《高校生男子による怪異探訪》11.覚めない現実

全てが信じられなかった。昨日まではなんてことのない友人の顔でいたあいつらが、実はあんなにも俺への嫌悪を溜めていたなんて。

これは悪い夢か何かなんじゃないか。一人だけの屋上で飽和気味の頭がそう逃避のように結論を弾き出す。

現実味なんてじられない全てがぼやけた心地、自分が立っているのか座っているのか、空を仰いでいるのか俯いているのか、今が何時か朝か晝か、それすら霧の中にいるように曖昧だ。全部が全部どこか遠くにあるようだった。

本當に悪い白晝夢だったんじゃないか、まるで溺れた中で見付けた藁でもあるように頭に思い浮かぶご都合主義な考えを棄てることが出來ない。夢だった、夢だったと、何度も己に言い聞かせるように唱えた所で、それでも剝き出しのに刺す冬の冷たさは確かに現実だと訴えてくる。

一歩もけず、時間の経過だってじられなかった中、俺の正気を取り戻させたのは甲高いチャイムの音だ。

そうだ、と。今は學校にいたんだと、それを思い出して屋上をあとにする。ふわふわとした足取りで教室に戻る。戻ればいつもの通りに騒がしいクラスメートと、自分を出迎えてくれるあいつらがいるとそう信じて。

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閑散とした校舎を進み、どこか遠くから囁きのようなざわめきが屆くくらいの靜かな空気を掻き分けて、そうやって辿り著いた教室の扉を開けた。

ガラリと、予想以上に響く戸の音にクラス中の目がこちらに集中する。どれも冷気を溢す氷のように冷えた目だ。親しみなんか一切じられない、敵意しか宿してない目がまるで犯罪者を見るように俺を睨んでいる。

その中に、樹本と、嵩原と、檜山の三人も混ざっていた。他の奴らと一緒で、溫度なんて全くじられない道端に落ちてるゴミでも見るような嫌い切った目を俺へと向けている。

見間違いでも勘違いでもない。一目見て確信した。屋上であったことは紛れもない現実なんだと、俺は三人からも見限られたんだと、そう空回りする頭で理解した。

授業の容は全く頭にってこない。全部が意識の上を橫にっていくようで、教師の聲もフィルターを掛けたようにぼやけて聞こえる。

気付けば授業は終わり休み時間。周りでは依然幾つもの塊が形されて楽しげに潛めた聲を上げていた。俺以外は皆そうだ。俺だけが一人點でいる。

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昨日までは俺も周りに隠れてはいたはずなのに。思えど、俺の周りに集まる奴も、俺が合流すべき先もない。円を描いて固まるクラスメートの向こうに三人の姿は見えていた。俺とは離れた場所で、俺に関わらずに済む場所で、あいつらは周りの奴らと同じように顔を寄せ合っている。

何が悪かったのか。誰とも話すことがないから頭の中で呟く。

どうしてこうなった、何が原因だった。浮かぶのは現狀への嘆きと後悔、それから原因の所在だ。

屋上でのやり取りが脳裏に何度も何度も再生される。浴びせられた言葉、向けられた視線、最後に俺を見限って去って行く姿まで一通りが鮮明な映像で目蓋の裏を流れていく。

どうして三人は俺を見放したのか。

元々は二岡との噂が発端だった。俺の態度が疑わしかったからあいつらは噂を信じて、そこから俺への不信も芽生えたようだった。だから俺が誤解されるような態度を取ったのが直接の原因……。

いや、それだって切欠の一つか。もっとっこの方にあるのは俺への嫌悪だ。ずっとに溜め込んでいた、これまで俺に言い出せなかった不満の數々。それが本當の決別の理由だろう。

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三人には様々な俺の悪い點を挙げ連ねられた。聞いているのが苦しくて仕方なくなるくらいに。思い返すのも辛いが、でも向き合わなくちゃいけないことなんだろう。

