《高校生男子による怪異探訪》25.暮れ行く境で
第九章《流言飛語》ラストです。
一先ずの沈靜を確認し絵馬にも異変はないかと調べる。結果、絵馬はどれも普通のに戻っていて書かれた容もおかしなものはない。
どうにか異常は解消出來たか。日も暮れ始めた境で安堵にほっと息を吐いた。
「……なんとかなったようだな」
「……そうですね。一時はどうなることかと思いましたけど」
朝日まで深く息を吐いてる。まぁ、普通に生きていたらまず出會すこともない異常事態だわな。突然絵馬が黒くなったり、文字が宙に浮かんだり焼失していた木が復活したり。
それに文字がるのだって普通は有り得な。あ。
そこまで思い至り自分がかなりのやらかしをやっていたのではと気付いた。明らかに科學では説明の付かない振る舞いをしてなかったか、自分。
非常事態だったために後のことはなんも考えてはいなかったけども、今そのシワ寄せが押し寄せてきている予がする。
朝日は不審がってないか。異常な現象を沈靜させる人間が、同じく異常な存在だと見なされるなんてのはよくあることだろう。
いや、これまでの朝日の言を鑑みればそう俺に不審を向けることもないのではと思いもするけど、でもそれはご都合主義な考えであるようにも思えるし。
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うーんと心で深く頭を悩ませていると朝日がこちらにを向けた。真正面から見上げられてドキリと心臓が跳ねる。な、何か言われるか?
嫌な悸に冷や汗なんて掻いていると、向き合った朝日はへにゃりと気の抜けたじに相好を崩した。
「二人共無事です。なんとか出來て、本當に良かったですね」
笑顔でただそれだけを口にする。俺を訝しむでもなく恐れるでもなく、ただ無事に済んだことを喜んでる。
え。正しい反応か? それがいの一番に飛び出す臺詞か? 懸念していた発言でもないのにどうしてか納得いかないが強く出て來てしまった。
「え、いや。朝日、お前はそれでいいのか?」
「え?」
「いろいろ、その、いろいろと気になることがあるんじゃないかと……」
気付けば口に出していて最後が切れとなる。自分からなんで地雷原に踏み込むような真似してるのか。
我に返るももう遅い。吐いた言葉はもう飲み込めない。
「……」
朝日からは沈黙が返ってきた。勇気が持てずにそっと視線を逸らしてしまったためにどんな顔をしているのかも分からない。
どうしよう。朝日のことだから気を遣って敢えてれないでいてくれたのかもしれない。今頃その可能に気付いたけどどうしようもない。
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俺が怖い。樹本が言っていたことを思い出す。朝日にまであんな顔をされたら。ズンと胃の下が重くなった。
「……確かに、いっぱい驚くことがありました」
黙っているに靜かに朝日が語り出してしまう。出だしの一言で朝日が正常に起こった出來事を把握しているのだと察した。何を言われるか。早鐘を打つ鼓が嫌でも俺を追い詰めに掛かる。
「これは本當に現実なのか、夢でも見ているんじゃないかって、怖くて足だって竦みました。でも」
そこで朝日が區切る。何も続かないので恐る恐ると視線を戻せば、こちらを真っ直ぐと見つめる朝日の目とばちりと音も上がりそうなまでに合った。
俺の目を覗いた朝日はそこでらかく微笑んだ。
「先輩が守ってくれていたから。私を助けようって必死になってくれていたのを知っていたから。だから最後まで立っていられました。先輩、私を助けてくれてありがとうございました」
そこで嬉しげにはにかむ。俺への不審なんざ欠片だって見せず、反対の謝の言葉を告げてくる。
話が理解出來なかった訳じゃないだろう。朝日は賢い。俺が暗に聞きたかったことだって察しているはずだ。なのにそっちには何もれずに助けてもらったと謝だけを伝えてきた。
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それが朝日の答えか。俺を不審に思うことはなく、むしろ謝をしていると。朝日はそう、自分の思いを伝えてくれたんだ。
