《高校生男子による怪異探訪》22.木神社
木神社は學校から南東、蘆野川の下流沿いにある。
學校からはそこそこに距離がある。バスでは四十分、歩きだと數時間以上は掛かるか。市街地からも外れた位置にあるために最寄りまで行くバスの本數もなくて、ただ向かうだけなのにそこそこに時間も掛かってしまった。
土曜で早上がりだったのにもう午後も過ぎている。冬の日りは早いから、迅速に行していかなければならないだろうよ。
それなのに、だ。
「……やっと著きましたね」
寂れた小徑の只中に突っ立って、『木神社』と名稱の書かれた石碑を前にして隣からやや張した聲でそう呟きを落とされる。俺の獨り言ではない。隣には朝日が神妙な面持ちで並んでいた。
「……本當にお前も來るのか?」
「はい。ここまで來たんです。最後までお供します」
改めて訊ねるけど、ふんすと鼻息を荒くされただけで退く様子は微塵もない。
どうして一人で出発したはずなのに朝日がいるのかと言えば、それはただ単にあとを追われたからだ。
『先輩! 待ってください! 私も一緒に行きます!』
『!?』
一路木神社だとバス停に向かって歩いていた所を背後から走ってきた朝日に止められた。もう本日は解散と、そんな気持ちで朝日には別れを告げたはずだったのだが。
『いや、俺一人で』
『今更外そうとしたってそんなの許しません! これまでずっと一緒にいたんですよ! なら最後までお側にいます!』
『いやでも』
『追い返そうとしたって聞きませんから! 何があったって先輩を一人にはしない、私はそう心に決めているんです!!』
目一杯の嘆符を付けられて反論の盡くを封じられてしまった。梃子でもかないとそう強い決意を滲ませる朝日を説得するだけの話なんざ俺にはなく。
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何よりもそんな熱烈な告白と捉えられざるを得ない発言をその辺の道端でかまされた俺には、直ぐにその場を離れるという逃げの手しか打つことは許されなかった。まだ日も高いというのに。あの道行くおばちゃんとかサラリーマンの生溫い目は暫く忘れられそうにない。
そんななし崩しなじで朝日の同行を許してしまい、そしてこうして神社前までとうとう辿り著いてしまった。朝日の押しと世間の目に負けた結果だが、でも本當に朝日を連れて行くのは拙い。
「……朝日、やっぱり今からでも帰って」
「先輩! さぁ、早く調べましょう!」
隣に話し掛けたけどそこには誰もいない。え?と意表突かれていれば聲は鳥居の向こうから聞こえる。もう敷地にってる!?
慌ててあとを追えばこぢんまりとした境のその中に確かに朝日はいた。怖じとかしないのこの子。一応、ここの神様は本の祟り神だとそう結論が出されたはずなのだが。
「待て、勝手に突っ走るな……」
「想像以上に寂れていますね」
話聞かない。キョロキョロと境を見回すばかりで警戒心も特段なさそう。
やはり連れて來たのは間違いだったかもしれない。いや、恐らくはやる気に逸っているだけなのだろうが、あまり前のめりに挑まれてもそれはそれで怖い。
今後への不安に一つ息を吐き、まぁ今更だと気持ちを切り換えて俺も境に目を向けた。
木神社は朝日の指摘にもあったようにかなり寂れている。神社を囲う柵や石碑も汚れてボロボロになっていて、外観だけでも長いこと人の手がってないのかとそんな印象も持ったりしたのだが、足を一歩踏み込んでみれば中は更に荒れ果てた様相が広がっていた。
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普通、鳥居からは真っ直ぐと參道がび、その先に拝殿ないしは本殿があると思う。ここ木神社もそう変わった造りなどではないと思うのだが、その參道がまずぐちゃぐちゃになって真っ直ぐびてるのかも分からない。
足元には葉っぱや枝や、あとはビニール袋やゴミなどが散して道らしき道も見えない。積もったゴミのその下に石畳らしきが辛うじて顔を出していたりするが、これが正常な狀態、な訳はないよな。商店街の、穂木乃神社と比べても荒れ様は尋常じゃない。
狹い敷地に建つ各施設も風化が激しいな。って直ぐの脇に手水舎らしき箱はあるけど水は涸れていて空っぽだし、奧には本殿らしきこちらもボロボロに朽ちた建屋があるがとても神のための建だとは思えない。
