《高校生男子による怪異探訪》21.悪意の誓願

今回長いです。久しぶりに1萬字を超えております。

金曜は真っ直ぐと家に帰り、それからは夜遅くまで先輩の報告書を前にずっとにらめっこを続けていた。

件の噂についてしでも報を得たかったのだが、神の関わりについて否定的だった先輩の態度からして話に上った以上の報などは特に拾い出せもしなかった。『木神社』の名前と所在地が判明しただけでも大きな収穫ではあるけども。

ネットで検索も掛けてみたのだが実りある収穫はなし。まぁ、先輩も忙しかったとは思うがこの手の話であの人以上のものを自分が見付け出せるとは端から思ってはいなかった。

テスト勉強以上に熱心に調べもしたが、結局は大した進展もなく夜は更けて朝を迎えた。

翌日である今日は土曜。俺の辺が様変わりしてからもう一週間経つ訳か。長かったような、短かったような曖昧な気分だ。

教室で針の筵となって過ごす時間は長くじられたけど、でもテスト期間と被っていたから學校にいる時間自は短かったんだよな。ボロボロの神狀態で期末テスト迎えたのは更なる追い打ちにしか思えなかったけど、でも結果的にはこれ以上なく都合が良かったように思える。今だからそう思えた。

いつも通りに登校した學校はテストからの開放に湧いてはいるものの、まぁ俺にはあまり関係はなし。廊下を歩けば敵意が飛び誰も俺に話し掛けてくることもなし。

もう遠巻きにされるのが通常運転のようにさえ思い込めるようになってきてる。普通ではないんだけどな。そそくさと出來るだけ気配を殺して教室に向かった。

ひそひそ靜かに盛り上がってる様子の教室にり込む。一瞬視線が全に刺さるも、クラスメートは俺について噂するのも飽きたのか直ぐに自分たちの話にと戻って行った。

変わらず団子のようになって噂話に興じている、そのっかの一つに二岡の姿はあった。

二岡は能井さんや仲の良い子と顔を寄せて何事か話をしている。二岡だけはちらとも視線を向けることなくずっと背中を向けたままでいた。

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徹底した無視にその背にこっちから聲を掛けてやろうかとも思うのだが、流石に昨日の決死の告白を聞いてこっちから絡みに行く気にもなれない。

強制的に嫌悪を抱くように仕向けられている。浮かぶのは二岡の消沈した顔だ。

誰かが願ったから。周囲の人間が俺を嫌い、俺が一人ぼっちになるように仕向けた誰かがいるから、二岡は相反する己のに苦しんでいた。そしてそれは二岡だけじゃない。多分、クラスの奴らもあいつらだって同じなはずだ。

すっかりと話すこともなくなったあいつら。今も嵩原の席の周りに集まって何かこそこそとやり合ってる。

思えば確かに急激な変化だったな。一日前までは俺の噂なんざ一ミリだって本気にはせずに當たり前のように味方でいてくれたのに、それが二岡とのやり取りで不信を抱かれて、そこから急に俺への嫌悪を発させてあいつらは離れて行った。

俺にも思い當たる節はあったから疑いを持つこともなくれていたが、よく考えるとの変化がいきなり過ぎたようには思う。

二岡とのやり取りを黙っていたことが結果としては見限りの止めを刺したようなものだったけど、あいつらは単ににしていたって事実だけで相手を見限るようなそんな直的な思考はしていなかったはず。

むしろそこに含まれる事を察して自分の中で折り合いを付けるような慎重な姿勢をこれまでも取り続けたんじゃなかったのか。なくないあいつらとのやり取りを思い返していけば、あの時の三人の態度は確かに違和じる……。

それもこれも全ては願いの影響か。俺を嫌うようにと導する何かの関與の所為であいつらのにも急な変化がもたらされたと考えれば一応説明は付く。

周囲の奴らも同様だろう。クラスの奴らはそもそもが噂を安易に信じ過ぎだ。俺たちの実際のやり取りより噂を信じたのも、全ては俺へ嫌悪を抱くようにと強制された結果なのでは。そう考えれば全ては繫がる、ような気はした。