なんで、とかどうして、とか俺の方こそ朝日への不審が一杯だ。どうしてそんな俺に信を寄せてくれる。朝日からすればあまり接點もない顔見知りではある先輩にしか過ぎないだろうに。
俺のどこに異常を目の當たりにして尚信じられる部分があるのか。寄せられる信頼をでじる。それがとても重たくて、分不相応に思えてきて。
そして直視出來ないくらいにはどうにも照れ臭くて仕方なかった。この信頼の底にあるもの。流石にもう変に誤魔化すことも出來ない。朝日が抱く俺に向けるのそれを、意識せずにはいられなかった。
「……いや、そんな大したことはしてないから……」
居たたまれなくて返事も曖昧なものになってしまう。若干顔が熱い気もする。今の顔を朝日に見られたくなくて視線を逸らすがあんまり意味はないよな。後ろ振り向くくらいやらないと視線は切れないだろう。
なんでこんなにも俺に好意を寄せてくれるのか。昔の記憶を掘り出すと俺が朝日を助けたから、という理由だったよな。
凍雨の、雨を降らせていた男と対峙した際、その場に倒れていた子は朝日だった。そこでなんでか俺が朝日を助けたことになっていて、だから好きになったと。
中庭での公開告白も本當は助けてもらったお禮を言いたかったのが本當の所だったとはあとで教えてもらった。それだって俺には朝日を助けた自覚もないんだから相手が違う。
あの場で朝日を守っていたのは檜山で、庇ったのは嵩原と樹本だったから多分この三人の誰かが當て嵌まるはずなんだよな、本來。
本當なんで俺? そういえば詳しく話を聞いてなかったよな。
「先輩は神様にだって立ち向かわれたんです。充分に大したことしてますよ」
「……なぁ、ちょっと話が変わるけど、聞きたいことがあるんだが、いいか?」
「え? あ、はい。なんですか?」
俺の答えに不満そうに反論していた朝日に直球で切り出す。一瞬虛を衝かれた様子を見せたが、でも朝日は直ぐに快諾してくれた。
「前に、朝日は去年の春頃に俺と會った、みたいなことを言っていたけど、それに間違いはないのか?」
「え……」
一瞬言い淀む。なんでそんなことを?と目が語ってるな。確かに脈絡も何もない。突然過ぎるしもうし言葉を付け足した方がいいか。
「あの長い雨が降り続けていた時に、朝日は俺と會ってそこで助けられたって言ってただろ? 俺にはお前を助けた記憶なんてないからさ」
「……」
朝日は黙り込む。拙い問いだったろうか。あるいは話の流れでまた俺が朝日の気持ちを疑ったとかそんな風にけ止められたのかもしれない。いや、厳に言えば間違いでもないんだけど。
「……そういえば、先輩には詳しく話してませんでしたね」
心ヒヤヒヤとしていればこちらの焦りを察したように朝日は靜かに口を開く。聲には怒っている気配はじられないが。
「あの時、雨雲のその真下に雨を降らせる男の人がいるという噂が広まっていたのをご存知でしょうか? そしてその男の人は人を昏睡狀態にさせる病気も撒き散らしていたらしいんです」
「あ、ああ。そんな噂もあったな」
嵩原が突き止めて春に関係する名前を持つ人間が襲われるとか言っていたな。朝日があの時倒れていたのも『春』の字が名前にあったからだろう。男と遭遇して倒れた所にあいつらが駆け付けるとか、今考えても凄い巡り合わせだと思う。
「実はその病気は名前に春に関するものがってる人が率先して罹る、という噂も流れていたんです。倒れた人たちの共通點を見付け出そうとした人がいたらしくて……」
「え……」
「噂でしたよ? 病気に罹った人を排除しようなんて意見も出ていた頃ですし、名前が出回ることはありませんでしたけど、でももしかしてといった風には周りの人たちは口にしていました」
朝日は苦笑を浮かべて當時の様子を語る。いや、そうだよな。嵩原も患者の名前から推理したんだ、同じことをやる人間がいないはずもないし、そういった特定を得意とする人間だっているはず。
でも朝日が耳にするくらいに広まっていたのは驚きだ。だって、それだと朝日は。
「……」
「……気付いちゃいますよね。私も名前には『春』がっていました。友だちは奇異の目を向けるより心配をしてくれましたけど、他の人たちからは私も病気に罹るんじゃ、て遠巻きにされたんです」
やっぱり。あの頃の風聞に対する敏さは異様なレベルにまで上がっていた。突然に発癥すると思われていた病気については患者のにだって厳しい目が向けられていたほどだ。