全くと大切に扱われている痕跡が窺えないな。祟り神なら當然、いやむしろ丁重に扱うよな? いや、元はきちんと信仰されていた神、という話だったはず。いつからか廃れたと聞いたが、これは……。
「あ、先輩……!」
嫌な予に唾を飲み込んでいればふいに朝日が俺を呼んだ。切迫の滲む聲に何事かと慌てて朝日の姿を探す。狹い境だったこともあって朝日の背中は直ぐに見付けられたのだが、その背は何かに怯えているように竦んでしまっていた。
「どうした?」
「こ、これ……」
駆け寄り訊ねると朝日は弱々しく前方にと指を差す。釣られて前に目をやると、そこには黒く歪な巨大な棒のようながあって。
「……あ?」
いや、違う。これは棒じゃない。真っ黒に染まって原形なんざ殘っちゃいないけど、張り出した枝の名殘が見えるそれはどうやら大きな木の殘骸らしかった。
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「これは……」
思わずと言葉に詰まる。まさか。でも本殿の隣、鳥居からも真っ直ぐその先にある巨木と言えば。
衝撃に固まる隣で朝日があっと聲を上げた。
「せ、先輩、これ……」
指で以て示されるのに目をやれば、黒い木らしきの傍には古ぼけた立て札があった。風雨に曝されて元の木のさえ褪せてしまった立て札には何事か文言が書かれている。
「立て札……。この木の解説か……?」
「そう、だと思います。『……古來より古戸萩の守護神へ捧げる供のたる葉を獻上される……、……あらゆる願いをの葉の一つ……、慈悲深き神、葉様……』」
朝日は辿々しく立て札に書かれている文章を読み上げた。所々文字が掠れて、後半はこちらも黒く汚れてしまっていて読めなくなっているが、恐らくはこの神社の祭神、梶の神木を解説しているんだろう。
つまり、やっぱりこの朽ちているようにしか見えないが祭神にして神木の、木神社の崇める神様であるようだった。
「……噓だろ……。なんでこんな……」
「……これ、黒いのは焦げているみたいです。もしかして何かの弾みで火事に……?」
呆然と見上げていると朝日が隣でそんな分析なんかする。確かに、よくよくと観察した木の表面は炭になっているのが見て取れた。立て札の汚れも焦げた痕であるらしい。過去に神木が燃え上がるような酷い火事がここではあったのだろう。
「祭神が燃えるなんてそんなの有りか……?」
「もしかしたら、この神社が廃れてしまったのも神が焼失してしまったのが理由なのかもしれませんね。守護神様の方は今年も奉納のお祭りをやっていたのに、縁のあるこの神社がここまで寂れてしまっているのも納得出來ませんし」
憂げに語る朝日になるほどと中で同意する。それは、奉ってる神様がこんな姿になったら信仰も何もない。核なはずのご神木は真っ黒焦げで、本殿もボロボロに風化していつ崩れてもおかしくない……。
ん? 今、何か引っ掛かった、気がした。違和というか、どこかおかしかったような。
「……祟り神、というのも神が傷付いたからそうなってしまったんでしょうか……」
己の思考に耽りそうになった所で隣からの囁きにはっと我に返る。途方に暮れたような聲を落とし、朝日は木を見上げていた。俺も倣って高く上にびる黒焦げの幹を窺う。
梶の木は落葉広葉樹だという。高木に屬するもので高さは十メートルにも上るものだってあるらしい。本來百年を超えるほどに生きた木であったなら、この神木もさぞや大きく枝葉だってばしていただろうに。
今目の前にある木は枝だってほぼ殘されてはいない。焼け落ちたか、あるいは維持も出來ずに落木したのか。申し訳程度に焦げたからびる幾つかの枝の先に、葉っぱは一つだって見當たらなかった。季節的には葉が著いていないのは自然なことだとは思うけど、でも多分これは季節関係なく葉はもう著かないんだろうな。
火事により神木そのものが傷付いて神としての有り様にも変化が生じてしまった。そういうことなんだろうか。
てっきり信仰が失われたから崇める神から祟られる神になったとか予想もしていた……、いやどちらにせよそう大差はないのか。信仰が失われたのは神の喪失に伴ってのことだろうし、なら切欠は神木の焼失になる。
