《高校生男子による怪異探訪》19.神様の存否

暫く、一人っきりとなった教室で呆然と佇んでいたら不意にスマホが震えて我に返った。慌てて出てみればそれは朝日だった。時間になっても姿を現さない俺を心配して連絡をしてきてくれたようだ。

時刻を確認すると確かにもう約束の時間を迎えている。失點をここで稼ぐ訳にはいかないと、ほんの十數分前の自分の思考を思い出して急いで部室に向かった。

「先輩!」

「す、すまん。待たせて悪い」

駆け付けたオカ研部室前。そこでは朝日が俺を出迎えてくれた。

「どうしたんですか? 遅れないようにって先輩かなり気にしていたのに」

蘆屋先輩への対応にはかなり神経質になっていたのを朝日は知っている。だから見事に遅刻した俺を心配しているようだな。

トラブルはあった。でも、正直に明かすべきか。自分の中でも全く整理が出來ていない。せめて子についてくらいは朝日には伝えておくべきだが……。

「その、ちょっとな。でも詳細はあとだ。今は蘆屋先輩を待たせる訳にはいかないから」

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とりあえず、今の最優先は蘆屋先輩だ。ただでさえ俺の所為で時間が過ぎているのにこれ以上待たせるのは今後に障る。

俺の言い回しに不安を煽られてしまったらしい朝日の背を押して、オカ研部室へと室した。

「失禮します。遅れてすみませんでした」

「失禮します。お待たせしてすみません」

扉を潛ると同時に初手謝罪を敢行する。ここは何にも変わりがない、いつも通りのオカ研のそのいつもの場所で蘆屋先輩は鷹揚に構えて待っていた。

「やぁ。々遅れたようだね。忙しかったのかな?」

って早々にチクりとやられる。いや、遅れた俺が悪いんだけどな。ここで先輩の機嫌を損ねるのも折角の機會を逸失してしまうので避けたい。素直に謝っておこう。

「すみません。々トラブルがあって遅れました。折角先輩には時間を作って頂いたのに申し訳ありません」

しっかりと頭を下げて謝罪する。どうなるかな? 「やはり君はそういう人なんだね」とか嫌味言われるかな? まぁ、今更嫌味の一つや二つ、報告を取り止めにするとか言われなければどうってこともないが。

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「……」

心ビクビクしながら先輩からの返答を待つ。が、いくら待っても答えは來ず、誰も喋らない無音の空気が耳を打った。

「……トラブルならば仕方ない。遅れたと言っても高が數分だ。次からは気を付けるように」

あれどうした?と疑問が湧き出した頃合いに先輩からのお許しは下された。存外に和な判決だ。驚いて顔を上げれば先輩は無表、というかし曰く言い難いような顔でむっすりと椅子に腰掛けている。

機嫌が良い、とも言えないけどなんで特に追及とかしてこないんだろうか。気になるけど、突っ込んでも良いことにはならないだろうしここはこのままスルーさせてもらおう。

「……さて。それでは早速だが、調査の報告にろうと思う」

俺たちが著席するのを待って先輩は直ぐ様本題にとった。憐悧な目がこちらを貫く。

「元は君たちからもたらされた『現狀は何者かの意図の上に調えられている』という訴えからの始まりであった。永野君を取り巻く環境は意図的に導された疑いが強く、そのために私にも調査協力を求めた。そうだね?」

問われて頷いた。始まりは朝日が違和を抱いたこと。檜山の俺に向けた決別の言葉にどうにも納得が行かなかったことからだ。

「その疑いから我々は一度この噂話ブームに至るまでの変遷を振り返って確認した。占いからのジンクス、そしてそれから噂へと、流れとしては特に違和も持たない自然なものではあった。何か異常な現象が起こり、それがために生徒の意識にも変化が生じた、という分かり易い変革もなかった」

言いながら先輩は何枚かプリントを俺たちに配る。一枚目には表題も打ってあり、どうやら調べたことを紙にも纏めていたらしかった。

テストはどうしたんだ? 調査にかなり熱中していただろうことは整然と記されてる報告書を見れば一目で理解も出來るけど、先輩にとっても大事な學期末考査ではあっただろうに。

「この報告書を読んでもらえれば分かると思うが、噂話のブーム自は先月の終わり頃、二年生の修學旅行中に急激に広まった。聞き取りの結果、この時期には様々な噂が校を飛びい、生徒は皆一日の間にも多數の噂話を耳にしていたようだ。それ自はジンクスからの派生と捉えればそうおかしな変でもないのだが」

すっと先輩がプリントの一部を指差す。スピリチュアルブームから始まる校の流行の変遷を表に纏めたものだ。ジンクスから噂話へと移行する、その境目辺りを細い指が突いた。

「この時期に、件の『願いを葉える神様』の噂はよくよく聞かれていたらしい。丁度修學旅行だと永野君たち二年が學校を留守にしたタイミングで噂は広まったようだ。行事と重なり記憶にも殘っていたのか、中々にこれは正確な報だと言えるよ」