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俺を嫌い遠ざけたのも誰かの差し金であるなら。それが無理矢理に作された意思の下での行なら。それならそれは放っては置けないだろうよ。あいつらも皆も、被害者だってことになる。

誰かの意識が誰かにとって都合良くられるなんて、そんなの許されるはずがないんだ。

通常の授業も終わりあっという間に放課後を迎える。土曜日だから半ドンだ。まるでテスト期間が延びたような錯覚を覚えるけど、來週からは通常の六限までがっつりある日常に戻るんだからちゃんと意識は切り換えて行かないと。

部活だ、晝だと周りは騒がしい。ガヤガヤ賑わう教室でポツリと一人喧騒に紛れずにいる中、ため息をそっと溢す。

昨日の決意も鈍らせないようにと、今日は頑張って報収集に努めた。とりあえずクラスの奴に片っ端から話し掛けて『願いを葉える神様』の噂を聞いたことがあるかと確認して回った。

まぁそう簡単に新たな報が手にるとは思ってはいない。ただ反応だけでも返されたなら、そこから別口に何かの手掛かりにと繫がったりはしないかとそんな狙いで次々に聞いていったんだが。

まぁけんもほろろだよな。分かってた。俺が話し掛けたら皆険しい顔してなんも答えてくれない。あいつらもそうだ。二岡のグループは外したけど、でも他クラスメートは全滅。俺の好度の低さをまざまざと突き付けられた結果に終わった。

予想は出來てたし棚ぼた狙ってただけだから大してショックはけてない。でもこれで俺が聞き込みで報を得るのはほぼほぼ無理だということは証明された。

仕方ない。文獻を漁るか、もしくは本丸に乗り込むしかないな。昨日のに雑賀さんにはバイトを休む旨を伝えているし、今日はこのまままずは図書館にでも行って……。

今後の予定を消化するためにもと、早速と立ち上がった所でスマホが著信を知らせる。なんだと見れば朝日からメッセージが來ていた。

もうテストも終わったし今後は噂の調査に重點を置こうと仲良しアピも控えると昨日決めたはずなんだが。

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確認すればどうやら急な連絡なようで。

「……ん?」

用件は蘆屋先輩が呼んでいる。これから會えないかというそんな容だった。

なんで蘆屋先輩が? 昨日の今日だし、最後には気まずいままに別れたから、いやだからか? それについての呼び出しだったりするか?

「……」

どうしたもんか。迷う、けどもしかしたら。僅かな期待はあるしそれに昨日の件についてならそれはそれですっきりさせたい思いもある。先輩も朝日に仲介させてまで俺を呼び出したい理由があるなら応えるべきではあるだろ。

了承したことを朝日に伝えて、一路オカ研を目指して教室を出た。

「先輩!」

部室棟に足を踏みれた所で朝日と合流した。

「悪いな、朝日まで付き合わせて」

「いいえ! もしかしたらがありますし。多分大丈夫だとは思うんですけどね」

俺を心配して朝日も一緒に顔を出してくれることになった。俺を糾弾する目的での呼び出しの可能もワンチャンあるからな。

まぁ多分ないだろうけど。そんな目的のために朝日を巻き込むような人ではないはずだからな。

「朝日の方にはトラブルなんかなかったか?」

「はい。ちょっと友人からは遠巻きにされましたけど、一昨日みたいに突っ掛かって來られることはありませんでした」

道中互いの辺について報告し合う。朝日には昨日の子の特攻は教えて充分に注意しろよと警戒はさせていた。一昨日の曬し上げは朝日周りにも影響を與えたようで、現在朝日も友人たちからは々距離を置かれてしまったらしかった。