痛々しい木を曬す巨木を見れば、人に寄り添っていたはずの祭神が人に厄をばらまく存在にと変化するのも無理もない話であるように思えた。……ああ。先輩が小さく溢したのもこのことだったのか。この慘狀を目の當たりにしたことも、祟り神に変じたと判斷する拠にはなっていそうだな。
暫く沈痛な思いで二人神木を眺めた。祟り神と呼稱されても人の不幸を願うみは葉えていると聞いたからもっと立派な姿を想像もしていたのに。
実はただ樹齢の長さを語る、巨木だった頃の名殘を見せるだけの損なわれてしまった木だったなんて。
「……ん?」
これ以上眺めていても変に同心などが湧いて來そうなのでそっと視線を逸らす。すると神木の斜め前、し離れた位置に何やらわさっと木の板が大量に吊されたがあるのに気付いた。鳴子の激しい奴……?とか一瞬頭を過ぎったが、どう見ても絵馬掛け所だ。
「朝日」
「え? ……あ、絵馬、ですね」
朝日を呼んで二人で近付く。近くで見れば尚のこと掛けられた絵馬の多さが嫌でも目に付いた。普通は紐を引っ掛けて絵馬が正面を向くようにと吊すはずなのに、それじゃもう吊せないからと空いた隙間も埋めるようにして絵馬を突っ込んでいる。勝手に釘なんかも追加したな、こりゃ。
「大量ですね」
「ディスカウントストアばりの陳列度だな」
「そ、その例えはちょっと」
確かに、一応は神事的な意味合いのあるなんだからあまり俗っぽく言うのもなんだ。
でも様相は異常だぞ。多數の絵馬が僅かな隙間も埋めるようにしてびっちりと並ぶ様はとても神聖さなどじられない。むしろ人のの煮凝りを見ているようでちょっと気持ち悪いくらいだ。
「……これだけの數、普通は満杯になるなり願いが葉ったりしたなら外される、よな?」
「ですね。神社の荒れ合から見ても長らく人の手がってないのは確かでしょうし、多分この吊り下げられた絵馬は神社が放置されて以降に祈願されたもの、になるんじゃないでしょうか?」
そう言いながら朝日は奧の方に見えている絵馬にそっと手をばす。隨分と古ぼけていて紐も切れ掛けているのかずり下がっているそれを軽く手前にと引っ張った。文字もれてしまっているが、辛うじて年數部分は読めそうだ。
「これ、三十年も前の日付です」
「その頃からこの狀態……、つまりは神木はそれくらい昔に焼失したのか」
首だけ振り返り背後の神木を見やる。それだけの時間をこの狀態で放っとかれたのかと思うとどこか侘しさもじてしまう。
いや、同はするな。こいつは元兇。願いを葉えただけだとしても敵には違いない。
「……あ」
気持ちも改めてと絵馬の方に向き直り全を見通したそこで、木の板に紛れるようにしてある白いを見付けた。ギュウギュウに詰められた比較的新しい絵馬の間にあるそれを引っ張り出して中を確認する。
「……」
思った通り、それはあの子の記した祈願だった。『形グループの中に混じっている永野真人が邪魔です。グループからいなくなりますように』。俺が三人から見限られるようにと願う、理不盡で自己本位極まりない願い事。
「先輩……」
朝日も気付いて気遣わしげな聲なんか掛けてくる。大丈夫、なはずだ。流石に二度目ならそうけるショックも大きくはない。
「大丈夫だ。それよりも他にも紙で祈願してるがあるな。なんでちゃんと絵馬を用意しないんだか」
「……多分、準備不足だったんじゃないでしょうか? ここでは絵馬を手にれることは出來そうにないですし、ただ噂を聞いてやって來ただけの人なら事前に準備しておくことも失念していたんじゃ」
「あー……。ありそうだな」
「紙はどれも真新しいですし、もしかしたら全部學校で噂を聞いた人たちのものかもしれないですね。噂ではそこまで的な手順は明らかにはなってませんでしたし、ただ形式だけを整えてこうなったのかもしれません」
朝日の解説聞いてるとそれが正解なようにも思えてくるな。きっかりとした絵馬と違い多分ノートとかルーズリーフの切れっ端を流用しての絵馬擬きの紙っぺらは、その厚さ相當に存在自が浮ついていて薄い。落ち著いた木の合いの中では非常に目立っている。
その中の一枚を手に取る。書かれていたのは『テストで良い點が取れますように』。実に他もなく、そして學生らしい願い事だった。次に見たものには『しのあの子が振り向いてくれますように!』。これも學生かもしれないな。
他もこんなかなと更にもう一枚覗いて、見えた容に思わずときが止まった。
『永野真人が朝日春乃に嫌われますように』。よれた紙には汚い文字でそう書き込まれていた。