率先して罹るなんて噂でも流れたらそれは。
「……あの日、私は落ち込んでいました。學校で病気が移るからと酷く拒絶されて……。庇ってくれる子もいました。でもそれ以上に冷たい目が向けられて……。だから一人で帰路に著いていたんです。今は誰とも一緒にいたくないなって」
悲しげに視線を落として話す朝日にめる言葉も出て來ない。周囲から拒絶されることの苦しさ。今の俺ならそれは骨にだって染みるほどに理解出來る。
無理矢理聞き出す話でもないのでは。躊躇いが滲み出したが、止める前に朝日は口を開いた。
「その途中で出會ったんです」
容の欠けた話だが、誰となんて聞く必要もない。雨雲の下の男だろう。
「最初は激しく雨が降ってるのに傘も差さないのかと不思議に思いました。でも近付くと違和があって、それが何か気付く前に酷く冷たい風が吹いて目の前が真っ暗になりました」
「冷たい……?」
「はい。多分、一緒に雨も吹き込んだような気がします。真冬みたいに寒いなとそう思った次の瞬間には倒れたんだと思います。意識も朦朧となっていました」
思わず聞き返せば更に詳しく語ってくれた。あいつが降らせていたのは冬を留めるための凍雨だ。春を否定してずっと冬を続けさせるための雨だった。
「その朦朧となった意識の中でずっと語り掛けられていたんです。『春は要らない。春は來るな。ずっと冬のままでいろ』て……。何故かは分かりませんけど、『春』を否定するために私も否定されたようでした」
驚きの話を明かされる。まさかあの男の聲が朝日に屆いていたなんて。そうやって否定して人を昏睡狀態にさせていたんだろうか。
「それからは酷い寒さに襲われて何を考えることも出來ませんでした。本當に、真冬のを切るような寒さがずっと続いていて……。ただ、また否定されたことが凄く悲しいと思ったことは覚えています。學校でもここでも私は『春』だから拒絶されるんだ、て」
「それはっ」
「はい。分かってます。ただ私の名前が『春』を含んでいたからだって。私自の否定ではないって理解していますから」
朝日はにっこり笑って答えた。そこに影はない。本心からの言葉のようだ。
「それに私は助けてもらいましたから。冷たい雨が降ってるのをじて、思考だって凍りそうなほどの寒さに曬されて、それでも私を守って助けようとしてくれた人たちがいましたから。だから平気なんです。実際に私は直ぐに目を覚ませたようですしね」
あっけらかんと過去のことだと朝日は言い切った。意識が朦朧となっていたらしいが、あの時のことはうっすらとでも記憶にはあるのか。いや、じゃないと俺が助けたとピンポイントに指定してくることもないか。
つまりはその時の薄らぼやけた記憶が原因なんだな。あの場で明確に朝日を助けようとしていたのは俺以外の三人だ。極限狀態にあったから記憶も混同し、誰かと俺を間違えた、そういうことなんじゃないだろうか。
まぁだとしたらなんで俺が記憶に殘るんだという疑問も湧いてはくるが。俺はただ説得していただけ、だよな? 朝日には一番遠い位置にいたはず。
どうしよう。今更それは勘違いだと言ってももう遅過ぎる、よな? あんなに直向きに思ってくれていたのに全て勘違いだったと明かさないといけないのか。朝日に申し訳なさ過ぎる。でもこんな騙し討ちを続けるのはいくらなんでも見逃せない。
僅かに痛んだのを無視して朝日に真実を語ろうと息を吸った。
「あの時、先輩の聲が確かに聞こえたんです。「春が好きだ」って。その一言がすっとの中にってきたんです。なんだか凄くポカポカして……。だから、私は、先輩のその一言に、多分を、してしまったんだと思います」
俺が話す前に朝日が続きを話す。頬をうっすらと染めて恥ずかしげに語るその言葉に頭が真っ白になった。信じ難い、いや、信じたくない話だ。
俺があの時に言った一言。それを聞いて朝日は俺に好意を持った。「春が好きだ」、その文言に看過されて。
「は……?」
愕然とただそれだけしか返せない。有り得てはならない、酷い真実を俺は明かされた。
最後までお読み頂きありがとうございました。
次章は最終章《古戸萩》となります。
連載開始は8月22日(月曜日)を予定しております。
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