朝日は何も悪くないのにな。これも強制の影響なのか。聞けば絡んで來た子も正義が強い向きはあったけれども、ああも人を悪し様に論うような人間ではなかったとのこと。

正義に酔ってるとか自分の中では評価も下していたが、そのっこは案外本當に朝日への心配が出発點だったりするのかもな。

何はともあれ、朝日まで明確に被害が出て來たというならより放って置けるはずもない。また元の日常が戻って來るようにと一層の決意なんて固めている間にオカ研部室前まで來た。

「失禮します……」

呼び出しの用件なんて分からないためにおっかなびっくりと扉を開ける。直ぐに部屋の主の姿が視界にる狹苦しい部室にて、でも本日は先輩以外の誰かが一緒にいた。

腕を組みいつもの席に座ってる先輩の隣、部屋の奧側に居心地悪そうにめて座っている子がいる。リボンのは二年だが見たことない顔だ。

オカ研で知り合い以外を見るなんて珍しいと思いながら先輩に促されて席に座った。四者面談の様相だが、本當になんの用で呼び出されたんだ。

「よく來てくれた、二人共」

歓迎の言葉を掛けられるけど先輩の表い。というか若干草臥れているような? 眼鏡越しだから見え辛いが、目の下には隈だってうっすら存在を主張しているように思える。

調子の悪そうな様子に見知らぬ子。これはなんだか嫌な予も加速してしまう。今直ぐ回れ右をしたい所だがそういう訳にもいかんよな。

「今日はわざわざ俺を呼び出したそうですが……」

「うむ……」

下手に出つつ先輩の出を窺う。チラチラ橫にいる子に視線が泳ぐのはご敬だ。

恐らくはここ最近の話題に関した呼び出しだと思うのだが、この場になんで他人が混ざってるのか意味が分からん。あんまり第三者に聞かせる話でもないだろうに。

「……昨日、私は件の『木神社』に赴いた」

かと思えばそのままぶっ込んできた。ええ? このまま続けるの? 聞かせても大丈夫か?

「え、先輩?」

「あ、あの?」

朝日も困した様子だ。俺たちの言いたいことなんざ察しているだろうに、先輩はゆっくりと話を続けた。

「君たちも報告書を読んだのなら把握はしているとは思うが、木神社が奉るのは梶の木、樹齢數百年を超えるとされる古木が祭神となっている。その謂われはこの地の守護神である穂木乃神社の祭神とも縁が深く、元は捧げの敷としてその葉が使われていたそうだ」

そうして語られるのは件の神社について。元々梶の木はその葉っぱが神様への捧げを乗せる敷として珍重されていたらしく、木自が神木として扱われていた。

木神社の祭神もそうやって守護神関連で丁重に奉られてはいたらしいのだが、時が下るに連れて梶の木そのものにも信仰が生まれやがては祭神としても拝まれるようになる。由來はその葉の神聖さを謳ったもの。なんでも、葉に書いた願いが葉うと、そう信じられていたそうだ。

「梶の木はその特徴的な葉の形に大きさ、そして墨も乗り易かったことから古くから紙の代わりにと使用されていた。遡れば江戸時代には民間人が梶の葉に歌を認める風習もあったとのこと。その頃に民間にも定著していた七夕の折には技巧の向上を願うべく葉の裏に文字を書き込み神へと捧げ、それが転じて現在の短冊に願いを書くという七夕の風習にもなったとされる。ここ古戸萩にも梶の葉に願いを書く行為は伝わり、そして神聖なる神へ捧げる葉と結び付き木そのものを奉るに至った。『ご神木の葉に願いを書き込めばどんな願いでも葉えてもらえる』、そんな信仰が生まれたのだ」

どんな願いも葉える。ここでそのワードが出て來る訳だ。

否が応でも核心へと近付く先輩の語りにを高めていれば、隣の子が居心地悪そうにを捩った。恨めしそうに先輩の橫顔を睨み付けているが、もしかして……。

木神社の立年數は長い。百を優に超える時間、この地に差しているんだ。改めて古い文獻を漁るとその名は確かにご利益のある神としてもしっかりと記されていた。尤も、ここ數十年のに見る影もなく廃れてしまったようだが」