ああ。そういえば子が男子が云々と言っていたっけね。これがつまりはそうなのか。
朝日に気付かれないようそっと元に戻して他の浮き上がってる白を眺める。全部が、とは言わないけど複數が俺関係だったりする、かね。いや、流石に。でも有り得なくはないよな。若干距離を取ってしまうのは無理もない反応だろう。
ああいう、他人の不幸をむ願いだけが葉えられるか。先輩はここに並ぶ絵馬の半數以上が不幸をんでいたと言っていた。実際、パッと見回すだけでも読み取れる絵馬の文言は薄暗いものが目に付く。
この神社は厄をばらまく祟り神だからこそそんな願いばかりが集まっているのかもしれないが、でも幾らかはそんな人間の勝手な願いがここの祭神を歪めたんじゃないか。そう思うことは間違っているだろうか。
祟り神になったから歪んだ願いばかりが集まる。歪んだ願いが集まったからこそ祟り神になった。コロンブスの卵みたいな問答だな。焼け落ちた神木を見るに恐らくは神の変質自が先だとは思うが、この圧されたかのような祈願の跡を見るとどうしても人にも問題があったんじゃと思わずにはいられない。
祭神に寄りたくはないんだけどな。良くない思考を頭を振って散らす。
俺も不幸を願われた側なんだから……、そう考えてふとさっきの願い事が頭に浮かんだ。がっつりと朝日が俺を嫌うようにと願っていたんだがこればかりはなんでか葉ってないのな。むしろ現在は俺の唯一の理解者として朝日は傍にいてくれている。
これまでのご利益っぷりを勘案すれば朝日だって俺を嫌ってくれてもおかしくはないのに。
ちらっと橫目で朝日の様子を窺った。真剣な目で絵馬を検分している。なんで以前と変わらず、むしろより頑固に俺を慕っているんだか。あのお守りが効果あったのか? 現狀はそれくらいしか心當たりはないしな。
「……『葉』じゃないんですね」
「え?」
盜み見ていたらポツリと朝日がよく分からない呟きを落とした。聞き返せば「これ」と絵馬を指差す。
「この神社では神の梶の木の葉を用いて祈願をするはずですよね? でもここに飾られている中に葉っぱはありません」
「……あー、確かに。でもあの木が焼けたのはもう大分昔だし、葉っぱを使うことは理的に無理だったんじゃないか? だから代わりに絵馬を使い出したとか」
「代替だったんでしょうか? でも、それって神が失われても尚願いを葉えてもらおうと縋った人がいた、ということになりますよね」
「あ……」
それは、そうか。葉の代わりにと絵馬を持ち出したのならそれは神が失われた後になる。崇める対象が失われたのにそれでも願いを葉えてもらおうと縋った、て……。
「なんだか、酷く勝手な気がします」
じっと絵馬を見つめながら朝日はそう突き放すように言った。
祭神がああなっても、それでも尚縋りたいほどの願いがあったと思うことも出來るだろうけど、でも勝手極まりない願いの數々を見たあとでは同する気も湧いては來ない。
願いを神にと託す前にやることがあるのでは。荒れた境に焼け落ちた木を見ればとても祈願した人間に共なんて出來そうにない。
「……し、無神経な気はするわな」
「……はい」
同意を返せばこくりと頷かれた。なんだかな。ここに來るまでの決死の覚悟も大分と薄らいでしまったな。事の元兇なはずなのに。俺の窮狀を招いた黒幕なはずなのに。
「『葉様』と神様の名前にも葉っぱはっているんです。絵馬で代わりとするのも本來は間違った方法だと思うんです」
「ああ。そういえばそんな名前だったか。『葉様』って、葉っぱを使って願いを葉えるからっていう由來から來てるのか?」
だとしたら安直な名付けだな。仮にも神様の名前批判とか口には出せないけど。
『葉様』か。これ正しくはどう読むんだ? ハアヤツリ? ハソウ? ヨウソウ? 人名と地名は當て字もあって漢字通りに読まないパターンもあるから難しいんだよな。昔の名稱だと変に濁ったり略することもあるから本當一発で當てるのしんどい。
ちょっと捻ったじで読むなら……。
「ハヤツリ?」
「ア」を一文字前と合させる。こっちの方が呼び易くはあるわな。意外とこれが正解だったりして……。
そんな呑気な思考は突如聞こえた葉りの音にどこかへと消えた。
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