《高校生男子による怪異探訪》3.二人の答え
謝罪をと挑んだ結果返されたのは徹底的な拒否であった。永野の想像以上の頑なとした態度。面と向かい関わりさえも斷つことをまれればそれ以上に縋ることなんて出來やしない。三人は愕然となりながらもそのまま帰路に著くしかなかった。
明けて次の日。昨日の三人の突撃は多くのクラスメートも目撃している。そのためか朝も早くから様子を窺うような視線が方々から向けられるも、三人にはそんなクラスメートの期待に応える気力だってない。
三人が特に答えを口に出す必要もなく、行の否は時間が経てば嫌でも判明する。遅くに登校した永野の振る舞いを観察し、クラスの人間も仲直りが失敗したことを悟った。
昨日とそう大して変わらない重苦しい空気が本日も教室には漂う。ただ一人の向を気にすることで生まれる迫、それは本日も変わらずこのクラスには橫たわりそうであった。
時間の進みさえ遅くじるほどに息詰まる空間が教室には貯まっている。それでもれ替わり立ち替わる教師の聲に耳を傾けていれば刻々と時計の針は進むもので。気付けばもう午前も終わろうかという時刻になっていた。
教室は一時の休みに靜かだがそこそこに會話も盛り上がっている。昨日と比べれば生徒たちの顔も多は明るい。授業の合間であるならばそれは気も抜けるものだが、今の教室の明るさの理由は授業とは無縁のものであった。
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永野がいないのだ。一個前の授業前にふらりと教室を出て行ったかと思えばまだ戻って來ていない。サボりか、あるいは何か問題でも起こったかと心配する聲はクラスからも上がってはいるが、それ以上に重苦しい空気の発生源である彼の留守を生徒たちはめて喜んでいるのが現狀だ。
まるで鬼の居ぬ間にといった合。永野への無な仕打ちを後悔している人間は多いが、しかし永野との関係改善がめない今の狀況ではこうして距離を取ることで安堵してしまうのは無理もないことではあった。
もちろん全員が全員永野の不在を喜んでいる訳でもない。
「……永野……」
「……」
さわさわと話し聲が上がる教室の一角にて、がっくりと肩を落とし悄げているのは樹本と檜山だ。二人は朝からこんな調子である。言わずもがな、昨日の永野とのやり取りを引き摺っているのだ。
永野の徹底した拒絶。あれは彼らにとっては正直予想外の反応であった。彼らの知る永野は不機嫌そうに聲を荒げることはあれど、本気で心の底から嫌悪を持って彼らを突き放すといったことはこれまでの二年近い付き合いの中では一度もなかった。
初対面時、長雨が解消されてその後付き纏ったその時でさえ無視やら顰めっ面やら追い払われたりなどは散々にされたが、それでもああも無に完全に拒絶されることなどなかったのだ。
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永野は気難しい様子も見せていたが、実際に付き合えば優しく気の良い人間だった。暴言の類だって余程頭にが昇ってなければ早々口にすることはないし、ぶっきらぼうに語る仕草は々威圧的だったりするけれども、それもまた不用な優しさ故だと知ってからは気にもならない。
樹本たちにとっての永野は優しく他者を思いやる、そのために誰かを傷付ける言葉だって安易には口にしない、そんな人間であったのに。
それが昨日のあの冷えた聲。嫌でも自覚させられる。ああも取り付く島もない拒絶には、完全に見限られたとそう理解するより他になかった。
「……やっぱり怒ってるよね。そりゃそうだよね……」
「……酷いこと、言ったもんな……」
機にへばり付く勢いで項垂れる二人はそうポツポツと永野の態度を分析し合う。なんとか謝罪だけでもと意気込んだその矢先でのあの対応。心が折れるには充分であった。
「期待はしない、て話ではあったのにね。関係修復も難度は高いと事前には言っていたんだけど」
暗く囁き合う二人を朝から眺めていた嵩原がぽそりと溢す。その発言は呆れから出たのかあるいはめから出たのか、聲にはが籠もってなくて平坦だ。
