《高校生男子による怪異探訪》2.揺らがない背
「まぁ、當然の反応だと思うけどね」
ざわざわと喧騒を取り戻した教室で嵩原は他人事のように呟く。永野が出て行った教室では、つい先程の永野の態度について侃々諤々とクラスメートたちが意見を言い合っていた。
周囲から聞こえる聲は概ねが「あれは仕方ない」と永野の拒絶にも理解を示したものになっている。話し合いも拒否するくらいには自分たちは彼を傷付けた。今更取り繕おうともそう簡単にはけれられはしないだろうと、冷靜に狀況を語る聲だって聞こえてくる。
深く反省を見せる人間は多いが、中には「それでもあの態度は」と永野の吐き捨てるような拒絶に眉を顰める者も當然のように居もした。だがそちらの勢いは弱い。その當たりの強さの原因はと考えればそう聲高に主張も出來ないのだ。永野を追い詰めた事実を皆忘れてはいない。
「……」
「……永野……」
同調するようにクラスメートと同じ見解を呟いていた嵩原の前には、今にも地面に沈み込みそうなほど落ち込んでいる二人がいる。
言うまでもなく樹本と檜山だ。周囲や嵩原とは違って二人は直接的に拒絶の言葉を掛けられたこともあってか、ずんと肩と頭を落としてこれ以上なく気落ちしてしまっていた。
深く項垂れ、あるいは永野を力なく呼ぶ二人の耳には周囲の喧騒だって聞こえてはいないように思える。
そんな打ちのめされた様子を見せる二人に嵩原はやれやれと首を振る。そして仕方がないと言わんばかりに言葉を重ねた。
「二人共、そろそろ正気に戻りなって。許してもらえないかもしれないって分かってて話し掛けに行ったんでしょ? 拒絶されたのも想定ではあるじゃないの」
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パチパチと俯く二人のその顔の下に手を差し込んで軽く打ち鳴らす。意識を現実へと戻すためだが効果はあったか、ゆっくりと頭がき虛無を宿らす目が嵩原の方へと向けられた。
「わぁ。死んだ魚のような目」
「……なんで君はそんな元気なの」
「だって想定はしていたし。あそこで謝罪してそれで許されて仲直りなんてご都合主義にもほどがある結末は、まぁ一割も可能はないよなって見當付いていたしね」
「うぐぅ」
「ぐふっ」
恨めしく尋ねた問いにも忌憚ない意見を返されて思わず樹本は唸り聲を上げる。橫の檜山にも被弾をしていたが、嵩原は頓著などせずただただ冷靜に見解を述べた。
「真人に対してどんな態度を自分たちが取ってたか忘れた訳じゃないでしょ? こっちから一方的に関係を斷って、それが実は間違い、思い違いでしたって今になって謝りに行った所で早々けれてもらえるものでもないでしょ。聖人君子でもあるまいに、真人のあの態度はむしろ自然な反応だと俺は思うな」
一々の正論がグサグサと樹本と檜山の心に突き刺さる。反論の余地なくご尤も過ぎる意見は、樹本たちだって本當は理解していた。
「そ、そうだけど。指摘の全部確かにぐうの音も出ないくらい正しいとは思うけどっ」
「じゃあなんで謝罪すんの嵩原も賛したんだ……?」
「謝罪というのはね、本來許してもらうためにすることじゃないんだよ。加害者側の反省の意を示すための行為であって許しはあくまで副次的なものなの。俺が賛したのは謝意を示すためであって許しを得ることは始めから目標にはしてないよ」
「……なんかよく分かんなかったけど「簡単に考えるな」って責められたのは理解したぞ」
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「意訳すればそうともけ取れるかな? テンション低いからか脳の回転もらかになってる?」
軽い嫌味なんて含めてみせるもぶつけられた當人である檜山の反応は薄い。元より迂遠な言い回しには弱い檜山であるが、今は余程ショックを引き摺っているのか更に反応が鈍い。
そんな檜山を目の當たりにして嵩原は再度やれやれと肩を竦めた。
「……どうしたらいいと思う?」
ポツリと唐突に問いが投げられる。見れば樹本が縋るような目を嵩原へと向けていた。
「どう?」