説明を続けつつ先輩はタブレットをテーブルに置く。こちらに見え易いように提示してくれるが。

「神社には祭神である古木の他に絵馬掛け所もあったよ。いや、本來は葉を結び付けるための場所だったんだろうな。現在は葉っぱの代わりか、多數の絵馬が吊り下げられていたが……。その中に、これを見付けたんだ」

タブレットを作して先輩は一つの畫像を表示させた。多數の重なるようにしてある木の板の間に白い紙が紛れていてそれをアップに映しているのだが、紙には丸みが特徴の文字で何やら文章が書き込まれている。

「……あっ!?」

「……これは……」

紙に書かれた文章。それを読んで頭の中が真っ白になった。

形グループの中に混じっている永野真人が邪魔です。グループからいなくなりますように』

それは悪意の願いだった。俺があいつらと離れるようにと、そう希う誰かの願いがまざまざと記されていた。

「なんですか、これは!?」

何も言えずに固まる俺の代わりというように朝日が聲を荒げる。ぎこちなく先輩に視線をやれば、そちらはそちらで険しい顔で隣にいる子をじろりと橫目で睨んでいた。

「私が神社で見付けた願掛けだ。そしてこれを願ったのが彼なのだよ」

全員の視線が子に向かう。子は殺しそうな目を先輩に向けていたが、俺たちまでも凝視すれば流石にうっと怯んだ様子を見せた。

「な、なんのことだか。私は、ただこの人にいきなり呼び出されただけよ。願ったとか意味分かんない」

この後に及んでしらばっくれる気らしい。ふいと顔毎視線を逸らす姿は後ろめたさに溢れているし、先輩が確証もなしに名指しにするはずもない。

「言い逃れは無意味だ。君だと確信して私はこの場に連れて來ている」

「はぁ!? か、確信って何。私がこんなの書いたって証拠でもあるの? これ名前だって書いてないのに」

「実際に永野君が孤立したことを知って本當にご利益があると思ったのか? 今度はきちんと禮法に則り、嵩原君たちと仲良くなれるようにと願いに行ったようだな。氏名を明記してくれたから特定も容易かったよ」

「っ!」

言い返され、子はぐっと息を詰まらせた。を噛んで先輩を睨み付けるが、対する先輩はピクリとも表かすことなく睥睨し続ける。

「こう見えて私は科學捜査にも造詣があってね、筆跡を照會するのは得意なのだよ。こちらの紙の文字と後に書いた絵馬の文字、おみならば一文字一文字比較して証明してみせるが?」

「~~~っ!」

王手。そんな文字を幻視しそうなまでに先輩の追及は鮮やかに子を追い詰めた。子は聲にならない聲でび、そして悔しげに唸りを上げるとぎっとこちらを睨む。

「何よ! あんたが、あんたが全部悪いのに!!」

叩き付けるような糾弾だった。真っ直ぐ向けられる憎悪のに息を呑めば、子は甲高い聲で喚き続ける。

「なんであんたみたいなモブがあの形グループの中にいるの!? おかしいでしょ! あんたみたいなのは嵩原君たちを引き立てるために存在しているのであって、一緒に仲良く旅行先巡るとか何考えてんのよ! なんであんたが良くて私たちは駄目なのよ! おかしいじゃない!」

聲高にび俺を詰る。何を言ってるんだ、こいつは。俺があいつらと一緒にいるのはおかしい? まるでそれが正答であるかのように子は語気も強く俺を責め続ける。

「はっきり言ってあんたは邪魔! せっかく他では滅多にお目に掛かれない形が三人も固まってくれてるのに、どうしてそこに平凡が紛れ込んでるのよ! 絵面も悪くなるし私たち子を差し置いて仲良くしてるのも納得行かない! あんたのその立ち位置は私たち子に譲るべきものでしょ! それなのに気も利かないで……!」