散々と吐き捨てられた非難を纏めるに、俺は絶対的に言葉が足りなかったのだと思う。自分の意見も碌に主張せず、また説明を求められても応えることがなかった。自己主張をせず勝手気ままにいて意思疎通も図ろうとしない。あいつらには俺はそんな風に映っていたんだろう。

それは嫌われても仕方ないと言えた。仮にも連んでいた間柄で、そう自己中心的な振る舞いなんてすれば不満だって持たれて然るべきだ。むしろよく付き合ってたな。早々に距離を取られなかったのは、全部あいつらが我慢をしていたからだろうな。

俺は無自覚にあいつらに甘え続けてしまった。その結果、今日に発してしまったのか。

自業自得。悪因悪果。因果応報。己の非を自覚もせずに、無遠慮に振る舞い続けたその結果か。なるべくして、俺は自分の行いの是非を問われてあいつらからも拒否されたのか。

「……」

寡黙も、自己主張を控えたことも、満足に答えを返さないことも、全て理由はある。俺は俺の理屈でそう振る舞わなければならなかった。誰に強制されたのでもない、自分で課した決まりだった。

そうすべきだと思ったし、そうした方が良いと思ったから。これが一番誰にも迷を掛けない方法だと思い至ったから、だから俺は貫いてきた。中學の頃からずっと。

正しかったとは思う。俺はこれで良かったはずだ。一人でいるならこれで。誰と一緒になることもなく関わりを斷っているなら。俺と付き合う人間がいないなら聲を出す必要はない。本來、それが前提であったはずだったんだ。

いつの間にか忘れていたんだな。だからあいつらにも迷を掛けた。一人じゃなくなったと理解するのが遅かった。

これ以上言い訳を重ねて責任逃れをしても仕方ない。俺が原因で不快な思いをさせてしまったならちゃんと謝らないと。それくらいは応えなければ。

あいつらに自分勝手だったと謝ろう。そう決意した時、本日最後の授業の終わりを告げるチャイムが鳴った。

掃除を済ませてホームルームも終わった。土曜日ということで早速と教室を出る者、殘って話をする者と行はまちまちだ。

を纏めて斜め後ろの方をチラ見する。樹本たち三人が集まって談笑していた。普段のように朗らかに笑い合ってるのを確認して覚悟を決めて三人の元にと向かう。

最初に俺に気付いたのは嵩原だ。こちらを視界にれるなりすっと顔が真顔になる。その歓迎していない様子もはっきりとした態度に心怯みつつ、どうにか傍まで進んだ。

「……なぁ。今、ちょっといいか?」

「……」

話し掛けたことで殘りの二人も俺の存在に気が付いた。途端に浮かべていた笑顔を消して無言で睨んでくる。

三対の敵意に満ちた視線をけて、それでも怯まずに続けた。

「お前らに隠し事をしていたのは悪かったと思う。俺のためにいてもらってたのに、お前たちの善意を蔑ろにする行為だった。誠実さが足りなかったと思う。不快な思いをさせて、すまなかった」

頭を下げる。針のように鋭い視線が頭の先の方から全に突き刺さる。応えは、ない。

「俺がどれだけお前たちに我慢を敷いていたのかは、けないが今日言われるまで気付いてなかった。お前たちが何も言わないのにずっと甘えていたんだ。客観的に見れば嫌われても仕方ないのに……。だから、本當にわる」

「皆、行こうか」

話を遮るようにして軽やかな聲が上がった。え、と思わず顔を上げればそれぞれ荷を手にした三人が何事もなかったように歩き出している。俺なんか完全に無視して視界にもれずに。

