《高校生男子による怪異探訪》1.流言の傷痕

最終章《古戸萩》開始です。

今章は三人稱視點で話が進みます。また暫くは(ずっと?)シリアス調が続き、ちょっとストレスをじるかもしれませんが、どうか語の最後までお付き合い頂けたなら幸いです。

日曜を挾み新たな週が始まった。上蔵高等學校も期末テストが終わっての週明けだ、土曜日の半日授業とは違い六限目まである通常授業が今日から戻ってくるともなれば、それは騒がしくも嘆きの聲が校のあちこちから聞かれることは至極當然のことのようにも思える。

週の始まりである本日月曜日。校に響く聲は何もだるい日常の繰り返しを嘆くものばかりではなかった。

時刻は朝の八時過ぎ。登校時間のピークも迎えようとしている今、校の人口度もどんどんと上がっている最中だ。余裕を持ち、または慌ただしく教室を目指す生徒は知った顔を見付けるなり気安く挨拶をわして會話に耽る。

ひそひそと聲量を落とし話し合う姿は先週にもよくよくと見掛けられたものだ。ただその時と違い、今朝は生徒は皆困の表を浮かべていた。

Advertisement

「……どうして……」

「……分かんないよ。でも……」

落ち著きのない囁きはあちらこちらから聞こえる。皆何かに酷く戸っている様子で、中には頻りに首を傾げて疑問を表す生徒もいた。

彼らは廊下や教室で、機に鞄を置くなり友人らで集まって団子のように丸まって話し合う。これも最早見慣れた景であった。ただ、先週とは違い彼らは話に夢中にならずに周囲への注意も相応に向けてはいた。

「……あ……」

そんな彼らの傍を一人の人間が通り過ぎていく。床を斜めに見下ろし廊下に留まる人間もれ違う人間にも視線の一つだって向けずに靜かに進む。

し長めの前髪に気そうに目元に影を落とし、なんのも浮かべない無の表で以て彼は一人廊下を行く。そんな彼を居たたまれなさそうにあるいは複雑な表で生徒たちは見送った。腫れにでもるように距離を伴って遠巻きに眺めて。

彼こそ生徒らの困の元、先週までは酷い噂により忌避すべき最低な人間だとそう囀られていた當人、永野真人その人である。

Advertisement

友人を利用し後輩に無理矢理迫り、更には二も掛けたと奔放を越えた勝手極まりない悪行が真しやかに囁かれていた人間だ。そのために彼に向けられる視線は侮蔑や嫌悪、敵意に塗れたものばかりであったのだが、今日生徒らが向けるものはそうではない。誰しもが口を噤み、ただ通り過ぎる彼の背を黙って見送る。悪意をぶつける者はいない。息を潛めるようにして向を窺うばかりだ。

何故誰も彼を責めないのか。先週までは鬼の首を取ったように息を揃えて彼を糾弾していたが、しかし今の生徒らにはもう彼への敵意は欠片も殘ってはいなかった。そもそもの糾弾の拠であった無責任な噂への傾倒自、休日を挾むことによりまるで空気が抜けたように萎んで消えていたのだ。

現在の生徒らに殘されたのはどんな噂であれ他の何を差し置いても夢中になっていた己の異常な振る舞いの記憶、それだけであった。

だから皆永野真人を遠巻きにしてしまう。異常な自分が何故か一方的に追い込んでしまったよく知らない他人。ちくりと良心を刺す、被害を與えたらしい當人を恐る恐ると息を潛めて見送るばかりだった。

Advertisement

彼への、というより噂への傾倒からしたのは彼のクラスメートも同様だ。むしろこちらの方が揺は激しい。

碌に顔も知らない赤の他人などではない。一年近く同じクラスで顔を合わせてきていた間柄である。そんな自分たちが己の中で築き上げていた人評よりも噂話に聞く印象をこそを信じた、その現実には誰もが驚きを隠せずにいた。

「……なんだってあんな噂信じたんだ……?」

「……永野が二とか有り得なくね……?」

「……一年の子に告白されたからあんな騒ぎにもなったんだよね……?」

「……あの三人とも普通に仲良かったよね……?」

ざわざわと囁く聲は止まらない。皆が皆先週までの己の振る舞いを思い出しては困の聲を上げている。

針の筵のその針を更に増やしていたような敵意籠もる眼差しなどどこにもない。彼への申し訳なさと、後悔に満ちた顔が教室には揃っていた。

「……」

その中には噂にも登場していた樹本に檜山、嵩原の三名も含まれている。彼らの纏う空気はクラスメートに比べても大分と重い。

それも當然と言えた。彼らは面と向かい永野へと決別の言葉だって投げつけていたのだから。

永野への不信を発させ噂を信じ、そして永野と距離を置いていた彼らはもうどこにもいない。今現在の彼らは後悔に深く項垂れ、しょんぼりと肩を落とし、沈痛な雰囲気で押し黙りただ靜かに自席にて時が來るのを待っているだけだった。

ざわざわと喧騒が満ちる教室にて、ガラリと、不意に教室の扉を開けて彼が姿を現す。はっと顔を強張らせるクラスメート。扉を開けて立つ永野にと自然とクラス中の視線が集まった。