赤ペンを取り出してきゅっと噂の広まっていた期間に丸を付ける。旅行一日目の木曜から翌日の金曜までか。

「調査をしていくに分かったことだが、噂話のブームの火付け役はこの神様の噂であったことがほぼ確定された。ジンクスから願いを葉えるという祈願の関連で話題に上り、そこから多數の人間が実際に試してみようといたことから火が著いたらしいのだ。以前にはジンクスと噂の繋がりから自然発生的にブームも変したと口にしたと思うが、正確にはこの神様の登場が噂話そのものへの関心の熱を引き揚げたようだな」

「やっぱり神様は無関係ではないんですね。でもジンクスから、となるとこの噂も他と一緒の事実に基づかない作り話なんでしょうか?」

「いや、実際に存在する神社での逸話であるらしいし、この噂自は以前からやかに生徒の間では囁かれていたようなんだよ。なんでも文化祭の折には功を願って祈願に向かった者がおり、その前からも運部の一部では試合や大會などの勝利祈願として參じる者もいたそうだ。ジンクスの流れから作り出された話ではなく、元から認識されていた噂が表にと浮かび上がったというのが真相だな」

ああ。思い出した。どこかで聞いたことがあるなと思ったんだが、そうだ文化祭。嵩原の奴が神頼みする人間もいたとか言ってたっけ。多分同じ、だよな? その時から神様の噂は存在していたのか。

「元から? もしかして有名な神様だったり……」

「そうではないようだ。郷土史などを紐解けば確かに名前は見付かる。元はこの地の守護神とも関連のある神様であったようだが、その名は今では大分と廃れてしまっているらしくほぼ忘れられた神であるようだ。今回一時的にだが知名度が上がったのも、流行の波に上手く乗れたのが一番の理由だろう。建立されてから百年以上の歴史もあるようだが、商店街にて奉られているこの街の守護神と比べれば知名度は雲泥だろう」

それもまたおかしな話ではあるな。願いを葉えてくれるなんて人が群がりそうなご利益であるのに。どうしてこれまで特に名前を聞くこともなかったんだろうか。

報告書に目を移せば該當の神社の報も載っている。『木神社』。學校からは南東の位置の川の傍にある神社であるらしい。噂の神様はそこの祭神であるとのこと。

「……ここの神様に願掛けすれば、なんでも葉うってことですよね?」

「うむ。まぁ、噂ではそうなっているのだが」

うん? あれ否定? 報告書から顔を上げれば、なんとも言えない表をして先輩はこちらを見ていた。

「この噂を実行した者はそれなりの數がいる。全てから話を聞き出せた訳でもないが、ただ私の聞き取りでは願いが葉った者、葉わなかった者と想は割れてしまっていた。どんな願いでも葉うという逸話はどうやら偽りであったらしい」

「え?」

百パーセントじゃないのか? てっきり本の神懸かり的な作用で以てそれが俺にも降り掛かったと思ってたのに。思わず朝日とも顔を見合わせる。

「願いの容は金銭的なものや人間関係、大それたものもあれば些細な願いもあった。葉ったと喜ぶ向きもあればそうではないと悲嘆する人間もいた。私からしてみれば全て偶然で片付けられる、単なる當人の思い込みであるようにしか思えなかった。噂はあくまで噂であって、これもまた一つの風聞に過ぎないと私はそう考える」

きっぱりと先輩は『願いを葉える神様』の噂を否定した。それはつまり俺を現狀に追い込んだ元兇などではなく、また人心をるようなそんな規格外の存在も現在は確認出來ないと、そう言いたいのか。

「件の噂は確かにブームの先駆けとはなった。だがそれはそれまでの需要とも上手く迎合が出來たからであって、噂そのものにはなんら力などないよくある神頼みでしかないと私からはそう結論を下すより他にない。君を窮狀へと追いやった、そんな不可思議な存在の関與があったとは判斷出來ないのだよ」

靜かに、こちらの様子を探るように先輩は言い切る。噂のっこもきちんと調べ上げ、そこに異常なものも見付けられなかったから、だからこそのその結論か。

神や常軌を逸した存在の関與は認められず、そうなれば俺のこの窮狀は隠れた意思など存在せずになるべくしてなったものだという訳で。俺が嫌われたのも極自然な流れとなる訳で。

「先輩……」

朝日が心配そうに俺を呼ぶ。黙り込んだままの俺の心を憂いているんだろう。先輩に相談を持ち掛けた當初の俺だったら、先輩の弾き出した結果に愕然と肩を落としていたかもしれない。

でも、今の俺には一つの確証があった。

「……ついさっきのことで、二人に報告も出來なかったんだが」

頭の中で言いたいことを整理しつつゆっくりと口を開く。先輩が軽く目を見開きこちらを見つめてきた。俺が反論するとは思ってもいなかったか? 今度は俺が先輩を見據えて言った。

「さっき、二岡に言われたんだ。どうしてか俺のことを嫌ってしまう。疎ましく思ってしまう、て」

俺の中でもまだ上手くけ止められていない、突然に突き付けられた事実を二人に明かした。

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