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だが容としては責められているように二人はじた。
「……まだ、聞いてくれるよなって思ったんだもん……」
「あそこまではっきり嫌われてるとは思わなかった……」
理では永野が自分たちを遠ざけようとする心理も理解はしていた。でも理解と実と納得は別であって、心のどこかではきちんと話せば分かってもらえる、そんな期待が存在していたようだ。
その期待を無意識のまま抱えて突撃を敢行し、そして見事に玉砕を果たした。二人が今倒れそうなまでに悄げてしまっているのもそれが理由だろう。樹本が死にそうな顔で吐き出したように、まさか本気で嫌われてしまったとは思いもしてなかったのだ。
「まぁ、これ以上なく真人の本音は聞き出せた訳だし、これはこれで有意義ではあったんじゃない?」
「……なんで嵩原はそんな平気なんだ? 永野怒ってんだぞ。気にならないのか?」
「俺は期待なんてしてなかったし嫌われることにも納得はしてたから。二人みたいにダメージはけてないよ」
「……男に嫌われても別に気にしないとか言い出すかと思った」
「ここでその発言は流石に非人道過ぎない?」
「……正直俺も思った」
「二人が俺のことをどう思ってるのかよく分かったよ」
軽く茶化し合うような空気が流れるも、こんな些細なやり取りで二人の沈んだ気持ちが浮上することもなくまた重い沈黙が三人の間に橫たわる。
重度のダメージを負っている様子の二人に短く嘆息なんか吐き、嵩原は空気をれ換えるようにしゃっきりと言い放った。
「ともかく、真人の本音は聞かされたよね? それで? これからどうする?」
「……どうするって?」
「向こうは関係を斷ちたい。こっちはまた元の関係に戻りたい。……こう言い切るとなんだか別れ話でめてる男みたいでやだなぁ」
「嵩原??」
「ああ、はいはい。真面目にします。つまりね、真人との付き合い方をどうするのかって話」
「どう……」
嵩原の発言に二人は息を呑む。不穏な気配をじたがためだ。付き合い方をどうするかなんて、まるでここで完全に縁を切ることも想定しているように聞こえた。
「な、何言って……」
「友だち辭めるつもりか!?」
「ん? ああ、いや。そういうことじゃないよ。俺が聞きたいのはもっと軽い意味」
気ばむ檜山をどうどうと宥めてそう付け加える。軽い意味と言われて樹本は首を傾げた。
「軽い……?」
「俺が言いたいのはまだ真人との関係修復を目指すのかってこと」
「え?」
それはやはり関係を見直す意図の発言ではと樹本は聲をらす。檜山も不審な目を嵩原へ向けた。
「目指すのかって、え、そりゃちゃんと仲直りはしたい……」
「でも真人本人から関わるなって拒否されちゃったでしょ? 向こうは嫌がってるのに、それでも元の狀態に戻りたいからって迫るかい?」
「それは……」
そんな風に言われては答え難い。樹本も檜山も永野と仲直りすることをんでいる。しかし永野にはその気はない。ここで無理矢理と永野に迫るのは、永野の意思を無視すること、本人にとっては嫌がらせに他ならないだろう。
嫌がらせだと理解してそれでも我を通すのか、嵩原はその點を明らかにしたいのかと樹本は察した。
「何が、言いたいんだよ」
檜山が唸るような聲で訊ねる。元より持って回ったような言い方は解さない人間だ、含みばかりを持たせる嵩原の言に痺れを切らしたらしい。
拙いと焦る樹本だが、対して嵩原は冷靜に今度ははっきりと主張を口に出した。
「真人がんでるんだからこれ以上ちょっかい出すのは止めようよってこと。俺が言いたいのはこれ」
「……!」
肩を竦めながらの軽い言い草であったが、そうやって口に出された容は実に衝撃的なものだった。何故なら嵩原は、もう永野には不干渉でいようとそう提案しているのだから。
「ちょっと、それは……!」
今度は樹本が気ばむ番だ。あまりに突き抜けた答えは到底納得出來るものではない。食って掛かろうとする樹本に、でも嵩原は冷靜だった。