「……」

永野は特に反応を示すこともなく靜かに教室に足を踏みれる。向けられる數十の視線などもう慣れたと言わんばかりに無痛に、いっそ堂々と彼は自席に向かっていった。

そのあとを追う視線も何か言いたげなクラスメートの顔も視界にだってっていないかのような完全な無視だ。

気付かないはずがない。クラスメートが敵意を持って彼を睨み付けていた時は、彼は非常に居心地悪そうにこまらせていたのだ。刺すような視線ではないものの、しかし自に注目が集まってるそのことをじ取れないはずもない。

でも彼はなんの反応も示さない。一人とも目を合わせることもなく表も変えずに自席にと著席してしまう。一言だって聲を上げることもなかった。

気まずい。教室の空気はその一言に盡きた。

皆が永野の向を気にして、でも聲を掛ける人間は一人もいない。否、掛けられなかった。周囲に向ける顔、背中、そのどこからも強い拒絶を放っているようにクラスメートには見えてしまう。

樹本たちも同じだ。いや、彼らの方がより強くその拒絶はじたかもしれない。

誰も何も聲を出すことも出來ず、重い空気はそのまま予鈴がなって擔任が教室にってくるまで続いた。

結局、誰も永野へと聲を掛けられず、また永野も誰にも話し掛けないままに午前は終わった。四限目の授業が終わり教師も去れば晝を迎える。普段ならば晝食だと騒ぐ教室も本日は喧騒も抑え目だ。

「……」

クラスの人間の注目は永野の向にと向けられている。授業中ならば意識も余所へと逸らせられるが、休み時間ともなれば嫌でも向き合わざるを得なくなる。

また、今度は大きな一歩が踏み出されようとしているのであれば尚更。

「永野……」

ポツリと落とされた呼び掛けに湖面が凪いでいくように教室が靜まり返る。聞こえた名前に皆がそのやり取りに注目した結果だ。

息も詰まるようなが満ちていく中、果敢にも立ち上がったのは樹本、檜山、嵩原の三名であった。晝休みを

機に勇気を出して永野へと話し掛けにいったのだ。

彼ら三名からしてもこれは多大に覚悟の要る行ではあった。三人は自らが永野へと振る舞った態度をよくよく自覚している。暴言をぶつけ突き放し、そして彼が校で孤立する止めを刺した。一度完全に関係を斷ったのは自分たちであり、今更どんな顔をして永野と向き合えばいいのかも分からない。

気まずいなんてものじゃない。顔だって直視するのも躊躇いが生まれるほどの罪悪に苛まれながら、それでも自分たちの中にあった敵意がどこかに消え去り、友人に対して有り得ない言葉を掛けたとそんな後悔が燻っている今、ずっと黙ったままでいられるはずもなかった。

「……今、ちょっといい? 話したいことが……」

震えそうな聲を必死に絞り出し樹本は永野へと問い掛ける。怒られるのを待つ子供のような態度での用件伺いは、立場の逆転を想起させる。いつぞやの時の永野も、今の樹本のように決死の覚悟で彼ら三人に話し掛けていた。

その時は結局どんな結果になったのか。答えは誰かの口から出て來ることもなく、ただこの場での再現で証明された。

椅子を引く音が靜かな教室に木霊す。引き攣った耳障りなその音の出所は永野だ。彼は蹴倒す勢いで席を立つとそのまま教室の出り口へと真っ直ぐ向かった。樹本たちが聲を掛けたのもまるで聞こえていないかのようにあっさりと背を向けて。

「っ! ま、待って!」

「な、永野! お願いだ、ちょっとでいいんだ! 話を……っ」

慌ててその背中を樹本は呼び止めた。檜山も一緒になって言い募る。彼らの聲には以前永野に向けたような冷めた合いは欠片だってない。背を向けていても、その聲だけでも前とは違うのだと理解は出來ただろうが。

返って來たのは尚拒絶したままに振り返ることもない背中と、酷く渇いた低い聲だった。

「話なんて俺にはない」

端的に、直球なまでに三人を突き放す言葉が教室の空気を凍らせる。ピシリと音が聞こえた気がした。樹本も檜山も嵩原も、三人だけでなくクラスメートさえ明確な拒否の言葉を聞いて息をすることさえ一時忘れた。

永野はそんな教室の様子なんて意にも介さずに廊下へと出て行った。もう止める人間はいない。皆まるで有り得ないものを見たように目を丸くさせて扉の向こうにと消える背中をただ見送る。

あとには重い空気だけが殘された。自分たちが招いた無な行為の結果、それをまざまざと目の前に示されて、誰もが途方に暮れたように口を閉ざすしかなかった。

お読み頂きありがとうございました。

    人が読んでいる<高校生男子による怪異探訪>
      クローズメッセージ
      あなたも好きかも
      以下のインストール済みアプリから「楽しむ小説」にアクセスできます
      サインアップのための5800コイン、毎日580コイン。
      最もホットな小説を時間内に更新してください! プッシュして読むために購読してください! 大規模な図書館からの正確な推薦!
      2 次にタップします【ホーム画面に追加】
      1クリックしてください