《高校生男子による怪異探訪》6.起こっていたこと
今章の前半部は、樹本たちが自分たちのに何が起こっていたかを把握していく姿を描いておりますので、暫く前章のおさらい染みた話が続きます。
二岡が唐突に浮かべた激。何故急に涙なんて流すのか、さっぱりと事の分からない樹本はただ右往左往と目を泳がせることしか出來ない。いや、原因については當たりも付いていた。
「……あの馬鹿って、永野のこと……?」
まだ呼吸の荒い二岡に恐る恐る訊ねる。こっくりと頷いて返された。
「ええ。……一人で背負うだけ背負ったあの馬鹿のことよ」
キッと涙で潤んだ目を吊り上げる二岡に樹本はどう答えればいいのか分からず閉口する。さっきは悲しみに暮れていたようなのに、今は怒りを燃え上がらせていてそのの推移にも著いて行けない。
「なんで二岡さんは急に永野のこと」
「樹本君、私も確認したいことがあるんだけど、いい?」
一先ず一つ一つ片付けていくしかないかと投げた質問を遮るようにして二岡が問い掛けてきた。これまでただ黙って樹本の話を聞いていた彼とは思えない強な態度だ。気圧され、樹本は反でこくりと頷いてしまう。
「え、う、うん。僕ばかり聞くのもなんだしいいけど」
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「ありがとう。割り込んじゃってごめんなさいね。樹本君たちはあいつのことが信じられなくなってそれで距離を取った、て言ってたわよね? もしかして、その理由には『鏡の悪魔』についてのことも含まれていたんじゃないの? 例えば、解決したのを知っていて黙っていた、とか」
「!? え!?」
樹本は驚愕に聲を上げた。まさか二岡の口から『鏡の悪魔』というフレーズが出るとは思いもしなかったし、その上に指摘された文言には実に心當たりがあった。
紛れもなく図星を突かれたと態度で示す樹本に、二岡はやっぱりと息を吐く。
「そう、なのね。永野があなたたちに嫌われた原因はそれなのね」
意気消沈といった合に呟く。一人確信を抱いてる様子の二岡に樹本は訝しげな視線を向けた。
「……二岡さん? 君は一何を知ってるの……?」
張に聲も潛めさせた樹本の問い掛けに、二岡は泣き出しそうに顔を歪めてから永野との間にあった出來事を語り出した。
ずっと永野が気になっていたこと。でも自分の気持ちに素直になれずに気付かない振りをしていたこと。でも永野もいずれ誰かを好きになることもあるのだと気付いたこと。そこで部室棟にある鏡の悪魔に魅られてしまったこと。
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先月に起こった永野と朝日の奇妙なまでの偶然の數々。それを引き起こしたのが鏡に取り憑いていた悪魔であり、また素直に永野への好意を認めない二岡を煽るために二人にも手をばしていたのだと樹本はあの騒についての真相を聞かされた。
悪魔と対峙する過程で二岡の本心を永野は暴され、それがために々二人の仲もぎこちなくなってしまったのだと永野の態度の変化についても明かされたのだった。
「……そんなことが、あったの?」
樹本は呆然と二岡に問い返す。聞かされた話があまりにも予想外のもので、驚きに思考さえ緩慢としたものになってしまっていた。
馬鹿正直に聞き返す樹本に二岡は申し訳なさそうに肯定を返す。
「ええ。これがあの二人に起こっていたことの真実よ。永野は悪魔を鏡の奧に追いやって、それで私を助けてくれたの。だからもう、春乃ちゃんにもおかしなことは起こらないでしょうね」
「……なんで、永野はそのこと……」
口に出してそして後悔する。永野が口を閉ざした理由なんて一つしかない。
「……私を庇うつもりだったんでしょうね」
ポツリと溢された一言にやはりという気持ちと、聞きたくないという気持ちが樹本ののに湧き上がる。