「……永野に、どうにか謝れないかな? 酷い言葉を言ってしまったって、せめてその謝罪だけでも聞いてもらいたい」
せめてもと願を口に出す。嵩原の先の言が効いたか、仲直りをしたいとは言い出しはしなかったものの、それでも樹本の願いに嵩原は眉を寄せた。
「聞いてもらう、それがかなり難しくなってるのは理解してる? 真人からは「話はない」って拒絶されちゃったじゃない。向こうはこっちの弁明だって聞く気はないようなんだよ?」
「そ、それは……」
「まぁ無理もない話だよね。なんせ先に話し合いの一切合切を拒絶したのはこっちなんだから」
そう言ってチラリと機に置いてあるスマホに視線を落とす。そのきに何を言いたいのかを察し、樹本は小さく息を詰まらせた。
「連絡手段さえブロックして関わりを斷つ。……我ながら、徹底した対応をしたものだよ」
暗い囁きはどこか吐き捨てるような暴さがある。これまでの泰然とした気配を潛めさせて嵩原は自嘲の笑みをその口端に浮かべた。
「……」
「始めに突っぱねたのはこっち。今度は真人の方から繋がりを斷ったとして、同じ対応をされただけなんだから文句の言い様もない。まぁ、真人はどうやらアカウント自削除しちゃったようだけど」
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ふぅとため息を一つ溢す。教室という衆目の集まる場で永野へと突撃をかますという無謀な手を実行した三人であるが、別に彼らもそれが最良の手だと思っていた訳ではなかった。三人も出來れば目立たない所で永野と話し合おうとは思っていたのだ。
それが出來なくなったのは嵩原が口にしたように連絡手段を斷たれたから。これまで四人もよくよく活用していた通話アプリ、それを気付けば永野は削除してしまっていた。
永野に一方的に三行半を突き付けたその時に既に連絡など付かないようにとブロックはしていた。目が覚めるようにして永野への嫌悪もなくなって直ぐ、その処置も取り止めて斷も回復させようとしたのだが、もうその時には既に永野はアカウント自を削除してしまったあとで。もう彼らからスマホを通じて永野へと渡りを付けることは出來なくなっていたのだ。
連絡が取れなくなったのは単純に不便である。だが、それ以上に三人にとっては永野が切り捨てたという事実がショックだった。スマホの繋がりでさえ永野は拒否した。紛れもない自分たちとの関わりを斷つ行に斷固とした永野の決意をまざまざと見せ付けられた気分だった。
「その上で直接的な拒絶の言葉まで吐かれて……。これはもう、ただ話を聞いてもらうのもハードルはかなりの高さになりそうだよ。関係修復なんてのも最難関、夢のまた夢の絵空事だったりするかもね」
どこか他人事のように嵩原は呟く。手放したように平坦な口調は実際に半ば余所事と永野との関係修復を見なしていたのかもしれない。それは突き放すようなものではなく、ただ難解さを悟った故の諦観なのか。
「……」
樹本は何も返せない。彼だって分かってはいた。自分たちが永野に何をしてその結果永野がどうなったか。分からないはずもない。
距離を置いていた期間の記憶はしっかりと頭にも殘っている。酷いことをした。その自覚はきちんとある。だからこそ、関係の修復が難題であることは理解もしていた。
それでも、困難であると分かっていても引き下がれない。永野の拒絶をけれてしまえばきっとそこで自分たちの繋がりは消えてしまう。そう思えば簡単に諦めることも出來ない。
友人なのだ。そう簡単になくせるものでもない。ぐっと歯を食い縛る。
「……それでも」
はっと樹本は顔を上げた。聲は傍らの檜山が上げたものだ。見れば今にも泣き出しそうなくしゃりと歪んだ顔を浮かべつつも、でも目は真っ直ぐと二人に向けられていた。
「それでも、俺永野に謝りたい。酷いこと言って傷付けたこと謝りたいよ。あん時ぶつけた言葉だけでも取り消したい。あんな、永野を傷付けるだけの言葉、撤回したい」
聲の張りこそ普段の元気印な檜山と比べれば蟲の羽音と間違うくらいには弱く儚いが、しかし己の本音を語るその語気は確かな覚悟に固まっている。傷付けたと自覚のある相手の拒絶を理解して、それでもと檜山は己のしたいことを迷わずに口に出した。