「な、何それ……!?」

「……つまり、君は嵩原君たちと仲良くしている永野君に嫉妬してこんな願い事をしたと、そういうことか?」

あんまりな機に憤る朝日とは対照的に、先輩は努めて冷靜さを保ったまま子に斬り込んで行く。直球にを突っつかれて子の目が更に吊り上がった。

「嫉妬じゃないわよ! ただ邪魔だっただけ! を弁えてさっさと嵩原君たちから離れていたらわざわざ願ったりもしなかったわよ!」

「願い……。噂を聞いて試してみたのか?」

「そうよ! 男子があんたとそっちの子が別れるようにって願っていたのを聞いて……! ……ああ、そうよ。あんた男子からも嫌われてるみたいね。やっぱり人として駄目な人間なんだ? そんな人間が嵩原君たちと一緒にいるのは間違ってる。私のやったことは正しいんだわ」

冷たく目を尖らせて子が俺を笑う。嗤う。ニタニタと、歪んだ顔が毒を吐いて俺を睨め嬲る。胃に冷たいものが落ちた。

「馬鹿なこと言わないで! あなたが間違ってるに決まってるでしょ! あなたの所為で先輩は……!」

「何よ。一年の癖に先輩に楯突く気? あんたみたいな綺麗な子がそいつに味方するのもおかしな話よね? どうせあんたも願ったんじゃないの? 形な人間とお近付きになれますようにーとか。そうでもしないとあんたみたいななんの取り柄もない人間、その子に告白だってされることもないでしょうに。噂に劣らず最低な人間ね、あんた」

「……っ!!」

蔑んだ目が俺を貫く。それは俺も重々に自覚のある疑問で、面と向かって突き付けられて心の片隅にざわざわとした疼きがを生やした。

「いい加減にして!! さっきから先輩のこと好き勝手に言って……! あなたの行で、言葉で、どれだけ先輩が傷付いたのか分からないの!?」

「そいつが傷付こうが私には関係ないわね。むしろ傷付けられたのはこっちよ? おかげで楽しい旅行になるはずだったのに臺無しになったんだから」

「……君の願いの所為で永野君は嵩原君たちだけでなく全校生徒からも白い目を向けられる狀況に陥った。それについて君は自分は何も関係がないと言うのか?」

「え? だってそれは私の所為じゃないし。もしかして私の願いが葉ったからだって思ってるの? 所詮神頼みなんてプラセボ以上の効果なんてあるはずないじゃない。高校生にもなって神様の存在信じてんの? 馬っ鹿みたい。そいつが嫌われたのは元々嫌われるだけのことやらかしてたからでしょ。私の所為にしないでよね」

「……」

無茶苦茶だ。さっき二度目の願掛けだってしていたことを明らかにされたのに、こうも簡単に意見翻すってなんだ?

子は吐き捨てるようにして先輩たちに言い返し、そして再度俺を睨み付けるとガタンッと椅子を蹴倒す勢いで立ち上がる。

「もういいでしょ。オカルト信じ込んでるあんたたちと話してたら私までジメジメしたのが移りそう。やっぱりこんな気臭い所になんか著いて來なければ良かったわ。あ、適當な噂なんか流したら許さないわよ。もし私の噂が流れたら今日のこと正しく広めるからね」

そう最後に全員の顔を見回して宣言し、子は大で部室を橫切って暴に扉を開けて出て行った。バンッと無遠慮に叩き閉められた音が部室に僅かな反響を殘して木霊する。

あとには呆然と消えた子の背中を見つめる俺たちだけが殘されたが、その靜けさも直ぐに朝日の怒りの聲によって散らされた。

「……蘆屋先輩! どうしてあんな人を先輩の前に連れて來たんですか!?」

「……すまなかった。だが願いの痕跡は確かに神社にあった。ならば永野君には報せるべきだと、そう思ったのだ」

行き場をなくした憤りを朝日はんで先輩にぶつける。それに先輩は謝罪で以て応えた。

まざまざと純粋な悪意をぶつけられ放心狀態に近かった頭も、先輩の言い様にどうにか反応を示せた。

「俺には……?」

「ああ。……一度私は神の存在を否定した。そんな私が口に出しても信じてもらえないかもしれないが、今回の異変には神が関わっている。私は調査によりその結論に至ったのだよ」