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「……どんな理由があれ、私が原因で二人が危険に曬されたことに違いはないし、そうなれば責任は追及される。……その際に、私のあいつへの気持ちも明らかにされることを嫌ったのかしらね? あいつ、なんだかんだ人が傷付くのを見るの嫌いだし。まぁ、私が告白したことは話しちゃったようだけど」
力なく二岡は苦笑する。樹本は居たたまれなさにを焦がしていた。それだって樹本たちが永野を追い詰めた結果だ。
「あいつは自分が追い詰められたってそっちは明かさなかったのね。馬鹿ね、私のことなんて気にせずに保に走れば良かったのに。そうやって誰かを庇うことで自分が窮地に立たされちゃ駄目じゃない。……あんな、あんな周囲全部が敵になった狀況に追い込まれることなんてなかったのに……」
語尾が震えて掠れる。ぐすりと鼻が鳴る。二岡が何故突然に涙を浮かべたのか、その訳を樹本は漸く察した。
「ねぇ、樹本君。あいつの振る舞いは確かに誤解を招くものだったとは思うの。私への配慮だとしても力を貸してくれていたあなたたちににしていたのは誠実とは言えないわ。でも、でもね、悪いのはあいつじゃない。あいつはただ私を守ろうとしてくれていただけなの。悪いのは何も言えなかった私なのよ……!」
ぽろぽろと二岡の頬を涙の粒がり落ちていく。一度止まったはずなのにまた決壊してしまったようだ。二岡の涙じりのびをどこかぼやけた意識で聞きながら、樹本は二岡が泣くのも無理はないと、そんな他人事のような想を中で呟いた。
ずっと脳にはあの屋上でのやり取りが繰り返し再生されている。二岡に対する態度に不信を抱き、また噂で付き合ってるなんて聞いて疑いが確信に近いものにと変化した。そして永野を問い質しそこで二岡に告白されたことを明かされた。
自分たちはそれを聞いて騙された、永野は隠し事をしていたんだと怒りを抱いた。永野は無実だと信じた自分たちを欺いて噓を吐いた。
あの時はそんな思考しか持てなかった。冷靜に考えればおかしな飛躍だろうに。何故告白されたことを黙っていたからといってそれを詰らなければいけないのか。吹聴する話でもないだろう。
確かに直前に関係でのいざこざが話題に上ったりもしたが、でもなんの関係も築けてない以上は無関係として報告も強制されるものでもなかったはず。
何より、永野は他人を慮る人間だと知っていたはずなのに。自分の所為で誰かに迷が掛かると思えば永野は直ぐに線を引いてしまう。
縁切りの時だってそうだった。鬼の時だって無茶をした。永野はどうしてか時折酷く自分を雑に扱う。優先すべきは自分ではなく他人だと言わんばかりに。
そんな永野の気質を察して危ないなと意識だってしていたのに、でもあの時の樹本たちは、樹本はそれらをすっかりと頭から消し去ってしまっていた。黙っていたのも二岡への配慮からだと気付けたはずなのに思い浮かべることもしなかった。裏切られたと、それだけしか頭には浮かんでいなかった。
思い返せば返すほどに己の下した判斷に頭を抱えたくなる。被害妄想も甚だしい。いや、この場合はどうしても永野を悪者に仕立て上げたかったのか。そのあとに永野にぶつけた酷い言葉たちだって、今の樹本からすれば言い掛かりでしかない罵詈雑言だった。
あの時は永野に裏切られたと思い、それから一気に自の心のが永野への嫌悪に染まったことを樹本はしっかりと覚えていた。
知らなかった真実と己の挙の是非を問う聲がのに木霊して、暫し呆然と意識もどこか遠くに飛んで行ってしまう。
そんな樹本に追い打ちを掛けるように二岡の懺悔が耳に屆いた。
「永野との噂だって私は否定出來たわ……! 私が噂は噓だと一言でも口にしてれば永野への悪意だってまだマシになっていたかもしれない。分かっていたの、でも出來なかったの。永野のことを話そうとすると、どうしてか酷い言葉しか出て來そうになくて……!」
