《高校生男子による怪異探訪》12.一筋の
悪意に曝された狀態でも授業は進む。常に一定の距離を取られ、まるで居ない者のようにして扱われるのは悲しいがだんだんと慣れてきていた。時折、教師が訝しんだ顔を浮かべたりもするが、俺の噂を知っているのかあるいは深りするのを嫌っているのかどうしたと問われることはなかった。
いずれ教師からも嫌われるようになるんだろうか。そうなると授業をけるのも難しくなるかもとぼんやりと考えたりしているに晝休みにと差し掛かった。
號令が掛けられ教師が退室し、そして直ぐに生徒たちは各々でグループを作り円くなる。これも最早見慣れてしまった景だ。その中にあいつらが混ざっているのが変化と言えるか。
周りでは楽しげに話す囁き聲が教室の空気を震わせている。俺は一人だ。弁當箱を取り出すも食はない。
囁き聲に混じってクスクスと笑う聲が耳に屆いている。俺に聞かせる気もなくしたか、聞こえよがしに語る人間はいなくてもそれが俺への嘲笑でない保障はない。
周りから聞こえる全てに俺への悪意をかし取ってしまう。こんな狀況で食など湧くはずもない。一人になりたい。大人數がいる中での一人ではなく、本當に誰もいない所で一人になりたかった。
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席を立つ。椅子が音を立て視線が集まる。途端、敵意、蔑み、嫌悪、拒絶……。散々なを含んだ視線が俺を貫いた。同時に嘲り切った笑い聲も上がる。
向けられるそれらを背に教室のドアを目指した。
扉に手を掛け、開けるその直前で向こうから戸が開けられる。
「あっ」
「……!」
扉を挾んで互いに面食らう。目の前には朝日がいた。目を丸くし対面した俺を見上げている。
なんで朝日が二年の教室に? 何か急ぎの用事でもあるのか? 軽く息なんて切らしているのにそう予測を立てれば、一瞬息を呑んでから直ぐ、慌てて取り縋られた。
「だ、大丈夫ですか!? 先輩!」
「え?」
いきなり安否を問われて虛を衝かれる。脈絡がないのもそうだが、まさか気遣う言葉を掛けられるとは思ってもみなかった。
あいつらだって俺から離れた。クラスの奴らも噂を信じた。ならもう、校のどこにも俺に味方する人間はいないだろうと、そう思っていたから。
「噂で、クラスの人たちだけじゃなくて樹本先輩たちも離れていったって聞いて……! 本當なんですか? 先輩は大丈夫なんですか?」
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酷く慌てた様子で捲し立てるように聞いてくる。表も聲も、含みの一つなく俺を心から心配しているのが見て取れた。朝日からは俺に対する敵意の何一つだってじられなかった。
「……あさ……」
どうして。なんでと疑問が頭の中をぐるぐる回る。理解出來ないから混しているのか。何を聞けばいいのか、確認を取ればいいのか、ぐちゃぐちゃな頭で口だって縺れて言葉を吐き出せない。
落ち著かないとと思うけど込み上げる何かがあって考えも纏まらない。どうするか、どうするかと混がピークに達しそうになった所で背後からのざわめきに意識がはっと明瞭になる。
「……あの子……」
「……ほら噂の……」
「……なんで……」
ざわざわとした話し聲が耳に屆く。皆朝日の登場を訝しんでいるようだ。いや、俺に話し掛けたのが驚きなのか。
どうあれこのまま朝日と立ち話するのは良くない。俺はもう今更どんな評価を下されようが大して変わりない。でも朝日は違う。俺とのことで変な噂なんて立てられたら大変だ。
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だからもう帰そうと、そう切り出す前に朝日の方が先に口火を切ってきた。
「先輩、どこか落ち著いて話せる場所はありませんか? その、ここだと周りの目が……」
言い難そうに聞いてくる。朝日はどうやら俺とどうしても話したいことがあるらしい。
俺に巻き込まれないように追い返すべきだ、そう思うのに。じっと心配そうに見上げてくる目を見ればどうしたってそれを拒む気持ちは湧いてこない。
けない。どうかしている。自分を責める聲を脳に木霊せながら、でも俺は朝日を連れて教室を出た。
屋上の重い扉を開ければ、途端に冷たい風が足元を通り抜けて行く。落ち著いて話せる場所と聞いて咄嗟にここに來てしまったが失敗だったかもしれない。
いや、わざわざ屋上に出なくても扉前で充分か。開けた扉を閉めて朝日と向き合う。
「先輩?」
「……人目を避けるならここで充分かと思ってな」
不思議そうに見上げてくるのにそう返す。そして何を続ければいいのかとそこで會話が止まった。
言いたいこと、言うべきことなら頭に浮かんでいる。出會したその時こそ混の所為で思考もぐちゃぐちゃだったが、屋上へと向かう道すがらで大分気分も落ち著いてきた。
まだ心のれはあるものの、なくともこの狀況が如何に朝日にとって拙いものなのか、理解が及ぶ程度には冷靜さも取り戻したように思う。
元々、朝日は俺に無理矢理際を迫られたという噂を流されていた。完全な被害者側であり、周囲も朝日を守る方向でいていたことは知っている。
そんな周囲を変に刺激することも怖く、だから俺が朝日に関わることは極力避けた。その甲斐があったかどうかははっきりしないが、朝日との噂は特に進展もなく、土曜、そして今日まで俺に関連して朝日の名が上がることもなかった。
それなのにこうして臺無しにしてしまった。一度噂の立った相手だからこそ、今後広まる噂はより苛烈に酷いものになる可能が高い。