飽和気味の意識をい立たせてどうにか先輩を見る。先輩は真っ直ぐに、酷く真剣な気配を纏って俺を見ていた。……いや、放つ雰囲気はいっそ深刻なまでに憂いを帯びている。

「え、でも昨日には蘆屋先輩は否定されてたんじゃ? どんな願いも葉える神様ではないと」

「そうだね。だが昨日の見解は調査不足による間違った報告だった。それというのも『木神社』の祭神は単なる神ではない。現在は祟り神として多數に不幸をばらまくものへと変じてしまっている可能があるのだ」

「……え?」

ついと朝日が疑問を口にするのに返ってきたのは予想外の答えだ。傍で聞いていて俺までも呆気に取られてしまった。

先輩はポカンと口を開けているこちらを気にするでもなく、真剣な雰囲気をしもせずに話を続ける。

「私も確かな証拠からそう結論付けた訳ではない。だが、昨日神社に赴き數々の願いの文言を直に確かめ、そして改めて校の噂を見直したことでこれ以外にはないとそう確信した。彼の神はただ人の願いを葉えるものではない、願いの中でも人を不幸にする願いを葉えるのだとね」

先輩は斷言する。迷いない宣言はただそれだけで背筋がゾッとするような怖気を孕んでいた。それこそ、先輩のその宣言こそが何よりもの不吉な託宣だとるくらいに。

「……どういうことですか?」

潛めた聲で訊ねてしまう。知らず張でもしているのか、真実が分かるはずなのには自然と構えていた。

先輩はこちらの怖じ気を理解しているように一つ頷くとゆっくりと事の次第を話し出した。

「昨日、君から作する者の存在を明らかにされたあと、私は直ぐ様神社へと向かった。文獻や風聞からは分からない直の報を得にね。そして私はそこで多數の人間の願いにれた。様々な願いの文言が書かれた絵馬が並ぶ中に先程見せた君の不幸を願う紙も紛れていたのだ」

思い出すのは俺を排除しようとする願い。俄に鼓が早鐘を打つが、這い寄るをぐっと堪えて先輩の聲に耳を傾ける。

「問題はその願いだ。健康や吉兆、誰かの幸せをむ願いもあるにはあるが、それ以上にあったのが誰かの不幸をむ願いだった。多數の絵馬がギッチリと隙間がないほどに並んでいたというのに、その半數以上がそれなのだ。正に異常の景であったよ。あの神社では専ら人の不幸が願われていたのだ」

「……そんな、ことって……」

信じられないと言いたげに朝日が震えた聲をらした。

そういうこともままありはするか。人の願いは何も誰かの幸せをむものばかりじゃない。誰かが不幸になることで自分が幸せになることもありはするんだ。俺の不幸を願ったあの子のように。

「不幸を願うものばかりだったから、それで祟り神だと判斷したんですか?」

「いいや。無論これだけが理由ではないよ。絵馬を調べて確信を得た私は再度校の噂について査した。するとだ、校で流れた噂の幾つかに、神社で願われた文言と似たような狀況の話が見付かったのだ」

「え……」

今度こそ、今度こそ背筋がゾッと鳥立った。

「それって……」

「願いが葉ったのだろう。誰かは試験に落ち、誰かは人にフラれ、誰かはが不幸な目に遭ってしまった。數はそう多くはない。だが絵馬にて願われた容と噂の容が酷似することなど早々あるものではない。そうだろう?」

訊ねられるも答えを返す余裕はない。願いは葉っていた。それは全て誰かが不幸になる類の願い。木神社の祭神が祟り神であるから……?