見ようによってはそれは酷い傲慢にも映るだろう。だが己が間違っていたと理解し、俯くことなく償いのためにとけるその実直さは誰しもが持っている強さでもないはずだ。
樹本は靜かに決意を述べる親友に、眩しいものを見るような目を向け小さく笑んだ。
「……そうだね。僕も、あの時吐いた言葉には後悔しかないよ。なんであんな酷いことが言えたのか……。それだけでも、本當はそんなこと思ってないって永野に伝えたいよね」
「うん……」
優しく囁き自分も同じ考えであると伝える。嵩原の言う通りに話し合うことすらも難解であるのかもしれない。
だが樹本たちの純粋な思いは、せめてあれは自分の本音ではなかったとそれだけは間違いなく伝えたかった。
「……『なんで』か……」
靜かな決意に満ちる二人にそっと水を差すように嵩原はポツリと何事か呟いた。その含みのある聲に二人の意識もそちらに流れる。
「……何、どうかした?」
「いや、ちょっとね。気になることがあって」
「……気になること?」
勿振る言い方に檜山は訝しげに眉を顰めた。そんな檜山を見返し、いやねと嵩原は口を開く。
「そもそもどうして俺たちは真人を排除しに掛かったんだろうね? 聖も口に出していたけど、ああも非難の言葉をぶつけるだけの敵意が俺たちの中にあったのが驚きだよ。だって正直、真人への隔意なんて持ってなかったでしょ?」
「それは……」
「うん……」
問われて二人は言い淀んだ。樹本と檜山からしても疑問には思っていたことだ。現在、必死に永野へと過去の無な行為を謝罪したいと考えているように、樹本も檜山もそして嵩原だって永野に対して決定的な敵対心などは抱いていない。それは永野を排斥したあの時だって同じはずだったのだ。
「それなのに俺たちは心を一つにして真人へと斷絶の意思を向けた。あの時は……、そう、二岡さんとのギクシャクとした態度を切欠に真人への不信を募らせた末のことだったけど、これだってちょっと飛躍してるよね」
「飛躍……?」
「うん。まぁ実際に真人は俺たちに隠し事をしていた訳だけど、なんでそれ一つ取って絶縁宣言するまでに俺たちは不満を抱えたんだろう。真人が明かしたのは酷く個人的な容だったでしょ。それを黙っていたからって責めるのは、いくらなんでも理不盡だなって思わない?」
「……」
酷く個人的な容。それは二岡からの告白云々という話。今ならば永野が口を噤んだ理由にも樹本たちは理解を示せる。そうれ回るべき話でもないとも思えるのだ。でも、あの時はそうではなかった。
「……噂と、繋がりがあるのかって思えて」
「うん。そうだったよね。二岡さんにだけ態度のおかしい真人。そこで二人の仲を槍玉に挙げた噂が流れて俺たちはもしやと思ってしまった。多分、それが不信の発の切欠だったのかも」
発……と檜山は小さく呟いた。言い得て妙な表現だと樹本も思う。積もり積もった永野への不信がの開示によって一斉に火を噴き、そして発の跡地には拭えない永野への嫌悪だけが殘された。
「思えば、會長さんからの忠告もあって噂話には警戒もしていたはずなのにあっさりと信じたのはおかしい。更に言えば真人への嫌悪だって急に芽生えてきたようにしか思えない。あの時の俺たちの心って、ちゃんと正常なものであったのかな……?」
獨り言のように嵩原は靜かに當時の自分たちの狀態への疑念を呟く。
二人は思ってもみなかったことを言われて目を剝く。おかしかったのは周囲でも永野でもなく自分たちであったのではと嵩原はそう言いたいのか。
その真の意味に思い至る前に樹本は慌てて話を遮った。
「ぼ、僕たちの心を気にする暇はなくない!? 今はとにかく永野に謝らないと!」
「そう? 謝るにしてもなんでああいう行を取ったのかの説明は必要じゃない? そのためには俺たち自の心理の変遷を把握しておくことは必須だと思うけど」
「そ、そんなこと言って実際はちょっと不穏な気配じて探究心疼いたからじゃないの!?」
「あれ、よく分かったね。まぁ好奇心が擽られたのは否定しないよ」