朝日は更に俺を心配する様子だって見せてしまった。今度は朝日まで悪者に仕立てられるかもしれない。今の俺に集まる悪意を鑑みれば、それは決して有り得ない未來でもないだろう。
追い返すべきだった。せめて一緒に連れ立つのは止めておいた方が良かった。
もう遅い。後悔にしても遅過ぎる。朝日には申し訳ないことをしてしまった。
「……あの、それで」
「悪かった」
「え?」
話し出した朝日を遮って頭を下げる。困した聲が頭の向こうから聞こえた。
いきなり謝罪なんてすればそれは戸わせるか。でも謝らずには済まなかったんだ。
「巻き込んで、すまない。多分また、俺と関係した酷い噂が流れると思う。俺が軽率にお前を連れ出したからだ。もっとよく考えてくべきだった。お前には迷を掛けることになると思う。本當にすまない」
俺が謝ったからって何事もなく収まるはずもない。でもせめて謝りたかった。あいつらには謝罪さえけ取ってもらえなかったから。
「先輩……? 先輩は何も悪くは」
「俺と関わったから。それだけで充分なんだ。すまない。迷を掛けてしまう。本當にすまない」
「……先輩」
下げたままの頭に朝日が聲を掛けてくる。怒っているか、蔑んだ目をしているか。ネガティブな予想ばかりが脳裏を過ぎる。朝日の顔を見たくない。
「先輩。私を見てください」
頭を下げたままでいたら、そっと頬を華奢な手で押さえられた。冷えた指先がを掠めて、驚いている間に下から押し上げられる。抵抗することもままならない。そのまま優しく持ち上げられ、朝日の顔と真正面から向き合った。
見えた朝日の表は、とても悲しそうに暗いをしていた。
「……どうして先輩が謝るんですか」
こちらの目を覗き込み靜かに問う。責めるは見られない。痛ましげに、朝日は俺に訊ねてくる。
「え……」
「先輩が謝ることですか? 何か先輩が悪いことをしたんですか? だから私に迷が掛かるというんですか? だったらその悪いことってなんですか? それは先輩の責任なんですか?」
矢継ぎ早に問われる。頬を手で押さえられているから顔も逸らせない。必死に何かを訴えようとしている視線とずっと正面からかち合い続ける。
言葉の勢いだけを見るなら俺を責めているようにも思えるけど、朝日の瞳はずっと痛々しいものを見るように水気を纏っていた。
「私が先輩に會いに來たんです。心配で、先輩が一人になってないか気になって會いに來たんですよ。それで噂が流れたって私は気にしません。だってそんなの、何も知らない人が勝手に言ってるだけのことじゃないですか。先輩は悪くなんかありません。先輩が背負わなきゃいけない責任なんて、どこにもないじゃないですか……!」
極まるものがあったのか、最後には目に涙の粒を浮かせて聲を震わせて朝日はんだ。
俺は悪くない、その一言がのどこかに確かに刺さった。
「謝らないでいいんです……。他の人がなんて言ったか、私は知りません。でも、先輩が悪くないことは私、知ってますから。私は先輩を責めるために會いに來たんじゃないんです。先輩が心配だから、傍にいたくて來たんです……」
悲痛な訴えだった。まるで朝日の方が酷く傷付けられているようだ。朝日の白い頬を涙が一筋落ちていく。
どうして朝日が泣くのか。それほどまでに俺は酷いことを言ったのか? 俺が朝日を泣かせた……。
……いや、本當は分かってる。朝日が誰のために泣いてるのか、なんでそこまで必死に言い募るのか。
當然のことだと思うしかなかった。周りの全てが俺を嫌い、悪意を持って詰るのを致し方ないことだとけれていた。
誰も俺の話を聞かない。それも仕方ない。俺のこれまでの振る舞いがそれを肯定していると思った。碌に主張も返さなかった俺が、今更話を聞いてくれと訴えたとしても誰が聞いてくれるのか。烏滸がましいとさえ思った。
だから現狀をけれた。誤解が生じても仕方ない。皆が噂を信じても仕方ない。そうするだけの理由が俺にあるのだと、そうけれた。……けれることでしか現実と向き合うことも出來なかった。
自分は悪くないとび続けるより、自分が悪かったとけれる方が楽だから。だから聲を出さず、俯いて亀のように堪えた。堪えていればいずれこの狀況に慣れるか、あるいはもしかしたら誤解は解けてまた元の関係に戻れるのではないかと、そんな期待だって心の底には隠れてあった。
馬鹿だ。誤解を解く気もないのに狀況が上向くはずもない。俺のやってることはただの延命に過ぎず、徐々に削られて薄くなりながら訪れるはずもない希に縋って潰されるのが落ちだ。実際に朝日に対する言はおかしかったのだろう。戸うように揺れた朝日の聲がまだ耳に殘っている。
朝日は、だから泣いてめようとしてくれたんだろう。俺が追い詰められているのにも直ぐに気付いて、それで必死になって俺は悪くないと言ってくれたんだ。潰れ掛けてる俺を助けるために。
けない。先輩なのに、年上なのに、男なのに。年下の後輩子に顔を固定されて目だって逸らせない狀況で労られている。
視界の中心は朝日の泣き顔だ。酷く潤んだ、それでも澄んだ綺麗な目が俺を見つめている。あまりに近いからか徐々に焦點がぼやけていくように視界が滲んでいった。あまり寢られていないことで目が疲れているのかもしれない。滲みが酷過ぎて朝日の顔だってよく見えなくなって、だから目をそっと閉じた。
暗闇が目の前に広がる。視覚以外の覚が拾うのは、遠い靜かな喧騒と朝日の微かな息遣い。それと頬にれるらかな細い指のだ。
汗の一つも浮かせていない渇いた指の腹が、やがて確かな水気を纏って俺の頬をでる。
他に誰もいない靜かな踴り場で、そうやって互いに何を言うでもなく暫くじっとしていた。
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