「……っ」

謝罪さえ聞く気もないってのか? 瞬時にぐわっと全に広がった冷えた衝に突きかされるまま、俺は聲を上げていた。

「っ、ま、待ってくれ! 話が」

「僕らにはないよ」

首だけ振り返った樹本に寄る辺なく切り捨てられる。鋭く細められた目が関わってくるなと俺を拒絶していた。

「……ぁ」

「今更遅いから。もう僕たちは君とは関係ない。話し掛けて來ないで」

端的にそれだけ言って樹本は視線を逸らす。二人も、軽く振り返って俺を睨み、何も言わずにそのまま教室を出て行ってしまった。

碌に俺を視界にれることもなく去って行った背中を黙って見送る。ざわざわとした喧騒が耳を擽った。一人取り殘された教室で呆然と立ち盡くす。

もうあいつらは俺の謝罪だって聞きたく、いやどうでもいいのか。切り捨てると、関係を斷つと決めたから謝られた所で関係がない。あいつらがむのは俺と一切の縁を切ることで、もう俺がどんな言葉を重ねても以前のような関係に戻るつもりもないのか。

明瞭に、これ以上なくはっきりと突き放され、何も言えずに言いたかった言葉を呑んだ。周囲は潛めたような囁き聲で溢れ返っている。ドーナツののように、俺の周りだけが靜かだった。

日曜を挾み新しい週になった。たったの一日を挾んだ程度で現狀がそう変わるはずもない。

いつもの時間にいつものように登校して、そしてここ數日の間にすっかりと慣れてしまった冷たい視線を全に浴びながら教室を目指す。通り過ぎる生徒は皆俺の悪評に夢中なのか、人を見掛けるとこれ見よがしに顔を寄せ合って何事かを囁き始める。

登校路も、下駄箱も、廊下も、どこもがやかなさわめきに溢れていてそれがチクチクと俺を刺す。クスクスとした小さな笑い聲が聞こえるのは幻聴だろうか? なくとも、俺に関する噂の中に笑いをうようなものはなかったと思うが。

教室に辿り著く。一歩足を踏みれるなりまた視線が集まる。同時に潛めた、本人たちは潛めた気でいるんだろう、小馬鹿にした様子で話す俺の噂が聞こえた。

「……あの三人にも見限られたんだって……」

「……とうとうだよね。……元々なんで皆あいつの傍にいたのか理解出來なかったし……」

「……あいつらもついに目を覚ましたんだな……」

「……最低なクソ野郎には孤獨がお似合いってね……」

クスクス、ひそひそ。わざと聞こえるように話しているのか、皆満足げに俺の孤立を嘲笑う。道中通り過ぎた生徒たちと同じような笑い方だ。

なるほど、土曜日のやり取りが広まった結果か。教室でまだ人目もある中だったからそれは皆して噂したことだろう。だから今日の視線にはとうとう誰もに見限られて一人になった俺への嘲りと、そしてどこか満足そうな気配があった訳か。

周りの人間からすれば俺は最低な下衆野郎で、そんな人間に校でも人気のある三人が一緒にいるのは納得のいかない所があったんだろう。

それがついにそいつらも俺と関係を切った。むような展開になって、だから皆ざまぁみろと俺を馬鹿にし笑う。當然の報いだと、あるいはこれが正しい形だというように。

該當の三人も俺を無視して遠巻きにしているのだから尚更。もうあいつらは俺を見ようともしない。三人だけで集まって楽しそうにしている。あいつらのから弾かれた。だから俺は今一人になった。

自席に座りスマホを取り出す。マナーモードにするがそれも必要ないかもしれない。ここ數日の間に連絡なんて誰からも掛かってきてはいない。

通話アプリを開く。これが最後だと、そうするつもりで打ち込んだあいつらに向けた謝罪のメッセージ。日曜の夜に打ち込んだそれは、今現在ただの一つだって既読が付いていなかった。

「……」

アプリを落とし、電源も落とす。暗くなった畫面に俯く自分の顔が映り込んだ。どこか遠くを見るような、ぼんやりとした表をしている。

周りからは嘲笑と、俺を悪し様に語る囁きしか聞こえない。悪意ばかりを向けるその只中に、俺は一人放られた。

凄く暗いですけど早くも次回から救済です。

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