かの噂をネタ元にしてる嵩原からすればこの狀況は見過ごすべきでないボーナスチャンス的なものになるのかもしれない。しれないが。

「ま、いつもやってることとそんな変わんないもんな」

「檜山、そんなあっさり認めるのは……」

「冬休みに皆で調べようって話だろ? 先輩も一緒とか楽しそうじゃん。休みならちょっと遠くにも行けそうじゃね? ついでにスキーやらねぇ?」

「レジャー気分!? 行ったとしてもどうせ雪ん子とかイエティとか雪中行軍の真相調べとかただ寒い思いするだけなんじゃ……」

「期待して待っててくれていいよ。年末か、新年かはまた相談して決めたいと思ってるけど、どちらにせよ時期に相応しい盛り上がる噂チョイスするからさ」

「それは別に頑張ってくれなくてもいい。というか盛り上がる噂って何!? 怖いのは止めてよ!? 本當に駄目だからね!?」

わいわいと三人は楽しげに盛り上がってる。結局は嵩原の言い分に迎合する形に結果は収まった。その見慣れた風景に一抹の不安がを過ぎった。

このブームの広まり方は異常だ。たったの二日で二學年も染まってしまったのもさることながら、噂話に大した興味を持たない人間までも熱中して話に聞きっているのはおかしい。

噂の容などゴシップも良い所の、こう言ってはなんだが低俗極まりないものなのにどうして判を押したように皆興味を向けるのか。中には下らないと一蹴する人間がいたっておかしくはないだろうに。子などは怖い話に拒否抱く人間もいるだろうに恐れている雰囲気もない。あの能井さんさえ平然と耳を傾け続けているのだ、その手の話は確か苦手としていなかったか?

何か、何か違和じる、ような。気の所為だろうか。安易に関わるべきではないのでは。そんな慎重な言葉が元まで這い上がってきていた。

三人のようにこうやってしでもれることで一気に噂への関心が強まっていくんじゃ?なんて拠のない不安もを騒がせる。

考え過ぎか? 異常事態が夏休み明けからこっち、ずっと続いていてし神経質になっているのか。麻疹やインフルでもあるまいし、人の趣味嗜好が伝染するなんて話は聞いたことがない。多分、問題ない、よな?

で囁かれる噂の一部を取り上げて騒ぐ三人を見て、そっと沸き上がる不安を腹の底に押し込めた。

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