酷い言葉と聞いて呆けた意識が二岡に向かう。丁度自も思い浮かべていたフレーズだ。ノロノロといつの間にか俯いていた頭を持ち上げて二岡の涙に濡れる顔を見返した。
「酷い、言葉? どうして? 永野のこと、嫌いになったの?」
「違う……! 嫌いになんてなれるはずない……っ。でも、あの時は何故か永野への嫌悪が後から後から湧いてきて……っ。無理矢理永野のこと嫌うように仕向けられてるじだったの、クラスの皆のように噂を信じて永野は最低だってずっと頭のどこかで呟く自分がいて……」
「……無理矢理、嫌う?」
ガンと橫から毆り付けられたような気分がした。樹本は呆然と二岡の呟きを繰り返す。
「嫌いたくなんてなかった……! 永野のこと、噂みたいな奴じゃないって言いたかったのに、でも口を開けると自分でも何を言い出すか分からなくて……。だから、距離を取るしかなかった。永野を傷付ける言葉なんて絶対に言いたくなかったから……っ」
だから噂の否定も出來ずに沈黙したのか。當初聞くつもりであった二岡の行の真相、それを漸くと樹本は聞き出すことが出來た。
二岡は今なんと言ったか。無理矢理永野を嫌うように仕向けられた? 噂を信じて永野が最低な人間だと呟く自分がいる? なんだそれは。
嫌いたくないのに嫌う、そんなおかしな話があるだろうか。他者への好悪は時に複雑な模様を描きコントロールも難しくなったりするものだが、流石にここまで嫌悪を抱くことを否定していてそれでも嫌いになるのは稀ではないだろうか。
樹本もまさかとは思う。しかし二岡の無理矢理にを定められたという主張に、頭の中では勝手に整合を見出そうと思考が回り出していた。
永野への不信の増大。釈明に対しての実に狹窄的な自の解釈。それから急激に沸き立った永野への怒り、弁明の一つさえけれられないほどの嫌悪。
何度も何度も思い返して違和しか抱けない己の振る舞いの數々。それらが二岡の言葉によって一つの見解に纏められようとしていた。
自分たちは何者かの意図によって永野を排斥するように仕向けられていた?
ぞわりと背筋を悪寒が走る。まさか、でも。樹本は頭の中で何度も否定を繰り返した。有り得ないことだからだ。
どこの誰が他人のを指向を持たせてれるというのか。世の中には催眠や思考導など、人の心理を対象としそれを故意にる技能だって確立はされている。
だがそれらは限定されその上効果も不安定なはず。ピンポイントに一人の人間を排斥するように導くなど、それだと最早洗脳に近くはないか。
有り得ない、そう否定もしたいが、しかし自分たちの行がその有り得ない想像を補完させる。
あれほどまでに永野へと敵対意思を向けていた生徒たちは、自分を含めて皆今では水で洗い流したように悪がなくなっている。あれだけ校に渦巻いていた永野を敵視する尖った空気だってどこかへと消え去ってしまっていた。
皆夢から覚めたように、あるいは正気に返ったように戸いの視線を彷徨わせているのを樹本だって目撃していたのだ。無理矢理と押し付けられた強制力から解放された、そんな挙であったのではと今なら振り返れる。そう思ってしまう。自分がどれだけ荒唐無稽な想像を巡らせているのかの自覚だってあるのにだ。
もしこの事態が何者かの手によって狙って生じたものであるならば、果たしてその何者かは本當に人間なのか。
ぞわぞわ怖気が背筋を這い上がる。至りたくない結論に樹本は達しようとしていた。元より変化の始め、噂に傾倒し過ぎる現狀に樹本自は疑念を抱いていたことを思い出す。
まさか?という思いが今明確な疑いへと変化しようとしていた。
目の前では二岡が嗚咽をらし深く項垂れている。後悔と悲しみに暮れる彼を眺め、樹本は姿の見え出した真実に靜かにを震わせていた。
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