「ええ……」
「樹本凄いな」
見事に言い當てた樹本へ檜山は稱賛の眼差しを向ける。樹本當人は力した様子など見せたが、嵩原はそんな彼に向かって嗤ってみせた。
「聖も不穏さはじたってことだよね」
ギュッと心臓を摑まれた思いだった。無意識下で嵩原と同じ見解を下したのだと、そう遠回しに指摘されて呼吸も一時止まる。
嵩原は驚く樹本にただ薄ら笑いを浮かべた。
「ん?」
「やっぱりちゃんと調べた方が良くないかってこと。なんで真人を嫌ったのか、その本當の原因を追及するのは無駄じゃ……」
「……止めようよ」
揚々と語る嵩原の聲が遮られる。見れば暗い顔をした樹本が拳をく握り締めて嵩原を見ていた。目が、強く嵩原を睨み據えている。
「今は個人の好奇心満たしてる暇はないよ。早く永野にあれは本心じゃなかったって伝えないと。……謝る時間が延びれば延びるほど、より拗れていくものなんだから」
「……」
頑なとした様子で樹本は嵩原の言を拒否する。その強固な態度に檜山は眉を寄せたりしているが嵩原からは特に反応もない。
「……そうか。そうかもしれないね」
「え?」
かと思えば嵩原は急に折れた。樹本の意見に迎合する構えを取る。檜山は思わずと聲を上げた。
「え? いい、のか?」
「聖の意見にも頷ける點はあるからね。謝罪は出來るだけ早く。それは間違ってはないから」
素直に話すのに檜山は頻りに首を傾げた。この一連のやり取りに違和を抱いているのだろう。それでも、自の考えを文章にして話すことが苦手な檜山からはこれ以上の申し立てもなく、三人は再度永野へと謝罪を行うということでここでの話は纏められた。
そして放課後。ホームルームが終わるなり直ぐに帰宅に向かう永野を理的に止めてどうにか校舎裏へと連れ出すことに功した。
教室での四人のやり取りはクラス中の視線を掻っ攫いもしたのだが三人には気にしている余裕もなかった。永野にどうにか話を聞いてもらう。その目標に意識の多くは割かれていた。
「……」
やって來た校舎裏には気まずい沈黙が橫たわる。道中永野を引っ張っている間も無言ならば目的地に著いたあとも気まずくて誰も何も言えない。徐々に重く張り詰める空気に嵩原さえ困ったように眉を寄せた。
このまま突っ立っていても仕方ない。樹本も檜山も顔面を張に引き攣らせながらも決死に勇気を掻き集める。
掛ける言葉は決まっている。永野への謝罪、それだ。頭の中で幾つもの言葉をこねくり回しどう言えば伝わるのか、謝意の示し方を必死の思いで考えた。
目の前に當人がいるのだが意識は己のにと向かっている。
だから気付かなかった。永野がどんな目で自分たちを見ていたか。教室で無理矢理同行を願い、連れて歩く間も目的についての問い掛けさえなかったことも。
「……な、永野、あのね。僕たち、どうしても君に謝りたいことが……」
深く深呼吸を何度も繰り返し、そして覚悟を決めて話し出したが、しかし樹本は遮られた。
「どうでもいい」
「え」
聞こえたのは酷く冷えた聲。親しみなんて一切じられない、ただ要らないと突き放す響きだけを纏った聲だった。
信じられない気持ちで三人は永野の顔を見た。対峙する永野は、聲に似合った無を顔に佩いて三人を見返している。
「え……、なが、の?」
信じられない気持ちで名前を呟いた。聞き間違いだ、自分の耳がおかしかった。そう言い聞かせながら手をばすが、當然のように永野は応えない。
「お前らの謝罪なんてどうでもいい。もう俺に関わるな」
代わりにと放たれたのは聞きたくもない突き放した言葉だった。三人、息を呑んだ。嵩原でさえ驚きに目を瞠る。
固まる三人を置いて永野は背を向けた。自分がどれほど衝撃的な言葉を発したのかも一切気にならないらしい。
背を向けたあとは真っ直ぐと離れて行く。振り向くことも何か言葉を殘していくこともなく。なんらの未練だってじさせずに永野はあっさりと三人を捨てていった。
その背を三人は見続けた。徐々に遠くなる背中を何も言えずに見送ることしか出來なかった。
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