「俺は間違ったことは言ってないと思うけど」
「……っ! で、でも、関わらないなんて……!」
「真人はそれをんでるんだって。二人も聞いたでしょ? あれは紛れもなく真人の本音だよ」
「……っ」
冗談でもなく真剣なトーンで言われるのに反論も出ない。樹本だって永野が本気だったことは理解している。
「ここで変に突っ掛かり続けても徒に真人を意固地にさせるだけだと思うんだよ。一度互いに距離を取って、熱が冷めるのを待つのも有効な手なんじゃないかって俺は思うな」
「……だから、不干渉になろうって?」
「嫌がってることやったって仲良くなることはないよ。むしろ相手の要求をけれるからこそ、見せられる誠意ってのもあるじゃない」
尤もらしく嵩原は言葉を重ねていく。なんら迷いもなく言い切る姿はとうに嵩原が腹を括ったことを示していた。樹本も付いて、だからこそ途方に暮れたように見つめることしか出來ない。
それは檜山も同じようだった。
「……永野のこと、見捨てるのか?」
ポツリと落とされた呟きは不穏な響きを纏っている。嵩原も思わず眉を跳ね上げるが、直ぐに苦笑を浮かべてふるふる首を振った。
「違うよ。冷卻期間を設けようって話。俺はね、互いに一度頭を冷やすべきなんじゃないかって思ってるんだよ」
「互い……?」
「そう。真人と、そして俺たち自」
自分に指を向ける嵩原に二人は首を捻る。何故自分たちも含まれたのか、それが理解出來なかったのだ。
自分たちは冷靜だ、そんな認識の元にあるからだが、どうやら嵩原は違うようで。
「……二人も一度自分を立ち返って見た方がいいと思うよ」
「え?」
「……?」
小さく囁かれた一言は意味深長であってその本意は察せられない。嵩原も真意を曬すつもりはなかったのか、それ以上は何も続けずにさっさと話を切り上げてしまった。
「まぁ、そういうこと。とりあえず俺は一抜け。今の真人をあまり刺激はしない方がいいと思うのは本音だから、二人も対応には気を付けて。謝罪の押し付けは相手を不快な気分にさせることもあるってことは充分留意してね」
そうあっけらからんと嵩原は永野と距離を置くことを宣言する。顔は笑っているが、頑としてこの決定は譲らないとそんな強い決意を背に負っていた。
樹本も檜山も引き留めるべく口を開けるが、無にもそこでチャイムの音が高らかに鳴る。二人からの追及を躱すように嵩原は自席へと戻っていき敢えなく引き留めは失敗となってしまった。
授業の始まりにばたつく教室で樹本は急に湧いた嫌な予にそっと元を握り締めた。
永野を発端として嵩原までもが言わば袂を分かってしまった現狀、永野との仲直り処か、自分たちがばらばらになってしまうのではと、そんな懸念がを騒がせた。
「……なぁ、樹本」
自を落ち著けている樹本に檜山が小さく囁く。その聲には嵩原同様の決意が滲んでいるように聞こえて、はっと樹本は檜山の顔を見上げた。
檜山は樹本の方には目を向けておらず、じっと教室の扉を見つめている。
「な、何? どうかした?」
「嵩原はさ、ああ言ったけど、でも俺はやっぱり永野放って置けないわ」
「え……」
嵩原の忠告を全くと聞かないその発言。虛を衝かれて眺めた檜山の橫顔、その目はしっかりと前を見據えてきらりとを反させていた。
「永野を嫌がらせるってのは分かってはいんだ。でもさ、俺はやっぱり仲直りしたいしここで永野から距離取んのも正解だとは思えねぇんだ。……なんか、ここで俺らも引いたら永野が一人ぼっちになりそうでさ」
そう語る檜山の目線の先、閉じられていた扉が廊下側からすっと開けられる。開いた扉の先には永野がいて、靜かに教室へとって來た。
永野の登場に何人かのクラスメートが顔をひくつかせたのを樹本は見逃さなかった。
「だから俺は永野を追っ掛けるわ。……もし、それでどうにもならなくなったら、その時はあとよろしくな」
にかっと最後に笑顔を殘し檜山も傍を離れた。両極端な決斷を下した二人の背を、やはり樹本は何も言えずに見送るだけだった。
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