「思えば願いが葉ったかどうか想が割れていたのも無理からぬことであったのだろう。葉うのは不幸な願いだけ。幸せをむ者は葉えてもらえず、むしろ不幸へと陥れられた。願いは葉わなかったと答えた人間はむしろ不幸な結果になったとそう嘆いていたのだからな」

「し、幸せを願ったのに不幸に?」

「ああ。昨日までの私はそんな偏りすら視界にはっていなかったが、調査容を見直せばはっきりと示されていたよ。だからこそ、私は彼の神を祟り神だと定めた。幸は不幸に、不幸は厄に。縋る者にと更なる厄をもたらす神など、そう呼稱する以外に著す言葉を私は知らない」

愕然と先輩の話に聞きった。幸を、不幸に。不幸を、厄に。願いを葉える神様、でも実態は人の願いを厄にしてばらまく祟り神。まさか、真実はそんな厄介極まりない存在だったなんて。

「た、祟り神って、でも元は信仰もされていたんじゃ……」

「そうだね。神聖なものとして崇められていた時期も確かにあったようだよ。……尤も、あんな姿では反転してしまうのも無理はないが」

「え?」

「いや、なんでもない」

何か小さく溢されたので聞き返したが躱されてしまった。あんな姿とは一……。

「以上のことから私は件の神を祟り神だと斷定し、此度永野君のに起こった理不盡極まりない一方的な誹謗中傷も彼の神の力によってされたのだとそう結論付けた。君への願いは著しく君を不幸へと追い込むものであって、だからこそ校のほぼ全ての人間が君を排斥するという大きな厄へと変化してしまったのだろう。無論、私も君を理不盡にも追い込んだ側である」

そう言って先輩は立ち上がるなり深く俺に向かって頭を下げた。長い黒髪がいつぞやのようにテーブルに落ちてうねる。

「すまなかった。噂を信じ、君の本當の姿さえ見えなくなっていた。謝った所で君がけた傷が治るとも思えない。それでも、君を理不盡にも傷付けてしまったことをどうか謝らせてしい」

頭を下げたままに先輩は真摯に謝罪する。まさか。正気に戻った、のか? 神が関與していると気付けたから?

「……」

驚いて、何か返すことも出來ない。室に沈黙が満ちた。

ぐるぐると先輩の話した真相が頭の中で回る。

俺を窮狀に追い込んだものの正は祟り神。俺の不幸を願う人間がいて、そいつの願いを葉えたからこそ俺は校で孤立することになった。

全ては、その神が元兇なのか。

「……」

結論を下して席を立つ。軋んだ音を立ててパイプ椅子が背後に弾んだ。はっと先輩に朝日もこちらを見上げてきた。

「永野、君?」

「……その神が元兇だというなら、俺も調べに行こうと思います」

先輩の目が丸くなる。朝日からは息を呑む気配もじられた。

二人からの言いたげな空気を振り切るようにして鞄を手にして扉に向かう。背後から慌てた先輩の聲が掛けられた。

「……っ、待て! 永野君! ならば私も同行をっ」

「いえ。一人で行かせてください。確かめたいことがあるので」

首だけ振り返って先輩の申し出を斷った。誰かと一緒では都合が悪い。俺は真実を確かめに行く。他に人がいるとその目を気にしてしまう。

「……っ」

「大丈夫です。ただ神社を訪ねるだけです。危ないことはしませんから、先輩もそう心配せずに帰りを待っていてください」

「先輩っ」

「朝日も。大丈夫だ。ちょっと確認しに行くだけだ。土曜日なのに付き合わせて悪かったな。あとでちゃんと結果は報告する。それまで待っていてくれ。な?」

著いて來ようとする二人を牽制してこの場に留めた。ここから先は俺一人で充分だ。これ以上誰かに負擔を掛ける訳にはいかない。

「……」

「……」

「先輩。真相を調べてくれてありがとうございました。そして、先輩の謝罪もれます。それでは、先に失禮します」

最後に禮を述べて、そしてオカ研部室をあとにした。目指すのは件の神社、木神社だ。

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